港から廃棄物回収業者の施設まで、そこで使われている車で数十分。中に積み込まれた廃棄物が落ちないように慎重に走行するため、安全運転の中で出来る最高速度がそのレベル。
元帥からの援軍である熊野丸と山汐丸が持ってきた大型の装甲車でも、同じような時間になるだろうと運転しながら熊野丸が話していた。
その走行中は、どうしても緊張感が支配する。ガチガチのままで現場に到着すると、最初から十全の力が出せるかはわからない。
そのため、装甲車内ではずっと雑談が繰り広げられていた。自分達の鎮守府ではどういうことが起きているか、仲間達とはどんな感じか、最近の戦いはどうだったかなど、話し出したら意外とキリがなかった。
「大分話し込んじゃったけど、思ったより遠いものね」
整備されている道を走っているお陰で、余計な振動などは無かったものの、走行時間はやはりそれなりにある。海戦でも現場に到着するまでに同じくらい、むしろそれよりも長い時間かかることばかりなのに、陸路だと長く感じるのはいつもと違う戦いだからであろう。
うみどりやおおわしは遠方への移動ばかりであるため、時間がかかることしかないのだが、その間が自由時間だからそんなことは思わないのだろう。ただ向かっているだけというのがここまで長く感じるとは、神風も思っていなかったようである。
「まだまだかかる感じになるのかしら」
『もう少しだから我慢してくれ。多少はスムーズに向かえるようにこの車を出してるんだ。実際スムーズだろう?』
「そうかもしれないけど」
艤装を装備した艦娘が10人乗り込めるくらいの大型である。それはもう数トンのトレーラーと言っても過言では無い。これもあって、軽巡洋艦以下の艦娘しか採用出来ないというのもあった。
実際、運転席の熊野丸と助手席の山汐丸を除いた10人が詰め込まれた装甲車の後部は、隙間なくとは言わずとも座ることは難しく、手摺をしっかり掴むことで荒い運転をされても倒れないように努める。
運転席と後部は別室扱いとされており、それでも会話が出来るようにスピーカーとマイクが常に動いている状態。それ故に、神風と熊野丸が会話が出来ている。
『そろそろだから段取りだけ確認しておきたい。俺と山汐丸は現場に到着次第、艤装を装備する。その間に貴様達は先行する。それでよかったか』
「ええ、問題ないわ。装備にどれくらいかかる?」
『長々とはかからんから安心してくれればいい。何分もかかるようなことではないからな』
「それなら安心ね。あまり長くかけられたら、先行している私達を見失うかもしれないものね」
『見失うつもりは無いから安心しろ』
そんな話が出来るうちは、まだ精神的には問題ない。緊張でどうにかなってしまいそうな状況では、まともに話すら出来ないだろう。
だが、そうなっている者が、この中にいる。それは緊張ではなく武者震いではあるが、無言で戦いのことを考え続けていた暁である。これだけ雑談を繰り広げていても、話題に加わることはほとんど無かった。
伊豆提督がそう言っていた通り、気負ってしまっているようにも見えるため、暁がどういう存在なのかを知らない者達には少々不安に思えてしまう。
「だぁいじょうぶですよぉ。あちらでも言いましたがぁ、暁ちゃんはいつもこんな感じですから」
「そうそう。特に夜戦の前とかはこうなってること多いよ」
綾波に加え、川内までもが暁については詳しそうに話していた。暁と共に戦場に出ることは多いらしく、こういう姿は何度も見ているとのこと。
逆にこれくらい緊張させておかないと、暁はMAXの力を発揮することが出来ないまである。そのため、響に余計なことをさせないようにしていた。この決戦の前でも、懐から鼻眼鏡が出てきた時には神風達は呆れてしまったくらいである。
「まぁ今回は特に思うところがあるからね。今はそうさせておいてあげてよ。暴走しそうなら私達が止められるからさ」
ニカッと笑う川内に、暁のことはひとまず置いておくことにした。人には人の事情がある。そこに足を踏み込むことで、この戦いが上手くいかなくなる可能性があるのなら、触れずに放っておくことも必要である。
『先に聞いておくが』
ここで熊野丸の声。若干だが、声が昂揚しているようにも聞こえた。
『かなり強引に行ってもいいんだったよな』
その言葉と同時に、装甲車の速度が上がった。後部でも少し揺れたことで、神風達の体勢が少しだけ崩れる。
『前方に
続いて山汐丸の声。襲撃がこのルートから来ることは、通信傍受していればすぐにわかること。その上でしっかり妨害を用意するということは、施設内で
しかもこの妨害者は普通とは違った。見た目は人間なのだが、やはり甲殻などがチラチラと見えており、今回はそれ以上に
そもそも陸にこのような深海棲艦がいることがおかしい。爆発事故で住民が表に出てきていないことをいいことに、堂々とカテゴリーYの兵隊を表に出してきた。
明確な殺意が見えている時点で、容赦なぞ不要。素手で向かってきた裏路地の戦いとは違う、徹底抗戦の構えに、装甲車を運転している熊野丸は少々危険な笑みを浮かべていた。
『衝撃に備えてほしいのであります。この装甲車は撃たれても簡単には破壊されない造りにはなっていますが、あちらが自爆するということは、何かあってもおかしくありません』
淡々と説明する山汐丸だが、その声は少しだけ上ずっていた。熊野丸が今からやることを助手席で見ているのだから、いくら肝が据わった艦娘であっても、緊張と興奮は抑えきれないだろう。
妨害者が現れ、衝撃に備えろと言われれば、流石にやることなんてすぐにわかる。
「みんな手摺をしっかり掴んで。これ、
カテゴリーY、かつ自爆するような輩であれば、もう始末以外の選択肢は無い。しかも、主砲まで持っているというのなら、慈悲の余地も無い。
故に、
『正気であるなら退くがいい! 聞き入れないならば、そのまま死ね!』
とんでもない発言が聞こえたと思った瞬間、明らかに何かに当たった音が装甲車内に響き、普通では無い振動が駆け抜ける。しかも、一度や二度では無い。妨害者は忠告しても全く聞き入れる素振りを見せなかったため、熊野丸も躊躇などせずに轢き殺していく。
生々しい振動は正直気持ちいいものでは無い。そして、戦場に辿り着いたことを明確に表してくる。嫌でも空気が張り詰めていく。
「ハラショー、容赦が無さすぎて逆に笑えるね」
「笑っちゃいけないことをしてますけど……」
「背徳感にゾクゾクしないかい?」
ここでもマイペースを発揮する響に白雪が溜息を吐く。だがこのおかげで、ヒリつき始めた空気が少しだけ緩くなった。
だが、そのまま戦地の真ん中に行けるわけがない。内部でやっていることが外に漏れないようにするため、敷地の外周には高い壁が立てられていた。
ゴミ処理の現場を見せないようにするという建前で聳え立つそれは、住民達には評価が高いものの、言ってしまえば疚しい本性を隠しているだけの壁に過ぎない。ならば、熊野丸の考えることはたった1つ。
『
装甲車は艤装技術も組み込まれた超高性能な車両。頑丈さが異常に高められており、ちょっとやそっとの衝撃では壊れず、壁に対しての突破力もかなりなもの。砲撃に対しても防御力が勝り、駆逐艦の主砲程度なら傷一つつかないレベルである。
だが、施設に聳え立つ壁の厚さは、ぱっと見ではわからない。それこそ、数mの厚さと言われたらいくら装甲車でも破壊して突撃は難しいだろう。
故に、この装甲車はそれすらも突き抜けるための兵装が装備されている。内火艇を参考にして設計されたそれは、運転している熊野丸と艤装のように接続されることで、計り知れないパワーを生み出すこととなる。
『撃てぇーっ!』
陸では滅多に聞くことがない爆音。そして、揺れる装甲車内でもわかるほどの破壊音。見えている壁を抉り取ったことが確信出来る。
それだけでは終わらない。ここで尚、速度を増す装甲車。熊野丸は確かに突っ込むぞと言ったが、ここで制限速度を大幅に超過するほどにアクセルを踏み込んでいるのだから、やることなんて嫌でもわかる。
そして、爆音よりも大きいのではないかと思える轟音と共に、装甲車は壁を突き破った。
前以て忠告が無かったら、装甲車の後部は大変なことになっていただろう。現に、忠告を受けていてもてんやわんやになっているほどである。しっかり掴まっていても、砲撃よりも衝撃が強いことをされたならこうなっても仕方ない。
「だ、大丈夫……!?」
中で神風が全員に声をかけるが、驚いている程度で全員無事。集中していた暁に関しては、壁にぶつかる前後で姿勢すら変わっていなかった。
「ちょっと熊野丸! なんて無茶をするのよ!」
『これくらいしないと強襲なんて出来ん!』
神風が怒鳴るものの、熊野丸は素知らぬ顔である。これがベストであると誇らしげな声色でもあった。
『むしろ、あちらさんからもお出迎えが来たからな。疚しいことしかないじゃないかココは!』
熊野丸の言う通り、突き破った壁の先には、壁を守るように現れた妨害者と同じように、侵入者を始末するために集まられたとしか思えないようなカテゴリーYの失敗作がそこにいた。
その人数は思った以上に多く、回収業者の社員とは別にこれだけ用意されているのだとしたら、何処からそれだけの人間を調達したのだと疑問に思えるほどである。
『まず建屋の近くまで突っ込む! そこから全員降ろすぞ!』
「ええ、それで行きましょ」
止まったら集中攻撃を受けるのは目に見えている。しかし、走行しながらの飛び降りは艦娘であっても危険極まりない。出来ないことは無いだろうが、少しでも失敗したら、それだけで怪我を免れないのだ。
「いや、私だけでも先に降りるよ。群がってくる敵を始末しておかないと、全員降りるのは難しいでしょ」
そんなことを言い出したのは川内である。自分なら大丈夫だからと笑顔を絶やさない。
「那珂ちゃんも大丈夫だよー。みんなを安全に降ろすために、まずは前座が必要だもんね。アイドルは、下積みも大事!」
「では私も。この程度で傷を負うような柔な鍛え方はしていませんから」
川内に引っ張られたか、那珂と神通まで停車前に降りると言い出した。確かに先んじて降りている者がいれば後が楽になる。だが、最初からそこまで飛ばすのはどうなのか。
『よかろう! では、開けるぞ!』
残念ながら、熊野丸はそういうノリには乗ってしまうタイプであった。それに、その手段が今最善であると判断したのだろう。即断即決。出来ると言うのならやってもらう。
他の者達が待てと言う前に、後部の扉が開けられてしまった。装甲車は相当な速度で走っている。それこそ、海戦中に海上移動で駆け抜けるよりも速いレベル。
だというのに、川内は一切の躊躇なく飛び降りた。着地するにも強烈な衝撃があるはずなのだが、恐怖など感じていないかのように。
「よっと」
だが、とんでもなく軽い声と共に、華麗に着地。勢いを上手く殺しながら、まるで
当然ながら傷一つ無い。むしろ、夜の闇の中でさらに昂揚しているようで、ニィッと笑みを浮かべた。
「夜戦だぁーっ!」
そして、装甲車に向かってくる敵を元人間であることに対して躊躇することなく砲撃で片付けてしまった。
「那珂ちゃんも、ダーイブ!」
「神通、行きます」
それに続くように、那珂と神通も躊躇いなく飛び降り、着地と同時に攻撃開始。着地に失敗することはなく、砲撃に抵抗すら無い。
『ハッハハ! なんて奴らだ! 堪らないなぁ!』
『運転に集中するのであります。我々はここからが本番ですよ』
『クク、わかっている。だが、あんなモノを見せられたら、昂揚するというものだろう!』
運転席も盛り上がってきた。熊野丸も当然、今回の任務のことは忘れてはいない。本当の敵は施設内にいることはわかっている。故に、川内型三姉妹が飛び降りたのを見届けてから、最短距離で施設へと突っ込んでいった。
ここからは一気呵成。川内のこの行動は、驚きを通り越して仲間達全員の心を昂らせた。
襲撃開始。屋内屋外共に苛烈な戦いとなるでしょう。