後始末屋の特異点   作:緋寺

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奇跡の煙幕

 艦載機に取り囲まれ、それを回避するほどの力も残っていない伊豆提督を見た深雪は、強く、ただ強く願った。伊豆提督に死んでほしくない。それだけを心の底から。

 その瞬間、深雪の手首に知らない装備──発煙装置が現れた。誰かが装備させたわけではない。本当に無からそこに生まれた。

 

「行けぇっ!」

 

 見たこともない装備なのに、そこにあることで使い方も手に取るようにわかった。伊豆提督に向かって手を伸ばし、たった一言声を出すと、手首から物凄い量の煙が噴き出したのだ。

 煙は一気に伊豆提督を包み込み、誰からもその姿が見えなくなる。すると恐ろしいことに、至近距離であるにもかかわらず、艦載機からの射撃が全て外れた。伊豆提督はただそれだけで生き残ることが出来てしまった。

 

「これが特異点の力だというのかな。文字通り煙に巻かれるとは思わなかった」

 

 これでも余裕そうな出洲ではあるが、この煙の向こう側では、完全に笑顔が消えていた。薄ら笑いすらない、少し怒りすら含まれた表情。

 

 伊豆提督のピンチにより目覚めた、深雪の秘めたる力。それは非常に単純で、

 かつ普通では考えられない力。

 

 ()()()()()()()である。

 

「と、止まらねぇ、なんなんだコレっ!?」

 

 深雪にしても、この発煙装置は未知の力を持つ装備のようで、出続ける煙を止めることが出来ないでいた。

 それが今の深雪の強い願い。伊豆提督を死なせたくないという気持ちが具現化した煙。しかも、その願いが強すぎたのか、死なせたくないという気持ちが伊豆提督のみならず戦場の仲間達全てに作用していた。港では止まらず、海までも煙が包み込む。

 そのため、安全を完全に確保出来るまでは煙が出続ける。止めたくても止まらない。

 

 それを未熟な深雪が制御出来るとは限らない。

 

「ど、どうなってるのです!? 煙がモクモク出続けてるのです!」

「何をやってるんだい君は。君の装備なんだから早く止めなよ」

 

 深雪の側にいた電と時雨も、これには頭を悩ませる。深雪自身がどうすれば止まるかわからないし、強引に壊すことも出来ない。

 そうこうしているうちに、戦場は深雪の煙に包まれていく。港だけではなく海までその煙は侵食し、伊豆提督のみならず、ここにいる全員の安全のために拡がり続ける。

 

「ちょ、出すぎ出すぎ! 何処にそんなに入ってんだよ!?」

 

 深雪は肩の妖精さんに止めてくれるように頼むが、妖精さんすら少し困った表情。深雪はおろか、兵装を司る妖精さんですら制御不能に陥っているらしい。

 そもそもこの発煙装置は最初から装備していたわけではなく、今この場で突如現れた装備。つまり、()()()()()()()()()()()のだ。制御したくても触れられないというのが現実である。

 

 これは出洲にとって完全に想定外だったようで、深雪に対して明確な嫌悪感を持っていた。自身の追求する恒久的な平和を妨害する者として、ここで始末しなくてはならない存在であると。

 

「やはり君は早々に排除しなくてはならない。今はまだ兆しだろう。だが、その力を使いこなされては、人類の平和は叶わなくなる」

 

 煙幕により攻撃が当たらなくなってしまった伊豆提督は放っておいて、出洲はフラつく頭を押さえながらも深雪の方へと向かおうと一歩踏み出した。

 しかし、もう前方は全く見えないと言っても過言ではないくらいに煙は蔓延し、一歩先すらままならない。先程あと少しのところまで追い詰めた伊豆提督すら見えなくなっているのだから、この状況は出洲にとっても厄介なことになっている。

 

 とはいえ、先程までいた場所はわかっているのだから、その方向へと艦載機を飛ばせばどうとでもなる。そう考えた出洲は、これまでの感覚に従って艦載機を飛ばした。

 だが、何かがおかしかった。艦載機をコントロール出来ている感覚が無い。飛ばしているはずなのに、何も見つからない。全ての視界が煙幕によって失われている。

 

「……兆しであるが故に、自ら制御すら出来ないのか。これでは探し出すのもままならないね」

 

 少なくとも今は誰も安全が確保出来ている状況にない。すぐそこにカテゴリーKがいる時点で危険なのだ。故に、ここに訪れた3人がいなくなるまでは煙幕は漂い続ける。死なせたくないという願いのこもった煙であるため、死なない状況を無理矢理作っていた。

 

「ハルカちゃん、ハルカちゃん! 無事かーっ!?」

 

 この煙の中、深雪はただ伊豆提督の無事を願っていた。姿が見えないため、声をかける以外でその無事を判断する材料がない。

 電と時雨は深雪を支えているためそこにいるというのはわかるものの、それ以外は全く見えないのだ。しかも今は夜。より一層視界が失われる。

 

 伊豆提督はこの煙の中、まず自分の命が救われたことに大きく安堵の息を漏らした。先程の絶体絶命の状態は、流石にもうダメかと思ってしまった。だが、深雪のこの力によって何とか生き永らえることが出来ている。

 おかげで、先程までの怒りはスーッと収まり、いつもの調子を取り戻すことが出来た。とはいえ、ここで深雪に返事をすることがいいことなのかはわからない。自分の居場所を出洲に伝えることにもなるのでは。

 しかし、深雪を心配させるわけにもいかない。何も見えていないこの状況下、ここで声が聞こえて来なかったら死んだと勘違いされる可能性もある。

 

「大丈夫よ! 何も見えないけれど、アタシはまだ生きてるわーっ!」

 

 いつもの伊豆提督に戻った声が聞こえたことで、深雪は安心することが出来た。その姿は見えずとも、声色からして危険というわけでも無さそうである。

 

「闇雲に動いたら危険よ! 今はじっとしていなさい!」

「わかってる! つーか煙が止まんねぇんだ!」

「なら今はそのままにしておいた方がいいわ! アナタも重傷でしょうから、動かない方がいいわよ!」

 

 出洲がすぐそこにいるかもしれないこの状況でも、互いのために声かけ。無事を知りつつ、現状打破の手段を考える。しかし、今出来ることは何も無いと言ってもいいほどに、視界不良で攻撃すらままならない。

 それは出洲も同じことである。この煙がある限り、ここにいる誰も傷付かない。敵も味方もあったものではない。

 

「……興が削がれたね。今のままでは何も出来まい。今回はこれで失礼させてもらうよ」

 

 特異点の排除は不可能といえる状況に置かれたことで、この戦いでの始末は諦めた出洲は、この煙の中で大きく溜息を吐いた後に元来た方向へと歩く。

 何も見えないが、何故か帰り道だけはしっかり用意されていた。死なせたくないという願いは、この戦いを終わらせるということに繋がるからだろうか、戦場から離れることに関しては一切の規制を行なわない。

 

 だからだろうか、深雪や伊豆提督を確認することは出来ずとも、他のカテゴリーK達とはすぐに合流出来た。あちらもこの煙幕の中で右往左往しており、うみどりおおわし連合の面々を見つけることが叶わなくなってしまっていたようだ。

 冷静沈着で表情すら変えない中柄はさておき、小柄はこの滅茶苦茶な状況でもキャッキャと笑っており、煙を興味深そうに払ったりしていた。

 

 一歩先すらも見えなかったこの煙の中でも、仲間との合流は容易で敵との合流は不可能という一定の状況を作り上げている。

 これが特異点の力だというのはすぐにわかること。出洲はこの煙に対して、脅威以外を感じていなかった。()()()()()()()()()()()、その上、()()()()()()()()()()()を生成していること自体が、深雪の秘めたる力の強さを表している。

 

「これではもうどうにも出来ない。一度引き上げようか」

「ボクはもっと遊んでいたかったなーっ!」

「またその機会はある。あの特異点は、間違いなく我々の障害だ。今でなくても、再び戦うことになるさ」

 

 出洲に言われてそっかーと笑顔を見せた小柄は、名残惜しそうではあったもののまた戦えるならいいやと帰る気になったようである。

 中柄はここまで無言、かつ無表情。出洲が帰るというのなら、何も文句を言わずついていくというイメージ。

 

「特異点、厄介な存在だ。今は難しくとも、確実に消えてもらう。その時には君にも頑張ってもらうよ」

「頑張るーっ!」

「では、次の場所で研究を続けよう。人類の未来のために」

 

 それだけ言い残し、出洲達カテゴリーKは港から去っていった。煙幕はまだ濃すぎるくらいではあるのだが、戦闘はこれで終了となった。

 

 

 

 

 出洲達がいなくなったことで、深雪の煙幕は機能を薄れさせていき、徐々に晴れていく。夜の海ではどうしても視界が悪いものの、そこには瀕死の重傷を受けていながらも命を繋ぎ止めている仲間達がいた。自らの足でどうにか陸まで戻ってきているものの、岸から上に上がることすら出来ず、膝をつくものや倒れ伏す者が多数。

 その中でも特に危険だったのが、長門と妙高。特に妙高は、鳥海の力を借りなければ岸にまで戻ってくることすら出来ず、中柄に斬りつけられた脚は、繋がっているものの動かなくなってしまっていた。

 

「怪我人はすぐに艦内のドックを使ってちょうだい! 重傷な子から優先よ! 高速修復材もありったけ使っていいわ!」

 

 自分も怪我を負っているのに、艦娘のことを最優先で行動する伊豆提督。勿論そのまま指示をさせているわけではなく、うみどりに残っている救護班の面々が手当てをしながらである。

 酒匂、睦月、梅の3人は、この戦場では前線に立つのではなく、仲間達の救護に心血を注いでいた。そのおかげで救われた命も多数ある。戦闘中にうみどりやおおわしに連れ込まれた者も何人もいた。

 

「あの煙の中でも、うみどりにまでは真っ直ぐ来れたの。だからみんな、間に合ってくれたんだよ」

 

 酒匂が話すには、深雪の煙幕の中でも、重傷を負った者達の姿はハッキリとわかったし、送り届けなくてはならない艦の場所もすぐにわかったという。戦場に戦うために立つ者にはより強く作用し、戦場でも命のために動く者には弱く作用していたと考えられる。

 まさに、死なせたくないという願いが込められた煙。全ての命を救うために巻き起こった、奇跡の煙幕。

 

 その発生源たる特異点、深雪は、重傷患者としてすぐに治療に移された。長門や妙高のように小柄と中柄にやられた者達と比べるとまだ控えめな怪我に見えるものの、出洲の艦載機に打ち付けられた場所は全て打撲やヒビ、骨折まで行っており、内臓も一部損傷しているレベル。支えがあって立っていられるだけでも奇跡的。一度倒れたら自力では確実に起きられないくらいの重傷である。

 気を失うことは無かったものの、気を抜いたら激痛で悲鳴を上げてしまうくらい。少しの揺れでも大惨事。

 

「深雪ちゃん、ごめんなさい……電がもっと戦えたら……」

「気にすんなって……あんなの、怖がって当たり前だぜ……うぐ、痛ぇ……」

 

 事が済んだ後でも、電はずっと深雪に謝り続けていた。自分を守るために壁になってもらったというのもあり、申し訳なさが強く出過ぎていた。

 

「時雨……あたしがドック入ってる間……電を頼むぜ……」

「ああ、だから安心して治してきなよ。後からどんな具合だったか教えてくれればいい」

「ああ……お前、電に変なことすんじゃねぇぞ……」

「それがヒトにモノを頼む態度かい?」

「はは……でも、任せた」

 

 ここで気が抜けたか、深雪はそのまま気絶。電は一瞬大きな悲鳴を上げそうになったものの、眠っているのだとわかったら安心して気を失いそうになっていた。

 

 

 

 

 カテゴリーKの急襲は、うみどりにもおおわしにも大きな被害を齎した。全員無事にとは言えないものの、命が繋がっているだけでも良しとするべきだろう。

 

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