軍港鎮守府に潜む元凶の秘密基地を襲撃するまでは、うみどりの面々は艦内で待機ということになっている。
今、軍港都市に向かったところで、あの爆発事故が発生したことでまともに散策出来る状態にはなっていない。向かっても意味がないと言ってもいいレベル。
実際は、艦内ではなく近くくらいには出歩いてもいいのだが、疲労に繋がるような行為は禁じられていた。襲撃の際に悪い影響が残らないようにするためである。散策の疲れは今のうちに取っておき、今すぐに出撃すると言われても何も問題なく出られるようにするため。そのため、せっかく目の前に海があるのに、そこで何かすることも出来ない。
「……はぁ……」
そんな休息の時間、深雪は自室で大きな溜息を吐いていた。伊豆提督の言葉が何度も何度も頭の中で反芻される。
『まず確実に深雪ちゃんのことを
自分は守られるべき者。未熟であり、戦力としてカウントされていない。そう勝手に解釈してしまったことで、酷く落ち込んでしまっていた。
実際、深雪を戦力とするのは少々危険であるのは確かである。うみどりの艦娘達の中では、電と並んで新人。実戦経験は対潜のみというのも大きく、勝手があまりにも違う陸上での戦いには、どう足掻いても参加させられない。
その上で、特異点ということで狙われるとなれば、それだけでも仲間達の戦いを邪魔してしまう。特異点に対して、捕縛、もしくは始末を狙ってくるあちら側の前に、未熟な深雪を見せつけるだけでも、戦いにくくなるのは必然である。
「あたしは……戦力外か……」
元凶の秘密基地がここにあるとわかっていても、深雪はその戦闘に参加することはない。つまりは
これまでの努力は、仲間と共に戦うため。
それなのに、肝心なところでは出撃すら叶わない。それが、悔しくて仕方なかった。こういう時こそ、みんなの力で攻略する。それが仲間だと思っていたのに。
「深雪ちゃん、飲み物持ってきたのです。一緒に飲みませんか?」
そんな深雪の元へ、電がジュースを持ってやってきた。休息なら甘いものを食べたり飲んだりする方がいいと、食堂からとびきり美味しい物を貰ってきたという。
電に弱っている自分は見せられないなと頬を叩いて、深雪は電を部屋に招き入れた。
「ありがとな、電。貰うよ」
「なのです。これを飲んでゆっくりするのです」
グッと飲んで、一息つく。やたらと甘さが身に染みたように感じた。
「深雪ちゃん、何かお悩みなのです?」
見透かされたような言葉に、ビクッと震える深雪。電は観察眼が鍛えられているが、深雪に関しては特によく見ている。ほんの少しの違いでも、的確に目敏く気付く。
電には隠し事なんて出来ないなと苦笑し、深雪は首を縦に振った。少しでも弱気でいると、それをいち早く察知される。ならば、せめて電に対してだけは、何も隠さず悩みも全てぶちまける方がいい。
悩み事は隠すのではなく、共有する。それが相棒。頼り頼られる関係である。
「ハルカちゃんがさ、あたしのことを守らなくちゃいけないって言ってたじゃん」
「なのです。敵さんの目的が深雪ちゃんですから、何かあったら絶対に守らなくちゃいけないのです。電には深雪ちゃんを守れるほどの力は無いですけど」
深雪以外の総意となっているのだろう。深雪と守られるべき存在はイコールで結ばれている。
電は自分の未熟さを正しく理解している方だ。守りたい相手を守ることが出来ないことを悔しく思っているが、時が経てば守れるようになると心構えをして前に進んでいる。
だから、変に悩むようなことはない。拗らせることもない。逆に自分に自信が無いのが難点だが。
「今のあたしは、守られることしか出来ない、戦力にも数えられてないんだって思ったら、なんかすげぇ心が痛くてさ。あたし、これまで結構努力してきたつもりなんだけどさ」
思っていたことを包み隠さず吐露した。深雪にしては珍しく弱気な言葉。表情も少々暗い。
「無駄な努力だなんて思ってねぇよ。あたしは間違いなく強くなってる。それを披露する場所は無いけどさ。でも……こういう重要な場面で、守られてばっかりで力にもなれねぇって……すげぇ悔しい」
いつものポジティブな深雪は何処へやら、曲解によって落ち込み続けている。自分の未熟さを知ることが出来たのは悪いことでは無いのだが、こういうカタチで解釈するのはいいことでは無い。
伊豆提督の守らなくちゃいけないという言葉は、深雪が戦えないからと言っているわけではない。深雪を集中的に狙ってくる可能性が高いからだ。
どれだけ実力があったとしても、多勢に無勢をひっくり返すのは至難の業だ。それこそ、達人レベルで無ければ覆せない。相手が木端ならまだしも、自爆までしてくるような輩ならば、その実力すらもひっくり返してくる。それこそ、うみどりの中では屈指の実力者である神風や長門であっても、自爆する敵なんて相手にしたらどうにかして逃げる。
誰も深雪に力がないとは言っていない。だが、力があるとも言っていない。深雪は後者ばかりを強く受け取ってしまい、勝手に落ち込んでいるに過ぎない。
電はそこもしっかり見抜いていた。深雪のことに関しては、本当に目敏い。
「深雪ちゃん……深く考えすぎなのです」
だから、電はあえてそれを口に出した。電にしては少し強めの言葉で。
「ハルカちゃんさんは、深雪ちゃんのことをそんな風には思ってないのです。深雪ちゃんのことを大切な仲間だと思ってるから、特に狙われることになる深雪ちゃんを守らなくちゃって言っただけなのです。誰も深雪ちゃんが戦えないだなんて一言も言っていないのですよ?」
深雪にだけは電も少しだけ踏み込んで話せる。それだけ心を許している。だからこそ、深雪の心にも響かせることが出来る。そう信じている。
「深雪ちゃん、もしかして、今度の元凶の秘密基地を襲撃するのにも参加するつもりでいたのです?」
電の言葉に、深雪は小さく頷く。決戦は総力戦、うみどりの全員で協力して立ち向かうものだと思っていた。だから、深雪も電も、もしかしたら時雨だって参加し、元凶をどうにかする。そう考えていた。
「電は無理だと思うのです。碌に戦ったこともないのに、何か出来るとは思っていないのです」
電は最初から参加しない、参加出来ないと考えている。自分が未熟であることをしっかりと理解し、確実に作戦を終わらせるためなら戦場に出るのではなくうみどりで待つことの方が確実。
「でも、こんな電でも役に立てる仕事はあるのです。うみどりを守るって仕事が」
それに、総力戦なんてしようものならうみどりがガラ空きになる。それを守るのも仕事だと。電は攻め込むより守る方が性に合っている。何も無くてもいい。何かあった時のことを考えて動く。
真正面から戦うだけが戦いではない。後始末だって立派な戦い。ならば、守ることだって立派な戦いである。電はそちらを選択する。
「電はそういうカタチで戦うのです。後始末をしながら、うみどりを守る。それも、艦娘にしか出来ない戦いなのです」
「電……」
「でも、深雪ちゃんは……何も省みていないのです。無鉄砲に前に進むとうみどりは守れないのです。なのに、危険な場所に行ったら……
言っている電の方が涙目だった。だが、それが深雪のためになると、心を鬼にして訴えた。
無鉄砲さがいい時もある。だが、考え無しすぎるのもよろしくない。電はそれをわかっているが、深雪はそれをわかっていない。だからこそ、自分の言葉で知ってもらいたい。
艦娘として、世界の平和のために戦いたい。それが深雪の願いだ。後始末もそれに一番近いから喜んでやっている。
そして、元凶を斃すことも世界の平和のためには必要不可欠だ。それこそ、過去の人間のやらかしの後始末として。
その平和のために必要なのは何なのか。考える。ひたすら考える。時間としてはそこまで長くはないが、どれが適切か、的確か。
「弱くてバカなあたしが前に出ても、みんなの迷惑になるだけなのはわかってる。わかってるけど……あたしはみんなのために戦いたいって思った。だから、戦力として数えられていないことが、悔しかったんだ」
「そもそも戦力外だなんて言われていないのです。それに、戦い方は人それぞれだと思うのです。ハルカちゃんさんだって、イリスさんだって、うみどりで戦っているのですよ。武器を持たずに、電達のために」
艤装を装備して前線に出ることだけが戦いではないことは、提督達が既に実行している。
後始末をし、それを管理し、艦娘達の動きやすいように段取りを決め、時には休息をさせる。三食全てを作り上げ、必要なモノも全て用意して、最善を尽くす。これもまた、平和を望むための、提督達にしか出来ない戦い。
深雪だって、出来ることで貢献すればいい。その出来ることが未熟であるため狭いだけ。
ならば、今は頼ればいいのだ。守ってもらったって、それは損じゃない。後からその恩を返せばいい。そのためにも、今は守られて、守れるようになった時に前に出て戦えばいい。
「その上で、深雪ちゃんはどう戦うのです? 電は、前に出ずにうみどりを守るってカタチで考えているのです。足手纏いになるくらいなら、ここで少しだけでも力になれるように。敵を斃すよりも重要なことだと思ったのです。うみどりが無くなったら、何の意味も無くなってしまうのです」
電は自分の道を定めていた。自分の実力を知り、性格も知っているからこそ、今出来ることがこれだと見定めることが出来ていた。深雪も同じように考える。今自分が出来ることは何か。
「あたしに出来ることは……死なないことだ。死んだら元凶の思うツボになっちまう」
「じゃあ、どうすればそれが叶うのです?」
「自分の身を守ること……守ってもらうこと……か。前に出るのは危険だな……確かに」
ここで、あの伊豆提督の発言に戻ってくる。深雪を守らなくちゃいけない。
深雪だけの実力では、狡猾な敵のやり方を全てどうにか出来るとは思えない。未熟であると自覚出来たのならば、仲間の力を借りればいい。ようやくそこに辿り着けた。
「……はぁ……あたしって、どっか傲慢だったのかな」
ここで自分におかしなプライドがあったと気付けた。艦娘なのだから戦えると、勝手に思い込んでいたのかもしれない。
だが、現実はこれだ。時雨にだって何度も何度もやられ続けているというのに、何故決戦に参加出来ると思ったのか。30年間隠れ続けてきた敵の方が、一枚も二枚も上手であることなんて、考えなくてもわかることなのに。
「深雪ちゃんは傲慢なのではなくて……真っ直ぐすぎるだけなのです。ただ、脇目を振らなかったから、正面しか見えてなかっただけなのです。電は……前より脇目ばかりだったから、いろいろ見えただけなのです」
「そんなことねぇよ。電が周りを見てくれたから、あたしは脇目も振らずに前に進めるんだ。今も、な」
深雪は少しだけスッキリ出来た。自分のダメなところを見つめることが出来たおかげで、視野が拡がったようにも思えた。
よく言えば真っ直ぐ。悪く言えば視野が狭い。そんな深雪。
よく言えば思慮深い。悪く言えば弱気すぎる。そんな電。
だからこそ、2人が組み合わされば、全方向に目が行く。無敵のコンビになれる日も、そう遠くは無いだろう。
互いを補うために、こうやって2人で話すことが必要でしょう。電の方がこういう時は強いですね。