後始末が完了した翌日。清浄化率が100%のまま変わっていないことを確認すると、うみどりは早速次の目的地である軍港へと出発した。
後始末の依頼が今はなく、艦内に蓄えてある食糧の補充と、これまでの後始末で艦内に溜まりつつある浄化された廃棄物を処理することが大きな目的。
「昨日も言ったけれど、入港の予定は今日の夕方くらい。明日丸一日停泊して、その翌日にまた出港ということにするわね。もしかしたら少しだけ長く停泊するかもしれないけれど、その時はまた連絡するから今は考えないでおきましょ」
予定としては決まっているが、その時の緊急性によって停泊の日程を変更するとのこと。とはいえ、それは本当にのっぴきならない事情が出来てしまった場合に限る。基本的に予定は変わらない。
到着が少し遅い時間になるため、手続きなどをしていたら外も暗くなる時間となると思われる。結果、軍港での自由時間は明日の丸一日。それまでは、いつもと変わらない時間を過ごすこととなるようである。
「深雪ちゃん、アナタは初めての陸だもの。目一杯楽しんでいらっしゃいね」
「うす。今のうちからワクワクしてる。昨日の夜とかみんなにそこがどんな感じか聞いたりしてさ」
それこそ、修学旅行前日の学生のような心持ちの深雪である。昨晩のうちに仲間達からいろいろ聞いており、やれ見て回るところは多いだとか、やれあちらにも友達がいるから紹介するだとか、過剰に好奇心を掻き立てられることをいくつも話されている。
一応軍港という体裁であるため娯楽施設ではないのだが、どちらかと言えば慰安施設のような雰囲気はある様子。うみどりでも大概どうにでも出来るところではあるのだが、それはそれ、これはこれ。
「そうそう、外に出る時の服、ぶっちゃけ私服だけれど、用意してあるから今日中に一度袖を通しておいてちょうだいね。サイズはピッタリでしょうけど、気に入る気に入らないはあると思うから」
「きっと気に入るわよ。
珍しく上機嫌にイリスが話した。どうやら深雪の私服をデザインしたのはイリスらしい。
これに関しても、深雪は既に仲間達から話は聞いていた。うみどりに所属する者達の私服は、基本的に妖精さん製のモノになってはいるのだが、根幹の部分、デザインは妖精さんではどうにもならないらしい。何も言わずに作れるのは制服だけ。私服となると、艦娘本人がリクエストするか、今回のようにイリスが口を出すしかなかったりする。
イリスのコーディネートは評判がいい。駆逐艦の仲間達は口を揃えて気分がいいと言っていた。ならば深雪にも似合う衣装を用意してくれているだろう。
「さ、それじゃあ今日を始めましょ。航行中だからやれることは限られちゃうけれど、自由にしておいてちょうだいねぇ」
また1日が始まるが、夕方には深雪にとって新天地に到着することになる。その日の深雪は、ずっとワクワクし続けることとなった。
そして夕方。予定通り軍港近海にまでやってきた。この日最後の哨戒も終わっているため、艦娘達の業務時間も終わっているのだが、深雪はデッキに来ていた。
「そろそろ港が見えるんだろ?」
「ええ、予定ではそろそろ……ほら」
深雪についてきていた神風が水平線の向こう側を指差した。すると、突然向こう側から光が放たれた。
軍港はうみどりだけでなく、全ての艦娘達のために作られている場所。作戦遂行中の艦娘が休息のために訪れたり、はたまた作戦中に負傷した艦娘が緊急に入渠するために訪れたりと、様々な理由で利用している。勿論、任務そのもののために訪れる者だっている。
その道標となるために放たれる光、すなわち灯台である。暗くなりつつある空に軍港の場所を知らせるそれは、まだ軍港が見えていなくてもわかるほどだった。
「おお……あそこにあるんだな」
「そうよ。ただ、艦娘のためにああやってるせいで、深海棲艦もあそこを狙って動く時があるのよね」
「こんだけ目立つなら、あそこを潰そうって考えるんだろうな……じゃあ、あそこを守ってる艦娘ってのも」
「当然いるわよ。軍港は
移動拠点であるうみどりが充分に補給出来るくらいなのだから、あらゆるモノが取り揃っていると考えてもいい。そんな場所を落とされようものなら、人類は大損害を被る。
それを防ぐためにも、軍港には艦娘がしっかり配備されていた。そのため、軍港は鎮守府としての役割も持っている。全ての艦娘に門戸を開く、フリーな鎮守府であり慰安施設でもある港というイメージで考えればいいと神風は深雪に説明した。
「当たり前だけど、私達みたいな来客のために近海掃討なんてことも定期的にやってるみたいだしね。昨日の後始末、確かその軍港からの依頼よ?」
「そうだったのか。そんなに近いわけじゃ無かったと思うんだが」
「近海って言っても、それくらい離れることはあるわよ。あの場所は軍港でも手が届く範囲ってこと」
うみどりの速力で朝から夕方までかかる海域なら、軍港から艦娘が出撃したというのなら、半日もかからずに作戦を遂行出来るような場所になる。それなら軍港の艦娘達が戦闘して処理するのも頷ける。
「お、見えてきた!」
水平線の向こう。灯台の光の根っこの部分。灯台が聳え立つ陸が見えてくる。そこはただの陸ではない。うみどりが停泊出来るくらいに巨大な港が姿を現した。
規模としては間違いなく数倍。そこに勤めている者達も、うみどりの数倍はいるのだろう。艦娘だけでなく、人間や妖精さんも、それ相応に住んでいると考えられる。
「うお、すっげぇ……でけぇ!」
「軍港としてもあそこは大きい方になるわね。うみどりは後始末屋っていう都合上、いろんなところに行くんだけれど、その中でもあそこは大きいわ。それに、あそこの提督、ハルカちゃんの親友なのよね」
最初から顔見知りであるおかげで、話が通しやすいというのはあるようである。
軍港の提督という少々変わった経歴となっているのだが、艦娘を常備する施設というのは、そこがどういうカタチであっても鎮守府扱いになるようで、艦娘を総べる者として提督という役割の人間がそこに必要となる。
伊豆提督の親友というその提督も、そういう経緯で軍港を任されることになっている人間。神風も当初から顔を知っているためここまで話が出来る。最古参ならではの情報。
「じゃあ、その人も濃い人だったり」
「ハルカちゃんを最初に見ているなら大体薄いわ」
「だよなー」
人間を知らない深雪であっても、伊豆提督以上に濃い人間はいないだろうとすぐに理解出来た。
それからすぐに軍港へ入港。深雪は神風と共にデッキにいたままだったが、陸が近付いてくるに連れて、港の様子がよくわかるようになっていく。
作業員として働いているのも、人間と艦娘が入り交じっていた。艤装を装備した艦娘がその力を遺憾無く発揮して動き、人間の方はより精密な作業に勤しむ。うみどりほど大きな艦がそこに停泊していることはないが、一部漁船のような船舶も置かれている辺り、あらゆる意味で
うみどりの入港はそのサイズからして豪快であるため、デッキにいる深雪達の姿が目に入ると手を振ってくる者もしばしばいた。その大半がどう見ても子供のような艦娘である。神風がそこに向けて手をふり返しているのを見て、深雪も同じように手を振っていた。
「こんなにヒトがいるの初めて見る……」
「どういう理由であれ、ここにはいろいろといるものね。ここは夜も明るいのよ」
「あたしらみたいに夜には休みってわけじゃないってことか」
「夜中のうちにやっておかなくちゃいけない作業とかもあるみたいだしね。それに、ここは夜間哨戒とかもやってるから」
朝から晩まで誰かがここで働いていると思うと、深雪としては驚きしか無かった。当然、丸一日を休息無しで動き回っているような者がいないとはわかっていても、ずっと明るいというのはそれだけでも凄いと思えることである。
「明日はあそこに行ってもいいんだよな?」
「ええ。私達も付き添う……というか、普通に羽を伸ばしたいから、みんなでいろいろ行きましょ」
「だな。余計に楽しみになってきたぜ」
ニカッと笑う深雪に、神風も笑顔を返した。何も知らない深雪に、ここでの過ごし方を知ってもらうことが、これまでとは違った楽しみになりそうである。
一方、入港の手続きをしている伊豆提督とイリスは、軍港の長と話をすることになっていた。いくら親友といえど、この辺りの決まり事を省略するわけにはいかない。
「少し久しぶりかしらね、トシちゃん」
「そんな呼び方するのお前だけだよハルカ。でも久しぶりだ」
軍港の長、
「お前も相変わらずだね。元気でやってそうで何よりだ」
「すこぶる元気よぉ。でも、たまーにこうやって陸が恋しくなっちゃうの」
「ははは、そりゃあ結構。たまには戻ってきてくれよな」
拳を突き出す保前提督に、ニコッと笑いながら突き返す伊豆提督。提督同士の挨拶はこれでも充分であり、親友としての挨拶はこの後さらにされることになるだろう。
「イリスも久しぶり。どうだい、うみどりの環境は」
「ハルカのおかげで調子がいいわ。生活も楽しんでるわよ」
イリスとの関係も良好。警戒心もなく、握手で応じる。
「で、話は聞いてるんだが、ドロップ艦を確保しているんだって?」
艦内というわけでもない場所でその話題を切り出す保前提督に、伊豆提督もほんの少し真剣な表情になる。笑顔は崩さず、しかし話の内容は提督としての真面目な話題に切り替わったことを意味する。
「ええ、今は他の子と同じように育ててるところよ。ちゃんと申請済みだし、お偉いさん達もうみどり所属になるならってことで良しとしてくれてるわぁ」
「それならいいんだが」
何かを不安視しているような表情の保前提督。
だが、伊豆提督は楽観的に大丈夫だと言い切る。勿論、いろいろとタイミングは図っているが、その時が来たら全てを話すとも。
「深雪ちゃんは本当にいい子よ。この世界をちゃんと楽しんでほしいわ」
「楽しむ、か。出来るかな」
「出来るわよ。まぁうちの仕事はキツい汚い危険が全部揃った職場ではあるんだけど」
自嘲気味に笑うものの、自分達の仕事に誇りを持っての言葉であるため、保前提督はそれを馬鹿にすることはない。
むしろ、後始末屋がいなければ戦いが終わらないことも理解している。自分達の戦いよりも重要な立ち位置だと尊敬すらしているくらいだ。
「何かあったら、俺にも相談してくれよな」
「勿論。頼りにしてるわぁ」
「ハルカに頼られるなんて、提督冥利に尽きるってものだよ」
互いに互いを尊重し合って、良い仲で付き合っていけるのはそれだけでも幸せなことだ。だからこそ、こうやって入港なんて出来るのだ。
「物資の補充と、廃棄物の処理だったな。今日の夜から始めるか?」
「そうねぇ、補充は明日でも良いけど、廃棄物の処理は先にお願い」
「了解だ。すぐに作業を始めようか。一応うみどりの検査もしておくよ」
上は上で話が次々と決まっていく。うみどりが後始末屋としてやっていけるのは、こういう者達の存在があってこそである。
翌日からは、深雪達の休息の時間。心を休め、人間達のことを理解するための、貴重な時間となるだろう。
新たな提督、保前提督。まだ2人目なので名前の由来はまだ秘密としておきますが、まず間違いなくわからないタイプのネーミングです。どちらかといえば、2作目『継ぎ接ぎ』と似たような付け方。