解析と命を糧にしたブーストにより、神風の『零』の一閃と同等な速さまで手に入れてしまった出洲は、残り少ない命でこの場にいる後始末屋を全員始末する方向に動き出している。
脅威度判定は残ったままであるため、死ぬまで行かずに戦闘から離脱した者は放置し、現状最も脅威である特異点、深雪を集中的に狙っていた。
煙幕によって身を護りながらも、その猛攻に耐える深雪。出洲に時間が残されていないことからも、その猛攻はどんどんと速くなってきているのだが、煙幕の扱いに最も長けていることもあり、ギリギリで耐え続けている。
研究者らしく、見たモノを全て解析していく出洲は、今や超人である神風の力と同等、もしくはそれ以上の力を得てしまっている。灯滅せんとして光を増す。死に際に過剰すぎる力を持ってしまった。
それで本当に終わりならばまだ良かっただろう。しかし、出洲は自身で、『また戻ってこれる』も語った。ここで命の灯火が消えたところで、かつてのようにもう一度その命が呼び起こされ、これまでと同じように歪んだ世界平和のために尽力するのだろう。ここまでの知識、記憶を全て持ったままだとしたら、最悪である。もう本当に誰も止められなくなる。瀕死の重傷も無しに、超人の力を扱えるようになった、真に高次の存在となり得てしまうのだ。
だが、その出洲にも1つだけ出来ていないことがあった。それは、防戦一方になりながらも深雪がうっすら気付いていた。
「コイツ……特異点の力だけは解析出来ないな……?」
攻撃を紙一重で避けているため、出洲の『零』の猛攻は幾度となく深雪を掠め、生傷が次々と増えていく中、深雪の中でそれは確信となっている。
もし煙幕を解析出来ているのならば、今頃その手刀は自分の身体を抉っていることだろう。神風のように臓器を潰されているかもしれないし、夕立のように首を絞められているかもしれない。だが、それを一向にすることなく、ひたすら徒手空拳で殴り続けてくるのみ。
それもそのはず、出洲が解析出来るのは、あくまでも再現可能な技術のみである。それでも『改装』や『ダメコン』を乗り越えてくるのはおかしな話であるが、実際これは特機──いや、元を正せば阿手が作り上げた忌雷の力。研究者が作った技術により得られた力ならば、同じ研究者である出洲が解析出来ないわけがなかった。
だが、特異点の力はどれだけ研究しても解析が出来ないモノ。オカルトと言っても差し支えがない、未知なる力である。研究不能のその力を黒深雪に埋め込んだのも、それを解析するため。しかし、結局のところは、黒深雪に特異点の力を与えるだけで終わり、自分では何もわからない、最初から最後まで未知の力というところで収まっていた。
「……テメェ、まさか」
「なんだい、ようやく諦めてくれる気になったかな」
「特異点を毛嫌いしてるの、人類を堕落させるだのどうのじゃなくて……
出洲の攻撃が、少しだけ鈍った。言われたくないことを、言われたくない者から突きつけられたかのような、わかりにくくもわかりやすい反応。深雪であってもそれはわかったくらいである。
「マジか、おい、お前マジか。周りに都合のいい解釈させるだけで、根っこはただ自分が気に入らねぇってだけで、あたしの姉ちゃんだった2人の特異点をぶっ殺したのか。他の司令官や艦娘も含めて」
カマをかけたつもりが図星だったとわかり、深雪は心底出洲を軽蔑した。その攻撃を煙幕で防ぎながら、攻勢に出られないことを歯痒く思いながらも、それ以上にそんな巫山戯た理由で命を狙われているのが腹が立って仕方がなかった。
自分にわからないモノがこの世界に存在することが気に入らないと言っている。そんなモノ、他にも五万といるだろう。例えば、深海棲艦の存在、妖精さんの存在はその筆頭だ。当人は自分にその力を入れることが解析したという証明になるのならば、出洲の中では理解しているということになるのかもしれないが。
特異点の力は、そういう括りには入れられないモノだ。純正のカテゴリーW、純粋に全ての種族の力を取り込んだ、特異点にしかあり得ない存在。解析という行為そのものが烏滸がましいような、人間の考え方では並び立ってはならないような存在。歩み寄るならまだしも、嫌悪感から突き放し、あまつさえその命を奪うなど言語道断。
「平和には不要なモノだからさ。理解が出来ないことは軋轢を生む。実際、理解が出来ずに頼り切ることは、堕落していると言えると思わないかい」
「思わねぇよ。あたしはテメェみたいな自己中心的な考え方はしねぇ。同じ堕落だったらテメェの方がよっぽど堕落だ。やれることをやらせねぇ、自由を奪って、テメェは人間を
「争いのない平和さ、何処が堕落かな」
「人間が人間じゃなくなってんだよ!」
堕落とは、生活や品行が乱れて身を持ち崩すことや、本来あるべき正しい姿や価値を失うことを指す。出洲のやっていること、しようとしていることは、どう考えてもこの後者だろう。本来あるべき正しい姿、知性ある者を終わらせる、堕落させる行為だ。
そんな者が、仲間と寄り添いながら、海の掃除をしていく、そんな平和を目指している者を、堕落させるだなんて言える立場にあるわけがない。言っていることが全て自己紹介になっている。
「テメェは自分の思い通りにならないと気に入らないただのクソガキだ! 謝ることの出来たガキの方がまだ大人だ! ガキのことを思って頑張ってたテメェの奥さんはまだデキた大人だ! でもな、テメェはそんなヤツらすら、自分のやりたいことのやるために踏み台にしてるただのクズ野郎だ! 家族すら道具に堕落させてるヤツが、人様のことどうこう言ってんじゃねぇよ!」
反撃に転じようとする深雪だが、煙幕を解析出来ずとも、深雪の徒手空拳の実力は解析されていた。それもあるから反撃が出来ない。それ以上の攻撃で、反撃を封じられている。
攻撃は最大の防御とはよく言ったもの。『零』の猛攻は、それだけでも強力である。出洲は攻撃を止めない。何を言われても、何をされても、自分が正しいという理念を曲げない。
「人様に、世界に迷惑しかかけれねぇクズが! あたし達を否定するんじゃあ、ねぇ!」
「ならば君達も私を否定しないでもらえるかな。私に迷惑をかけておいて」
「巫山戯んな! 規模が違うんだよバカが!」
舌戦は互角。しかし、出洲は素知らぬ顔。さらに攻撃は速度を上げ、みゆきの生傷はどんどん増えていく。身に纏う煙幕に血液が混じり始め、精度が上がっては来るのだが、それでもまだ圧倒される。
時間を稼げば先に倒れるのは出洲かもしれない。しかし、その前に乗り越えられそうな不安も感じられる。それだけは避けねばならない。しかし、誰もこの攻撃を止めることが出来ない。
深雪は願う。出洲を止めなければ、本当に世界がどうにかなってしまう。今を変える力を、今をどうにか出来るだけの力を、今だけでもいいから、自分に、いや、この場の誰でもいいから譲ってくれと。
それは、渾身の優しい願い。最高となった特異点の、仲間も願う、最大級の願い。
「オーバークロック!」
突如、深雪の目の前から出洲が吹き飛んだ。出洲は何が起きたかわかっていなかった。
それもそのはず。
「全く、何をやってるんだい。まだ終わらせていなかったなんてね」
その一言で、誰が来たかはすぐにわかる。深雪が願った、現状を変える力。
優しい願いは叶う。特異点の願いは、叶う。
「僕の手を煩わせないんじゃないのかい?」
「時雨……!」
そこにいたのは、時雨。この戦場に現れた援軍。襲撃第二陣。
「足癖が悪い艦娘もいたものだ。また特異点に絆され堕落した者かい」
その一撃を受けても、出洲は倒れない。深雪を巻き込みそうだったので、まずは一撃で殺すくらいの勢いで蹴り飛ばしたのだが、ノーダメージに近い。直撃した瞬間に『ダメコン』の模倣をしたか。
「絆された? 君は何か勘違いしているようだけれど、ここにいる艦娘は何も深雪のために戦ってるわけじゃあないんだよ。仮に深雪がいなくたって、僕達はここに来て、君のくだらない野望を止めていたさ。まぁ、深雪がいなければこんな戦いなんて起こしていなかったかもしれないけどね」
「特異点の存在が」
「ということは、戦い自体を起こしたのは、それを始めようと考えた君だということだ。君が行動を起こさなければこんな戦いは起きなかった。君が行動を起こしたからこんな戦いになった。おや、全部君のせいだね。で、何か言ったかい?」
舌戦で時雨に敵う者などいない。出洲ものらりくらりと躱すタイプだが、何か言う度に挟んで出洲の悪性を叩きつけるものだから、最終的には口を噤むしか無くなる。すると、黙認は肯定というカタチで非を認めさせる。
「はは、やっぱ時雨がいるの締まるな」
「君が締まらないだけさ。こんな自分の意志すら曖昧な死にかけに何を手こずっているんだい。結局僕達が来なくちゃいけなくなったじゃないか」
「悪い悪い。なんつーか、ビビってたのかもしれねぇ。って、今『達』って言ったか」
「当たり前だろうに。僕だけのために潜水艇が動くわけないだろう。ほら、今一番欲しい援軍さ。感謝で前が見えなくなるんじゃないかな」
やってきたのは時雨だけではない。この戦場に欲しかった、仲間達の力。本当に欲しいモノは、ここから展開される。