港湾棲姫を護送する伊豆提督と昼目提督は、どう見ても人間とは思えないような狂気を孕んだカテゴリーYの失敗作に取り囲まれてしまった。コンテナが邪魔になることもあるため、うみどりへの道は裏路地を選択したのだが、そのタイミングを見計らって現れたようだった。
しかし、それ自体が昼目提督の狙い。タイミング的にここで追っ手を差し向けてくると読んでいたため、わざわざ裏路地を選択し、元凶の出方を見たのである。このままうみどりまで護送が完了したならば問題はなく、それを途中で邪魔されたとしても返り討ちにする気満々。
「相手は武器持ってますね。ハルカ先輩、大丈夫っスか? ブランク、かなりありますよね」
昼目提督が言う通り、追っ手は各々適当に武器を持っていた。事を荒立てないようにするためか、拳銃のような大きく音が鳴るような武器は持っていないが、コンバットナイフを筆頭に、確実に殺傷能力を持つモノばかりが取り揃えられている。中には鉄パイプのようなただの鈍器を持つ者や、鎖を鞭のように振り回しているような者まで。
「大丈夫よ。アタシがあんなただの
「チンピラって……いや、まぁ確かにそうか。一応あれ、深海棲艦混じってますよ」
「混ざっていようが、知ったことじゃないわ。アタシ達に傷をつけようとするのなら……」
話しているうちに、追っ手の1人、鉄パイプを持った者が小手調べをするかのように襲い掛かる。狙いは伊豆提督。近くにいたというのもあるが、昼目提督よりは伊豆提督の方が始末しやすいと判断したらしい。
理性がなく、狂気に侵され、何処かの誰かにコントロールされている割には、正しい判断が出来ているかのように思えた。統治者がこの現場を何処かで見ているかもしれない。
だが、見た目だけでその選択をしたことを、すぐに後悔することになる。
「アタシ達は、容赦しないわ」
振りかぶった鉄パイプが、気付けばカランと道に飛ばされていた。振り下ろす時間も与えず、握り締めていた腕に伊豆提督の
蹴られた腕を押さえつつ、追っ手は伊豆提督を睨み付ける。だが、その程度で怯むようなことはなく、既に二撃目が繰り出されていた。腕を蹴り飛ばした脚を少し横に振ったことで、遠心力によってもう片方の脚を追っ手の横っ腹に叩き込んでいた。
腹を蹴られた追っ手は、グラリと体勢が崩れるものの、そのまま倒れるようなことはなく、その場で踏ん張っていた。
深海棲艦が混じるということは、並の人間よりも頑丈。本来ならこの一撃で気を失っていてもおかしくないのだが、理性が無いせいかこれでも斃れない。
「頑丈っスね。ハルカ先輩の蹴り一発で倒れねぇなんて」
「ええ、ホント。でも、ただ頑丈なだけじゃない。そういうのに対してどうすればいいかくらい、アタシはわかっているわ」
「ですよね。顎っスか」
「アレにそういう意識があればだけれど」
遠隔操作である場合は、そもそも意識が無いのかもしれない。その場合はどれだけ殴っても蹴っても、起き上がって向かってくるだろう。ラジコンを相手にしているような気分である。
「やってみればわかるわよ。マークちゃん、やれるわよね?」
「当然っスよ。これでもオレはっ」
コンバットナイフを振りかぶって向かってくる追っ手のナイフを持つ方の手を掴む。膂力は並の人間とは明らかに違うことがわかり、そのままだと押し切られてしまいそうに感じた。
だが、昼目提督はそんなことを気にしない。押し切られそうなら、押し切られる前に対処する。
「ハルカ先輩にやられる前は、
伊豆提督に言われた通り、すぐさま顎に掌底を叩き込む。普通の人間なら一撃で気を失うレベルの衝撃。脳を揺さぶられたことで、正気では無かった目がグリンと白目を剥いた。
それを確認した昼目提督は、立て続けにカーフキックを決め、体勢を崩して倒れさせる。さらに、トドメと言わんばかりに鳩尾にストンピング。食べたものを全て吐き出させるくらいに勢いよく踏みつけたことで、追っ手の1人は動かなくなった。
「殺しちゃいないでしょうね」
「当然っス。ハルカ先輩が言いたいことはわかってるつもりっスから」
「なら良し。最後は全部トシちゃんに突き出さなくちゃいけないんだし、こんなになってるって言っても元々は人間なんだもの。命を奪うのは違うわよ」
小型トレーラーが入れる路地であるため、それなりに広さはある。そのため、強引に1対1に持ち込むようなことは出来ず、武器持ちの相手が複数人で襲いかかってくることもある。
あちらは互いが傷付くことも気にしていないくらいに容赦なく攻め立ててくる。そこまで狭くなくても、ナイフなんて振っていたら仲間に当たっても文句は言えない。それなのに、理性が無いからか当たり前のように突っ込んできた。
先程横っ腹を蹴り飛ばした敵も、気を失うことなく向かってきているところからすると、確実に意識を落とすくらいしないと動き続けると見て間違いない。現に、昼目提督が斃した敵は起き上がってきていない。
「誰がコントロールしているかは知らないけど」
そんな相手を憐れむように見ながら、伊豆提督はタンと地を蹴ると、最も手近にいた敵の腹を蹴り、群がってくる敵の軍勢に向かって吹っ飛ばした。それだけでも敵の陣形は崩れる。
「杜撰な動かし方ね。これじゃあ何処かのゲームのゾンビみたいなものよ」
さらに、同時に襲いかかってきた敵に対しても蹴りが決まり、近場の壁に叩きつける。そこから追加で顎を蹴り飛ばすことで意識を飛ばした。
強烈な蹴りではあるものの、掠めるような正確な蹴りであるため、骨が折れるようなこともなく、しかし脳だけは確実に揺らしたことで、一瞬で意識を奪っている。
しかもあろうことが、その気を失った敵を脚で持ち上げると、勢いをつけて蹴り飛ばす。先程吹っ飛ばされて崩れた軍勢にさらにぶつかり、元に戻ろうとしていた陣形をさらに崩した。ボウリングでもやっているかのように全員倒し、群がろうとする敵はそれだけで足が止まる。
「兵隊を兵隊と使うなら、もう少しその特性をちゃんと見極めた方がいいわ。ただ頑丈なだけなら、そんなの兵隊じゃない、ただの有象無象だもの」
そして、立ち上がろうとする敵を1人ずつ顎を蹴り飛ばして確実に始末する。的確かつ繊細なコントロールもあり、傷をつけることなく意識を刈り取り続けた。
武器を持っていようが関係ない。それを使わせる余裕すら与えず、怪我すら負わさず、戦闘不能にしていく動きは、達人のそれと言っても過言ではない。
「聞こえているなら返事でもしてほしいけど、そんなことしないわよねぇ。表舞台に出ることなく、アタシ達を始末しようとしてくる輩だもの。でも、アナタ達はちょっと頭が足りていないみたい」
伊豆提督が軽々と軍勢を始末している横で、昼目提督はまともに喧嘩をしていた。
「武器持ってんなら、もっと上手く使えよなぁ! こうやってよぉ!」
先程斃した敵の持っていたコンバットナイフを奪い取り、すぐさま逆手で持つ。しかし、普通に持っているわけではなく、峰打ち狙いの逆持ち。
伊豆提督が殺すなと言っているのだから、それを違えることは絶対にしない。そもそも、殺したところで何も変わらないのだから、命をそのままに捕らえた方が後々調査に使える。
そうで無かったら何をしていたかはわからないのが昼目提督の少々危険なところではあるのだが、少なくとも人殺しをするような倫理観ではない。伊豆提督に
「ただ腕力あるからって振り回してりゃいいってもんじゃねぇよ!」
鉄パイプを持つ敵の渾身の振り下ろしは、コンバットナイフによって最小限の力で払い除け、大振りなせいで隙だらけになったところで、腹に膝を入れる。それで動きが止まってくれれば御の字だが、相手はやはり意識があれば動き続けるタイプ。
しかし、一瞬力が抜けるようで、少しだけふらついたのを確認した。ならば、今なら有り余る膂力も発揮出来ない。
「おう、そいつ貸してくれや」
そこを狙った昼目提督は、敵の持っている鉄パイプを奪い取り、コンバットナイフは届かないところへ投げ捨てる。そして、鉄パイプで後頭部を殴りつけた。
一般人ならこれで死ぬまでありそうだが、深海棲艦が混じっているのならこの程度では死なない。むしろ、顎を殴るよりも確実に脳を揺さぶることが出来たため、この一撃で敵はダウン。血すら流れていない辺り、やはり頑丈であることがよくわかった。
「こっちの方が使い勝手がいいぜぇ。なんせ、殴っても簡単にゃ死なねぇからなぁ!」
こうなって仕舞えば昼目提督は無双状態である。伊豆提督のように相手へのダメージを考えない分、余計に暴れ回れる。
「こらこら、なるべく穏便に済ませなさいよ。っと……」
昼目提督の暴れっぷりに溜息を吐いた伊豆提督だったが、まだ気を失っていなかった敵の投げた鎖が腕に絡みつくと、そちらをチラリと見る。
特に頑丈だったようで、顎を蹴られたとしても立ち上がることが出来たそれは、荒い息を吐きながらも伊豆提督を鎖で引き寄せる。他の敵とは鍛え方が違うようで、武器を持たずともその拳だけで人を殺せるという巨大。
それでも見た目は人間の域から出ていない。言ってしまえば、港湾棲姫と同じか少し下くらいの大きさ。鎖で引っ張る力もかなりのもので、伊豆提督は抵抗出来なかった。
いや、抵抗
「殴るにしても、思い切り振りかぶってるじゃないの。そんな隙だらけで勝てると思っているなら、ちょっとどころか大分頭が足りていないわよね」
確かに当たれば一撃で致命傷かもしれない。だが、当たらなければどうということはない。大振りならば懐に入ってしまえば余裕が出来る。
「ごめんなさいね。アナタには罪が無いとは思うけど、アタシ達もこんなところで立ち止まっていられないの。恨んでくれても構わないわ」
昼目提督が繰り出したモノとは比べ物にならない威力のカーフキックが決まり、立て続けに回し蹴りが脇腹へ、そしてトゥーキックが鳩尾へと突き刺さった挙句、屈んだ瞬間に顎に最後の蹴りが入った。
目が完全に裏返り、意識が完全に飛んだところを確認したことで、ふぅと小さく息を吐く。疲労の色は全く見えず、倍以上の戦力を投入されても余裕があると言わんばかりであった。
「マークちゃん、そっちは?」
「終わったっス。オレはハルカ先輩のようにスタイリッシュに決められないんで、随分と泥臭くなっちまった」
「血生臭くの間違いじゃないかしらねぇ」
鉄パイプを放り投げて、昼目提督も戦闘終了。向かってきた敵は全員薙ぎ倒し、全てを終わらせていた時には少しだけ息を切らせていたくらい。まだ小型トレーラーは運転出来るから任せてほしいと笑顔を見せる程である。
「流石にトシちゃんに連絡ね。これをそのままにしておけないし」
「そうっスね。オレからしておきましょうか?」
「いや、アタシからしておくわ。街中で暴漢に襲われたっていえば、通信傍受されているとしても何も文句言えないでしょ。……その時に港湾ちゃんの話もしていいかもしれないわね」
言いながらも携帯端末で軍港鎮守府の方へと連絡。場所と状況を軽く説明して、本人もしくは配下の艦娘に処理をお願いすることにする。出来れば本人に来てもらいたいところなので、そこはしっかりお願いして。
厳しい戦いにもならず、問題なく敵の追っ手を退けた提督2人。だが、戦いは始まったばかり。これが一手目だとするならば、二手、三手と敵の攻撃は繰り出されるだろう。
ハルカちゃんもマークも、チンピラ相手なら負けません。過去に何かあったみたいですが、それはまだ秘密。