「君、
出洲のその言葉に、空気が一瞬ヒリついた。だが、伊豆提督の動きは止まらない。出洲の言葉を否定するわけでもなく、攻撃の手を止めることもない。何も変わらないというのだから、これは真実なのだろう。
「なるほどなるほど、そうかそうか」
出洲は薄ら笑いをもうやめていた。深雪に対しての興味と同じくらい、伊豆提督にも興味を持っていた。
その強さではなく、その
「君も
攻撃を艦載機で受け止めながら、嬉しそうに楽しそうに話す出洲に、伊豆提督は少しだけ苛立った。自分の境遇──それは一般的な家庭とは違うモノであっただろうが──を、欲望の糧にしようと考えているようにしか見えなかったからだ。
出洲の質問には答えず、伊豆提督は動きをさらに加速させる。これが答えだと言わんばかりに。艦載機を当たり前のように破壊し、射撃は当たり前のように回避。
ここまで来ると、誰が見ても人間業ではないと言うだろう。それがまさに、伊豆提督のその血の特性。艦娘の力を継いだ子供であることの証左だった。
生身であっても艤装を装備しているのかと思えるほどの膂力と素早さに、間近で起きた爆発を受けても軽傷で済ませる耐久力。ここまで並んでしまえば、はっきり言ってしまえば異常に近い。鍛えてきたというだけでは説明がつかない部分である。
「君も我々と同じ高次の存在だ。既にその段階へと至っている」
「お前達と一緒にするな」
そしてついに、伊豆提督の足が出洲の身体に届いた。不意打ちではなく、真正面からの戦いで。
その足は脇腹に突き刺さる。艦載機を破壊するほどの威力の蹴りが入れば、どうなるかなんて本来見るまでもない。良くても骨が折れ、普通でも内臓まで破壊される。悪いとそのまま身体が真っ二つまであるだろう。
だが、自らを高次の存在と語る出洲は、身体も何処かおかしかった。あれだけ強烈な蹴りを受けたにもかかわらず、ダメージを受けているように見えなかったからだ。
いや、ダメージ自体は受けている。喰らった瞬間に身体が揺れたことが、それを如実に表している。しかし、表情を変えないために痛みを感じているかもわからなかった。
「人類の未来と言いながら人類をただ利用した結果のお前と、愛し合う2人の結晶として生まれた私を、一緒にするな」
脇腹に入った脚をさらに押し込むと、出洲がついにその場から動いた。その場に踏ん張ることも出来なくなり、初めて自ら移動するというカタチでダメージを減らしにかかった。
少し離れた出洲の脇腹には、くっきりとダメージの痕跡。鬱血しているかのような痣が出来上がっていた。普通なら内臓破裂、粉砕骨折まで行っていてもおかしくないくらいのダメージだが、出洲はピンピンしている。
「ふむ、君もあちらの特異点と同じで、人類の輝かしい未来を妨害するつもりなのかな。恒久的な平和を拒むのかい」
「お前のエゴを押し付けるな。お前のやっていることが……人類を弄んで手に入れた力が、平和に繋がるとは到底思えない。現に今、平和とは程遠い戦いを挑んできているだろう」
「その戦闘力を持つ者がよく言えるね。いや、それこそが艦娘から継いだ感情なのかな。平和のために戦い、武力を以て平和を掴み取る。私は君にも問題があると思うが」
自分のことを棚に上げ続ける出洲。この場に来ているのも、武力を以て
正義のための行動だから許され、悪の行動は何があっても許さない。そんな自分勝手な行動原理。自分は人類の未来のために研究を続けているのだから、それを邪魔する者は全て悪であるという思い込み。自らを正義とし、人類も今の自分のやり方を喜んでくれるというエゴ。もう話にならなかった。
「だが、私は君も調べたい。人類の未来のために、君も協力してくれないかな。君の身体は間違いなく恒久的な平和のためには必要だ」
「お断りだ
「そうか、残念だ。ならば、君もここで終わってくれ。平和への道を遮る者がいてもらっては困る」
そして、出洲から動き出す。艦載機ではなく、自ら引導を渡すために。これまでの戦闘は全て艦載機をコントロールして攻防一体の武器としていたが、その身体を使っての戦闘へとスタイルを移行した。
脇腹にダメージが入っているはずなのに、それを全く意に介さない、実際、動きが鈍くなっているわけでもない。伊豆提督と殆ど同じ、いや、それ以上のスピードで距離を詰め、一撃で伊豆提督の命を掴み取ろうと手刀を突き出す。
だが伊豆提督も負けてはいない。そのスピードで動く出洲が見えていないわけがない。手刀に対してすぐさま掌底を叩き込んで横に払い除ける。
これまで艦載機に頼っていた者とは思えないくらいに鋭い突きに、伊豆提督は内心驚いていた。ただの科学者ではなく、戦うための力も研鑽している。自分を高次の存在と言い張るだけのことはあった。
「平和を望まないのなら、君は何を望んでいるんだい。混沌かい。破滅かい」
「お前とは別の平和だ。今の戦い、お前が引き起こしている戦いを終わらせなくては、考えることも出来ないだろう」
「わからないね。私の提言する恒久的な平和は、間違いなく人類を幸せにするというのに」
「今不幸になっている者が見えていない時点で、その平和は高が知れている」
「全てを掬い上げるなんて出来やしないさ。それに、それは不幸ではない。平和の礎となれる幸福だよ」
「それがエゴだと言っているんだ。他人の心を自己解釈するな」
食い違う意見をぶつけながら、拳と脚もぶつけあう。伊豆提督の脚は、出洲が叩きつけるように払い除け、出洲の手刀は、伊豆提督が払い除けるように叩きつける。出洲が脚を出せば、伊豆提督は蹴り飛ばすように食い止め、伊豆提督が拳を突き出せば、出洲は破壊するかのように同じく拳を叩き込む。
誰も近付くことが出来ないくらいの攻防。ただの格闘技とも違う、喧嘩の域も超えている、命のやり取り。互いに互いを
「私達は交わることのない直線上にいるようだね。ならば、そちらの線はここで終わってもらおう」
「こちらのセリフだ。お前がいるからこそ世界は平和から離れている。ここで終わってくれ」
互いに致命傷どころか傷すら負わない一進一退の攻防。そこには誰も割り入ることは出来なかった。
だが、それは思わぬカタチで変化することとなる。
軍港都市の郊外、仲間達が向かった廃棄物回収業者の施設の方向から、街が揺れるほどの大爆発が発生したのだ。
爆音が空気をビリビリと揺らし、何事かと街も騒然となる。軍港鎮守府所属の艦娘達が事の収拾に努めることになっているが、ここまでの大事となると、嫌でも騒ぎが大きくなる。
「ふむ、あの場所は棄てるつもりだったが、また豪快にやったようだね。侵入者を纏めて片付ける必要があったのかな」
出来損ないが纏めて爆破されたのだろうと察する出洲。そして、あれほどの音が響いたとなれば、襲撃に向かった者達が無事かどうかが心配になる伊豆提督。これが一進一退をわずかに出洲に傾ける結果となった。
「君は仲間思いで素晴らしい提督だね。だが、平和を拒むというのならば君の仲間も同罪だ」
「罪だと? 人の命を何とも思わないお前が」
「私は先を見据えている。だが、君は未来の人の命を何とも思っていないのだろう? 平和を望まず破滅へと導いているのだから。些細な犠牲から恒久的な平和を得られるならば、その犠牲も幸福へと繋がる。だが君は、目先の平和のためにそれ以上の犠牲を良しとしているのだ。それこそ、立派な罪だろうに。それに賛同する特異点も、その仲間達も」
理論が滅茶苦茶。自分の手にかけられた者は幸せの中で死んでいるとまで言い放った。全ては平和のため、正義は自分にあると言って聞かない狂った科学者は、真に平和を目指す者のことを未来が見えていない愚か者とでも言うかのように嘲笑する。
「最後に聞こう。未来のために、私に協力したまえ。罪を償うためにも。その力は、特異点としての力は必ず輝かしい未来へと繋がる」
「お前の言い分は断固として聞くわけにはいかない。その巫山戯た理論を認めたら、それこそこの世界は破滅だ。それに私のやり方は罪だなんて思っていない」
「そうか、残念だよ」
出洲の手刀が、伊豆提督の右肩を抉った。爆発による仲間の安否を心配したが故に、ほんの少しだけ気持ちが正面の敵から逸れてしまっていたのだ。
直撃したわけではないのだが、血が舞い散るほどには深い傷。このせいで、伊豆提督の右腕は明らかに鈍くなっている。
一度崩れると、そこからは一方的になってしまう。伊豆提督は嫌でも防戦一方になり、攻撃を受けないようにすることに全力を尽くさなくてはならなくなってしまった。
その一撃一撃が致命傷レベル。直撃を免れたとしても、ダメージは嫌でも蓄積されていき、出血は消耗にも繋がる。
逆に出洲は疲労すら見えない。常に一定の力を延々と出し続けるという、異常としか思えない力を発揮していた。
「ここで人間と艦娘の交わりが生んだ奇跡を失うことは非常に惜しいが、仕方ない。その研究は、私でもやっておこう。成功例があるということは、何処かに資料もあるだろうからね。いいことを思い出させてくれた。礼を言うよ」
僅かにだが伊豆提督がグラついたのを見逃さず、強烈な足払い。並の者ならば、その時点で膝から下が砕け散っていてもおかしくないほどの衝撃。
だが、伊豆提督はそれをまともに受けるでもなく、脱力することで逆に衝撃を逃した。直撃はしているが、ダメージはまともに入ることなく、むしろその衝撃を力に換えて身体を回し、爪先を立てた渾身の蹴りを出洲のこめかみに直撃させた。
「礼を言われる筋合いなんてない。お前のためにこうして生きているわけじゃないし、私の両親もお前のために子を成したわけじゃない」
この一撃は流石に出洲にもダメージとして入ったようで、今までにないくらい大きくグラついた。一瞬白目を剥きかけたというのもあり、むしろこれでも気を失っていない事の方が驚きだった。
しかし、伊豆提督もかなり厳しい状況のようで、この蹴りを見舞った直後、膝をついてしまった。
見た目は殆ど相討ち。だが、この状況でも出洲には艦載機がある。これまではずっと徒手空拳で伊豆提督と相対していたが、こうなるともう艦載機も破壊されることはないだろうし、回避出来るほどの力が残っているとも思えない。
「よくやったよ、伊豆提督。やはり君は、ここで始末しておかねばならない」
艦載機が伊豆提督を取り囲む。一斉掃射されれば、一巻の終わり。
その一部始終を見ることとなった深雪は、瀕死の重傷の痛みを堪えながら伊豆提督に手を伸ばす。
「ハルカちゃん──!」
ただ願った。死んでほしくないと。
それが、深雪に秘められた力……
「えっ」
伸ばした腕には
「行けぇっ!」
手首から舞い上がるのは煙。その装備は、発煙装置。誰も傷つけないその装備は、たちまち伊豆提督を煙で包み込む。
出洲もこの煙は想定していなかった。この場で発煙装置を持つ者なんていなかった。それなのに、今深雪の手にはそれがある。
艦載機から放たれた射撃は、煙に巻かれたことで至近距離でも伊豆提督には一発も当たることが無くなった。
伊豆提督のピンチにより、深雪の秘める力が覚醒した。それは、本当に単純なこと。