出洲の猛攻を避けつつ、仲間達からの援護も受け取り、深雪はようやく中柄の亡骸へと辿り着く。穢れと呪いを溢れさせ、それをも利用されて神風の動きを大きく縛っているそれは、深海棲艦特有の黒い血液の中にカタチを崩し、ドロドロになっていた。
後始末の最中でも、ここまでの亡骸はあまり見ない。無いとは言わないが、少なくとも深雪はこうなっているモノを現場で見ていない。腐乱した亡骸という点でも、それはどうしても抵抗が出るというものである。
だが、それがこれまで目も当てられないくらいの行動をしていたとしても、この戦場で息絶えた者。気を違えたような言動を繰り返し、説得すら聞く気を持たない、どう足掻いても敵である存在だとしても、死して弔われる価値がないとは言わない。
深雪は、相手がどうであれ、それはやる。後始末屋として、この史上最低な戦いと言っても過言ではない戦場に散った敵も、せめて安らかに眠ってもらいたい。
「アンタも不幸な目に遭ったんだろうよ。だから、チャラには出来ねぇけど、せめて安らかに眠れ。穢れなんて振り撒いてないで、ゆっくりと、な」
それは後始末屋としての
子供のことしか考えていなかった毒親。しかし、子供の安否を最後まで考えていた歪んでいるとはいえ子供思いの親。カタチはどうであれ、親としての在り方を全て否定することは出来ない。だから、その気持ちは心の底から出てきていた。
ブワッと、煙幕が舞い散る。中柄の血が混じっても、その色は純白。優しさが目に見えるカタチで、そこに溢れる。
「アンタはよく頑張ったよ。やってることは褒められたことじゃあねぇけど、そのために真っ直ぐ突き進んだのは、素直にすげぇと思う。アンタは間違ってたけど、一生苦しめだなんて思わねぇ。だから、もう眠れよ」
本当に、本当に、ただ優しさのみで、その亡骸に祈る。もういいだろうと。
『ユルサナイ』
深雪にだけ聞こえるように、その声が聞こえた。亡骸に触れているからだろう。最期の最後まで子供を思い、その結末を拒む、母の声。もうただの憎しみの塊のようになってしまっている中柄の感情。それが流れ込んでくるような息苦しさ。
『ユルサナイ』
「許せなんて言わねぇ」
深雪は返す。命を奪われた者が、そうされて当然なんて思うことはそうそう無い。そう在ることが出来る者が、ここまでのことをやろうなんて考えない。良くも悪くも、中柄は高次ではなくただ改造された人間。そもそも軍事的なところに関わりも持たなかった一般人でもあっただろう。その考え方は、そう簡単には変えられない。長い年月を経たとしても。
『ユルサナイ』
「ああ、でもアンタはもう何も出来ない。鎮まれ。これ以上はもういいだろ。アンタがアイツの言いなりになる必要なんてない。ただ、もうゆっくり休んでおけ」
周りではそれを妨害するために出洲の猛攻が止まらない。脅威度判定は、近くにある夕立と黒深雪を一番高くしているが、艦載機の大蛇は常に深雪を狙っている。
それを食い止めているのは電と白雲。電が煙幕を撒き散らして『ジャミング』の模倣をしつつ、白雲が『冷却』の力を全力で込めた鎖を振るってその先へと行かせないようにしている。
「深雪ちゃんを邪魔させないのです! 白雲ちゃん、煙幕を吸うのではなく、電が力を貸すのです!」
「電様、なんと心強い。我らならば、お姉様を必ずやお守りすることが出来ましょう」
煙幕を撒き散らしながら、電は白雲の隣でその肩に手を置いた。それは接続されたということとなり、白雲の力が外付けで増幅、さらにほ電にも『冷却』の力が扱えるようになる。
より強く、より冷たく、白雲の鎖は速さを増して艦載機に襲いかかる。避けられることも多い。だが、増幅した『冷却』は、出洲の想定を僅かに超えていく。電による増幅が、冷却の範囲を拡げていたのだ。
結果、掠めてもいないのに艦載機は凍りつき始めた。
「行けるのです! 深雪ちゃん、頑張ってください!」
「お姉様、我らがお守りいたします。敵にすら手を差し伸べるその優しさで、その者をお救いくださいませ」
「なのです! そんな人でも、救われるべきなのです! しがらみから抜け出して、もうゆっくりと、休ませてあげてください!」
願いは、自分のモノより、他の者のモノの方が強い。1人で祈るより、願うより、確実に強い力となる。
そもそも特異点は、他者の優しい願いを叶える存在だ。電と白雲からの、『中柄を救ってほしい』という、弩級の優しい願いが乗ったことにより、これまでの浄化の力が一気に強くなる。
『ユルサ、ナイ』
深雪に聞こえるその声が、何処か途切れ始めた。恨み辛みからの声が、純白の煙幕に包まれて、少しずつ解きほぐされてくる。浄化の願いが届いてきている。
「疲れたんだろ。だから、眠っていいんだ。誰も責めねぇよ。大丈夫だ、アンタが心配しているアイツ……アンタの子供も、すぐに来る。いや、今のままなら来れねぇかもしれねぇ。だから、まだ余力があるなら、手伝ってくれ。必ず、アンタの子供も安らかに眠らせてやる」
これまでは憎しみによって子供のことすら忘れかけていた。アレだけ大切なモノだったのに、憎しみという感情に支配されて、穢れをばら撒くだけの装置にされて、本当に大切なモノが、端に追いやられていた。
『……アスタ……』
「アイツ、あすたっていうのか。わかった。あすたも穢れなんかにならずに、もう苦しまずに、眠れるようにする」
『アスタ……アスタ……セメテ、セメテアスタハ……』
ただひたすら憎しみを持つだけでは無くなった。子供思いの母の側面が、煙幕によって表に現れてくる。穢れの底から救い出し、歪んでいようが優しさある者が、そこに存在していた。
煙幕の中に立つ、1人の女性。中柄なのだろうが、見た目は大きく異なった、本来の中柄──出洲 紫亜の姿。穢れまみれの、利用されていた者とはもう違う。ただ母という姿を、深雪の前に現した。
「アンタは本当に、子供のことを思ってただけなんだよな。死ぬしか無くなっちまったけど、離れ離れになんてさせねぇよ。ちょっと待ってろ。すぐにでも、アイツを──」
浄化を続けながら、深雪はその視線を今度は小柄の亡骸──転がった生首の方へと向ける。怒りに歪んだ、憎しみを湛えた、目を背けたくなるような表情。子供がする顔ではないと思いながらも、それもまたここまで歪まされた結果なのだろうと理解する。
ああなるように仕向けているのは、どう考えても出洲だ。本来ならば戦いにすら参加する必要のなかった一般人。だが、こうして家族すら利用している。
『アスタヲ、モウ、トキハナッテ』
煙幕に立つ女性は、涙ながらにそれを願った。もうこんな苦しい思いを、愛する我が子にさせたくない。
深雪の願いに、中柄の願いが乗った。穢れというしがらみから解き放たれ、母という姿と成ったことで、それはただ子供を思う優しい願いへと昇華される。
優しい願いならば、特異点は汲み取る。そこに、目の前にいる者の願いなのだから、確実に。
「それがアンタの本心なんだな。閉じ込められていた、歪まされていた、本当の思いだったんだな。了解、その願い、あたしが預かった!」
煙幕が溢れる手を、ドロドロになった亡骸から離す。手は黒い血まみれとなってしまったが気にしない。それはさらに溢れる煙幕で、中柄の最期の本当の願いの結晶となる。
「……特異点、君は、本当に……」
夕立達を相手取りながらも、心底嫌そうな顔を見せた出洲。しかし、それは今度は別のカタチで歪むことになる。
「いい加減にしなさいよね」
出洲の眼前に、刀の切先が迫ってきていたのだ。咄嗟の判断でそれを避けたようだが、出洲はその時に完全に攻撃の手が止まった。
そこにいたのは、神風。中柄が深雪によって浄化されていったことにより、身体を縛る穢れが失われた、いや、振り払える程にまで少なくなっていた。
そのため、本来の速さとまでは行かずとも、ある程度の力を取り戻し、真っ先に出洲を狙ったのだ。
「はっ、逃げ足だけは速いわね本当に。生きることに重点を置いてるってのがよくわかるわ」
脅威度判定が一気に塗り替わる。煙幕ブーストを二度受けた夕立よりも、特異点の力を扱いながら天井の換気扇を狙う黒深雪と雷よりも、今ただそこに立つ神風が、最も脅威であると認定された。
特機による『改造』の曲解、深雪による煙幕ブースト、そして本人の研鑽によって得られた超人の力。その全てが、ここにいる誰よりも危険であると、出洲の中では割り出された。
「……あの母親も、可哀想ってのはわかってたこと。でも、深雪のおかげで、本来の母親らしさを最期に取り戻せたんじゃないかしらね。ダメだったのは、ダメンズな父親だったってことよ」
限界を越え続けているため、神風も苦しいのは変わらない。しかし、ここでやらねば、本当にやりたいことが出来なくなる。振り絞って、振り絞って、前に進むのみ。
「深雪、行きなさい。それと、ありがとう。ようやく、私も戦える」
小さく微笑み、出洲を睨みつけた。最高戦力の復活は、ここからの戦いの流れを完全に引き寄せる。