仲間達の力を結集させ、ついに神風の一太刀、『無』の一閃が出洲に入った。中枢棲姫の特徴を内包していることから、半分は艤装の身体であった出洲は、その一撃を受けたとしても血を噴き出すようなことはなく、膝をつくことなく耐えてしまっているものの、ようやく大きな傷を与えることに成功はした。
ここからは押し込むのみ。ただの妄想を口にし続ける悪の権化を、この場で終わらせなければならない。
「しぶといわね。でも」
「いや、もうさせない。私も君達がここまでするとは思っていなかった。君のその一太刀、
出洲が不穏なことを口走る。もう後がない状態だというのに、余裕もない状態だというのに、その口調は相変わらず余裕を持っているような、癇に障るような物言い。
確かに『無』の一閃を受けていながらも、艤装化されている身体のおかげで血もほとんど出ていない。バッサリと行かれているようで、傷自体がそこまでに見えてしまうところはある。息も絶え絶えということもない。だからと言って、ここまで何もないはあり得ない。あり得ないはずなのだが。
不安はすぐに取り払うのが一番である。神風は考えるまでもなく、二撃目を叩き込まんがために刀を鞘に納める。しかし──
「一度目は見ているだけだった。故に、解析は出来なかった。二度目はその身に受けた。故に、それが理解出来た。私は、この場でさらに上に行く」
神風の刀は、抜かれることはなかった。踏み込む前に、出洲がその刀を押さえ込んでいたからだ。重傷を負っているにもかかわらず、そのスピードはさらに上がっていた。
終わらない。まだ、終わらない。
「私の命は風前の灯火なのかもしれない。ならば、その命を以て、君達争いを望む者達に後悔を与えよう」
メキリと、神風の腹から鈍い音。瞬時に、神風すら反応出来ない程の速さで、その手刀が神風に食い込んでいた。
「かっ……!?」
本来ならば貫く程の威力なのだが、そこは傷を負っているからか、幾分か威力が落ちている。だとしても、内臓にとてつもない衝撃を受け、肺から空気が一気に漏れる。いくつか臓器が潰れたような感覚すらあった。
出洲の往生際は本当に悪かった。敗北は絶対に認めない。これまで幾度となく失敗をしてきただろうが、今回は自分の命が対価となるような失敗。それを認めたくないのか、それとも、認めたが故にここまでの底力を見せているのか。
だが、一つわかることはある。これまでは死のトラウマを無意識に感じていたことで、命を糧にしたブーストを自らに施すことはしていなかった。小柄や中柄でもやっていた、この戦いに絶対に勝とうとする意気込みが見えなかった。しかし今の出洲は違う。今の命が潰えることを理解したことで、ならばと潰える命を糧にして、最後に報復をしてやろうと考えたのだ。
要は、これまで死の恐怖に怯えていた者が、それすらも無くしてしまった。無意識に嵌めていた枷を、さらに無意識に取り払ってしまった。
「そうさ、私のこの身体は君達のせいで終わる。もう長くは保たないのだろう。だが、私の意志は、平和への渇望は、こんなことでは終わらない。今は構わない。命を落とそう。だが、
一撃入れられた神風に、さらに一撃。凶悪な蹴りを叩き込まれて、そのまま壁際にまで吹き飛ばされる。神風であっても避けられず、耐えられなかったその一撃は、意識を飛ばすまでは行かないまでも、神風に大きな傷を負わせるには充分だった。
今、この空間に撒き散らされた煙幕は、仲間に対しての優しい願い。この戦いを終わらせようという前向きな強い思い。しかし、これまでのような、攻撃が絶対に当たらない、こちらしか相手を知覚出来ないなどの効果はなく、全員のスペックの底上げを目的としたモノ。
今は攻撃も当たる。ガードもしない。当たってしまえば、
「君にも大概苦労をさせられる。傷付かないのかな。ならば、その意識を落としてしまえばいい」
「ぽっ!?」
次に狙いを定めたのは夕立。これまで艦載機をさんざん破壊してきた者への報復に、追いつかないほどの速さで接近し、首を掴んだ。
殴る蹴るでは傷はつかない。衝撃という内部へのダメージも煙幕ブーストで克服している。だが、
「夕立!?」
「黙っていたまえ特異点。こうなったのは誰のせいだと思う」
「テメェのせいだろうが。人に責任を押し付けてんじゃねぇよ!」
深雪の叫びも虚しく、出洲はスピードに乗ったまま、夕立を壁まで持っていき叩きつけた。首を持ったまま。
本来ならば首の骨が折れている。それどころか、首そのものが捥げていてもおかしくない。『ダメコン』があるからこれで耐えられている。しかし、気道が完全に圧迫され、息が出来ない。
「っ……っっ!」
出洲の腕を殴ってどうにかしようとする夕立だが、命を糧にした出洲は、そんな攻撃でもびくともしない。何もかもが数倍に跳ね上がっているかのように感じる。
代わりに、胴についた傷からドス黒い血が流れ始めると同時に、小さくだがバチッと電気が走ったかのような光が走った。本当に死に際の最後の灯火を使っていると感じられる無茶。
このまま行けば、出洲は間違いなく死ぬ。だが、死ぬまでに何人も道連れにしてやるという気概を感じる。
「神風は我が妻を、夕立は我が息子を死に至らしめた。ならば共に死なねばなるまい。まぁ、私の家族は戻ってくるがね」
「っあ……っ」
「夕立様!」
その出洲の猛攻を止めるために、今度は白雲が鎖を振るった。そのまま凍りつかせたら夕立にも被害が出そうだが、今はとにかく出洲を止めねばならない。そのため、躊躇なく出洲を凍らせるために一歩踏み込む。
しかし、出洲は白雲を一瞥すると、首を掴んだ夕立を振り回して、事もあろうかそのまま白雲に投げつける。奇しくも、出洲が無限供給を失った際の行動と近しい、夕立を白雲に押し付けるもいうカタチの再現となった。
「っ……!」
「君もやりたい放題してくれたね。対象から温度を奪い、凍り付かせる力か。ならば君の命が凍りつくといい」
投げられた夕立は白雲に直撃。咄嗟に夕立を庇うように抱きしめた白雲だが、身体に走る衝撃は普通ではなかった。艦娘1人を片手で投げているのに、この威力はおかしいと思える程に。
さらに出洲は追撃。気付けば夕立の真後ろに立っており、猛烈な蹴りによって白雲に押し込んだ。その威力はやはり凄まじく、2人諸共壁に激突させる程に。
その際にまた出洲の胴から血が溢れ、さらにバチバチと火花が散る。出洲自身が相当無理をしているのは目に見えて明らか。
「これまでの戦いで、君達の手段はさんざん見せてもらった。解析し、自らに構築するのには骨が折れるよ。だが、身を以て知った事で、全てが腑に落ちるところまで来た。代償は私の命のようだが、それだけの価値があった。君も、君も、君も、その手段はようやく全て解析出来た。もう、私には何も通用しない。神風の速さも、夕立の硬さも、白雲の特殊な力も、もう何もかも、だ」
出洲の言葉は、あながち間違っていなかった。これまでの戦いを動かずに艦載機で牽制し続けていたのは、ここにいる後始末屋の能力の解析も兼ねていたのだろう。ただの艦娘ならば、それで全てがどうとでもなる。しかし、特機寄生によって得られた特殊な力は、簡単には解析出来ない。
時間をかけ、妻と息子を犠牲にして、最後は自分の命すら懸けて、その解析に成功してしまった。阿手の研究成果でもあることから、辿り着くことは可能だった。理解したところで身体が追いつかないということもあり得たのだが、命を糧にしたことで、そこにすら追いついた。
神風の超人の力も、結果的には解析出来ていた。長い年月をかけた、研鑽の結果であり、『無』の一閃は艦娘としての力と特異点の力が乗ったことによる、速さの特化。出洲はそれを命を糧にしたブーストと、物理的に自らのクロックを速めることでそれを再現した。身体の一部が艤装だから出来ること。処理速度を意図的に速め、暴走寸前にまで出力を上げたことによる、神風の模倣。
「研究は模倣から始まる。そして、独自性に昇華する。君達は、最後に私に素晴らしいモノを見せてくれた。おかげで、私はここまでの力を手に入れることが出来たよ。結果死ぬとしても構わないさ。
今の出洲には、死すら過程になっていた。妻と子をもう一度蘇らせることが出来ると言っていた通り、自分もまた蘇ることが出来るのだと平然と語る。
それでもこれまでは死を恐れていた。自業自得とはいえ、その死に方はトラウマになるのも当然だった。それすら吹っ切れてしまったら、出洲は無敵になる。
死に際の往生際の悪さによって、この戦いは最終段階へ。出洲は長く保たない。しかし、神風のスピードを解析したことにより、それまでにここにいる者達を確実に始末する。