元凶の組織から『密告者』となって逃亡に成功した平瀬の話では、深雪という特異点が発見されたことから、逃亡が企てられるほど組織内が慌ただしくなったという。それだけ深雪のことを危険視しているのだが、深雪自身は自分にそれだけの価値があるのかが全くわからない。
「少なくとも……深雪さんにはあちら側の問題となる何かがあるんだと思います……。私にはそれを聞くことまでは出来ませんでしたが……」
「わからねぇなぁ……あたしってさ、自分で言うのはアレだけど、基本的に滅茶苦茶普通だぜ? それこそ人間と変わらねぇくらいに」
ただこうしてうみどりで生活をしている限りでは、ここにいる他の仲間達と変わらない。むしろ、今はまだ新人の域を超えていないため、誰よりも劣る。特別な何かを持っているだなんて思えなかった。
だが、この中でイリスだけは深雪の特異性に気付いている。むしろ、少し考えれば誰でも気付けることがある。本来ならば理性もなく人間を攻撃してくるカテゴリーMである時雨が、深雪と交流し続けることで確実に柔らかくなっているのだ。
イリスはそれが彩も込みで理解出来ている。敵対心によりギラギラとした時雨の彩が、ここ数日で随分と穏やかになっているのだから、その力の一端が垣間見えていた。
「つーかさ、アンタあたしのこと見て、特異点だって言ったよな。見てわかるもんなのか?」
これが一番の疑問であった。平瀬は深雪を見た時点で、特異点であると断言した。そして、見てわかるとも言い切った。
「……はい……私には……深雪さんだけが違って見えます。薄ぼんやりと輝いて見えるというか……後光が差して見えるというか……」
「それはちょっと大それすぎじゃあないかな」
「嘘はついていません……本当に……そう見えるんです」
平瀬の話すことを疑っているわけではない。ただ、誰にもわからないことを言っているので、素直に納得が出来ないというだけ。特に言われ続けている深雪自身が。
「桜ちゃん……桜ちゃんには深雪さんはどう見える……?」
自分の膝の上に座る桜に尋ねる平瀬。言われて桜は深雪に視線を移す。その目にどう映るかを言葉にすることは出来ないものの、平瀬の言うことに同意するように首を縦に振った。
つまり、
「電はどう見えてるんだ? あたしと同じカテゴリーWなんだぜ?」
「……うっすらとですが……深雪さんと同じように見えます。ただ……深雪さんほどわかりやすくないです……。深雪さんはパッと見でわかるくらいですので……」
結果として、深雪だけが特殊というのが確定した。ここはイリスにもわからなかったことである。
彩だけで見るならば、深雪と電は同じ存在。しかし、特異点かそうでないかと言うのなら、そこには明確な違いがある。同じ白でも、深雪と電は別モノの白ということだ。
「とにかく、深雪ちゃんが敵に狙われているのは間違いないわ。それに、もし敵に攫われたりした場合、この戦いはもっと終わらなくなるかもしれない。そうならないようにするためにも、まず確実に深雪ちゃんのことを
伊豆提督のそんな言葉に、深雪は複雑な気持ちだった。強くなって自分の身は自分で守れるようにしようとしているところに、こんな試練が降りかかってくるだなんて、予想もしていなかった。
まだ自分は
ここで感情的に反論することも出来ただろう。守られてばかりじゃないと。返り討ちにしてやると。しかし、深雪は動けなかったし、ここから何も言えなかった。
思い返せば、自分の弱さはこれまでもずっと表に出ていた。感情的になって無鉄砲に動く。その度、神風に止められてきた。それでも突っ込んで迷惑をかけた時もあった。それを時雨にすら指摘された。
これまでの自分の行いを省みるのには充分だった。神風の言葉も、時雨の言葉も、聞いてはいたもののストッパーにはならなかった。電からの指摘は心に重くのしかかったものの、それだけだった。
伊豆提督からの言葉は、これまでのどの言葉よりも軽かったものの、だからこそ深雪の心を抉ったと言える。勝手に深読みしてダメージを受けているだけではあるのだが。
「ここからは過去の人間のやらかしに対する後始末をすることになるわ。こちらで段取りを決めて、なるべく早く動けるようにする。だから、今は申し訳ないけど待機でお願いね」
ハッキリと、すぐにでも元凶の施設を潰すぞと言ったようなもの。それに対して、否定的な者は殆どいなかった。
その後、平瀬から聞けることはあまり無かったと言える。平瀬が課せられていた仕事は、あくまでも
だが、どこにあるかくらいはわかっている。立ち入り禁止で、向かおうとするだけで罰を受けるような場所の位置は、平瀬でも把握出来ていた。伊達に30年近くをそこで過ごしていない。
「ありがとう、平瀬さん。辛いことを話させてごめんなさいね」
「……いえ、必要なこと……ですから。誰かが話さなくちゃいけないなら……逃亡に成功した私の責務です……」
平瀬の覚悟はもう決まっている。だからこそ、ここまで話すことが出来た。途中、言葉が何度か詰まったりしたものの、話せそうなことは全て話し切った。
「平瀬さんはアタシ達が保護させてもらうわ。大本営への報告は慎重にしなくちゃいけないけれど、絶対に悪いようにはしないから」
「……ありがとう……ございます。ただ……何もせずに保護されるのは……どうしても落ち着かないので……何かお仕事をさせてください」
「そうね、何かしたいのなら、何かしらのお仕事を用意させてもらうわ」
何もせずに保護されているというのは、平瀬としても申し訳なさが先立つようで、仕事をさせてほしいと願い出る。
身体は深海棲艦ではあるものの、あまり表には出さない姿であり、艤装は持っているが艦娘達と違って
これが平瀬が変化させられた港湾棲姫の特性。艦ではなく陸上施設型の深海棲艦であるため、海に出ることが出来ない。代わりに、戦艦すらも凌ぐ火力を持っているのだから五分五分。事実、海戦でも現れれば苦戦を強いられるような存在。
「炊事……洗濯……掃除……なんでも出来ますので……」
「頼もしいわね。その辺りも考慮して割り振らせてもらうから、ちょっと待っていてちょうだいね」
こうして、平瀬はうみどりの仲間となった。実戦でも後始末でも戦力と言えるかはわからないが、『密告者』の存在は、今後の後始末──元凶の処理──に大きな影響を与えるだろう。
これで一度解散。と思いきや、今度はうみどりに通信による連絡が入る。今は全員で集まっているため、イリスがそちらに通信を回した。
『悪い……ハルカ、今大丈夫だったか』
「トシちゃん、無事だったのね」
『言ったろ……頑丈だってな』
通信の向こう側にいるのは、少し弱々しい声の保前提督。声だけであるため姿は見えないが、やはり少々ダメージが大きいことがわかる。
実際、保前提督の傷はかなり重めで、全身打撲に加えて、腹を押さえていただけあり肋骨を数本骨折、自らを守ったことで片腕の骨にもヒビが入り、血も流していたくらいに外傷も多い。その状態で住人への指示も出していたからか、今は高熱も出てしまっているそうだ。
秘書艦である能代がつきっきりで看病することになっているのだが、どうしても執務を滞らせることが出来ないため、妖精さんに頼んで執務室を改造、病院のような仕様にして、事に当たっている。
『俺の管轄でこんなことが起きちまって……本当にすまない』
「そんなこと言わないでちょうだい。さっきも言ったけれど、これは誰だって気付けないわ。それくらい巧妙に潜伏していたんだもの。特異点が現れたことで慌ただしくなったそうだけれど」
『特異点……? そのことはまた、詳しく教えてくれ』
通信をしてきた理由は、それだけではないようである。
『こちらでも調査した結果を先に伝えておく……そこにあの港湾棲姫がいるなら、信憑性もわかるだろ』
「いいけど、無理はしないでちょうだいね」
『無理をしていないからこうやって俺が直に話に来てるんだ……まぁ聞いてくれ』
ゆっくりとだが、パラパラと紙を捲るような音が聞こえてくる。
『こちらで、古い資料を片っ端から調べた。その結果、組織から逃げてきた奴の文章が暗号みたいに散らばっていることがわかった』
「他にもいたのね……『密告者』は」
『ああ。そこからわかったことは……奴というのが誰かはわからないが……艦娘と深海棲艦の力を取り込んだ者がいるようだ……おそらくだが、この事件の元凶だろうな』
目の前にいるのは、人間に深海棲艦の力を埋め込んだ者。そして、カテゴリーCは人間に艦娘の力を埋め込んだ者だ。そのどちらもやることによって、強大な力を得た者がいるということに他ならない。
「平瀬さん、何か知っていたりするかしら」
「……本人を見たことはありません……ですが……
話した後、ギュッと手を握る。つまり、その被害者は命を失い、平瀬が
時系列としてはまだわからないものの、その被害者がいるから元凶は全ての力を取り込むことが出来ているのか、元凶が取り込めているから他にも増やそうとしているのか。
どちらにしろ、まだそういうことをやっているという証拠。突きつければ言い逃れの出来ないレベルの物的証拠である。
『その後の文章はかなり途切れ途切れでな……少しわかりにくかったから、忠犬の方にも伝えるつもりだし、データとして送るつもりだ』
「そうね、マークちゃんなら解析してくれるわ。余裕があれば、その物をマークちゃんに届けてあげた方がいいかもしれないわね」
『ああ……そうだな。その方が解析もしやすいだろう。そもそも……この通信すら傍受されている可能性を怪しんでおかなくちゃいけないだろ』
今回は急だったため、通信ということで連絡をしたが、この通信そのものが元凶に筒抜けという可能性も無いとは言えないのだ。同じ場所にいるのだから、それくらいはやっていてもおかしくない。
だとしても、こちらはこれくらい知っているんだからなと突きつけることで、あちらを余計に焦らせることは可能かもしれない。それもあるため、あえて保前提督は通信という手段を使っている。
それ故に、本当に知らせたいことはここでは言わない。極端な話、平瀬がいれば大体わかることを通信によって保前提督も知ったからなと伝えているに過ぎない。
『そちらも余裕があればでいい……一度直に会って話すか……。来てもらわないといけないけどな』
「そうね。これを聞いてる元凶の子達は、それを邪魔しようとしてきそうだけれどね」
当てつけのように、むしろ誘っているかのように言っているが、本当に聞かれているかはわからない。これで直に軍港鎮守府に向かった時に襲撃されるようなら、通信が傍受されていることが確定する。
それがわかっていても、保前提督は堂々と言い切る。
『ハルカ、軍港都市の管理者として、1つ許可を出しておく』
「あら、何かしら」
『情報が揃い次第、艤装を装備した艦娘を使って、敵拠点を殲滅することを許可する。俺が良しと言った。これだけで免罪符になる』
つまり、堂々と回収業者を攻撃していいと、管理者が言い切ったのだ。必要ならば自分からも戦力を提供するとまで。
通信傍受されている可能性を考慮しながらもここまで言ってのけたのは、殆ど宣戦布告みたいなものである。聞こえていなくても、口に出すことで鼓舞するように動いた。
『今回のことで俺も何か罰を受けるかもしれないが、今はまだここの管理者だ。誰にも文句は言わせない。職権濫用と言われても知ったことか。戦争を長引かせようとしているクズ共は、ここで確実に潰すぞ』
保前提督もいろいろと覚悟の上で、ここの許可を出している。その意志を汲み取り、伊豆提督も任せろと力強く返した。
あらゆる方面から元凶を包囲しようとしているのは間違いない。軍港都市の決戦の時は近い。
この後、保前提督は大本営にもこのことをある程度伝えることになるでしょう。ここで圧をかけてくるような輩がいた場合、それは元凶との繋がりがある者でしょうね。綺麗な炙り出しが開始。