うみどりとおおわしが停泊する港に、予想通りの襲撃。しかし、それを仕掛けてきたのはたったの3人であり、カテゴリーKというこれまでに見たことのない存在だった。
そのうちの2人だけでも、最前線にいた長門達が手も足も出ずにやられ、その間に中心人物に見える大柄のカテゴリーKが陸まで辿り着いてしまった。
「お初にお目にかかる、特異点」
その視線は、深雪に集中していた。
「……何なんだお前は」
深雪にはこれしか言葉が出なかった。この視線だけでも、心臓を鷲掴みにされるかのような感覚を覚えたからだ。勇気を振り絞って震えを止め、絶対に目を逸らさないと気合を入れる。拳はいつになく強く握り締められ、装備していた主砲がギュッと音を立てた。
その隣で電は耐えられずにガタガタと震えていた。敵と相対するだけならまだここまでにはならない。仮想空間での訓練で、ある程度の敵とは戦った。
しかし、このカテゴリーKはあらゆる意味でレベルが違った。存在そのものが恐怖を駆り立てる。目に入れるのも恐ろしいとすら思える、
そのため、電には既に戦意など無かった。戦ったら殺される。ただただそう思ってしまった。
「私は、君と
「わかるように言ってくれねぇか。あたしはバカなんでね、回りくどい言い方をされるのが気に入らねぇんだよ」
いつもの調子で、相手とは対等な立場だと言わんばかりに、深雪は強気に話を続ける。相手の調子に合わせてはダメだ。ただでさえ、流れは全てあちら側にある。
「君は
明らかな宣戦布告。深雪を殺すと、目の前で当たり前のように語った。それこそ、まるで歌うように。
しかし、その理由が深雪にはわからない。止めるため、滅ぼすためと言われても、自身にそんな力があるとは思っていない。そこまでされる謂れもない。
「わかんねぇよ。あたしに何があるってんだ。さっきも言ったけど、あたしはバカだ。だから、お前が言いたいことをハッキリと言えよ」
「ならば端的に言おう。君はそのうち私の障害となるだろう。故にここで消えてもらいたい」
表情は変えない。しかし、目はまるで笑っていなかった。心臓を鷲掴みにするような感覚が、射抜くような感覚に変わった。明確な殺意が棘となり、深雪の心臓をあらゆる方向から刺し貫いたかのようだった。
震えてはいない。しかし、息が徐々に荒くなってくる。気付けば冷や汗もかいていた。大柄であることによる圧が、深雪から心の余裕を奪っていく。
だとしても、衝動的に動こうとは思わない。それが開戦の合図となってしまったとしたら、為す術なくやられるだけとなる。深雪だけではない、ここにいる者全てがやられることになる。
「誰が消えるか。お前に指図される筋合いはねぇよ。どう障害かもわかってねぇのに」
「君は生まれたばかりだ。だからこそ、今この場で消えてもらうのさ。単純なことだろう。成長する前に、障害となる前に、いなくなってくれれば、私達の不安の種が無くなるんだ」
真相を話さないのは、
そもそも出生そのものに秘密があるようだが、これは当の本人も知らないというのに、他の者がわかるわけがない。この大柄なカテゴリーKだけは何処となく理解しているようだが。
「だが、ここで君だけが消えてくれれば、もしくは私についてきてくれれば、他の者にはこれ以上手を出さない。これでどうだろうか」
「何を言ってんだお前」
「私達はうみどりに感謝しているんだよ。
酷すぎるほどの皮肉に、伊豆提督ですら感情が大きく騒めいた。
これまでの後始末は、世界から戦いを無くすためにやっていた。戦場の、戦争の、過去に過ちを犯した人間達の後始末をすることで、世界に平和を齎す。長く辛いだけの戦いを終わらせるために、全力を尽くしていたのだ。
だが、後始末が必要になる事象を作り上げた元凶が、未だにその原因となる研究を続け、さらにはその後始末を研究材料集めの一環として利用していたと知れば、嫌でも腹が立つ。
そこまでならまだ良かったのだが、元凶本人に当てつけのように言うのならば、如何に温厚な伊豆提督であっても、怒りを見せてもおかしくなかった。
これまでの努力──仲間である艦娘の思いすら踏み躙られたようなモノなのだから。
「ふざけんなよテメェ!」
先に声を上げたのは伊豆提督ではなく深雪だった。まるで伊豆提督の思いを汲み取ったかのように、これまでなるべく感情を出さずに話をしていた深雪が、恐怖すら振り払って怒りをぶちまける。
「ふざけてなんかいない。感謝の気持ちはあるさ。現に、私がここまで来て何もしていないのが最もわかりやすい感謝の意さ」
その気になれば、すぐにでも皆殺しに出来る。眼前のカテゴリーKはそう語っている。その力を振るわれていないのに、それが出来るのではと感じるほどの威圧感がある。
事実、向こう側では小柄と中柄のカテゴリーKが、長門達を適当に蹴散らし、その上でさらにおおわしから出てきた援軍も一網打尽にしていた。たった2人で。今のところ誰も命を落としてないが、劣勢は間違いない。
小柄なカテゴリーKはまさに遊ぶかのように戦っているため、ギリギリ死なない程度を愉しんでいるようにも見えた。まるで、無邪気に動物を甚振る子供である。
逆に中柄は一切の容赦なく攻撃をしていたが、立ち向かってこないのなら余計に追うことは無かった。それこそ、寄ってくる羽虫を手で払う程度にしか考えていない。敵意があったとしても、前以て攻撃するようなことはなかった。再起不能にするのみ。
あくまでも狙いは特異点──深雪だけ。それ以外の者達の命は
「君達のおかげで、世界はこうして廻っている。そう、廻っているんだ。君達が後始末をし、その集めてくれた材料を私達に提供してくれる。私達はそれを使い研究し、人類をより強く
何を言っているかわからなかった。
「しかし、世界はこの輪廻を許さないらしい。私達は人間の未来のために研究し、この姿となっただけなのに、君という特異点を生み出してしまった」
あくまでも自分達の研究は人類のためには必要だと言い張る。その信念は揺るがないようだった。
あまりにもおかしなことを言っているため、怒りが溢れた深雪は変に落ち着いてきてしまった。考えてもわからない。何を考えればこれまでのことが起きるのか。
「ならなんで隠れてコソコソ研究してたんだよ。自信を持ってやれないことだからじゃあねぇのか」
「私達の研究を理解出来ない者が多すぎる。ならば、邪魔をされないようにするのは至極当然のことだろう。何せ、私は一度人類の手によって
その言葉を聞いて、ハッとしたのは伊豆提督。一度殺されているのにここにいるというのは一旦置いておいて、その経緯から考えるに、このカテゴリーKが何者であるかはピンと来た。
「アナタまさか……出洲……」
「君は伊豆君だね。うみどりの長、私達にしてみたら一番の功労者だ。君の質問には答えよう。そう、私は出洲。出洲 布留都だ」
その事実が一番の衝撃だった。伊豆提督を含めて知っている事実として、
「人類の未来、より強く進化することに、性別など無意味だろう。そんな折に、私は
「つまりアナタ達は……」
「艦娘と深海棲艦の力を使い、人間をより高次の存在へと押し上げる研究をしていただけだよ。私自身がその成功例だ」
第一次深海戦争で艦娘と深海棲艦という存在が現れ、どちらも人間とは比べ物にならない生命体であることがその時点で理解出来ていた。ならば、人間がその域に達することが出来れば、恒久的な平和が訪れるのではないか。
その考えから生まれたのが、艦娘や深海棲艦の命を搾り尽くすような非道な研究も躊躇わない組織。次の段階に行くために、世界の全てを材料にした。
「極端すぎる……っ。そんなことをしなくても、人類は平和に暮らしていけるでしょうに!」
「だが、それでも弱者は淘汰される。より強き者のみが生き残る世界だ。ならば、
「今弱者を淘汰しているのはアナタじゃない!」
さも当然のように、自分の考えに間違いがないと確信して、そんなことを話しているカテゴリーK──出洲。
伊豆提督は考える。出洲の言っていることは、あながち間違ってはいない。人類全てが高次の存在となれば、それはもう平和と言ってもいいのかもしれない。何せ、争いそのものが無意味になるのだから。
だが、手段が間違っている。戦いを無くすために、戦いを引き起こしているのは、間違いなく出洲だ。しかも、カテゴリーMという存在や、カテゴリーBから恨みを買うという、不要な戦いまで作り出してしまっている。
「間違ってる。お前は絶対に間違ってる」
そんな出洲に、深雪も猛反発した。言い負かされるようなことはない。ムキになっているわけでもない。少なくとも、今目の前で起きている仲間が傷付いている姿を見たら、それが正しいとは思えない。
「本当に平和を望んでるなら、こんな手段は絶対に選ばねぇ。誰かの命を使って、上に向かうなんてあり得ねぇ!」
「人類は他の動物の命でここまで進化してきた。それと同じさ」
「同じじゃあねぇ! お前がやってることは平和から一番遠いだろうが!」
「知恵なき者の命は食い潰すのに、相手が知恵ある者ならば罪となるのかい? 牛や豚も罪などない無辜の命だろうに。嫌がる素振りをしても、解体し、食糧にしているのは、今の人類も同じことさ。ならば、高次へと至るためにはそれを良しとするべきではないかい」
狂っている。もうその言葉しか出てこなかった。自分の言っていることの矛盾にも気付いていない。辻褄が合っているのか合っていないのかもわからない。自分の言葉の意味すらも理解出来ていないかのような語り口。
自分のやっていることは正しいことなのだと信じてやまない、
「平和のため、人類の進化のために必要なのは、今は戦いだろう。試練を乗り越え、より強靭な精神を手に入れ、選ばれた者は高次の存在へ進化する。ここで淘汰される者は、次の段階にはいけない」
薄ら笑いはそのままに、これで話は終わりだと一方的に切り上げる。深雪はまだ文句があったが、その口を塞ぐかのように手のひらを深雪の前へと突き出した。
「選択したまえ。君はここで死ぬ。もしくは、私達についてくる。そうすれば、私はここから離れよう。誰も傷付けないと約束しよう。だが、それでも尚抵抗するというのなら、他の者諸共、君をこの世から消す」
この言葉に、嘘偽りは無かった。それだけの迫力があった。
ドス黒く、全てを塗り潰すような彩。この一部始終を見ていたイリスの目には、出洲の深すぎる黒が目に焼き付くようだった。