中柄に続き、小柄の浄化も完了。穢れは失われ、安らかな眠りを与えられた。
深雪がそうしている間に、換気扇は止まり、縛られていた者は復帰。戦況は一気に後始末屋に傾いている。
「……よし、これであたし達を遮るモノは無くなった」
小柄の亡骸を安置して、立ち上がる深雪。これまで一切の妨害が入らなかったのは、脅威度判定堂々の最上位である神風が出洲の真正面から戦いを挑んでいるからである。それを見て、やっぱりすごいなと笑みを浮かべる。自分の実力ならば、あの出洲とあそこまで優位に戦うことは出来なかっただろうと。
「最後は出洲だけだ。あいつは今ここで終わらせる」
「なのです。もう、邪魔なんてさせません」
深雪の祈りをサポートし続けた電も、深雪の隣に立って気合を入れ直す。ここまで来たのだから、もうあとは押し込むだけ。
それでも出洲は何をしでかすかわからないのだ。煙幕を溢れさせ、この戦場を手中に収め、さらに確実な勝利へと向かう。
「白雲、行ってくれ」
「お任せを。彼奴には相応な痛みを」
深雪を守るために奮闘していた白雲も、鎖を握り締めて戦線へ。神風の戦いをサポートするために、その力を振るう。
「よし……じゃあ、やるぞ。ここを全部、包み込む!」
「なのです!」
改めて、この戦いを終わらせるための最後の一手、優しい願いが込められた煙幕が撒き散らされた。そこに込められた願いは至極単純、『もう誰も傷付かず、苦しい戦いが終わってほしい』。そのただ一つである。
出洲に死ねと言っているわけではない。しかし、出洲が死ななくてはこの戦いは一生終わらない。反省しろと見逃したら、後で確実に恩を仇で返してくる。
小柄のように謝ることもない。中柄のように子を慈しむこともない。ただひたすらに、自分の中の平和を達成するために全てを投げ捨てて自分本位で動き続けてきた者。そんな悪意の具現化のような存在を、この世界から追放しなくてはならない。
結果的に、戦いを終わらせることと、出洲を容赦なく始末することは、イコールで繋がれた。それによって、この煙幕はそれを確実なモノにするための力を得る。
「……これは」
出洲が真っ先に気付く。この煙幕には触れてはならないと。これは特異点の願う平和を実現するための力。自由を奪う者の力を失わせていく、悪意ある者にのみ毒として作用する煙。
優しく、強く、温かく包み込むその煙は、換気扇のない今、深雪と電を中心にどんどん拡がっていく。その勢いは凄まじく、床はすぐさま大半が埋まっていき、そこからさらに空気中にも拡がる。
「温かい……力が漲るわ」
「ぽい! もっともっと動ける!」
その煙幕に背中を押されることで、逆に仲間達は活力が漲るようだった。身体が軽い。限界を超えていても尚、鋭く動く。視野が拡がり、何でも見える。煙の中なのに、見えないモノがない。
「これが、本当の特異点の力か」
「かもしれないわね。私達は貰い物だもの、ここまで出来ないわ」
「だとしても、あたし達もやらない理由がないな」
「ええ!」
戦いをサポートするだけではない。黒深雪と雷は、この煙幕の力を受け、自分達もまた選んでもらえた特異点なのだと自覚する。その力が本家には届かないモノだとしても、同じようにこの戦場を温かなモノで包み込むため、出せる限りの煙幕を、心のままに溢れさせた。
2人で巻き起こした煙幕の嵐に、さらに2人が加わって、その勢いは止まるところを知らない。視界がどんどんと白く埋め尽くされていくが、仲間達はその全てを見通すことが出来ていた。
逆に、出洲にはデメリットにしかならない。視界を潰されるわけにはいかず、少しずつ下がりながらも、艦載機の大蛇を神風に嗾けつつ、風を起こして煙幕を振り払っていく。せめて自分には触れさせない、自分を侵させないと。
出洲は完全に退いていた。このままでは勝てない。このままではやられる。それが嫌でも現実のモノとなろうとしていた。
「危機感を覚えたみたいね」
そしてついに、神風が納刀を完了した。神風に向かう艦載機の大蛇は、煙幕に後押しされてさらに力を増した夕立と、改めて参戦して凍りつかせていく白雲によって止められている。
「斬るわ。もう、貴方はこの世界に必要ない」
「平和をも斬るのかい」
「いいえ、貴方を斬って平和を勝ち取るの。貴方は平和の使者なんかじゃない。救世主なわけがない。誰がと言われれば、それは深雪になると思うわよ。これだけみんなのことを思っているんだもの」
出洲は退いている。少し距離がある。だが、前は開けた。一歩、さらに一歩、強く床を踏み、勢いを増していく。
ただ見えないだけでない、『零』を超えた『無』の一閃。中柄に決めたその時とはまた違った、最高の後押しを背中に受けたことで、神風は最高の一刀を放つことが出来る。
出洲には、抜かれる前からその脅威度はわかっていた。神風が常に脅威度が最上位だった理由は、完全にコレが理由である。今刀を抜かれたら斬られる、殺される。『未来視』が無くても、その未来は手に取るようにわかった。だから妨害し続けたのだ。
高次の存在へと至っても、脅威だけは取り除けない。二度目の命だからこそ、死への恐怖は人一倍。全ての脅威を取り除かなければ、落ち着くことも出来ない。だからこそ、脅威度判定を行い、自分の命を奪う存在を優先的に排除しているのだ。
だが、今のこの戦場、目の前の大きすぎる脅威に、判定が狂わされる。処理が追いつかなくなる。オーバーフローを起こして、間違った演算をしてしまう。
もう、目の前のモノ全てがひたすら脅威になる。
「させない。私は、世界の平和を実現する」
この期に及んで、出洲はまだ抵抗をやめない。神風の一閃を止めるために、艦載機を刀へと嗾ける。鞘に納まっているのならば、もう二度とそこから抜かせないだけ。刀を抜くにも、それ相応に力が必要なのだから、それを押さえ込んでしまえばそれでいい。
しかし、出洲の計算は確実にズレた。もう、あの広かった視野は存在していない。無意識の焦りによって視野は狭まる。
「ダメですよ」
そこには、煙幕のサポートで『未来視』がさらに冴え渡るフレッチャーの砲撃があった。神風を邪魔することは、既に視えていた。フレッチャーはそこに攻撃を置いておくだけ。
神風を邪魔する艦載機は、もう無い。神風の一閃を止められるモノは、何もない。
「行ってくれ……神風!」
特異点の、深雪の応援が耳に入ったことで、神風はさらに力が増した。
「勿論」
そう呟いた時には、チンと、鞘が音を立てていた。
誰の目にも見えていない。ただその音が鳴ったとしか思えない。だが、それこそが『無』の一閃。抜いた時には斬っていた『零』を超えた、時すら置いてけぼりにする、斬ったという事実すら見えない不可視の一撃。
「……そこまで、平和を否定するのかい」
出洲が初めて、小さくふらつく。ここまで余裕ある態度を崩していなかったが、ついにそれが崩れた。
誰が見ても苛立ちを持った表情。それは、悪が蔓延る世の中を憂う正義というよりは、自分の思い通りにならなかったことに苛立つ子供のように見えた。
「何度も言わせないで。貴方の望む平和は、平和じゃないわ。こちらの平和を否定するのなら、自分も否定されるのは当たり前でしょう」
「……ああ、その通りだ。その通りだとも。だが、君達は、争いある世の中を平和と宣う」
「だから皆殺しにしてでも争いを無くすって? 馬鹿馬鹿しい。そんな極論で動いているから、こうなるのよ」
じわりと、出洲の身体に斬り傷が浮かび上がる。時を置いてけぼりにした『無』の一閃によるダメージを、ようやく身体が自覚した。
「だが、しかし。そうまでしなければ、人類は理解しない。自由意志があるからこそ、無駄な争いが生まれるのだ。自由を持つ者は、それを自覚した者だけでいい。管理出来る者だけでいい。私が、それらを管理運営し、争いを、全ての争いを無にするのだ」
ビシッと、出洲の身体に完全な傷が浮かんだ。しかし、中柄の時のように血が撒き散らされることはなかった。
中枢棲姫の特徴。それは、肌の下に機械的なモノが存在していること。それを知っているため、グレカーレは出洲が艤装人間なのでは無いかという疑いをかけている。
事実、それは
そんな身体だからこそ、『無』の一閃を耐えた。耐えてしまった。
「二度と死の苦痛を得てはいけない。そのために、邪魔をするモノは全て排除する。特異点はその筆頭だ。人類を堕落させる。頼られ、与えるからこそ」
「違うでしょ。貴方の思い通りにならない自由さを持っているから気に入らないだけでしょ。結局、貴方の求めている平和は、平和なんかじゃない。自己中心的な、自分だけの世界を作ろうとしているだけの、ただの理想論、いや、そこまでもいかない、ただの妄想よ」
神風は呆れてそれ以上言えなかった。
平和だ正義だと言いながらも、結局は我儘を押し通そうとして、世界中に迷惑をかけた愚か者。それが、出洲に下された裁定である。