「選択したまえ。君はここで死ぬ。もしくは、私達についてくる。そうすれば、私はここから離れよう。誰も傷付けないと約束しよう。だが、それでも尚抵抗するというのなら、他の者諸共、君をこの世から消す」
深雪の口を塞ぐかのように手のひらを前へと突き出した出洲が、殆ど選択肢のない問いを深雪に投げかけた。
死ぬという選択は文字通りである。深雪にこの場で自害しろと単に言っているだけ。自身の障害が消えたことを、目の前で見せろと。
ついてこいという選択は研究の材料になれと言っているようなもの。おそらくは、過去の艦娘や深海棲艦のように、その命を限界まで搾り尽くし、最終的には結局死ぬ。むしろその力が新たな敵を作り出す可能性が高い。
結果的に、どちらの選択をしても
「君の命が世界の平和に繋がるんだ。そして、その力は人類をより高次の存在へと導くだろう。さぁ、選びたまえ」
深雪の答えを待つ出洲。だが、答えられるわけがなかった。
どちらにしても自分は死ぬ。その上、ついていったらあちらはより強い力を得ることになるかもしれない。
深雪自身が自分に秘められた力を自覚していないのだが、出洲が障害と語る力を奪われたら、それはもうどう足掻いても抵抗することが出来なくなることを意味するだろう。それだけは避けなくてはいけない。
ならばここで、仲間達の目の前で、手に持つ主砲を自分のこめかみに押しつけて、トリガーを引くことが選択となる。
しかし、そんなことは出来ない。死ぬことに対して恐怖を感じているのは当然のこと、ここで死んだら今でも震えている電の心を完璧に破壊してしまうだろう。自分が死んだら電も死ぬようなもの。電のためにも死ねない。
第三の選択肢として、ここで出洲に対して攻撃を仕掛けるか。自らの死を拒むために、最後のギリギリまで抵抗するという、艦娘としての選択。
だが、どう考えても勝ち目がない。ここに残っている者の中でもトップクラスの力を持つ長門が、出洲とは違う小柄なカテゴリーK、言ってしまえば
出洲は間違いなく、あの子供よりも強い。体格もあるのだが、ここまで話している間に実力はわかっていた。何故なら、
相手が元人間であり、世界をこうしている元凶だとわかったならば、間違いなく深雪のことなど考えずに攻撃なり舌戦なりを仕掛けているはずだ。それなのに、時雨は呪いにより湧き上がる怒りと憎しみを耐えながら、冷静に状況を分析しようと心がけていた。その結果が、
「無言というのは、選択が出来ないということかな。ならば、君は仲間を見捨てるということでよかったかな」
選択をすれば誰も傷付けないと約束すると言い切っているのに、その選択すらしないお前のせいで、仲間は傷付くのだとまで言い出した。罪も何もないうみどりやおおわしの面々を攻撃するのは出洲の意思だというのに、その罪は全て深雪に押し付けていた。
人類を高次に導くために行動している自分は正義であり、それを邪魔をする者は全て悪であるという、狂気に満ち溢れた傲慢な考え方。人類の平和な未来への道を遮ろうとするのだから、出洲は仕方なく攻撃するしかないのだと言い切る。
「お前、自分がやってることが正しいって思ってんのか」
なんとか振り絞って深雪の口から出た言葉。それを聞いても、出洲の表情は変わらない。
「勿論。私は人類の未来のために日夜励んでいる。
悪であると断言されたことで、深雪の中で心が決まった。
「そうか。はは、そうかよ」
自然と笑みが溢れた。今はそんな時じゃないのはわかっているのだが、変に笑えてきた。
そんな深雪を見ても、やはり出洲は表情を変えない。
「ハルカちゃん、悪い。あたし、これしか選べねぇや。あたしの選択、受け入れてほしい」
出洲から目を背けて、伊豆提督の方へと視線を向けた。この一部始終を見届けて、尚もほぼ口出しが出来なかった伊豆提督は、その深雪の目を見てどんな選択をしたかを察する。
「ええ。アナタの意志は、アタシに指図は出来ないわ。それに、アタシだって同じ選択をする。みんなもアナタの選択を無下にはしない。申し訳なさは捨てていいわ」
この緊迫した状況でも、伊豆提督は深雪の選択を笑って肯定する。自分で決めたことなのだから、何も文句は言えない。
それが例え茨の道であろうとも、その選択を後悔しないのならば、それが最善の道となるだろう。
深雪はまだうみどりに来たばかりの頃、夕暮れのデッキで三隈に言われたことを思い出していた。
『これは深雪さんの物語ですから、深雪さん自身が選び取ることに意味があります。三隈達の言葉が絶対に正しいとは限りませんもの』
今がまさにその時なのだ。深雪自身が選び取ることに意味がある。それが深雪の物語。周りの言葉が絶対に正しいとは限らない。特に、眼前に立つ自らを正義と言い切る者の言葉なんて。
「ハッキリ言ってやる。あたしはお前の選択肢を選ばねぇ」
その深雪の言葉に、出洲は少しだけ目を細める。
「あたしのことを、お前を滅ぼすために世界が生み出した特異点っつったよな」
「ああ、確かにそう言ったね」
「なら、どうあってもお前の思い通りにならねぇ。お前が本当に正義だって言うなら、あたしは悪になってやる。人類の未来を閉ざしてもいい。お前の真逆を絶対に選んでやる。お前が救世主だとしたら、あたしは魔王にでもなってやるよ」
自分が死ぬのが嫌だというのもある。せっかくこの世界に生を受け、この世界の楽しさを知ったのだ。それなのに、生きているだけで未来を閉ざす存在だと決めつけられ、仲間を人質に取られるような手段を使われて、どう死ぬかを選ばさせられている。そんな理不尽が許せない。
「あたしはこんなところで死なねぇ。それにあたしの仲間達はそんな簡単にくたばらねぇ! だから、あたしの選択はたった1つだ。死ぬのもお前についていくのも真っ平御免だ。やれるもんならやってみやがれ!」
大見栄を切って恐怖を拭い去り、強い決意を抱いて主砲を構える。もう手も足も震えない。いつものように動く。
今の出洲は、見た目だけで言えば艤装は装備しているように見えない。それどころか、殆ど全裸であるために武器を隠し持っていることもあり得ない。この状態でどうにかしようとするのなら、何かしらの秘密兵器を持っているということになるだろう。もしくは、この姿から繰り出される徒手空拳か。
「お前があたしを悪だと言うなら、あたしはもう悪人で結構だ! だったら、それ相応に振舞わせてもらうぜ! 正義は悪に容赦なく攻撃されても文句は言えねぇだろ!」
躊躇は無かった。今ここで出洲をどうにかしないと、この世界は意のままにされてしまう。むしろ既にその傾向にあるのだから、これ以上思い通りにさせてはならない。
だから、深雪は相手が元人間であろうが関係なしに砲撃を放った。狙いは致命傷となり得る胸。
しかし、直撃したと思われる砲撃は、妙に鈍い音と共に爆散した。艤装に当たった時のような反応を見せたため、その時点でダメージになっていないことがわかった。
「電! 時雨!」
今この状況ですぐさま出洲に攻撃を仕掛けられるのは、深雪の他には電と時雨しかいない。他の仲間達も周囲にいるが、誤射をせずとも深雪達に当たってしまう可能性があるのなら無闇矢鱈に攻撃なんて出来ない。
だから深雪は近くにいる2人に声をかけた。電が戦意喪失しているのも理解している。時雨が冷や汗をかきながらでも状況を見ていたのも理解している。だが、今やらなければこの窮地を乗り越えることは出来ない。
「わかっているよ。まさか深雪に奮起させられることになるだなんてね」
電は厳しいため、砲撃を放ってすぐに深雪が電を抱きながらその場から数歩離れる。それと同時に時雨が被せるカタチで砲撃を放った。
「ハッキリと理解した。人間は怒りの対象じゃない。目の前のコレが最大の敵だ。僕の呪いの感情は、全てこの元凶にぶつけることに決めたよ」
今この時を以て、時雨は人間に対する感情に折り合いをつけたと言える。真に悪意を向けるべき存在を見定めることが出来たことで、人類全ての憎しみは晴れた。
そして、周囲に向けていた憎しみを一旦集中することになるため、深雪以上に一切の容赦なく命を獲りに行く。
だが、こちらの砲撃も鈍い音。至近距離で放ったのにもかかわらず、やはり何かに阻まれた。
「残念だ。我々の研究の成果を知れば、君達は応えてくれるものだと思っていたが」
深雪と時雨の砲撃の爆炎が晴れた時、出洲の周囲にはその艦載機がひしめき合うように蠢き、盾のようにその身を守っていた。
砲撃を通すことの無いほどに密集している姿は、まるで蜜に群がる蟲の大群。しかし、それが空中に待機した状態でブレることもなく砲撃を止めている姿は、バルジを数枚重ねたかのようにも見えた。
「あたしもバカだが、お前はもっとバカだな。死ねと言われて死ぬヤツが何処にいるんだ」
「人類の未来のために、その命を差し出すことは、艦娘にとっての誉れなのではないのかい。利にもならず人類のために命を懸ける艦娘なのだから」
「それはお前があたし達の命を好き勝手使っていいっていう話じゃねぇ! それに、人間にも手を出す理由になってねぇんだよ!」
動けない電の盾になるように陣取り、深雪はもう一度主砲を構える。だが、それよりも前に盾となっていた艦載機が四散。まるで炸裂弾のようにばら撒かれると、そのほぼ全てが深雪に向かって突っ込んできた。
砲弾のような殺傷能力はないが、直撃すればそれ相応のダメージになるのは当然のこと。それにそれは艦載機なのだから、それ自体が射撃や爆撃が出来る代物だ。接近されればされるほど致命傷を受ける可能性が高くなる。
「君を始末出来たとしても、新たな特異点が生まれかねない。ならば君を飼い殺したいところなんだが、協力してくれないというのならば仕方あるまい」
艦載機が次から次へと深雪に直撃。その一発一発が、全力で殴られているのでは無いかというほど重い。そのくせ、射撃も爆撃もしてこないというのは、確実に遊ばれている。いや、
「ぐっ、ああっ!?」
肩に受ければ脱臼したかと思える程の、腹に受ければ吐きそうになる程の、脚に受ければ折れたのでは無いかと思える程の衝撃。砲撃もままならない状態にされ、ただただ甚振られる深雪。
時雨もそれを止めようと艦載機を避けながら撃とうとするが、厄介なことに時雨に対しては射撃も含めての攻撃となっているため、回避に専念しないと返り討ちに遭ってしまう。
「くそっ、こんなことで、あたしは負けねぇ!」
長門とのトレーニングを思い出し、痛みを堪えて回避しようとするが、空中で角度を変えて脇腹に食い込み、肺から空気が抜ける。確実に骨をやられた。
手も足も出ない。どうにもできない。だが、倒れない。前を向き続け、自分の信念を貫き通す。
「あたしはっ、お前なんかに、殺されねぇ!」
「いや、もう終わりにしよう。どれだけ頑丈かを知りたかったが、まだ生まれたばかりの君にどうこう言うのは間違っていた。当初の目的の通り、障害を排除しよう」
艦載機に気を取られているうちに、出洲は深雪の至近距離まで近付いていた。そして──
「やらせるわけがないだろう」
伊豆提督の強烈な蹴りが、顔面に直撃していた。