後始末屋の特異点   作:緋寺

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ハルカの本気

 出洲の圧倒的な力の前には、未熟な深雪は手も足も出ない。蟲のように群がり、激しい攻撃を仕掛けてくる艦載機に傷付けられ、絶体絶命のピンチに陥っていた。

 呪いからほぼ解放された時雨も、深雪への攻撃を食い止めようと動くが、出洲の操る艦載機を対処出来ない。回避は出来ても前に進めないため、苦しい戦いを強いられていた。

 

 そして、出洲が深雪の至近距離へと近付いた瞬間である、

 

「やらせるわけがないだろう」

 

 伊豆提督の強烈な蹴りが、顔面に直撃していた。その威力は想定していなかったものであり、出洲は少しグラついた。これまで砲撃すらも艦載機で食い止めていたのに、伊豆提督の蹴りには反応が出来なかった。

 

 これまでは深雪に対してのみ意識を集中していたのはあるだろう。時雨からも明確な殺意が向かってきていたために艦載機を寄せていた。伊豆提督はここにいるとしても生身の人間なのだから、抵抗なんてしないとすら考えていた。

 出来損ないを始末する程の力を持っていることは勿論知っていた。だとしても、出洲の中では伊豆提督はただの人間としての認識でしかなく、さらにはうみどりの長であるため、材料の提供者という感謝の気持ちしか持っていなかった。

 そのため、視界に入れていない上に、敵としても考えていない。出洲の中では敵は深雪のみ。敵というよりは障害、()()()として排除したい存在。純粋種であるカテゴリーMの時雨ですら、深雪ほど重要視していない片手であしらう程度の存在と考えていたくらいである。

 

「伊豆提督、突然何かな。こちらは特異点の排除に忙しいんだが」

 

 初めて伊豆提督にしっかりと視線を向ける。薄ら笑いはそのままに、見下しているわけでも無いが対等とも考えていない、それこそ()()()()()と言っても良かった。

 自分はただただ感謝しているだけなのに、突然蹴るだなんて何をしてくれるんだという気持ちだけ。深雪を従わせるために人質のように扱ったりと、その時点でかなり矛盾している行動ではあるのだが。

 

「その子は私の大切な仲間だ。これ以上はやらせない」

 

 未だかつて見たことがない程に、怒りの感情を露わにした伊豆提督。それを見た途端、出洲の操る艦載機が一斉に動きを変え、伊豆提督を排除するために出洲の側へと集まる。

 直感的にか、伊豆提督という存在が特異点とは違った意味で危険であると判断したようだった。深雪や時雨のことは放っておいてでも守りを固めた方がいいと思わせるほどの()を、出洲はその時感じた。

 

 しかし、その集合を間に合わせるわけがなかった。既に伊豆提督がその隙間を縫うようにまたもや蹴りを放っていたからである。顔の次は鳩尾狙い。今の出洲は中枢棲姫に酷似した要素を持っているため、ヒビ割れのような痣の中心がそこになる。

 その速さは並ではない。目にも留まらぬというのはこのことを言うのだろうと思える程に速く、それでいて繊細。的確に急所を狙うように爪先まで立ててのトゥーキックが、出洲の腹に突き刺さる。

 

 はずだった。

 

「そこまでして特異点を守るのかい」

 

 間に合った艦載機が伊豆提督の脚を押し出し、蹴りの方向をズラしていた。出洲の身体に触れることも出来ず、紙一重で避けられてしまった。

 

 だが、そんなことでは止まらない。艦載機がそうしたということは、射撃を受ける可能性があるということ。脚を伸ばしたままなんて、狙ってくださいと言っているようなものだ。

 即座に身体を捻った伊豆提督は、やはり放たれた射撃を華麗に回避しつつ、脚をズラした艦載機に向かって強烈な蹴りを放った。

 纏まれば砲撃すらも無傷で受け止める艦載機であったが、伊豆提督の蹴りを喰らった瞬間に砲撃を受けた時よりも酷く鈍い音がし、空中での姿勢の維持が出来なくなっていた。

 

「仲間を守って何が悪い」

「利にならないだろうに。特異点は人類の未来を閉ざす存在なんだ」

「それはお前のことだろう」

 

 艦載機からの射撃をステップで回避しつつ、次は出洲の脚を破壊しようと繰り出されたカーフキック。まともに入ったら最後、膝から下が途端に機能しなくなる程のとんでもない威力。

 しかし、それをまた艦載機が邪魔をする。たった1つで受け止めることが出来てしまう程に硬く、簡単に破壊されるようなこともない、攻防一体の兵器は、伊豆提督の攻撃を悉く受け止めていた。

 

「人類の未来のためと言いながら、結局は自分の欲望を正当化しているだけだ。真に平和を目指すならば、少なくとも他者を犠牲になんてするわけがないだろう」

「人類全てを高次へと至らせるためには、些細なモノだろう」

「その考え方こそ、正義とは程遠い!」

 

 伊豆提督の蹴りの威力と精度が、どんどん上がっていく。ギアを一段階ずつ上げていくかのように、出洲の艦載機によるガードを突き崩していく。

 その間にも射撃は止まっていないのだが、回避しながらも確実に先へ先へと進んでいく姿は、最早()()()()()()()()()()()()()()()()()()強い。

 

 提督という器に収まっているのは、これだけの戦闘能力を持っているからというのもある。しかし、伊豆提督は数ランク上の実力者にしか見えない。これだけ戦っておきながら、まだ()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 

 

「は、ハルカちゃん……」

 

 その激しい戦いを目の当たりにして、ボロボロの深雪は唖然としていた。身体中の痛みを忘れてしまうほどに驚き、その戦いから目が離せなかった。もう自分の周りには艦載機もない。出洲はそれに気付いているかはわからないが、危機感からか艦載機を本当に全て伊豆提督に持っていっていた。

 しかし、そのままここにいても足手纏いになりかねない。少しくらいは退かなくては、今度は自分が人質扱いになるかもしれない。

 

「ゲホッ……くそ、骨がやられてやがる。クソ痛ぇ……」

 

 動こうと思っても、身体が痛すぎて言うことを聞いてくれなかった。

 骨だけではなく、外傷も凄まじい。今の深雪は血塗れ。いつもの白いセーラー服は、大半が血によって赤く染まってしまっている。

 

「随分とこっ酷くやられたものだね……」

「時雨……悪ぃ、手ぇ貸してくれ」

「ああ、流石に今の君を放置するほど冷たくはないよ」

 

 呪いの方向性が元凶に対してのみへと定められた今の時雨は、態度はそこまで変化していないものの、艦娘らしさを取り戻している。深雪のことは仲間であると認識し、傷だらけであるならば手を差し伸べる。

 

「電、君も手伝ってくれないかい。深雪がかなり厳しい」

 

 戦意を喪失し、ずっとガタガタと震えていた電は、深雪が目の前で傷だらけになっていく様を黙って見ていることしか出来なかったことでまたネガティブが振り切れてしまっており、泣きながらも動かないでいた。

 深雪を互いに支え合おうと思っていたのに、いざ戦場に立ち、圧倒的な力を見せつけられた途端に、何も出来ずに動けなくなった。深雪が力強く反論していた時も、ただ目を伏せて震えていただけだった。そして、そんな自分があまりにも情けなくて嫌になった。

 だからだろう、時雨の声も聞こえていなかった。ボロボロの深雪をただ見つめて、涙を流しながら茫然自失となっている。

 

「電、大丈夫だ。あたしは死なねぇ、死ぬわけねぇ。このままだとハルカちゃんの邪魔になっちまう。一緒に、一歩後ろに下がろう」

 

 それでも、深雪の声だけは届いた。血塗れで、今にも気を失ってしまいそうなのに、電を安心させるために痛みを堪えて笑顔を見せた。それがまた、電の心を抉る。

 深雪はこんなになるまで戦っていたのに、自分は何も出来なかった。自分が動けていたら、深雪はもう少し傷が浅かったかもしれないと思うと、より一層自分の不甲斐なさに絶望した。

 

「カハッ……痛ぇ……電やーい、肩貸してくれーい」

 

 安心させるために少し戯けて、でも本格的にまずいというのもあって、電に反応させて助けてくれと願う。

 

「っ、あ、なの、です……ごめんなさい、ごめんなさい深雪ちゃん……電は……」

「反省会は後からにしようぜ……今ちょっとあたしに余裕が無いっぽい」

「電は右側を頼むよ。僕が左側を支えるから」

「な、なのです!」

 

 ようやく気を取り直した電は、深雪のためにとすぐに身体を支えた。まだ恐怖を振り切れているわけではないのだが、反省するためには今を切り抜けなくてはならないのだから。

 

 

 

 

「特異点だけでなく、君もどうにかしなくてはいけないようだね」

 

 伊豆提督の全ての攻撃を艦載機で食い止めている出洲が、表情を変えずに言う。

 

 最初の一発以外は全てガードしているが、その威力が徐々に増しているのは理解出来ているようで、このままではさらに力を増していくのではとすら考えた。

 自分の目的──人類の未来における恒久的な平和の大きな障害となり得る。ならば、ここで確実に始末しなくてはならない。正義のために、それを邪魔する悪を滅ぼすと。

 

「あの子が言ったこと、私も同じことを言ってやる。お前が正義の使者気取りなら、私は悪の権化として扱われても構わない。実際は、真逆だが!」

 

 スピードと威力が極限まで高まり、ついには生身の人間であるはずの伊豆提督が、強烈な回し蹴りで艦載機を1つ破壊した。つまり、伊豆提督の一撃は砲撃よりも重いということになる。

 ただし、数ある中の1つに過ぎない。破壊された艦載機の場所を埋めるように、すぐさま別の艦載機が飛んでくる。

 

 流石にこれには出洲も驚いていた。高次に至っていない人間が破壊出来るようなものではない。ただの艦娘であっても無理なはず。これでも射撃を織り交ぜて、伊豆提督をこの場で殺すつもりで戦っているにもかかわらずである。

 しかし、伊豆提督はそれをやってのけた。これは本人の力もあるだろうが、感情の力もあるだろう。絶対に討ち倒すという信念が、岩を穿つかのように艤装をも破壊した。

 

「……君は何処か()()()()()()()()ね」

 

 出洲が呟く。その言葉が耳に入り、伊豆提督がピクリと反応する。しかし、やることは変わらない。

 ステップを踏み射撃を避けながら、隙を見て蹴りを入れる。最初の一発以外は身体にすら当てることが出来ていないものの、諦めることはない。その結果が艦載機の破壊に至ったのだが、さらにその先を目指して動きを止めることはなかった。

 

「ああ、そうか、思い出した。その頃は私も死に体だったから、ちゃんと覚えていなかったよ」

 

 出洲が何かに気付いた時、1つ、また1つと艦載機を破壊する伊豆提督。生身の人間とは思えない程の力に、戦場で成長までしているような動き。ここまで来たら、出洲としては1つの答えに辿り着けた。

 

「30年以上前に、私達とは違うアプローチで研究を続けている組織があったことを思い出したよ」

 

 薄ら笑いから少し変化し、ニヤリと感情を見せる笑みへと変わった。

 

 

 

 

「君、()()()()()()()()()()()()()だね」

 

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