軍港都市内の爆発事故のこともあり、駆逐艦の会の休暇はここで終了となってしまった。本当ならばその事故現場に向かいたかった深雪だが、そこで作業する者達の邪魔になるからと神風に止められ、響が通信端末で提督達の無事を確認出来たことから、しぶしぶ帰路につくことに。
「ハルカちゃんも怪我してんだよな……重傷じゃないとしても」
「なのです……心配なのです」
「先にあの港湾棲姫と一緒にうみどりに戻ってるから心配はいらないよ」
不安そうな深雪と電に、実際に通信端末を使った響が、その時に昼目提督に聞いたことを歩きながらでも伝えていく。爆発事故の現場にいたが、伊豆提督は軽傷で済んでおり、昼目提督と保前提督がそれよりも重い傷を負ったと。
特に保前提督は出血もあるため、ある程度交通整理などをして野次馬を撤去した後にすぐに鎮守府に戻ったとのこと。
一番の重傷者が、その場で一番仕事をしたというのが恐ろしい。この軍港都市の責任者としての意地だった様子。
先に指示を出していた車両に積み込む敵の身体が無くなってしまったため、それを使って保前提督は運ばれたらしい。勿論能代もそこに便乗して帰投している。
「護送に使っている小型トレーラーも無事だったらしいからね。戻れば顔を合わせられる。むしろ、現場に行っても意味は無かっただろうさ」
「……そうか……ハルカちゃん達が動いてるって可能性もあるんだもんな」
その辺りも全く考慮が出来ていなかった深雪は、自分の浅はかさを嫌というほど理解させられている。
突っ走ろうとして神風に止められ、さらには時雨からも苦言を呈されて何も言い返せなかった。その時の自分の行動が、明確な間違っている証拠だ。
「深雪ちゃん……その、心配なのはわかるのです。ハルカちゃんさん達が本当に無事かは実際に見ないとわからないのですから、早く戻りたいって思うのです。でも……でも、急いては事を仕損じるって言葉があるのです」
「急いでちゃ上手く行くモンも上手く行かねぇってヤツだな……」
「なのです」
落ち込む深雪を宥めるのは電。互いに支え合うような関係となれるように、深雪に対してだけは電も少々押しを強く行けるように努力した。こういう時だからこそ、自分がやらねばと心の中で決意して。
「……悪ぃ、あたしいっつもこういう時に忘れちまう。早くやらなくちゃって思ったら、周りが見えなくなる」
「すぐ動こうって決断出来るのは、深雪ちゃんのいいところだと電は思うのです。電はどうしても動けなくなるので、見習いたいところでもあるのです。ただ、すぐ動きすぎるのも……良くないと思うのです」
「……だな」
電にハッキリと短所を指摘されたことは、深雪にも響いた。しかし、直そう直そうと思っていてもすぐには上手く行かない。
「電、あたしはこれからもダメな部分が出ると思う。努力しても難しいところはあると思う。それが出たら、遠慮なくケツを叩いてくれ。あたしが暴走しそうになった時、近くにいてくれ。そうでないと、多分何度も同じことをしちまう」
なるべくなら電の手を煩わせたくない。しかし、簡単にこの性格が直せれば苦労しない。故に、仲間を頼ることも必要になる。
深雪のそういう挙動に敏感に反応してくれるのは電だ。特に一緒にいる時間が長いのも電だ。それに、最も信頼がおける相手も、おそらく電だ。
仲間達を信用していないわけではない。むしろ、疑う余地なんて何処にもない。だとしても、電に対しては同じカテゴリーWであるということもあって、より強い信頼を持っている。だからこんなお願いが出来る。
「……わかったのです。落ち込んでる電を引き上げてくれたのは深雪ちゃんなのです。だから、深雪ちゃんを引き上げるのは電なのです。頼ってください」
「ああ、頼んだ。なるべくそうならないように努力はするから」
まだ本調子ではないが、笑みを浮かべた深雪に、電も同じように笑顔で応えた。
艦までの帰路は、娯楽街からは少し離れた遠回りのルート。今は先程の爆発事故の件もあって、住民の避難などでかなり混雑しているため、最短距離で艦まで戻るのは難しいと判断したため。
だからといって裏路地は選択せず、多少は人通りがあるようなルートを選択している。あちら側の動向として、施設そのものを隠しているためかなるべく人目につかないような場所で事を起こそうとしているところがあるため。
それでも今回は住人の中に敵が潜んでいたことを考えると、どのような状況でも警戒を緩めることは出来ないが。
「それにしても、こんなに早く行動してくれてありがたいわ。まさか店の前で待ち構えてるとは思ってなかったもの」
神風が綾波達にその行動の早さについて聞いていた。爆発事故が起きてからかなり早いタイミングで駆けつけてくれていたため、感心しつつも驚きもあった。
「司令官からすぐに連絡が来たんですよぉ。あの爆発の前に、そちらの司令官から連絡があったみたいなのでぇ」
「なるほどね。その時にはハルカちゃん達は何かあった後なのね」
「はぁい。あんなことが起きるなんて、綾波達も予想してなかったんです」
暴漢に襲われ、それを対処したまではまだある話なのだが、その
だが、まずは仕事を全うするために駆逐艦の会を迎えに来ていた。内心では保前提督のことを心配しているが、今やるべきことをやらねば、被害がさらに増える可能性があるのだから。
「あそこで待ち構えていたのは……ああ、そうか。私達って、散策のルートが基本変わらないわね」
「はい〜。時間的にいる場所は3択くらいになるんですよぉ。2つは先に行っていなかったので、最後の選択肢の前で待ってたというわけです〜」
この軍港都市に来た時、何処でどう遊ぶかは大体いつも同じ。食べ歩いた後、本屋と雑貨屋に向かう。その後、昼食をとった後にまたグルリと回るように店を巡っていき、港に戻る。このルートをもう何年も続けている。
その間に綾波と暁と顔を合わせるのだから、おおよそのルートは見当がついていたようだった。それなら待ち構えるなんてことも出来るだろう。選択肢を潰したというくらいなので、行動も迅速。
「綾波と暁ならそれくらい出来るか。付き合い長いものね」
「ですね〜」
「じゃあ、
空気が凍りついたように思えた。神風にそんなことを言われても、綾波の笑みは変わらない。しかし、目の奥は笑っていないように思えた。
しかし、口を開いたのは綾波では無かった。その言葉に、綾波は大きく溜息を吐いた。
「教えたのは暁よ。あの場所なら多分みんなに……深雪に会えるって」
つまり、港湾棲姫とは
特異点を探していると言われて、それが深雪であると知っている者は数えられるほどしかいない。特異点と言われてもわからないが、ここ最近現れた特殊な存在といえば深雪しか該当しないのだから、如何に暁でもピンと来る。
だが、相手はカテゴリーYであっても深海棲艦だ。その深海棲艦の言葉を鵜呑みにして、しかも元凶の組織から逃げ出してきたような存在を素直に信じるのは如何なものか。
「……すごく怯えてて、でも嘘をつくようなヒトには見えなかったから」
暁には、港湾棲姫が雨の中で野晒しにされている捨て猫のように見えたようだった。可哀想だけど、自分のところには連れて行けない。でも放ってはおけない。だから、誰にもバレないようにあの場所を斡旋したらしい。
「そのこと、そちらの司令官は?」
「……まだ伝えてない。暁達があのヒトのことを知ったのは最近なの。3日前くらいだったわよね綾波」
「はぁい。大体それくらいですね〜。綾波は伝えた方がいいんじゃないって言ったんですけど、暁ちゃんは秘密にした方がいいって言い出しちゃって〜」
「だ、だって、鎮守府で保護なんて難しいでしょ!? 心はともかく見た目は深か」
あまりに大きな声で言いそうになったため、綾波が即座に暁の口を塞いだ。人通りが少ない場所を選択しているが、いないわけではない。街中に深海棲艦がいて、それを管理者の艦娘が見過ごしているだなんて知られたら、なんて言われるかわからない。
実際はその選択が全ていい方向に行っているわけだが、あまりにも分の悪い賭けである。それで暁が騙されていて深雪が始末されたらどうするつもりだったのか。
「暁ちゃんがそう言ったので、綾波としては様子見でもいいかなって思ったんですよぉ」
「様子見……ねぇ」
「ここを壊す意思が無いなら、綾波達の敵ではありませんからねぇ。さっきの爆発をさせた人達の方がよっぽど敵ですよぉ」
こう話す綾波は一切表情を変えていないものの、奥底にある怒りが表に現れかけていた。この鎮守府所属の艦娘として、街を破壊する輩は許せないという気持ちがオーラのように見えているかのようだった。
「見た目が見た目なので司令官には話しづらくて、結局うまくうみどりに引き渡せるかなと思って、勝手にこんなことをしちゃったんですよねぇ」
「あのヒトから何か素性とかは聞いたの?」
「全く聞いていませんよぉ。どういう理由であそこにいたのかは知りませんねぇ」
むしろ、あえて聞いていないようにも感じる。変に知ってしまうと、保前提督に伝えざるを得なくなるだろう。
「ちゃんと話して、後から罰せられますぅ。暁ちゃんも、覚悟はしておいてくださいねぇ」
「うー、暁は悪いことしてないわ。困ってるヒトを助けるのが艦娘の仕事だもの」
「綾波もそう思いますけど、世間と法が許してくれないんですよぉ。ここの法律は司令官なので、もしかしたら手心を加えてくれるかもしれませんけど」
これに関しては何も言えないうみどり一同。潜水新棲姫という隠し事をしているため、この2人のやっていることを悪と断じることなんて出来やしなかった。
むしろ、自分達でも同じようにしそうと考えてしまう。伊豆提督なら伝えても何も言わなそうな上に全力でサポートしてくれそうではあるので、自分達だけの胸に秘めておくなんてことはしなそうであるが。
話しているうちに、一行は港まで到着。何事もなく帰投出来たのは、綾波と暁の道の選択が的確だったからと言えるだろう。適度に住人がおり、襲撃するにもリスクが高い場所を常に選び続けていた。
「……ハルカちゃん!」
すぐに目についたのは、爆発を受けてボロボロになっているものの、ピンピンとしていた伊豆提督の姿。港湾棲姫が入っているであろうコンテナをうみどりに積み込んでいるところであった。
「あら、お帰りなさい。無事で良かったわぁ」
「いやいやいや、ハルカちゃんが無事に見えねぇよ!」
深雪が慌てふためくものの、伊豆提督はへっちゃらだと笑顔で手を振る。
「せっかくのスキンケアが台無しにされちゃったけど、アタシはぜーんぜん大丈夫だから心配しないでちょうだい。マークちゃんはちょっとアタシより深かったけど」
それを聞いた途端、響と白雪が昼目提督に駆け寄る。既に鳥海に介抱されており、腕や身体に湿布と包帯をぐるぐる巻きにされているところだった。全身打撲ではあるものの、幸いにも骨には異常が無かったようで、治療はこの程度で済んでいるようだ。
外でやることは無いのにと思いつつも、港湾棲姫の積み込みを見守らなくてはいけないという責任感でここにいるらしい。半裸なのに羞恥心は無い。
「流石は司令官だ。相変わらず頑丈で何より」
「それがオレの取り柄だからな……イチチ、鳥海、もう少し優しく頼む」
「余裕が無いんですから、あまり減らず口を叩かないことですね」
「そうだよ。あまりおかしな事を言っていたら、私秘蔵のアフロカツラを被せて、爆発オチなんてサイテーって言ってもらうからね」
何処か漫才のようになってしまっていたが、深刻な状況ではないことがわかり安心出来る。
「綾波ちゃん、暁ちゃん、ここまでみんなを送ってくれてありがとう。トシちゃんは重傷だから、すぐに鎮守府に戻ってあげてちょうだい」
「ありがとうございますぅ。司令官のことが心配ですので、ここでお暇させていただきますねぇ」
大きく頭を下げた綾波と暁は、少し急ぎ足で鎮守府へと戻っていった。
ひとまず帰投は完了したものの、まだ安心出来るわけではない。軍港都市で一度襲撃を受けたのだから、今この時でもまた何かが起きてもおかしくはないのだ。
綾波と暁はある意味共犯。とはいえ、港湾棲姫のことを思って黙っていたわけですが……ここは罰もあり得るところ。