伊豆提督と昼目提督によって、港湾棲姫を護送する準備が整った。店として無許可で使っていた空き家の前に、昼目提督がコンテナを運んできてくれたのである。
「いくら港湾棲姫と言っても、これくらいのサイズなら入れるわ。窮屈かもしれないけど、今だけは我慢してちょうだい」
「……は、はい、助かります……ありがとう、ございます」
しゃがみ込んで入れば、多少は余裕がある内部。このまま立ち上がろうものなら、頭をモロにぶつけることになるが、じっとしていれば大丈夫。
「よくもまぁこんなの持ってこれたなぁ」
「なのです……電と同じくらいの大きさなのです」
そのコンテナをまじまじと見ながら深雪は感心する。隣の電も、その大きさにビックリしていた。
コンテナの高さは大体電の身長と同じくらい。横幅はそれ以上。軽トラックの荷台より一回り小さいくらいである。
そんなものを担いで持ってくることなんて、いくら鍛えている男であっても無理であるため、それを牽引するための自動三輪まで持ち出している。勿論、コンテナの方にも車輪付き。
うみどりやおおわしへの物資搬入に多用されている、小型のトレーラーみたいなモノ。港ではこのような車両がよく使われており、この娯楽街でも店舗を営んでいる住人が物資搬入に使っている場合もあるくらいである。
そのおかげで、昼目提督がこれを運転していても、別段騒ぎになることはなかった。頻繁に目にするわけではなくとも、1日1回くらいは娯楽街を走ることがあるのだ。
「この辺は人通りもそれなりにあるからな。制限速度は大分低いし、それを超えるような運転は出来ねぇけど、こういう時に便利なんだよ。これはおおわし所有の専用機だけどな」
「専用機! なんかカッコいい響きだ……!」
「調査する
自慢げに語る昼目提督。その話を、深雪も目をキラキラさせながら聞いていた。運転してみたいと言われたら流石に断っていたが。艦娘が艤装を取り回すのとはわけが違う。
「港湾ちゃんは入ったわ。その上で、物的証拠も積めるだけ積んだ。マークちゃん、重量的には大丈夫かしら」
「割とギリっすね。でも動けないわけじゃないんで、大丈夫っス」
人間を乗り込ませるということは基本やらないこと。その上で遺留品も積み込んでいるため、コンテナの中は相応の重さになっている。
港湾棲姫は身体が大きい上に、スタイルが
「オレの声は聞こえるか?」
コンテナを小さくノックすると、か細い声で大丈夫と返ってきた。コンテナは簡単には壊れないくらいに頑丈に造られているが、声が届くくらいには薄い。内側から破壊しようとしても不可能だが、だとしてもあまり中で動いたら物音はどうしてもしてしまう。
周囲に一般人はいるため、あまり目立つような行為は出来ない。だが、やっておかねばならないことなので、ここで最後の忠告をする。
「オレがいいって言うまで、絶対に喋るな。身体も動かすなよ。余計な動きをしたら一発でバレると思え」
「……はい、絶対に喋りませんし……身動きひとつ取りません……」
「上出来だ。じゃあ、揺れるから我慢しろよ」
ここから護送となる。娯楽街を抜けるのだから、当然人は増えていくし、
前回の休暇の時も、軽食で腹を膨らませようとしたところで綾波と暁と対面し、そのまま行動を共にしたくらいだ。今回もそこと出会うことが一番の難関だと考えられていた。
「ハルカ先輩、少し回り道しますね。行きは娯楽街突き抜けてきましたが、そろそろ混み始めるでしょう」
「そうね。裏道ってわけじゃないけど、人通りがなるべく少ない方へ行きましょ。大きな荷物だし」
「もしここの連中じゃないヤツでオレらの邪魔をするような連中が出てきたら、容赦なく逃げますよ。つーか、トシパイセンに連絡でいいと思います」
軍港鎮守府所属の艦娘に何か言われるのも面倒臭いが、ここまで一連の流れを全て監視している元凶の手の者がいる方がさらに厄介。何かするでも無くこれまで港湾棲姫を放っておいた理由はわからなくなるが、ここで何かしら仕掛けてくる可能性だってある。
その場合、艤装を持っていない艦娘達はどうしても戦力外。海の上では強い力を持つ艦娘とて、陸の上では見た目の通りの女の子。駆逐艦なのだから余計に非力と言える。
そんな中で敵の襲撃を受けようモノなら、足手纏い以外の何者でもない。武器を持っているならまだしも、素手では何も出来ないのだ。
「神風ちゃん。荷物はアタシ達で運ぶから、アナタ達は休暇に戻りなさい。まだお昼ご飯も食べていないでしょう?」
「ええ、ちょっとバタついちゃったから、お腹も空いてきちゃったわね」
「ここからはアタシ達の仕事だもの。もう大丈夫よ」
むしろ、固まって移動する方が不審だろう。コンテナに何かあると思われてもおかしくない。提督2人だけで護送した方が不審感が削がれるし、もし誰かに質問されても乗り切りやすいだろう。
それに、軍港都市での散策という休暇によって、電と時雨にこの世界の楽しい部分を知ってもらうというのが大きな目的。こんなことでその目的が達成出来なくなるのは大問題だ。
「それじゃあお言葉に甘えて。みんな、私達の仕事はここまでよ。ここからはまた休暇に入るから、安心して楽しみましょ」
「いやいやいや、ここまで来たらもう最後まで行くだろ」
そんなことを言われても納得出来ないのが深雪だった。港湾棲姫がうみどりまで無事護送されれば安心して休暇に戻れるが、ここでお別れと言われてもはいそうですかとは言えなかった。
だが、それをすぐに神風が制する。
「私達は今、艤装も何も持ってないただの人間なの。貴女達だって、純粋種かもしれないけど今は人間と同じよ。そんな貴女が、護送を手伝ったとして何が出来るっていうの」
「それは、お前、少しでも力になれるかもしれないだろ」
「無理ね。だって、私だって力になれないんだもの」
艤装があるからこそあそこまでの戦闘力を持っているのが神風。その神風が無理だと言うのなら、深雪はもっと無理である。いくら運動神経が良くとも、それが役に立つとは思えない。
何より今回は護送作戦。港湾棲姫を守ることが一番の目的だ。例え多少は喧嘩が出来るようになったとしても、他者を守りながらの戦いはまだまだ未熟、むしろまだ学んですらいない。敵が
「……わかった。神風でも無理だってなら、あたしにはもっと無理だ。今回は諦める」
「そうして。こういう時はハルカちゃんを頼らなくちゃね」
「いつも頼ってばっかりな気がするけどな」
電は最終的に深雪が諦めてくれたことに内心ホッとしていた。ここでまた危険なことに足を突っ込むことはやめてほしい。しかし、深雪の考えも理解出来る。だからこそ、それに対して何か言うことが出来なかった。深雪の意思で諦めてくれたことに、心底安心していた。
「それに、ここから先のハルカちゃんは見ないに越したことはないわよ」
ボソリと神風が呟いたようだが、深雪の耳には届かなかった。
艦娘達と別れ、うみどりまでコンテナを運ぶ提督達。昼目提督は小型トレーラーだが、伊豆提督はそれを自分の足で追っていた。
「ハルカ先輩、大丈夫っスか。オレが走りますよ」
「大丈夫大丈夫。だからアナタは安全運転だけを考えて移動してちょうだい」
「……うす。疲れたらすぐに言ってくださいよ」
そうは言っても、昼目提督は伊豆提督の強さを知っている。小型トレーラーがそこまで速く走っていないため、この程度なら息も切らさずついてくるんだろうなと苦笑した。
現に、伊豆提督はここまでしても汗一つかいていない。行きも殆ど同じような状態で現場に駆けつけているというのに。どれだけ体力があるのだと疑問に思えるほどである。
「っと、マークちゃん、ちょっとストップ」
「うす」
「案の定、追っ手が来ているわ。少し裏道に入ったタイミングを狙ってきたわね」
港湾棲姫のことを疑問視されないように、人込みを避けた結果、裏路地とは言わないまでも人目につきにくい場所には来ていた。回り道ではあるものの、安全に護送するためとして。
「というかマークちゃん、
「その方が手っ取り早いんじゃないっスか?」
「言えてるわね。どうせ来るなら、こういうところでやった方がいいわ」
伊豆提督も潜水新棲姫のことを知ったことで、心の奥では怒りがグツグツと煮え滾っていた。最初から組織を潰すつもりで考えているくらいなのだから、追っ手が来ることはむしろ好都合。
「ごめんなさいね港湾ちゃん、餌に使っちゃって」
「い、いえ、大丈夫です……」
「アナタが運び出されるのを待っていたみたいね。あちらも隠れているっていう自覚はあるみたい」
そんなに港湾棲姫を始末したかったら、娯楽街であろうがやればいい。それなのにそれをしなかったのは、あちらも潜んでいるという気持ちが強いからだろう。
それに、港湾棲姫が艤装を装備して暴れ出そうものなら、嫌でも騒ぎになる。自分のことを顧みないで動き出しても、組織のことに繋がりかねないのだから、あちらも慎重にならざるを得なかったようだ。
だが、コンテナに入れられた港湾棲姫は突然暴れ出すことは出来ない。その上で、わざわざ人目のつかないところまで来ている。それならば、ここでそこにいる者を全員始末してしまえば全て方がつく。
「だとしても、アタシ達をどうにかしたら足がつくとは思わないものかしらね。もしかしたら、ここにあるもの全部処分するつもりなのかもしれないわ」
「それなら人数も集めているかもしれませんね。あの辺りの通行人、全員敵の組織のヤツだったのかもしれません」
「泳がせてたってことかしらねぇ。タイミングを計ってたのかも」
話しているうちに、ゾロゾロと人が集まってきた。先程まではただの一般人だと思っていた者も、当たり前のように伊豆提督達を取り囲んでいる。
しかし、その目は何処かおかしい。人間のそれとは思えないような、何処か
「……マークちゃん、どう思う」
「イリスに見てもらった方が早いと思いますけど、オレの見解からしたら、こいつらもカテゴリーYっスね。
その見解は間違っていないだろう。それがわかる部分がいくつか見え隠れしていた。人間のカタチはしているものの、一部深海棲艦のような甲殻が見え隠れしていたからだ。それこそ、これまで人間に
これすらも元凶の研究の成果だとするのなら、反吐が出るようなモノである。とにかく人間を犠牲にし続けているのだ。
「理性は……あるわけじゃなさそうね。誰かにコントロールされていると考えた方がいいでしょ。そのボスが何処にいるかはわからないけど」
「そっすね。じゃあ……やりますか」
「ええ、こうやって身体を動かすのは久しぶりよ」
小型トレーラーから降りた昼目提督が、伊豆提督と並び立つ。その時には、カテゴリーYの失敗作と思われる人間達が十数人、周囲を取り囲んでしまっていた。しかも、その全員が適当に武器まで持っている。拳銃のような音が出るような武器がないのは、なんだかんだまだ見付けられたくないという気持ちが強いということだろう。こっそり全員を始末するつもりのようだ。
相手は深海棲艦が混ぜ込まれた人間。ただの人間より間違いなく強い。武器まで持ち出し、人数差までつけられているものの、提督達は余裕のある表情だった。
「港湾ちゃん。見えていないと思うけど、音は聞こえると思うから先に言っておくわね。このこと、口外しないでちょうだい」
コンテナを守りながらの戦い。しかも、艦娘ではなく人間の戦いである。ここを無事に切り抜けて、うみどりまで辿り着くことが出来るか。
「海の上ではあの子達に頼りっぱなしだもの。こういうところで、アタシ達がやらなくちゃね」
「うす。艦娘を守るのがオレ達の務め。戦えない場所で戦うのが、オレ達の仕事っスよ」
深雪の戦いがまだ対潜しかないところで、なんと提督の戦いが先行してきました。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/109457013
駆逐艦の会の1人、梅。読書家の活字狂ということで、やはり本がついてくる。今回の散策でも欲しいものが買えてホクホク。もしこれで本を傷付けられたとしたら……ブチギレて全部台無しにしそうである。