白雲の本気の『冷却』により、向かってきていた艦載機の大蛇凍り付く。氷塊と化した大蛇は、夕立によって蹴り飛ばされたが、残念ながらそれで出洲をどうにか出来るわけではなく、艦娘の身体を悠々と貫くことが出来る手刀によって破壊されてしまう。
結果的には、狙っていた天井の凍結は出来ず。しかし、出洲の意識が氷塊に向いた一瞬の隙を突き、深雪と黒深雪により放たれた砲撃が天井に直撃した。
「っし! 当たったぁ!」
「やったか!?」
その一撃は、出洲には致命的なはずだ。意識を少しでも外してしまったことを後悔させるには充分。天井にある出洲の力のタネは、これによって破壊された。
「……やってくれるね」
これまでにない出洲の表情が垣間見えた。焦りでもなければ、怒りでもない。溜息を吐き、心底残念そうな顔。
天井からボロボロと破片が落ちてきている。そこに露わになった天井裏には、深雪の砲撃によって消し飛ばされ、抉れてしまった機械部分が見えた。
深雪達がそこを見たところで、それが何かはわからない。この地下施設で生活するために必要な配線などもあるだろうが、これまでに発揮し続けていた出洲の異常な力のタネもそれであってほしい。
「それが、アンタの力のタネでしょ。どういう仕組みかわかんないけどさ、上から無限に補給されてるようなモンなんじゃないの?」
フラフラなグレカーレが、当てつけるように言葉をぶつける。伊203が命懸けで残した情報からして、今撃ち抜かれた場所にこそ、出洲の力の根源があったと考えられる。
その言葉に、出洲は答えを返すことはなかった。チラリと穴の空いた天井を見つめ、そしてこれ見よがしに溜息を吐く。これ以降は無限の力は扱えない。それを残念がっているのか、それとも別の理由で嫌な気持ちになっているのか。
「いいさ、これはまた後から修理すればいい。しかし……この代償は高くつくよ」
出洲の余裕は消えたと言ってもいい。これまでとは違う声色。苛立ちを隠さなくなった、
「代償だぁ? テメェにどうこう言われる筋合いは無ぇだろ。ここを戦場に選んだのはテメェだ。こうなることくらい予想ついただろ。それとも高次の存在ってヤツは、自分の思い通りにならねぇと癇癪起こすガキかよ」
「ああ、その通りだ。この場を戦場に選んだのは、間違いなく私だ。君のような存在、これまでになく強く育ってしまった特異点を始末するために、万全に万全を重ねた。卑怯とは言うまい」
「言わねぇよ。ここに乗り込まねぇと、テメェらは好き勝手やり続けるんだ。だから、わざわざあたし達はテメェに有利な場所に来てやった。代わりに人数連れてきてるからな。卑怯なんて言わねぇよな」
「勿論。私が呼びつけたのだ。君達が何人も連れてくることは想定出来る。だが、ここまで
「それを侮辱っつーんだよアホか」
余裕が無くなっても、いちいち癇に障るように言葉を紡ぐ。今の出洲は、天然でそういう言い分を当たり前のように放つような人格。かつてがどうだったのかは知らないが、今を重んじるならば、ただひたすらに性格が破綻しているだけ。
それだけ言葉を交わして、深雪は砲撃を再開する。これまでとは確実に違うはずだと願い、とにかく攻撃を仕掛ける。
だが、天井からの支援が失われた今、
「長丁場となれば、君達も諦めるだろうと思っていたさ。しかし、往生際が悪い。その上、妻と息子まで葬った。何故そこまで平和を拒む。争いを肯定する。それが私にはわからない」
タンと、軽やかな足取り。そして、出洲は瞬きする間に、最も手近であった夕立の真正面へと移動していた。
「ぽっ!?」
「特異点に絆されたからかい。それとも、元より世界に平和を齎すつもりがないのかい?」
ドゴッと鈍い音。同時に宙に浮く夕立。出洲が蹴り上げたのだとわかった時には、夕立は蹴り飛ばされていた。
それだけの威力を持つ蹴りを、今の今まで隠し通していた。手刀が艦娘を貫けるのならば、蹴り一発にそれだけの威力があってもおかしくはないのだろうが、だとしてもそれは、これまでの戦い方からは逸脱しているようにも見えた。
出洲も、なりふり構わなくなってきたのだ。明日のことを考えない。ただそれだけで、こうまで変わる。
その場に留まっていなくても良くなったということは、この動きを解放することを意味している。艦載機を常に動かし続け、空間全域を監視し、マルチタスクで脅威を取り払おうとしているのは、もう終わり。
ある意味、天井の何かは、出洲のリミッターでもあった。そこにいなければならないから、
「っぐ……!?」
「仕方あるまい。ああ、そうさ、私はあの場にいる限り、消耗しなかった。深海棲艦の補給方法を研究したのでね」
更に追撃。浮いた夕立は、そのまま白雲の方へと突き飛ばされる。直撃は免れたものの、白雲は嫌でも体勢を崩す羽目に。
「妻と子には、それが出来なかった。私には陸上施設型の力
更なる追撃は、夕立をもっと押し込むように蹴り飛ばす。その速さに追いつかず、夕立はされるがまま。『ダメコン』を貫くようなことは無くても、乗り越えて尚、衝撃が内側まで響くような感覚に、夕立は歯を食いしばった。
白雲も体勢を取り戻そうとするが、出洲の攻撃はあくまで夕立を狙いつつも、その近くにいる白雲をも圧倒する。鎖を振るえば、夕立ごと凍らせることになるだろう。ダメージには強くとも、氷漬けはどうにもならない。夕立の弱点を、白雲は的確につけてしまう。
「だが、妻と子の身体に触れられるのは、気分のいいモノではない。ましてや、特異点の手に触れられるのはよろしくない。何をしようとしているかはわかる。だから、まずは離れてもらいたい」
夕立と白雲をてんやわんやにし、今度は深雪へと目を向ける。砲撃を放った後、すぐにまた穢れの浄化をしようと動いていた。
それが通れば、中柄の亡骸が周囲に穢れと呪いを撒き散らすようなことはしなくなる。それに縛られ、速度を落とされている神風も解放される。
「あたし達は後始末屋だ。どうせ後から片付ける。それを今やろうとしてるだけだ。テメェが奥さんすら放置しやがるっていうんだからな」
「放置ではない。我が妻の、平和を求める気持ちを汲んでいるのだ」
「平和のこと考えて呪いになるとか、テメェの考える平和はおっかねぇなぁオイ!」
凶悪な手刀が放たれるが、深雪はそれを辛うじて回避。ここまで来るのに、いろいろと演習や特訓を繰り返した甲斐があり、瞬発力でその一撃を避けることが出来た。
しかし、すぐさま放たれたカーフキックが、深雪の脹脛に直撃する。折れるまでは行かずとも、その痛みは尋常では無い。
「っが!?」
「離れたまえ。彼女は君に触れられるモノではない」
続け様に手刀。深雪の心臓を抉るかのような軌道で突き出された一撃を、深雪は咄嗟の判断で払い除ける。しかし、中柄の亡骸からは嫌でも離れる羽目になるため、思惑からはどんどん遠退いていく。
深雪が近いからということもあり、仲間達も無闇矢鱈に攻撃が出来ない。砲撃なんて以ての外。殴りかかるにしても、艦載機の大蛇が完全に失われたわけでは無い。天井からの供給が失われたとはいえ、まだ健在である。マルチタスクもそのままであり、近付けそうな者に対しては牽制も止まらない。
「深雪ちゃん!」
今ここで即座に動けるのは、電くらいだった。煙幕をより強く溢れさせて、空間内の下方に願いの力を沈殿させる。特異点による特異点への煙幕ブーストで、近付けなくてもサポートする。
「大丈夫だ! あたしは、もうそんな簡単にやられねぇ! やられて、堪るかよ!」
深雪もそれに呼応して、煙幕を溢れさせる。換気扇で吸われないならば、ある程度は戦術に煙幕を活かすことも可能となるだろう。
出洲の攻撃は、速く鋭い。だが、深雪はこれまでの戦いで、多種多様な経験をしている。しているからこそ、その動きにもまだ慣れることが出来た。
周りの目もあるからこそ、本当のピンチは事前に伝えられる。避けるにしても、迎撃するにしても、仲間の力で戦える。
「君はこれまで最大の脅威だ。それは認めよう。余程強い願いがあったのかな。だが、それは私への試練だ。乗り越えてこそ、真に平和を勝ち取れるということなのだろう。負けるわけにはいかない」
「うるせぇよ妄想野郎! テメェがどう思おうと関係ねぇけどな、何度も言う通り人様に迷惑かけてんじゃねぇ! 結局思い通りにならないと癇癪起こすガキじゃねぇかテメェも!」
「世界のため、平和のため、争いを無くすために尽力しているに過ぎない。争いの源となる特異点、君にはやはり死んでもらわねばならないのさ」
「テメェがふっかけてこなければ、争いにもならねぇんだよアホか!」
殴り合いは、口撃も交えたモノに。言い分があまりにも理想論を追い求める子供すぎて、深雪も早く終わらせたいと思えるほどである。
「……やっぱ、頭のネジが飛んでるんだね、ありゃあ。ボケ老人が幼児返りしてるようなモンだよ」
グレカーレのそんな呟きが、戦場に溶けていく。なまじ力を持ってしまったことで、暴走が止まらなくなってしまった、大きな子供。出洲への印象は、最早その域になっていた。