元凶が潜む廃棄物回収業者への実力行使が許可された。軍港都市の管理人である保前提督がそれを良しとしたことにより、免罪符が手に入ったのだ。
勿論、住民に被害のないように実行する必要はある。また、襲撃は情報がしっかりと出揃ってから。襲撃の正当性を大本営に突きつけてから、しっかりと認可を得て、大義名分を持って実力行使に行く。
「さて……ハルカ達には話が通ったな。大本営にも伝えないといけないが……その前に」
うみどりとの通信を切った保前提督は、大きな溜息を吐いてから執務室の扉の前に目を向ける。
そこには、待たされていた綾波と暁が立っていた。綾波はさておき、暁は既に涙目。自分の行ないがとんでもないことを引き起こしてしまったことを、保前提督の怪我を見て理解出来ていた。
「待たせたな、2人とも」
保前提督の視線を受けたことで、暁はさらに震える。怪我の痛みで少々顔を顰めたものの、鎮守府を取り纏める提督として、2人をしっかりと見据える。
綾波と暁が
敵であり侵略者である深海棲艦を保護するだなんて本来ならば叛逆行為と見做されてもおかしくない。むしろ軍規ではしっかりと処罰の対象となるようにされている。状況次第では、解体処理──艦娘でなくなり人間に戻る処置──を受けてから、改めて罰せられるくらいのモノである。
「……暁、お前がしたことは、取り返しのつかないことだ。それは理解しているな」
平瀬をそのままにし、うみどりの面々があの道を通ることを知っていたからこそそのことを伝えたことにより、平瀬の望んだ通りに
しかし、もし最初に見つけた段階で保前提督に伝えていたらどうなっていたか。基本的には保護するかは迷うところではあるが、先んじて平瀬と話せることを話し、事情を知った上で信じていいかを考え、最終的には鎮守府で匿うことにしただろう。そうでなくても、伊豆提督とイリスに見てもらえば、信じられるかどうかはわかる。
鎮守府まで移動させる時に、今回と同じように襲撃を受けていたかもしれないし、自爆をされ重傷を負っていた可能性だってある。被害の出方も、どちらが規模が大きかったかはわからない。
しかし、そうなる経緯の中に軍規違反はないのだ。それがある時点で、それが最善の手段だとしても、全て鎮守府の落ち度となってしまう。
「理解しているなら……ちゃんと反省出来ているな。だが、やったことは戻ってこない。だから、嫌でも罰を受けなくちゃいけない。それも理解出来ているな」
暁は無言で首を縦に振るしかなかった。
その時は最善を尽くしたと思っていた。特異点を探していると訴え、縋るような瞳で見つめてくる港湾棲姫を見て、暁が最初に感じたのは
しかし、相手が悪かった。いくら可哀想でも、相手は敵だ。今回は良かったものの、そのように情をかけた結果、寝首をかかれる可能性だってある。そこまで人間と同じような行動をする深海棲艦がいるかと言われれば、これまでいたことが無いのだが、人語を解する姫がいる以上、そういう狡猾な行動を取る個体もいつか現れると考えてもいい。
つまり、暁の選択はどう考えても軽率すぎた。そして、それをあえて肯定した綾波も同罪。
「本来ならば銃殺刑、すなわち死罪となってもおかしくない背反行為だぞ。俺が決めるならまだしも、艦娘のお前が黙っていたんだ。しかもそれが、深海棲艦の保護だ。鹵獲じゃなく」
淡々と話す保前提督に、暁はどんどん恐怖が増していく。死罪とまで言われてしまったら、嫌でも怖くなってしまうのは当然。
「適切な段階を踏めば、まだマシだった。俺がまず知り、大本営に伺いを立てて、認可を得てからうみどりに護送という流れならまだよかった。上役の責任として、俺が全部持っていってやれたからな。だが、それすらすっ飛ばした。情でな」
事前に話していたら、その責任は保前提督が全て引き取って、上役の選択の結果だと言い切れる。しかし、報告無しとなれば、保前提督の監督不行届に加えて、暁の罪となる。余計な罪状が増えるだけ。
言われれば言われるほど、暁は自分の軽率な行ないを後悔していく。何故あそこで秘密にしようなんて思ったのか。何故あの時に綾波の言うことを聞かなかったのだろうか。何故そこに一切の罪悪感が湧かなかったのか。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
暁にはもう謝ることしか出来なかった。泣きながら俯いて、ただひたすらに悔やむのみ。後悔先に立たず。やってしまったことはもう変わらない。
「だが」
ここで保前提督は少しだけ表情を変える。
「なんだかんだあの港湾棲姫は俺達の味方だった。結果的には、あの場で救えたのはお前達が先に見つけることが出来たからだろう。最善ではないが、次に続く選択ではあったと言ってもいい。元凶に繋がる情報を持つ重要参考人であることに違いはないからな」
これまでに前例が無いからこそ、情に訴える深海棲艦に翻弄されることがあるのは仕方ないことでもある。深海棲艦がやることなのだから信じることが愚かと言われてしまえばそれまでなのだが、休戦を望む者を種族だけで始末するというのも、それはそれで間違っていると、保前提督は考えている。
暁のやったことを無下にするつもりはない。一から十まで間違っているとは言い切れない。人間的な感情の結果がそれなのだから。しかし、もう少し後先を考えなければならないぞと、そこを力強く忠告した。
「暁、お前には罰を与える。元凶の施設を襲撃する際、最前線で戦ってもらう。そこから生き残って帰ってきたら、1ヶ月トイレ掃除だ」
「……え?」
たったそれだけなのかと、暁は目を丸くした。流れていた涙も止まってしまうほどに驚いた。
「軍規には深海棲艦を保護することは死罪を免れない叛逆行為とあるのは確かだ。あの港湾棲姫が
「じゃ、じゃあ、なんで……」
「彼女がただの深海棲艦では無いからだ。本人の証言、そこから俺達が調査をした結果から、彼女は元々人間であるが、元凶に改造されたことによって深海棲艦にされている。これでは、軍規に倣うことは出来ない。むしろ、人間とみなすなら、暁がやったことは立派な
ある意味、規律の抜け穴。重箱の隅をつつくような屁理屈。深海棲艦の保護ではなく、被害者の人間の保護と見做すことも出来る、あまりにも特殊な存在であるため、軍規に引っかかるかもわからない。カテゴリーYなんていうこれまでにいなかった者を、法で縛り付けることなんて出来やしないのである。
故に、鎮守府的な罰則で暁は済ませることとした。それが今出来る最大限の罰を与えた。報告なしで独断行動をとったことに対する罰を。1ヶ月のトイレ掃除がそれにあたる。
近日中どころか、今日中にも始まってしまうかもしれない元凶の施設への襲撃に参加するというのは、それこそ海戦に参加するよりも危険である。未知の敵であることは間違いないし、自爆なんていう深海棲艦でも使ってこない残虐な手段を当たり前のように使ってくるのだ。それこそ、これは命懸けの作戦になりかねない。
それに参加させるというのは、ある意味死罪を言い渡したようなものである。だが、無事に生き残って罪を償えという気持ちもある。死を免れることも出来る上、元凶をどうにか出来れば、減刑されるという算段である。
「これからは正しい判断をしてくれ。情に流されるなとは言わないが、それは心の内に留めて、やるべきことをやるように」
「……う、うん、じゃない。はい!」
これは暁に与えられた成長のチャンスだ。長く艦娘をやっていたとしても、艤装に引っ張られて少々子供っぽさが目立つ暁は、コレがきっかけとなってより大人に──
失敗は成功の母。大きな失敗をすることで悔やみ、二度とそれをしないようにと奮起し、与えられた仕事を完璧にやってみせると気合を入れた。
「綾波、お前もだからな」
「はぁい。最前線は腕がなりますねぇ」
「反省してんのか」
「してますよぉ。暁ちゃんを止められなかったことは、綾波の罪ですから〜。おトイレの掃除もしっかりやらせてもらいますね〜」
反省しているのかしていないのかわからない綾波ではあるが、やらねばならないことはキチンと理解している。顔には出ていないが、綾波も今回の選択は軽率だったと深く反省している。
街を破壊された怒りがいつもの笑顔の奥で渦巻いていることは、保前提督はわかっている。故に、この罰を与えたというのもある。
「問題は……俺だな。お前達の罪状は軽くしてやれるが、俺はどうしようもない。まぁ、それでもどうにかしてやるさ」
管理している場所に元凶が施設を持っており、それがこれまでずっと暗躍し続けていたことに気付けなかったというのは、どうであれ許されざることである。大本営にそこをネチネチと突かれたら、保前提督は基本何も言い返せない。良くて降格、悪いとクビだろう。また、艦娘の管理不行届という理由で死罪までは行かずとも罰則は免れない。
だからこそ、保前提督は腹を括っている。自分がこの鎮守府の提督であるうちに、軍港を取り巻く元凶の匂いを全て取り除く。それが出来てしまえば、もう思い残すことも無い。最も重い罪であっても、抵抗はするが最終的には受け入れるつもりだ。
「なるべく早く準備を終わらせる。それまでお前達は悪いが懲罰房だ。わかっていると思うが」
「大丈夫……暁も自分がダメだったってわかってるから。懲罰房に行くわ」
「では綾波も。完了しましたら、呼んでくださいねぇ」
グシグシと涙を袖で拭い、大きく頭を下げると、能代に連れられて懲罰房へと向かった。
その懲罰房に入る直前、暁は能代に声をかけられる。また叱られると思って、覚悟を持って振り返ると、能代は別にそこまで怒りを感じていないような表情だった。
暁が深く深く反省していることを理解しているため、その上でさらに叱るなんてことはしない。
「貴女がちゃんと反省していることは、提督も能代もちゃんとわかっているわ。でも、罪を犯したことには変わりない。少しの間、ここで過ごしてね」
「うん……大丈夫。暁が悪いんだもん。こんなのへっちゃらよ」
「なら良かった。でも、これからは無鉄砲はダメよ」
笑顔で頭を撫でる能代。いつもなら頭を撫でたら子供扱いするなと手を払い除けるような暁だが、今回はそれも甘んじて受け入れた。
「反省してないようなら、ここで能代が貴女を張り倒していたもの。提督があんなことになったんだから」
ゾクリとするような発言もあったが、暁はそれも全て受け入れた。それだけ自分がやったことが重いのだと、何度目かの理解に辿り着いた。
軍港鎮守府側はこれでひとまず纏まる。元凶を潰すための戦いには暁と綾波も参加することが決定し、段取りは次々と決まっていくこととなった。
暁にも綾波にも、保前提督はかなり温情のある判決を下しました。カテゴリーYは存在そのものが法の抜け道なので、何とも言えないのです。