中柄の亡骸へと辿り着き、その冥福を祈って浄化を進めた深雪。恨み言を呟き続けていた中柄の亡骸だったが、溢れさせる煙幕の中に現れた、中柄──紫亜から、その本心が導き出された。
息子を、明日太をもう解き放ってほしい。親としての愛情を、元々持っていた気持ちを最期に溢れさせ、その言葉を紡いだ。それは特異点に絆されたとかではない。苦しむ子供を見ていたくないというだけ。
深雪はその気持ちを汲んで、小柄の浄化へと向かう。死してなお苦しみ、怒りと憎しみに囚われた悲痛な表情を浮かべる生首を、安らかな眠りに誘うために。
それを忌々しげに見ていた出洲の前には、中柄の穢れと呪いから解き放たれた神風が戦線復帰していた。夕立や黒深雪と雷のコンビをゆうに超える脅威度判定の持ち主は、そこにいるだけで出洲の視線を釘付けにする。
「深雪の邪魔はさせないわよ。貴方は私が斬るわ」
「人斬りなど、平和から最も遠いんじゃないかい」
「私が斬るのは人じゃないもの。あら、もしかして貴方、自分を人間だと言っているの? 高次の存在だ何だと言いながら、こういう時ばかり人間を名乗るのね。都合のいい高次だこと」
出洲は理解している。神風に納刀させてはいけないと。今はそのまま振るっているが、納刀したら最後、中柄を死に至らしめた、あの途轍もない一撃、『無』の一閃が放たれる。
真剣にそれを見ていたわけではない。艦載機の視界でそれを流し見していただけ。当然守るために動かしてもいた。それなのに、抜いた瞬間、斬った瞬間、納め直した瞬間、その全てが目に映らなかった。そうしたという行動がまるで無かったかのように、放とうとした瞬間にはすでに終わっていた。
いくら出洲でも、アレだけはどうにもならない。アレを何度も放てるかは知らずとも、一度見せたということは、次もあると考えるのが当たり前。手段そのものが、手数を減らさせる単純なブレーキ。
「厄介だね。今や、君をどうにかしなければ話にならない」
「あらどうも。ならどうにかしてみなさいよ。私を止められるモノなら止めてみなさい」
「無論だ。まずは君を、徹底的に止めさせてもらう」
出洲の言葉は本気だった。目の前にいる神風を絶対に始末する。その宣言を実現させるため、艦載機の大蛇すら総動員する。それほどまでに脅威度が高い。
本体の凶悪な攻撃力に加え、質量兵器まで持ち出されても、神風は一切臆さない。穢れが振り払われたことで、身体がとても軽く感じている。限界を幾度となく超え、明日は間違いなく倒れるとわかっていても、まだまだギアは上がったまま。足取りは軽く、視野も広い。消耗はあるのだろうが、それを感じない。
「納めさせない。抜かせない。君の最大の行動は居合だ。それをさせなければいいだけの話だ」
「ええ、その通り。私はあの居合が一番威力のある攻撃が放てるわ。でもね」
向かってくる艦載機の大蛇を、真正面から見据えて、刀を納めることなく振り回す。それだけで、次から次へと大蛇は破壊されていった。
居合として放てば、『零』や『無』の一閃が放てるだろうが、そうでなくても充分過ぎるほど速い。
「そうでなくても、貴方の目は釘付けに出来るのよ。だってそうでしょ。貴方はもう、
神風は、自分自身が囮となっていることを理解していた。だからわざわざ目の前に現れて、喧嘩を売るように存在感をアピールしていた。そうでなければ、穢れから解放された時点で納刀しているし、何も考えずに居合を放っている。
近くに夕立や黒深雪と雷がいたというのあるし、艦載機の大蛇が周りを見続けているから、本当の狙いが達成出来なかった。出洲を斬れば終わりかもしれないが、本当に終われたかはわからない。ならば、確実な方を取った。
「……君に九割五分を注ぐだけさ。残りの五分で止められる」
強がりにしか聞こえない発言だが、事実、艦載機が数機、黒深雪を止めているだけで、天井への攻撃はなかなか出来ないでいる。照準をまともに合わせることが出来なくなり、四方八方から拳が飛んでくるようなモノのため、黒深雪も苦戦を強いられる。
夕立にも同じだ。数機の艦載機が進むことを止めている。夕立の今の力ならば、全力でジャンプするだけで天井に届くだろう。砲撃より、直接攻撃した方が確実としたいが、それを邪魔しているために、思うように動けない。
だが、出洲は何もわかっていない。それだけ強く輝く者に囲まれていると、
「貴方の余裕の無さが手に取るようにわかるわ。私が斬り続けて、そこに補充し続けるしかない。根比べでもいいわよ。無限の供給が無くなっていても、貴方より私の方が先に力尽きるかもしれないものね。でもね、私には仲間がいるの。別に天井なんて壊さなくても、貴方の大嫌いな煙幕を邪魔する換気扇は止められるのよ」
神風が何を言おうと、その視線を外すことは出来ない。自身の力も使い、神風からの攻撃を全て食い止めなければならない。大蛇を嗾けながら、自分でも攻撃を繰り返し、神風には何もさせないようにしていく。
じっとしているからこそ、視野は広くなる。戦闘に長けたモノならば、じっとしていなくても次の行動を予測し、周りを見ることが出来る。今の出洲には、本人の自覚していないところに焦りが出てきていた。故に、それがもう見えていない。
神風達にもその動きは見えていなかった。何故なら、
「止まった……!?」
それに最初に気付いたのは、黒深雪だった。天井を撃とうとしても艦載機に阻まれ続けていたため、まともに撃つことも出来なかったのだが、そんなことをしなくても換気扇が止まったのだ。
「煙幕が吸われねぇ! 雷、全力で出すぞ!」
「ええ! みんなのために、徹底的にサポートするわ!」
妨害が無いのならば、もう何も気にすることはない。この後倒れたっていいと思えるくらいに、全力で煙幕を放つ。
「……まさか」
何故換気扇が止まったのか。答えは至極単純な話である。この状況であっても、出洲はそちらを見るしかなかった。
換気扇のスイッチが、オフにされていただけ。本当にそれだけ。その上で、二度とオンにならないように破壊すらされていた。
「貴方の目では見えていたんじゃないの? 私達の目には、全く映らなかったけどね」
「……そうかい、彼女が」
「最初に見た時に始末しなかったからこうなるのよ。結局は、高次に至ったからなんていう慢心で、自分の首を絞めているの。こっちとしてはありがたいけどね」
それをしたのは、当然誰の目にも映らない者、子日である。正確には、出洲の目には映っていたが、そちらに意識を割くことが出来なくされたが故に、姿を消して行動されたことで、その動きを追えなくなった。
子日の脅威度は、傷を負って戦えないグレカーレと伊203を除くと完全なる最下位。むしろ、目の前の脅威度が高過ぎるだけ。そんな状態で、構っていられなくなった。
「煙幕が止まらなくなったなら、もうこちらのものよ。これでもまだ貴方は、特異点に頼って堕落したなんて言うのかしらね」
「いや、もうそういう段階ではあるまい。君達は本当に、平和を拒む者ということなのだろう。とても悲しい話だ」
「まだまだ随分と余裕があるのね。こちらはずっとハラハラしっぱなしなんだけど」
刀を納めようとすると、すかさず艦載機が邪魔をする。大蛇として突っ込んでくるため、神風も避けながら次の攻撃を考えねばならない。
これまではそれで終わっていた。今は、黒深雪と雷の煙幕をある。邪魔されることなく、その場に滞留させられるようになったならば、サポートは完璧に出来る。それこそ、神風に二度目の煙幕ブーストをすることだって。
瞬時に移動し、神風自身を狙う出洲本体も、軽々とは言えずともしっかり回避していた。目の前にいる状態ならば不意打ちにもならない。神風のスピードならば、互角かそれ以上に対応出来る。
そもそもここには夕立もいるのだ。他にも見なくてはいけないところが無くなり、常に出洲に目を向けることが出来るようになった今、二度のブーストを貰っている夕立は再び脅威度が上がる。
出洲にはプロトタイプの勇者の盾もあるため、攻撃は簡単には通らない。それでも、やり続けることに意味がある。それは、深雪のためにもなる。
「待たせたな、クソガキ。お前の母ちゃんが、お前を救ってほしいって言ってたからな。ちゃんと、お前も眠らせてやる」
深雪が、小柄の生首の元への辿り着いた。今の出洲には、それを止める余裕などない。