軍港に到着したうみどりは、そのまま流されないように錨を下ろして停泊。伊豆提督と保前提督が話していた通り、夜の間に艦内に溜め込まれた廃棄物は運び出されていた。
深夜の作業ではあったが、うみどりの中で寝泊まりしている者達の睡眠を阻害するようなことはなかった。これも技術の賜物。多少は音が響くが、眠れないくらい五月蝿いわけではないため、全く問題が無かったと言える。
朝イチに伊豆提督が立ち入り禁止区域に入り、浄化済みの廃棄物が全て持ち出されていることが確認出来たため、1つ目の目的は達成。
「何度も言うようだけど、今日は完全にフリーの時間にしておくから、好きに遊んできなさいね。アタシとイリスはうみどりに残っているから、何かあったらここに戻ってきてくれればいいわ」
この後に物資の積み込みとうみどりそのものの洗浄があるため、うみどりを完全に空けるわけにはいかないということで、伊豆提督とイリスはここに残る。ここに停泊するときは割とそういうことが多いらしいが、代わりに全員戻ってきた後の夜に外出するとのこと。
艦娘達としては、自分達が休んでいるのに提督ばかり仕事しているのは可哀想だという意見が出るのだが、最終的にはちゃんと休むとわかっているので、納得することとなった。
伊豆提督も出来ることなら仲間達と一緒に見て回りたいという気持ちはあるものの、停泊しているのも仕事のうち。
「夕食までには戻ってきてちょうだいね。お昼は外で好きに食べてきてくれればいいからね」
あくまでも伊豆提督は保護者のスタンスである。夕食はちゃんと用意しておくから、それまでに帰ってきてくれればそれでいいと。もし遅くなりそうなら、必ず連絡をするようにとも。
そのために、全員に携帯端末が渡されている。かなり簡易の通信機ではあるが、何処でも電波が繋がる上に、その端末自体がキャッシュとして使える優れ物。無駄遣いはしないことと忠告はされているため、そこはちゃんと守る。
「ただ1つだけ、毎回言ってると思うけれど今回も言っておくわよ」
伊豆提督に続いてイリスも艦娘達に言葉を残す。
「大丈夫だと思うけど、問題だけは起こさないでね。面倒なことになるから」
誰かが絡まれていて助けるとかはいいが、自分が問題の渦中に置かれるのはあまりよろしくないと、イリスから念を押された。軍港は非常に大きく、艦娘だけでなく人間も多くいる場所。そこで騒ぎを起こすと、悪い目で見られる。それはよろしくない。
とはいえ、うみどりに所属する者にそんなことをするような者は1人としていない。当然深雪もそれに含まれている。念のため集団行動を基本としているが、自分から問題を起こすようなことは絶対にしない。
「それじゃあ、解散ね。着替えて遊んでらっしゃい。身体だけでなく、心も休まなくちゃね♪」
早速うみどりから降り立ったのは、駆逐艦の6人である。ルールとして私服に着替えるということで、深雪は今までにない心待ちで陸に立つ。制服だと少しだけ
「初めての陸だ……いやまぁ何も変わらないけど」
ギュッと地面を踏みしめながら、今までにない感覚を得た。自分は元々艦であり、海の上に浮かぶモノだったのに、ついさっきまで艦に乗るという本来とは逆の立場となり、ついには絶対に上がることがない陸に上がることが出来た。
そんな深雪の私服はイリスコーディネート。深雪の活発な性格を表したスタイル。制服はスカートかもしれないが、やんちゃな深雪ならこちらの方がいいだろうとパーカーとショートパンツが用意されていた。
また、軍港は当然海が真横にあるということもあり風が少々冷たいため、生脚では少々寒いかもしれないと黒のニーハイソックスまで合わせられている。故に肌はあまり曝け出していない。暑かったら脱げと言われているが、深雪にはこれくらいがちょうどよかった。
深雪はまず動きやすさに喜び、周りから似合うと言われて更に喜んだ。これから私服を着る時があれば必ず身につけると宣言するくらいに気に入っている。
「深雪ちゃん、楽しみだったんだよね」
「そりゃあもうな! 元々艦だったわけだし、陸にいるってだけでもなんかワクワクするんだよ。こんなことが出来る身体になったんだなって実感してさ」
後に続いてきたのは睦月。こういう場では少しオシャレをしてもいいと考えているようで、制服姿からは一転、何処かのお嬢さんかと思えるような見た目に。
とはいえ、緊急時には今の服装で出撃を要求される可能性もあるため、妖精さん特製の私服は一般的なそれと違ってかなり頑丈だったりする。ある意味装甲のようなもの。カタチを変えた制服みたいなものだ。
同じようにゾロゾロと駆逐艦組が陸に勢揃いしていく。全員がイリスのコーディネートらしく、それぞれお気に入りの服装。
一際目を引くのは、いつも和装である神風が同じ色合いの洋装になっていたこと。こういう時くらいは気分転換をするのだと話すが、深雪にしたら驚いてしまうことである。
「まずは何処に行くんだ? 当然だけど、あたしはここのこと全く知らないから、オススメのところ連れてってくれよ」
「じゃあ、5人のオススメを回ればいいわね。誰からでもいいわよ」
神風の提案で、深雪に自分のオススメを教えることとなる。軍港と言っても、ここは一種の娯楽施設でもあるため、いろいろと楽しめることは間違いない。少々大人向けの場所もあったりするが、そこは誰も知らないのだから行くことはないだろう。
「まず確実に行かなくちゃいけないのは間宮でしょ? 屋台街の方にも足を延ばしたいよね」
「子日さん、食べ物ばっかりですね」
「ハルカちゃんの料理が世界一なのは絶対だけど、甘味だといい勝負出来るでしょ。だから、食べ歩かなくちゃ!」
伊豆提督の食事で舌が肥えているうみどりの仲間達だが、それでも甘味に関してはこの軍港にも味を争うことが出来る場所があるという。また、昼食に関してもいつもは食べられない外の食べ物というものを知ってもらいたいと、子日が次々と提案していった。秋月からのツッコミもなんのその。
食はそれだけで心も休まる行為だと主張する子日に、深雪は同意した。うみどりでも朝昼晩の三食はとても幸せな時間だと思っているからだ。
「睦月は友達に会いたいにゃあ。ここの港の鎮守府に所属しててね、停泊してるときはいつも会ってるんだ」
「それ、あっちは仕事中なんじゃないのか?」
「そうなんだけど、こういう時って結構見回りとかしてるから、歩き回ってると鉢合わせになったりするのです。そうじゃなかったら鎮守府の近くまで行ったりするんだけどね」
流石に自分達は休暇であるのに、鎮守府に押し掛けるというのは気が引ける。そのため、会えそうな場所を一通り回るというのがいつものことの様子。誰か1人に会えれば、通信で続々と集まってきてくれるため、適当に歩いていても最終的には顔を合わせられるという。
睦月だけでなく、他の者もここの鎮守府の艦娘とは顔を合わせておきたいと話していた。それくらい交流が出来ている相手なのだろう。だからこそ、深雪にも知っておいてもらいたいのだとか。
「本とかも見に行っていいですかね。こういうところでしか手に入りませんし」
「いいわね。娯楽品はここで手に入れておかないとしばらく手に入らないわけだし、そこにも行っちゃいましょう。梅は本屋ね。他は?」
「あ、それじゃあ私も少し欲しいものが」
生まれて間もない深雪にはまだ無いが、趣味を持つ艦娘もいる。梅は読書家。秋月は手芸を嗜んでいるということで、その道具があれば欲しいと話す。
そういったことも伊豆提督は推奨しているため、余程のことが無い限り無駄遣いとは言わない。そもそも秋月はとんでもなく節約家──悪く言えば
「うん、まぁいい感じじゃないかしら。深雪にこの世界を知ってもらえるルートになりそうだわ」
「食い物に、友達に、趣味か……。マジで人間のカタチなんだなあたしって」
「それはそうでしょ。貴女、誰がどう見ても人間じゃない」
「……だな!」
しみじみと思う深雪。艦娘という存在に生まれ変わったことを改めて実感する。
人間がやることを自分もやるということ自体が、全てにおいて物珍しい行為と感じる。そしてそれは、今の自分にとっては当たり前となっているのだ。それが自分でも驚いてしまう。
艦娘という存在になれたことは喜ぶべきことなのだろう。艦である限り知ることが出来ない幸せを、今ここで味わうことが出来ているのだから。
「じゃあ、近いところから頼む。全部満喫してやるぜ」
「だとすれば、まず港から出て少し行ったところが屋台街だから、早速食べ歩きと行きましょ」
艦娘としての深雪は先日始まったが、
「うっま! 何だコレ!?」
「クレープだよ。食べ歩きと言ったら定番だよね」
子日や睦月と共に屋台街で購入したクレープを食べて大いに驚く深雪。伊豆提督といえど、まだ食事に出したことのないスイーツはいくつもあるため、子日はそういうものを食べてもらいたいと優先的に選んでいく。
店の者達も、艦娘達には非常に好意的だ。自分達の命を守ってくれる存在であり、自分の娘や孫と感じるくらいの年端もない少女達なのだから、優しくしない理由が無かった。勿論打算的なところも無いわけではないだろうが、子日が紹介する店からはそういったものは感じられない。
初見である深雪にも、まるで昔からの馴染みのような感覚。今食べているクレープ屋の店主も、ノリのいいお兄ちゃんというイメージで深雪と接していた。それが深雪には堪らなく嬉しかった。
「こんな美味いモノがあるのかよ……世界侮れねぇ……」
「ハルカちゃんでもここら辺はすぐに作れないからね。こういうところで知っておいた方がいいかなって」
「あ、深雪ちゃん、タコ焼きもあるぞよ! 食べよ食べよ!」
「いいねぇ。6つ入りならみんなで分けられるな!」
その熱々のタコ焼きを口に放り込んで、ハフハフと言いながら味わう深雪の姿に、みんなが笑みを浮かべる。本当に美味しそうに、それでいて楽しそうに、ここでの休暇を満喫しているのがわかった。
深雪は気付いていないが、ここで仲間と一緒に笑いながら食べるというのが、一番の調味料となっている。どんなモノでも、独りで食べるより仲のいい友達と食べる方がいいのだ。
「ここを抜けたら雑貨屋巡りが出来るようになりますから、そこでいろいろ見ていきましょう。まずは本屋……!」
ある程度食べ歩いたら、次は趣味の時間。そこで特に気合が入っているのが梅である。久しぶりに蔵書が増やせると、かけている丸眼鏡をキラリと光らせた。
「本って、あたし読んだこと無かったな。字は読み書き出来るんだけど」
「それは勿体無い! 活字はいいですよ。読んでいる間は自分の世界に入れてリラックス出来ますから!」
梅の熱意が痛いほどに伝わってきて、深雪もタジタジ。1冊くらいは買ってみようかと思わされる程には熱弁された。
「そ、それにしても……やっぱここって艦娘が多いのな。何処見ても誰かしらいるだろ」
梅が止まらなそうだったため、かなり無理矢理だが話題を変える。助けてくれと言わんばかりに。
そんな深雪に苦笑しつつ、神風が応える。
「そうね。昨日入港した時もデッキで見たと思うけど、任務のためや休暇のために軍港には結構艦娘が出入りしているわ」
「だよな。艦娘ってかなり多いんだな」
「海は広いからね。守るためには人数がいるわよ。でも、最終的にはこの街が閑散とするくらいにはしたいわね」
今は人間も艦娘も入り交じって賑わう軍港都市だが、戦いが終わればお役御免だ。ここには来客もいなくなるだろう。
だからこそ、それを望む。今の一番の願いは終戦。命のやりとりを終わらせて、ただの街に戻したい。
「いや、戦いが終わったらここは普通に居住区になるか。だったら、私達がここに住むことになるかもしれないわね」
「それもいいか。戦いの後ってのはどうも今は想像出来ないけど、後始末のこととか考えずに、こういう場所で遊べる日が来てほしいぜ」
「そうね。まだ先かもしれないけれど、絶対に掴み取るわ」
ほんの少しだけしんみりしてしまったものの、気を取り直して休暇を満喫するように心掛けた。
楽しい休暇はまだ始まったばかり。深雪はそうしてこの世界のいいところを知っていく。
深雪:パーカーとショートパンツ。黒ニーハイ。
睦月:ズイパラの私服(長袖)。制服の時のタイツ。
子日:ラフなシャツとジャケット。スカートの下にはスパッツ。
神風:制服と同じ色合いのタートルネックとスカート。
秋月:パーカーと少し長めのスカート。生脚。
梅:ブラウスにスカート。いわゆる童貞を殺す服。