抜いた刀を離島棲姫の眼前に突き付けて、溜息を漏らした神風。その切っ先を睨み付ける離島棲姫だが、その圧で動けないでいた。
神風は冷静にそこに立っているだけ。表情に感情は乗っておらず、ただただ追い詰めたぞと事実を刃と共に突き付けているに過ぎない。
6体いた砲台小鬼は、壁を突き破って現れた神風と綾波が瞬殺。その全てが、誰が見ても絶命しているとわかるほどである。軒並み脚は斬られ、頭部と思われる主砲部分も真っ二つ。縦か横かの違いというくらい。ただそれだけでも、離島棲姫は実力差を思い知ることになる。
「貴女に与える選択肢は2つ。大人しく捕虜になるか、
それでも、相手が理性ある元人間だ。見た目は深海棲艦であっても、話が出来るのならば話をする。
理性がなく、この状態でも敵対心はそのままというのなら、神風は容赦なく刀を振るうだろう。死ぬのは嫌だと感じないくらいに理性が消えているのが深海棲艦。今のような状況になっても、多少はたじろぐかもしれないが、止まることなく攻撃してくるはずだ。
だが、この離島棲姫は死を間近にしていることで動きが止まった。消えていない理性が恐怖を掻き立て、冷や汗すら流させた。
「捕虜を選択したら、貴女の命を奪わないことを約束するわ。その代わり、自由は無くなるけれど。それに、尋問もあるでしょうね。貴女は命が助かる代わりに、仲間を売ってもらうわ。死ぬよりはマシだと思うけど」
命を取るか、仲間を取るか。元凶に義理があるなら死を選ぶかもしれない。情報を提供するくらいなら死んだ方がマシであると。
「それじゃあ……」
離島棲姫が口を開く。
「3つ目。この場で貴女を殺して、私は逃げ果せるわ」
言うが早いか、離島棲姫の艤装が動き出し、殆どゼロ距離と言える距離で砲撃を放った。素人の砲撃はやはり真っ直ぐは飛ばず、少し上に向かって飛んだものの、しかし勢いよく放たれたそれは、神風を一時的に下がらせるのには充分だった。
素人であっても姫は姫。その砲撃の威力は、大口径主砲に改造された砲台小鬼のそれを大きく上回っていた。それを至近距離で放たれれば、衝撃はそれ相応。回避出来たとしても、チリッと火傷を負うくらいはある。
だが、離島棲姫は何も気付いていない。この距離で砲撃を放てば誰だって一歩や二歩以上に下がるのが普通だが、こういう時こそ嬉々として前進する
「ダメじゃないですかぁ。もっとしっかり狙わないとぉ」
神風でも後退している中、綾波だけは砲撃に合わせて前進し、離島棲姫の脇腹に膝を入れていた。ここでナイフを使っていないだけマシ。この離島棲姫は鹵獲した方が有用性があるとわかっているが故の攻撃。砲撃を潜ったことで少し火傷をしているし、制服も一部破れたり焦げたりしてしまっているが、そんなことは関係なかった。
だがそれ以上に、綾波は離島棲姫に次の手段が無いかを確認するために加減している。つまり、もう既に
「自分の主砲も満足に扱えないんですかぁ? 狙いを定めて的に当てるくらい、新人の子でも出来ますよぉ。それどころか、海防艦のちっちゃな子供達でも出来ますねぇ。不意打ちを外すとか、もしかしてセンス無いんじゃないですかぁ?」
蹴りを入れた後に胸倉を掴み、笑みを絶やさずに煽り散らかす綾波。離島棲姫はそこまでされて苛立ちを強くしていたが、結局のところ、自分が井の中の蛙であることを今更ながら思い知ることになった。
元々はこの施設で深海棲艦の力を研究していた人員だ。その中で自分にも適性があり、高確率で適合するとわかったからこそ今の姿になっている、わかりやすすぎる
その際に手に入れたこの艤装の火力、しかも改造もし放題のそれで、圧倒的な力を手に入れていたため、他の適合者を牛耳ることが出来ていた。それこそ集積地棲姫のように、勝手もわからず今の姿にされて、それに恐怖しているような相手には、力押しは効果的であった。
その結果、この離島棲姫は自分の実力を完全に勘違いしていた。当然雑魚とは言わない。普通の艦娘達ならこの一方的な火力は非常に厄介であり、場所も相まって作戦通り足止めとあわよくば始末も余裕で出来る。
だが、それはあくまで
「さぁ次は何をしますぅ? 格闘戦とか出来そうですかぁ? それとも主砲以外の武器を持っていたり? あ、艦載機持ってましたよねぇ。あのちっちゃくて可愛いヤツ。それを嗾しかけてきますかぁ? 発艦したところから全部撃ち墜としちゃいますけど大丈夫ですかぁ?」
「な、なんなの、なんなのよアンタは」
「綾波のことなんてどうでもいいじゃないですかぁ。ほら、次の手段を考えてくださぁい。頭がいい人なんですよねぇ。ピンチをチャンスに変える方法、ピカッと思いついてくださいよぉ。ほらぁ、早く、早く早く、早く早く早く」
これまで恐怖政治で適合者を縛り付けていたような離島棲姫が、真なる恐怖を目の当たりにしたことで、顔面蒼白になっていた。
この2人──神風と綾波には絶対に勝てない。そう思い知らされるには充分すぎた。
足から力が抜けたか、カクンと崩れ落ちて尻餅をついた。もうその目には戦意が失われており、途端にガタガタと震え始める。
こういうところはやはり人間であり、素人丸出しの姿。戦い慣れていないし、闘争本能も艦娘や深海棲艦からかけ離れている。一般人と言っても過言ではない。
「綾波、もうコレは戦うつもりないみたい。もう何も出来ないわよ」
「なぁんだ、つまんないですねぇ。姫なら姫らしくもう少し頑張って欲しかったですよぉ」
「姫って言っても人間なんだから仕方ないでしょ。しかも訓練を受けていない、ただ力を持っただけの素人よ。期待する方が間違ってるわ」
離島棲姫の目の前で本人をこき下ろしているものの、離島棲姫自身は何も言い返せなかった。本当に素人であり、力を得た後もゴリ押しで終わらせ、ずっと研究に精を出し続けていたのだから。
「で、当然貴女がここのボスってわけじゃないわよね。貴女が時間稼ぎに使われているのはわかってるけど、それを指示したヤツは何処に行ったの」
睨み付けるような目で離島棲姫に問う神風。その視線は恐ろしいほどに冷ややかで、答えなければ殺すぞと言わんばかり。
「とっくに逃げたわよ。このさらに地下からね」
「まだ下があるのは知ってたけど、そこまで下りていって何処から逃げるっていうのよ」
「……アンタ達は知らないでしょうけど、一部の深海棲艦は海上艦や陸上施設型でも
つまり、地下深くから海中に出て、そこから脱出しているということ。一部潜水艇などを使っているかもしれないが、ここのボスであろう存在は、当たり前のように
「じゃあ、その行き先を言いなさい。わかってると思うけど、貴女の生殺与奪の権利は私達の手にあるの。死にたくなかったらさっさと言っておいた方が身のためよ」
再び刀を突きつける神風。やっていることは誉められたことではないものの、離島棲姫の命を奪わずに全てを解決しようとするならば、この手段が最も適していると判断して、あえて汚名を被る。
こうは言っているものの、殺すつもりなんてカケラも無かった。これだけ脅せば、きっと折れる。聞きたいことはここで全て聞き出せる。
だが、戦意は失っていても逃げるという気持ちは失っていなかった離島棲姫は、自らの命を守るため、最後の手段に打って出る。
「簡単に教えると思ってるわけ?」
突如、かなり上の方から複数回の爆発音が響いた。地下深くにいる神風達にも届く程の音であるため、相当な衝撃が発生している。
そこから考えられるのは、まだ地上にいた時に斃しておいた出来損ない達が一斉に爆発したこと。相当な数いたそれが爆発すれば、それ相応の威力となる。それこそ、施設そのものを全て倒壊させる程の威力となってもおかしくはない。
出来損ないの起爆のトリガーは、この離島棲姫が持っていた。追い詰められたことで自棄になり、何処をどう操作したのかはわからないが、遠隔でここいら一帯にいた者達全てを一斉に爆発させてしまったのだ。
「ハッハハハ、これで施設そのものに押し潰されて地上の奴らは一網打尽よ。ついでにアンタ達も一生ここから出られないわ!」
思い通りにはさせないと高笑いを決める離島棲姫だが、神風達は哀れな者を見る目はやめない。
「そうならないようにこちらは最善の手段を取っているのでな。倒壊の音が聞こえてくるか? アレだけ大きな施設が木っ端微塵になるなら、ここにも振動くらい伝わってくるだろう。だが、それもないな」
熊野丸が自信満々に離島棲姫に話す。こうなることを予想して、出来損ないの亡骸の配置を考えてきたのだ。壁は全部吹き飛んだとしても、柱はある程度残るように。
「な、なんで……出来損ないは1階だけじゃないわよ」
「何故二手に分かれたと思っている。しかも、あちらは少数でも戦えるんだぞ」
つまり、施設内にいる出来損ないは、この短時間で
地上でただ待つだけでなく、退路を封じられることのないようにするための行動を常に考えた結果、行動可能な出来損ないを全て始末し、熊野丸が指示していた通りに爆発の被害が最小限になる場所に置くことで、万が一爆発したとしても施設が倒壊しないように準備していた。
結果、本当に爆発したわけだが、施設は骨組みを残して倒壊することはなかった。爆発力が想定より大きかったものの、配置が完璧だったおかげでかなりギリギリではあるが。
「だが、この振動は地下にはあまりいい影響はないようだな。全員下がれ!」
熊野丸の言葉にすぐさま全員が潰された退路側に駆けた。綾波はまだまだやる気満々だったが、熊野丸が顎で視線を誘導すると、なるほどと納得してその場から退く。未だに怯え続けていた集積地棲姫には、子日や秋月がすぐさまサポートした。
しかし、尻餅をついていた離島棲姫は、熊野丸が何故こんな号令をかけたかがわからなかった。ただただ、爆発の音に恐れて退いたとしか思えなかった。
「はは、何よ、ここまで来て結局逃げ腰じゃない……私は逃げさせてもらうわよ」
恐怖で足から力が抜けてしまっていた離島棲姫だったが、その恐怖の対象である神風と綾波が目の前にいないのならば、悠々と立ち上がって奥に逃げるという選択が出来る。ここからさらに地下に降りれば、まだ仲間達と合流出来ると信じて。
だが、熊野丸がそう言った理由をこの瞬間まで理解出来なかったことが敗因である。
天井が崩れてきたのだ。
「えっ……」
砲台小鬼の砲撃が上に向いてしまっていたこと。自分でも神風に向かって放った砲撃が上に向いていたこと。そしてトドメが今の地上の爆発だ。ダメージを受け続けてきた天井もここで限界を迎え、落盤した。
その瓦礫は、人を押し潰すのには充分すぎた。故に、熊野丸は綾波も従えることが出来た。下手をしたら、上の階の床から全て落ちてきてしまうくらいの巨大な瓦礫だ。いくら艦娘であろうと、あの瓦礫に押し潰されたらひとたまりもない。
「こんな、こんなぁぁぁ!?」
酷い断末魔の声と共に、離島棲姫は天井から降ってくる瓦礫に押し潰されていった。
「自業自得よ。素人がバカスカ撃つから」
下がった結果、瓦礫が比較的少ない部屋の中に入ることが出来たため、仲間達は全員無事。土埃まみれにはなってしまったものの、快勝と言える終わりとなった。
「じゃあ、後はここから脱出する手段を考えないとね……」
うみどりに戻るまでが襲撃。退路を断たれた状態で、後はどうにか帰るだけとなった。