潜水新棲姫──桜との再会で、港湾棲姫──平瀬は、組織からの逃走が成功し、正式に『密告者』となれたことを実感していた。それもこれも、うみどりの面々、そして最初に見逃してくれた暁と綾波のおかげ。足を向けて寝られないと、何度も何度も感謝の言葉を述べた。
「感動の再会のところ申し訳ないんだけれど、話を進めさせてもらってもいいかしら」
もう少し満喫させたいのは山々だが、時間も限りがあるため、伊豆提督が平瀬に事情を話してもらおうと口を挟んだ。
それを言われた平瀬は、あっと気付いたような表情を見せた後、ごめんなさいと頭を下げてから一度桜から離れる。しかし、桜の方が離れたくなさそうにしており、結局は腰掛けた平瀬の膝の上に桜が座るカタチで落ち着いた。
平瀬が港湾棲姫とされていることで、元々幼女である桜と比べると、身体のサイズは倍に近いくらいに大きいため、そのように座っても何も支障がない程であった。
そんな桜の姿を見て、今まで懐かれていた伊26は少しホッとした。
うみどりでは仲間達に心を開きつつも、常に伊26にべったりだったことを考えると、伊26と同じくらい、むしろそれ以上に気心が知れる相手が現れたことは、桜にとってもいい方向に向かえるはず。言葉を取り戻すきっかけにもなるかもしれない。
「はい……話せることを、全て話させていただきます……。なんでも聞いてください……」
ただ、平瀬であっても中枢まで完璧に知っているわけではないと謝罪した。平瀬はあくまでも、港建設の責任者として名前を使われ、実際はあの組織のことを知らない状態で組み込まれたようなもの。その後、建設の最中に突然処置をされて、身体を今のカタチに変えられたと話す。
「それじゃあ、貴女は自分の意志でその姿になったわけじゃあないのね?」
「……はい。
港の建設が進んでいることを確認し、そこで出た廃棄物の処理方法を確認しに向かったのが運の尽き。ほとんど拉致のように捕まり、施設の奥へと運ばれて、気が付けば処置が終わっていたと、平瀬は語る。
「マークちゃんから名前は聞いているわ。平瀬 陽菜……かなり昔に行方知れずになっていると処理をされているらしいわね」
「……そう……ですか。私はその時から、家庭を持っているわけではなかったので……あちらにとっては都合が良かったのでしょう……」
いなくなったとしても、心配する者がいないからこそ、平瀬はその立場に選ばれた挙句、実験材料にされてしまったのだろう。
だが、これで少しわかることもある。そのように処理をされて、誰も不思議に思わなかったということは、その処理をしたものも施設のグルであるということである。
当時の大本営にいた者が怪しい。そのうちの1人である出洲の名前は昼目提督も辿り着いているが、それは既に死んでいるというのが調査結果である。
「敵はその時の大本営にもいたと考えてもよさそうね。直接動いている者は第二世代に殺されているけど、そこにいなかったら手も出せなかったんじゃないかしら」
出洲の研究の
つまり、その者は──
「第二次深海戦争の時の元帥が怪しいわ」
組織のトップである可能性が非常に高い。その地位と利権を存分に使い、やりたい放題やっていたと言われても疑問に思わないだろう。人間や艦娘を使った研究を指示していた者が当時の元帥だったという可能性もある。
ただ、それを証明するモノが何もないため、胸倉を掴むような真似は出来ない。証拠隠滅能力はトップクラスと言えよう。
「アナタと同じように改造された人間は……その、沢山いるのかしら」
「……はい。成功失敗問わずでしたら……それこそ数えきれないくらい……。私と桜ちゃん……それと桜ちゃんのお姉さんは……成功例ということになります」
失敗例は勿論、軍港都市で襲ってきた、狂気に呑まれた上に自爆させられた者達であろう。成功率までは平瀬は知らなかったようだが、どちらかと言えば成功例の方が数が少なかったように見えるらしい。つまり平瀬達は、相当な人数を犠牲にしている中での数少ない成功例となる。
人の命を何だと思っているのだと表には出さずに憤慨している伊豆提督。その気持ちは空気中に漂うのか、うみどりの仲間達はみんな同じように怒りを沸き立たせていた。
「組織の場所は、あの廃棄物回収業者でよかったのかしら」
「……はい、間違いはありません。私もそこから逃げてきたので……場所も案内出来ます」
「ありがとう。アナタ自身が物的証拠になるものね」
信じてもらえるかどうかはさておき、回収業者が黒であることは間違いない。調査隊によるセンサーでの調査でも、回収業者とは思えないような場所から反応を返しているくらいなので、それだけでも捜査を入れる理由は十分にあるのだが、証言をしてくれる被害者がここにいるというのがさらに強みとなる。
「でも、案内は流石に危険すぎるからやめてちょうだい。アタシ達でちゃんとケリをつけてくるから」
「……お願い、します。案内は出来ますが……その」
「わかるわ。そこから逃げてきたのにまたそこを目にするのだって嫌に決まっているもの。大丈夫よ」
平瀬も今は戦う力を持ってしまっている。しかし、それを振るうことを是とは思っていない。組織からの脱出のために基部と鉤爪だけは使っているものの、他者を傷つけようだなんて考えるだけでも吐き気がすると平瀬は語る。
また、せっかく脱出が上手く行ったのに、回収業者にもう一度足を踏み入れようとは思えるはずがなかった。
「アナタは具体的には何をやらされていたのかしら。辛かったら話さなくてもいいけれど、一応ね」
平瀬の表情が曇るものの、意を決したように話し始める。
「私は……基本的には力仕事でした……。この身体を活かして……
まずそれだけ話してからうっと吐き気を感じたように口を手で押さえる。
やらされていたことは証拠隠滅の一端。研究し、人体実験をし、命を落とした者がいたら、その亡骸を
その際に、亡骸をそのまま廃棄することはない。それこそ、
そこで考えられるのが、平瀬が持ってきたという港湾棲姫の艤装、腕に装着する鉤爪だ。運ばれてきたそれは現在、工廠の奥で解析されているところだが、最終的には一つの答えに辿り着くだろう。その鉤爪には、
このせいでさらに呪いが生まれていることは、平瀬にもわかっていた。元凶達はそのことに気付いているかどうかはわからない。しかし、知っていても止めることは無かっただろう。
「ごめんなさい、嫌なことを思い出させちゃったわね……」
「いえ……これはいつか話さなくてはいけないことだったので……。むしろ……聞いてもらえてよかったです。私の……長年に渡る重い罪を知ってもらえたのは……」
それをあの施設内でずっとずっとやらされていたのだろう。逃げ出したくなるのもわかる。
現に、平瀬の表情は非常に疲れたモノである。目の下にはクッキリとクマが浮かび、いつ倒れてもおかしくなさそうなくらいに見えた。それでも普通に活動出来るのは、それが深海棲艦の身体だからであろう。これでも仕事をしていたのだから、食生活などはまともだったと考えられる。補給さえちゃんとしていれば、倒れることはない。艦娘もそうだが、深海棲艦も同じ。
「失礼を承知で尋ねるけど……もっと早く逃げ出そうとは思わなかった?」
「思いました……思いましたけど……無理でした。同じように逃げようとした仲間達は……全員捕まって……
カテゴリーYやカテゴリーCであっても、新たな実験に使われて命を無駄に消費されているという事実。何を目指したらそこまで非道になれるかはわからない。しかし、やっていることは人権度外視の悪虐非道な行ないである。
平瀬じゃなくても、数人は吐き気を感じた。特に顕著な反応をみせたのは電。そして、電と同じくらい平和主義である酒匂だ。戦争を続けるための研究を続けているとしか思えない。その上で、戦いではないことでも人間の命を使い潰している。それが辛くて、苦しくて、悲しい。
「どのようにされているかは……私にはわかりません。終わった後の処理だけなので……。ですが……」
「大丈夫、大丈夫よ。話すのも辛いでしょう。無理して話さなくてもいいわ。そんなことを聞いちゃってごめんなさいね」
「大丈夫……です。全て……話させてください……」
如何に平瀬であっても、どのような研究をしているかまでは詳しく知らないらしい。しかし、処置室から運び出される亡骸は、ほぼ全てが
「桜ちゃんのお姉さんも同じように処置をされていたのかしら……」
「……彼女は……処罰など関係なしに力を搾られていたようで……かなりギリギリでした……。妹にも手をかけられると思ったんでしょう……そこで意を決して脱出したんです。相当無理をしているのはわかっていました……でも、妹のためにと……振り絞ったんですね……」
その結果が衰弱死。そして、その原因は元凶からの研究の一環。カテゴリーYからも力を搾り取り、再利用が出来るかどうかなどを考えていたのだろうか。
「でも、アナタもそうだけれど、よく逃げることが出来たわね。今の話を聞いていると、協力しても逃げ出すのは難しいように聞こえるのだけれど」
「……最近……特に施設内がバタバタしていたんです。そこで……私も話を聞きました。
ここで平瀬と出会った時の話──特異点を探しているという大きな目的に戻ってくる。
「施設内では想定外の存在だったらしく……特異点が手に入れたい……最悪でも
「特異点……それってやっぱり……」
「はい……深雪さん……です」
全員の視線が深雪に集まる。重い話を静かに聞いていたが、話題が突然自分に向いたことで、深雪はビクッと震えた。
「そりゃあカテゴリーWなんてちょっと普通じゃない奴みたいだけど、そこまでヤバいのかあたしって」
「カテゴリーWなら電も同じなのです。でも、深雪ちゃんだけ……なのです?」
「……そこはわかりませんが……深雪さんがうみどりで保護されたということから、慌ただしくなっていました……」
兎にも角にも、深雪の存在が元凶の組織にとってはいい意味でも悪い意味でも貴重で必要なモノであることは間違いない。始末でもいいとまで言い始めているくらいなのだから、どちらかといえば悪い意味だろう。
軍港都市で堂々と襲ってこなかったのは、足がつくことを恐れてではあろうが、周りから潰しに来るのは、深雪の行動を制限するためと考えられる。
「そのおかげで……私達は逃げやすくなったんです……。ここまで来れたのは……深雪さんのおかげとも言えます……」
「いや、それは違う。アンタとアンタの仲間達が頑張ったからだろ。きっかけはあたしかもしれないけど、そもそもあたしはアンタ達のこと知らなかったんだしな」
とはいえ、深雪が現れたことというのは、元凶にとって想定外だったというのは間違いない。
「それでも……私達は特異点に賭けたんです……」
その結果が、今に至る。平瀬の願い──分の悪い賭けは見事に叶い、うみどりに保護されることとなった。結果として、提督達が怪我を負うことになってしまったものの、平瀬にとっては道が繋がったと言えよう。
深雪がこの世界に生まれ落ちたことによって、物事は大きく動き出しているのは確かだった。
それこそが、特異点としての力なのかもしれない。本人に自覚は無いが。
深雪は特異点であり、その何かの一端が見え始めました。元凶はそれを危険視しているようですが、果たして。