時間は巻き戻り、神風達が装甲車で廃棄物回収業者の施設へと向かって少し経ったくらいの時間へ。
うみどりとおおわしの連合軍は、襲撃に向かっている間に2隻の移動鎮守府が逆に襲撃を受けないように、艤装装備状態での待機に徹することとなる。
理由は簡単。ここにいる深雪が、元凶から狙われていることがわかっているからである。特異点という存在に対して危機感を持っているため、今この時にでも始末しに来る可能性が無いとは言えない。
それに、元凶のことに勘付いているうみどりとおおわしそのものも危険と判断して潰してくる可能性があるのだから、そうなった場合に防衛に徹さねばならない。
「艤装を身につけるのも久しぶりだよ」
この防衛線には時雨も含まれている。カテゴリーMであるために艤装を装備すると人間を狙い撃つのではないかと危惧されていたものの、最近の時雨はかなり丸くなっており、今回も一宿一飯の恩を返すということで納得している。
「いきなりあたしらを撃つんじゃねぇぞ」
「僕を何だと思っているんだい」
「ここで過ごす前までは間違いなく撃ってただろうがよ。それに、ぶいあーるで神風にいきなり撃ったこと忘れてねぇからな」
「ははは、そんなこともあったね」
深雪との漫才のような言い合いも、ここ最近は周囲を温かくするようなやり取りに思われていた。時雨は不服なようだが、深雪としては時雨がそういうカタチで受け入れられていることには内心喜んでいたりする。
深雪は時雨とこう話しているのを見て、電もほっこりしていた。語気は若干強めではあるが、2人の仲の良さがわかるやりとりでもある。やはり時雨は不服なようだが。
深雪達は海に出るのではなく港で待機することとなっている。もしこの状態で敵がやってくるなら、海側から来る可能性の方が高いと考えていたからだ。
元凶が深海棲艦の力を自らに埋め込み、その力を我が物として扱っているとしたら、陸から攻めるより海から攻める方が十全の力を発揮出来る。それが平瀬のような陸上施設型である場合は話が変わるかもしれないが、深海棲艦の大半は海上艦だ。地の利は陸より海にある。陸に上がってくることはそうそう無い。
「本当に……来るのでしょうか」
電が少し怖がりながら深雪に尋ねた。ここでこうやって待機しているのは、あくまでも念のため。神風達の襲撃で元凶まで捕まえるなり始末するなり出来れば、この待機は全て意味が無くなる。
「わかんねぇ。でも、あたしとしては来てほしくないな。神風達が全部終わらしちまえば、もう何の心配もなくなるだろ」
「なのです。電も、出来ることならここで戦うようなことはしたくないのです。まだまだ弱いので……」
「だな。せめてもう少し強くなってからにしてもらいたいもんだ」
深雪も電も、自分の未熟さをしっかりと把握出来ている。うみどりの中ではワーストでワンツーフィニッシュを決めていることくらい自覚しているのだから、変に足手纏いになるくらいなら戦いそのものが起きてもらいたくない。
戦力外通告をされたと思い込んで酷く落ち込んでいた深雪も、今は電のおかげで自身の弱さに向き合うことが出来ている。そのおかげで、今も明るく振る舞えた。そして、それが電に勇気を与える。
お互いを支え合う関係は、今この時も継続中。この絆は、ちょっとやそっとじゃ切れない。
そこからさらに時間が経過し、襲撃部隊が施設への突入を始めたくらいの時間へ。
港から施設まではそれなりに距離がある上、街中ではなく郊外にあるため、戦闘が始まってもその音がすぐに届くことはない。余程のこと──例えば、出来損ないが纏めて大爆発するくらいのことが起きたときに、初めて戦況がわかるくらいであろう。ただの砲撃ならば音も届かない。
全員が静かにして、尚うみどりとおおわしの機関を止め、そこまでして耳をすませばやっと聞こえる程度だと思われる。そのため、どうしてもあちら側の状況はわからない。
「陸路は常に異常無しだ。人っ子一人来やしねぇ」
ただ陸で待機するのも暇なので、港周辺の見回りもしていた深雪達。実際は定期的にグルグル回っているだけではあるのだが、何者かが侵入してくるなんてことがないかを確認するため。
海からではなく陸から来るという可能性も無いとは言えないのだから、警戒するに越したことはない。むしろ、こんな時間に何者かが近付いてくるというだけでも怪しすぎるくらいだ。
そもそも、今回はこの作戦のこともあり、軍港鎮守府の艦娘達が夜通し警戒を続けるというのもある。街中の安全はその管轄が守るから、港の安全は移動鎮守府の面々に託すとのこと。
「海も何も無いわ。夜間戦闘機を飛ばしているけれど」
特に広範囲を確認出来る加賀も、今は何も見えていないという話である。うみどりきっての航空戦力である加賀と三隈は、それぞれ夜間戦闘機と夜間瑞雲を駆使して港周辺を隈なく見続けているが何も無いらしい。
それはおおわしも同じことで、あちらはあちらで持っている航空戦力が、同じように夜間装備を扱うことで広範囲を確認しているものの、やはり何も見つけていないという。
この状態で恐ろしいのは、索敵範囲外からの強襲。艦載機が届かない場所からの攻撃か、もしくは
前者は超長距離からの砲撃。艦娘の中でも最大級の戦艦、大和と武蔵ならば、とんでもない長距離の砲撃を可能としているというのだが、勿論その分命中精度がガクンと落ちる。とはいえ、出来ないことはないということだけは知っておくべき情報。
後者はわかりやすく潜水艦だ。これに関してはイリスも視認出来ないことでカテゴリーがわからないため、最も警戒したいところ。当然ながら、うみどりからは伊26と伊203が、おおわしからも潜水艦が海中を見張っているような状態。
「来ないならば来ないでいいんだがな」
ここで長門も一時的に合流。状況を報告するために陸に上がった。海の上では長門が最も前に配置されており、今は妙高とおおわしの鳥海にバトンタッチしている。
「索敵は常に続けているが、我々の穴はどうしても海中だ。酒匂や梅がソナーで見回ってくれているが、海中にも今のところ何もない」
「万が一あの施設から逃げ果せているとしても、海中を使われたら何も出来ないわね」
「可能性はかなり高いがな。昼目提督が言っていただろう。センサーの反応が海底に近い位置にあると。ならば、そこから出ていったと考えるのが妥当ではないか? それこそ、潜水艦を使うなり何なりしてな」
「それ相応の大きな潜水艦を用意しているってことかしら。それなら間違いなく誰かしらが発見していると思うのだけれど」
当然ながら、ここにいる面々は深海棲艦が陸上施設型であっても海中を泳げることを知らない。艦娘と同様に、海上艦は海上でしか活動出来ないと思っている。
そのため、敵の動きが文字通り海面下で進んでいることにはなかなか気付くことが出来ない。
「はい、長門さん、補給です」
「すまないな。緊張感が増すと、どうしても喉が渇く」
神威から飲み物を渡された長門は、それをグッと呷るとまた海へと出ていった。状況報告をさらっとした後、また仕事に戻るのみ。淡々と仕事をこなす姿は、深雪にはかっこよく映った。
だからこそ、それが失われるかもしれないと思うと恐怖が増す。
突然、空にキラリと光が見えた。加賀の索敵範囲外から飛んできたそれは、空中で爆発四散。花火のように拡がり、艦載機を軒並み呑み込んでいく。
「何……っ!?」
流石にこれは加賀も想定していなかった。チャフかフレアかはわからないが、突然のことで艦載機との通信が一切取れなくなる。
「完全に索敵の外よ。それに、何が来ているかはわからないわ」
艦載機が使い物にならなくなった瞬間から、海上もおかしなことになっていた。その花火に紛れていたのか、巨大な砲弾がうみどりの近くに着弾し、大きな水柱を作り出す。
それも一発や二発ではない。何度も何度も放たれては近場に着弾して、その都度海水を巻き上げた。
陸にいる者はそれだけで海上の様子がわからなくなるが、海上にいる者は何処からの攻撃かを即座に分析を始める。まずはその砲撃の直撃を避けながらだが。
今このときに混乱するわけにもいかないため、極めて冷静に。動揺は抑えて、周囲の確認。本来なら起きないことが次々と起きているものの、あちらが
「電、あたし達は少し下がるぞ」
「な、なのです!」
深雪はいち早く電の傍へと移動し、邪魔にならないように数歩後ろへ。今の自分の知識では、この場では役に立てない。ならばやることは一つ、自分の身を自分で守ることだけ。電もそこは理解し、深雪と共に自己防衛の姿勢に。足手纏いにならないように、逃げ回る覚悟で。
「敵襲ね。来るとは思っていたけれど、ここまで真正面から来るなんて」
うみどりから伊豆提督が降りてきた。下手をしたらうみどりに命中して、逃げる間もなく沈んでしまうなんてことも考えられたため、平瀬と桜を緊急避難させていたようだった。
念のためということで、平瀬も桜も深海棲艦らしくない姿に着替えさせられている。髪を纏めたり、ウィッグをつけたりするだけでも大分様変わりし、万が一誰かに見られたとしても、保護された人間であると思えるように。
「痛ぇけど、オレも避難出来ました。万が一沈められても、中には誰もいません」
「良かったわ。艦はどうとでもなるけど、人の命はどうにもならないわ。いざという時は捨てる覚悟も必要よ」
おおわしからは傷を押して昼目提督も退避。そしてうみどりは最後にイリスが外に出てきて全員退避終了。妖精さんもこの時だけは持ち場を離れるしかなく、惜しみながらもゾロゾロ港に降りてきている。主任は特に名残惜しそうであった。
「深雪ちゃん、電ちゃん! こっちに!」
「う、うす!」
伊豆提督に呼ばれて伊豆提督の側に向かう2人。自分の身を守れるように艤装はフル稼働にしているが、誰かが近くにいるならその方がいい。それに、伊豆提督が呼んだということは、提督を守るという任務にも繋がる。
いわば、深雪と電は、提督のための
「時雨ちゃん! 貴女もこちらにお願い!」
「ああ、わかった。深雪達の面倒を見なくちゃいけないからね」
時雨も戦力としてカウントされているかはわからないが、伊豆提督の近くにいることで深雪達の護衛のように振る舞う。深雪がどうにかなってしまった場合、時雨自身が最も怒りを覚える存在に利益が出ることが気に入らないから、今は伊豆提督に従うことにしていた。
「妖精さんとの連絡が取れたわ。半数は撃墜されたけれど、残り半数で索敵は再開出来てる」
加賀からの報告を受けて、より緊張感が増す。撃墜された艦載機の妖精さんは、落下傘によって無事海面に着水出来ており、救助を待つ状態となっているらしい。
「敵襲よ。でも、その姿で
「わからない……? そんなこと初めてじゃない。でも、あちら側の勢力ってわかりやすいわね」
これまでにも艦種を越えた装備をしてくる改造深海棲艦が現れているのだから、艦種そのものが不明になることもあり得ると、伊豆提督は驚くこともなくすぐに受け入れた。
普通ならあってはいけないことではあるのだが、元凶はそんなことを当たり前のように越えてきてしまうため、もう疑うことは諦めている。
「……ハルカ……驚かないで聞いてちょうだい」
そこでイリスが神妙な面持ちで双眼鏡を覗いていた。なるべく早くカテゴリーを知るために、かなり高性能なそれを使うことで水平線の向こう側にいるであろうこの攻撃の主を確認していた。
砲撃が止まないため、水柱はずっと立ち昇っている。だが、稀にそれも途切れるため、その一瞬をついてその姿をその目に捉えた。
「彩が見えたわ。見えたけど……」
少しだけ言い淀んだが、言わないわけにはいかない。そして、意を決して口にする。
「彩は