人間と艦娘の間に生まれたという伊豆提督の話を聞く一同は、その境遇から非常に幸せな家庭であったことを知る。生まれ自体は秘匿としておかねばならない存在だとしても、母である艦娘は老朽化によって笑ってこの世を去ったというところまで話したため、その純粋種の艦娘は人類に愛想を尽かしたわけではないことまでわかる。
そして、その伊豆提督の母というのが──
「アタシの母は、軽空母鳳翔。第二次深海戦争においての、トップクラスの武勲艦よ」
軍で過去の歴史を学んでいれば、間違いなくその名を知ることになる艦娘。特に同じ空母である加賀は過剰に反応をしていた。
「あ、あの鳳翔さんが貴方の母なのですか」
「ええ、空母……特に弓道型の発艦の子達は、例外なくその名を知ることになるでしょうしね」
「勿論です。私達とは
加賀をしてそう言わしめる実力者である鳳翔は、本来の軽空母としての力以上に、あらゆる武門に精通していたらしく、艦載機を使わずとも深海棲艦を撃滅させられるほどの力を持っていたと、人間達は学ぶ。あまりにも強く書かれすぎているため、脚色されているのではないかと疑う程である。
しかし、その歴史は本当のこと。鳳翔は空母にしては小柄な身体かつ搭載数も他の者と比べると少し劣ってしまう事実はあるが、それを補うための力が凄まじかったと語られている。
ある意味直近の関係者である加賀がこれだけ言っているが、他の者も驚きを隠せなかった。それほどまでに、伊豆提督の母である鳳翔が武勲艦であることを証明している。
「その鳳翔さんって、そんなにすごいのか?」
「ここまでなのですから、相当なヒトだったと思うのです」
深雪と電も、周囲の反応でその強さを納得することになる。あの神風ですら、その事実に驚いているくらいだ。
曰く、演習においては、誰よりも少ない搭載機で複数人の空母達の艦載機を完封。実戦では言わずもがな。
曰く、弓の扱いでは右に出る者はおらず、艦載機を使わずとも弓と矢だけで深海棲艦を殲滅することが可能。
曰く、空母でありながら対地攻撃にまで精通し、陸上施設型をも圧倒的な力で殲滅。戦車隊の妖精さんも一目置いている。
曰く、近接戦闘においても達人で、特に薙刀を使わせれば天下無双。使えない武器がないとまで言わしめる。
曰く、陸上戦であっても敵わず、徒手空拳ですら敗北を見たことがないほどに強い。
これで脚色なしと言われても信じられないレベル。純粋種である艦娘はカテゴリーCより根本的な部分で強力なところもあるのかもしれないが、加賀の言う通り、この鳳翔は格が違った。
「無敵と思っていた鳳翔さんにも、寄る年波には勝てないということかな」
「そうね。人間もそうだけれど、寿命には誰も勝てないわ」
時雨が皮肉っぽく言うものの、伊豆提督はその通りだと肯定する。
なんでも、艦娘の身で人間と子を成したというのは身体に大きな負担をかけていたらしく、その後研究機関による整備を続けていても老朽化が食い止められないくらいになってしまうらしい。
その結果、伊豆提督が生まれて10年ほどで天寿を全うしたという。鳳翔は第二次深海戦争の最初期から活躍しているため、おおよそ18年間の艦生であった。
「それを覚悟で母はアタシを産んでくれたんだもの。感謝してもしきれないわ。父も納得していたしね」
「なるほどね……僕にはよくわからないけれど、人間と艦娘でそこまでの想いを作れるんだ」
「ええ、どちらも同じような生物なんだもの。感情があれば、種族を越えた恋愛は可能よ」
説得力のある伊豆提督の言葉。その愛の結晶が目の前にいるのだから、納得せざるを得ないだろう。いくら時雨でも茶々を入れる筋合いは無かった。
「それでも、もう少し長く生きてほしいなとは思ったけれどね。笑って逝ったなら何も文句言えないじゃない」
「まぁ、そうだね。生きて生きて、幸せのままに死んでいったなら言うことはないよ」
戦いを終えて天寿を全うすることは、艦娘としては一番の幸せだろう。鳳翔はこの世界のいいところも悪いところも知った上で、最高のエンディングを迎えたと言えるだろう。
「……あれ?」
ここで深雪は1つ思い当たるモノが出てくる。電も同じ考えを持ったようで、2人して顔を見合わせた。
だが、それをこの場で言っていいか迷うタイプの疑問。深雪はいきなり口に出しそうだったので、電がやんわりと止めていた。
「深雪、君はいろいろ顔に出やすいから、僕に何か隠しているのがわかるよ」
しかし、時雨には見抜かれてしまう。電ではなく深雪を見ているのは、単純だからというのもある。
「何かあるのかい? 子供を産むことで寿命が短くなることは僕でもわからなくはないけど」
「いや、まぁ時雨にも知っておいてもらった方がいいとは思うんだけど、ここで話していいのかなって」
「隠し事は無しだよ。わかっていると思うけど」
時雨が睨みを利かせる。今までは何だかんだ話すタイミングが無かったが、最終的には間違いなく時雨にも知ってもらわなくてはならないことなのだから、ここで話しておく方がいい。
深雪と電が伊豆提督に視線を向けると、構わないと言わんばかりに頷いた。
「子供産んでるから老朽化が早まったのはわかんだけど、そうじゃなくても整備をしっかりしているとはいえ85年も生きられる艦娘ってとんでもなくないかって」
「85年……? 一体誰のことだい」
「第二次深海戦争の時の艦娘の生き残りがいんだよ。あたしはそいつらの集まってる組織と会わなくちゃいけねぇんだ」
タシュケント率いるカテゴリーBの秘密組織。人間を見限って世界から消えていたが、今は巨大な潜水艦を本拠地として30年に渡り元凶の居場所を探し続けていた。
軍港都市の地下にその施設があるとは気付けていなかったようで、敵の巧妙さ、さらには裏で手を引いている者達も多数いることがわかるところである。桜が逃げ切ってうみどりに保護されなければ、今でも後始末の際の廃棄物を提供し続けていたくらいなのだから、隠れ潜むことが上手すぎるというくらいである。
その組織のボスと呼ばれている艦娘が第一世代、第一次深海戦争の初期から活動する艦娘であり、整備を繰り返すことによって今の今まで生き永らえてきている。その時間が85年。
「確かにそうね……。いくらなんでも長く生きすぎてる気がしないでもないわ。整備が上手くいきすぎているのか、そのボス自体が何か特別な力を持っているのか」
伊豆提督も、ボスが長生きすぎることには疑問を持っているようだった。人間であっても寿命を迎える者がいるのに、艦娘も例外ではないだろう。見た目は変わらずとも、ヨボヨボと言ってもいいくらいではなかろうか。
「へぇ……僕達のような
「ああ、その中の1人がここに接触してきてな。なんつーか……最初のお前みたいだった。いや、ちょっと違うか。今でこそわかってくれたけど、人間は自分達に協力して当たり前みたいな考え方してたぜ」
「気持ちはわかるね。信用するには時間が必要だ」
説得力があるのかないのか。しかし時雨としてもうみどりの面々は信用に値する者という認識にはなっているので、そのタシュケントに対しては同感しつつも、変われているのなら良しとすることとしている。
「そいつに頼まれて、そもそも元凶のことを調べるってのもあるんだ。で、ボスにも会ってほしいって言われてる」
「その85年も生きてるっていう大先輩にかい」
「ああ。あっちのボスも、あたしのことを特異点って言ってるらしくてさ」
言葉自体は出洲と同じ。だが、秘密組織のボスは特異点という言葉とは別に、
ただし、何も考えずに会いに行くのは非常に厳しい。ボスは会いたいと思っていても、人間不信を30年拗らせている組織の構成員が、間違いなく喧嘩を売ってくると先に忠告を受けているほどである。問題児とまで言われている者とは、殴り合いになってもおかしくない。
「なるほどね。深雪と電は招待されているわけだ。じゃあ、僕も行く権利はあるかな。純粋種だから、受け入れられるだろうから。それに、彼女らの気持ちは深雪達よりも深くわかるつもりさ」
確かに、と深雪は納得する。時雨にも来てもらえれば、多少は人数の差を減らせるため、喧嘩をふっかけられても対処がしやすくなると考えられる。
「ハルカちゃん、次にタシュケントが来た時、時雨も連れていってもらえるか聞いてみようと思うんだけどいいかな」
「ええ、いいと思うわ。味方についてくれている純粋種がいるという証明にもなるもの」
伊豆提督もそれには賛成。時雨という存在が、カテゴリーMすら救えることに繋がっているため、深雪やうみどりの信頼度がさらに上がることになるだろう。
それに元凶と呼べる出洲と接触したことも伝えておきたい。あちらが探し求めている憎き相手なのだから、情報共有は必要である。
「次の目的が決まったわね。後始末を続けながら、タシュケントちゃん達と合流。情報共有と一緒に、深雪ちゃん達にはあちらの本拠地に行ってもらうことにするわ。ただ……」
「喧嘩のことだよな……」
絶対に喧嘩をふっかけられるとタシュケントに言われている。その上、あちらにいる艦娘達は第二次深海戦争を潜り抜けた、練度が最高にまで達している猛者達ばかり。艦娘としての格が違う。
「あたしはまだ未熟だ。誰かに守ってもらわないとまともに戦えねぇ。そんなあたしが、人間不信な艦娘達をどうにか出来るかな。多分、ゲンコツでも勝てねぇ」
「深雪ちゃん、別に勝たなくてもいいのよ?」
落ち込みそうだった深雪に対し、伊豆提督はその考えを少しだけ変える。
「目的は勝つことじゃない。力で捩じ伏せるんじゃなくて、心を通わせることが目的なの。だから、絶対に勝たなくたっていい。ただ、負けないようにしなくちゃいけないわ」
力で捩じ伏せられないと理解してくれない者もいるかもしれないが、勝利を最終目標にするのは少々違う。
タシュケントのように、人間にも善人と悪人がいるということを思い出してもらいたいだけなのだから、喧嘩で勝ち負けを決めることに意味は無いようなモノなのだ。
とはいえ、勝てるくらいに強くなければ話も聞いてもらえないという可能性があるため、深雪には鍛えてもらった。練度を上げなくては一方的に負けるだけ。技術を知らなければ対応することすら出来ない。そのための長門による特訓である。
「ここまで来たらもう四の五の言っていられないわね」
小さく溜息をついた伊豆提督が、何かを決意したような表情で深雪を見つめる。
「深雪ちゃん、アナタにはアタシが戦い方を教えるわ」
「……ええっ!?」
自分のこの力は極力隠し続け、うみどりの面々にも知られないようにしてきた。元々知っていたのは神風だけというくらいなのだから徹底していた。だが、今回の戦いでその強さがハッキリとわかるようになってしまった。
ならばもう何も隠す必要はない。深雪にも、むしろ電や時雨にも、その技術を伝授して、秘密組織に向かうための力としてもらう。
「アタシが両親に教えてもらった戦い方を、余すことなく伝授するわ。短期間でどこまで詰め込めるかはわからないけれど、やれることをやってみましょう。とはいえアタシはこんな身体だから、口伝になっちゃうけど良かったかしら」
そんなもの、否定する理由が無かった。深雪は力強く頷く。時雨も力を得られるのならばと肯定。
「電ちゃん、無理はしなくていいわ。でも、敵を倒す力は、味方を守る力にもなる。これ、母の教えなの」
「味方を守る力……」
「アナタに必要な力だと思うんだけれど、どうかしら」
争いを好まない性格なのはわかっている。だが、だからと言って力を持たないと、争いを止めることも出来やしない。
だから、強くなってもらう。強くなれば、話をすることも出来る。同じ舞台に立つためには、同じくらいの力が必要なのだ。
「わ、わかったのです。電も、やってみるのです」
「よかった。それじゃあ、今日はもう時間もあまりないから明日からにしましょう。出港手続きとかもしなくちゃいけないし、調査の話もあるから、明日すぐに出て行くということはないと思うけれど」
純粋種3人の新たな特訓が始まる。それは、生身であってもあれだけの強さを見せた伊豆提督の技術の継承。その母である鳳翔の武勲を借り受けることに他ならない。
何処かに現役時代の鳳翔さん伝説みたいなことが書かれていそう。睨み付けただけで深海棲艦が爆散したとか、矢を一射しただけで一個大隊が全滅したとか。