伊豆提督から連絡を受けて、保前提督が現場に到着したのはそれから数十分後。その間に、2人で薙ぎ倒した敵が行動を起こさないかを見張っており、港湾棲姫にも息苦しいだろうとコンテナから出てもらっていた。いくら保前提督が来るとしても、それまで狭いコンテナの中にずっといるとなれば、身体がおかしくなってしまいかねない。
外に出た時に薙ぎ倒されていた敵を見て、ヒッと怯えた声を出したものの、伊豆提督も昼目提督も聞いていないことにした。
「はぁ……はぁ……すまん……かなり急いだんだが、どうしても時間がかかった……」
「大丈夫よ。その間ずっと見張ってたけど、追加で追っ手が来るようなことは無かったわ」
「そいつはよかった……」
息を切らせて走ってきた保前提督を気遣うようにタオルや水を渡す秘書艦の能代だが、能代自身も大急ぎでここに来ているため、保前提督ほどではないが息を切らせていた。
こちらも艦娘とはいえ艤装を外している状態。言ってしまえばただの人間状態である。日頃の艦娘としてのトレーニングがあるため、持久力は相応にあるのだが、精神的なところもあって疲労が明確に見えている。
「だらしねぇっスよトシパイセン。息なんて切らせて」
「お前らが異常なんだよ……これが普通だからな……?」
能代から貰った水をグビグビと飲み干し、少し落ち着いた保前提督は、周囲の大惨事と見慣れない人影に目をやった。
視線を向けられたことで港湾棲姫はビクッと震える。その長身からカテゴリーYであることがバレないようにするため、コンテナの側でしゃがみ込んでいたものの、簡単には見た目は隠せないため、港湾棲姫が驚いた後に保前提督が驚く番だった。
「こ、港湾せ」
「シーッ! あんまり大きな声で言わないでちょうだい! この子は重要参考人で、元々人間だったのに深海棲艦を混ぜられてこの姿になったって言ってるのよ」
伊豆提督の忠告と同時に、保前提督も自ら口を塞ぐ。見た目は深海棲艦だが、中身は人間。伊豆提督からの説明を受け、そんなことがあるのかと驚く。
だが、鎮守府内で発見した資料に残された『密告者』からの文面と繋がる。人間に艦娘と深海棲艦の力を埋め込み、力とする研究。その成功例みたいなものだ。港湾棲姫は深海棲艦の力のみを埋め込まれたと考えればよく、周囲に転がっている敵はその失敗作。そう考えれば辻褄が合う。
「……そういうことか。俺のところにある資料からも、そういう書き置きが見つかった。もう30年も前の資料からだ」
「この港が出来上がった時くらいかしら」
「そうっスね。それからずっとここに潜伏していたってことになるんスよ。研究を続けながら」
「マジかぁ……実際こうやって証拠が見えると、めちゃめちゃ俺の落ち度じゃないかよ……。なんで気付けなかったんだコレに……」
その場で頭を抱えて蹲ってしまう保前提督に、能代がすぐさま宥めるように寄り添った。
「いや、これは気付けないでしょ。今の状態で連中が街中にいるわけじゃなかったし。それに、ここまで巧妙なら最初から疑ってないと気付けないわよ。アタシだって何度かこの港に来てるわけだけど、こんなことになってるなんて思いもよらなかったわ」
「そうっスよねぇ。調査不足ってのは否めないんで、どっちかっていうとオレの落ち度っスよ。というか、ここは調査しようと思わないっス」
伊豆提督と昼目提督が宥めるものの、保前提督は大きな溜息を吐いて項垂れるしかなかった。
「提督、とりあえず今はこれを片付けましょう。能代も正直ショックですけど、放置しておけない状況でもありますから」
「……そうだな。ひとまず全部回収させてもらうか。っとその前に」
どうにか気を取り直して立ち上がる保前提督が次に確認しようとしたのは港湾棲姫である。流石に見過ごしてはおけない。
「君は逃げてきたということでいいのか」
「は、はい……」
「名前は。元々人間だったということは、名乗れるはずだろう」
港湾棲姫は少しだけ言い淀んだ。言っていいものかと悩んだものの、ここで事件の解決を手助けするためなら、港湾棲姫の名前は必要不可欠。
「……平瀬……と言います」
「平瀬ってお前、港建設の責任者の平瀬陽菜か!」
「は、はい……」
名前を聞いた途端に昼目提督が声を荒げた。そして、静かにしろと伊豆提督がその頭を引っ叩く。
「わかった。詳しくは今すぐじゃなくてもいい。忠犬が知ってる名前ってことは、実際にちゃんと関係者なんだろうさ。今は先にコイツらを鎮守府に運んでおこう」
「その方がいいわ。今はこれをすぐに撤去する方がいいでしょ。……で、どうやって運ぶの。アナタ走ってここまで来たのよね」
「そこは大丈夫だ。車をここまで持ってきてもらうように指示を出している。だがここは通りとしてもそこまで大きくないだろう。来るのに手こずっているはずだからな。先んじて俺達が現場検証に来たってところだ」
小型トレーラーならまだ取り回しが利くが、これだけの数を運び出そうとすると、それなりに大きい車両が必要。事前に連絡を受けた時に規模だけは聞いていたので、最低限の準備だけはしていた。急いでいたとはいえ、そこに意識が回せていたのは、流石軍港鎮守府の長というところ。
到着までもう少しかかると思われるので、まずはこの謎の敵について確認出来るところだけはしておこうと近付く。
「人間……だよな?」
「アタシは正直、そうは思えないわね。人間と深海棲艦を混ぜようとして失敗したパターンでしょ」
「確かにな……。イロハ級の甲殻みたいなのまで見えやがる。つーか……」
保前提督は頭を掻きながら、この敵の最も特徴的な部分を口にした。
「
コレである。今回提督達を襲ったカテゴリーYの失敗作のような敵は、
艦娘には娘と言うだけあって適性のある女性しかなれない。男性にはそもそも適性が認められず、無理に力を埋め込もうとすると反発して命に危機が迫る。そうでなくても身体に甚大な被害を及ぼすため、男性は現状、そういうカタチでの戦力にはなれないというのが世界の実情だ。
そのため、別のカタチで男性も戦力になれる手段は常に模索されている。艦娘相当の兵装の作製や、むしろそれ以上の力を得る方法など。勿論それは大本営の管轄下で、非人道的な研究は絶対にやらないようにされている。
「男に無理矢理力を植え付けて制御しているというのが無難でしょうね。ということは、あちらはこちらでの研究よりも何歩も先に進んでるってことよ。公表することもなく、それこそ私利私欲のために」
その話を聞き、現状を理解したことで、能代は吐き気を感じたように口元を押さえた。生理的に受け付けない。人の命を何だと思っているのだと、怒りも芽生える。
「……ちょっと待て。何か嫌な予感がする」
ここで昼目提督がクンと鼻を鳴らし、不思議な匂いを感じたかのように顔を顰めた。
「……やべぇ! 平瀬はコンテナの中に入れ!」
「えっ、は、はいっ」
すぐに港湾棲姫──平瀬にコンテナに退避するように指示した昼目提督。ここですぐに指示が出来たこと、そしてすぐに動くことが出来たことが功を奏した。
「そいつら
それは昼目提督の直感。感じた匂いは爆発物質の何か。すぐに名前は出せなくとも、
そうなれば行動が早いのは伊豆提督だ。この中でも一番守らなくてはならないのは、艤装を装備していない状態の能代である。多少は頑丈かもしれないが、パワーアシストがない時点で殆ど人間の女の子。爆発の規模はわからずとも、巻き込まれれば大怪我は避けられない。
「ごめんなさいね。ちょっと歯を食いしばって」
「悪い! 能代を頼む!」
規模がわからないというのは厄介なことで、最も被害を減らす最善の行動を的確に選択する。そこに
この場で最も力を持っているのは間違いなく伊豆提督である。ならば、伊豆提督に頼み、保前提督は自分の身を守ることに専念する。
即座に動いたかと思いきや、能代を軽々とお姫様抱っこし、コンテナの方へと移動させる。少し強引になるため、最後は綺麗に下ろすことは出来なかったものの、そこは艦娘としての身体能力もあり、能代自身がうまく着地してコンテナを盾にする。
「歯ぁ食いしばれぇ!」
昼目提督が叫んだ瞬間、十数人いた敵の身体が大きく膨れ上がった。まずいと思った時にはもう遅い。カッと光り、そのまま大爆発を起こした。
街そのものを破壊するような威力はないが、裏路地が大きく抉られるほど破壊され、敵の身体は肉片一つ残さない程に粉々。
それに巻き込まれてもコンテナは殆ど無傷だったのは、移動鎮守府の物資輸送用に使われているため。何が起きても破壊されないように強固な素材で出来ているため。昼目提督がたまたまそれを選び取ったという豪運もあった。
「けほっ……ったく、最悪よ……。せっかく身嗜みを整えてるっていうのに台無しじゃないのよ」
その爆発の爆心地にいたわけではないのだが、当たり前のようにピンピンしている伊豆提督。いや、ピンピンしているのは声だけで、身体はかなり傷ついていた。身体の前で腕をクロスさせ、衝撃をその強靭な身体で耐え切ったのである。
昼目提督も同じようにガードをしていたが、爆発の勢いに吹き飛ばされてコンテナにぶつかっていた。背中を強打したことで顔を顰めていたが、まだ傷は浅い方。全身打撲で治っている程度。
保前提督も自分の身を守ることに全力を尽くしたことで、なるべく傷を抑えていたが、全身擦り傷と瓦礫が直撃したことによるダメージが大きく、血も流していた。
「トシちゃん、大丈夫!?」
「あ、ああ、大丈夫だ。スタミナは足りないけど、頑丈ではあるからな。これでも提督やってんだ……簡単にはくたばらないぞ」
とはいえ、見えていないだけで骨折などもあり得る。保前提督は腹を、昼目提督は腕に強い痛みを感じていた。折れていなくてもヒビが入ってしまっている可能性は高い。
そしてさらに面倒なことになったのは、この爆発音で軍港都市の住人達、またここに休暇として来ていた者達が野次馬のようにやってきてしまったことだ。あれだけ大きな音がしたのだから、気になってやってくるのは当然のこと。むしろ、それに危険を感じてパニックになる可能性もある。
「皆さん、大丈夫です! ガス漏れをしていたようで、ここで爆発事故が起きてしまったようです! 近付かないでくださいねー!」
そこで保前提督がすぐに機転を利かせて、住人達にもう安全であることを呼びかけた。自分の傷を見せないようにしつつも、住人の安全を一番に気にかけ、すぐにいつもの軍港都市に戻るように最善を尽くす。
「怪我人の搬送などもあるので、近付かないでくださーい! はい、邪魔になりますからねー。写真とかも撮らないようにしましょうね。それ、軍規に引っかかるので裁かれますよー」
傷だらけだがにこやかに注意をするその人が、この軍港都市を取り纏める提督であることは、ここの全員が知っていること。言うことを素直に聞き、邪魔にならないようにすぐに退いていく。
都合のいいことに、このタイミングで指示を出していた車両がここに到着したので、それがきっかけとなって事故としての処理を始めることが出来た。
証拠隠滅のために爆砕した敵。そのせいで先に進むことは出来なくなりそうではあった。
しかし、港湾棲姫──平瀬は無傷である。そこから事情聴取は出来るだろう。
提督は特殊な訓練を受けていますので、間近で爆発をしてもうまく回避するように出来ています。敵の爆発も、そこら中を木っ端微塵にするほどの威力は無かったようですが。