後始末屋の特異点   作:緋寺

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特訓開始

 準備が整ったということで、うみどりは軍港から発つこととなる。各種補給も終え、廃棄物も全て処理しているため、ここからまたゼロからのスタート。

 とはいえ、処理してもらったと思っていた廃棄物は、出洲の研究材料とされていたと思うと、やるせない気持ちになるものである。

 

「ここからは後始末をした後の廃棄物を何処でどう処理するかも問題になるでしょうね。すぐに溜まるわけじゃあないから、仕事をしている間に大本営に考えてもらいましょ」

「そうね。私達は後始末屋として仕事をすることしか出来ないもの。不法投棄をするわけにもいかないから、いっぱいいっぱいになる前に決めてもらいたいものね」

 

 伊豆提督の座る車椅子を押しながらイリスも相槌を打った。今後の後始末屋は、仕事で回収した廃棄物をどうするかという問題が出てきてしまっている。

 まずは大本営主体の業者に対する一斉調査が始まり、それが終わってから改めて何処に持ち込むかを伝えてもらうこととなるだろう。

 出来ることなら軍港都市に新たな業者を入れてもらいたいというのが伊豆提督の望み。廃棄物処理と物資の補給を同時に出来る方が、変に時間を使うこともなく利便性が非常にいい。

 

「まぁ、その前にハルカは身体を治さないとダメよ。妖精さんの力を借りてもそれなりに時間がかかるんだから」

「わかってるわよ。アタシだって痛いままは嫌だし、あまり体調が悪いとスキンケアとかも大変なのよねぇ」

 

 いつもの調子に戻っていることに、イリスはひとまず安心している。今や深雪どころか伊豆提督も狙われるような状況だ。気が沈んでしまっても仕方ないし、それ以上に気を張ることにもなるため、少しでもストレスに繋がることは避けておきたい。

 

「でも、貴方があの子達を直々に教えるなんて言うとは思わなかったわ」

 

 イリスが言っているのは、純粋種である3人の特訓のこと。これまでは長門に任せていたところを、ここからは自分がと言っているのだ。

 

 実際、これまではこの実力を隠し通していたというのもあり、鍛えてあげたくても鍛えてあげることが出来なかったというのはある。第二次深海戦争の英雄である母の力を持っていることを知られないためには、仲間にも隠す必要があるからだ。

 しかし、先日の出洲の襲撃で全て知られることになったのだから、もう抑える必要はない。むしろ、狙われている深雪を筆頭に、まだまだ未熟である者達をなるべく早く成長させようと思ったら、この手段が一番いい。

 

「……正直なところ、これが本当にいいかはわからないわ。力を持てば、敵だけでなく味方からも狙われるようになるもの」

 

 ただでさえ出洲から狙われている立ち位置の深雪が今以上に力を得た場合、それを不審に思う味方側──大本営などからも狙われる可能性がある。いい意味で興味を持たれるならいいが、強過ぎる力を危惧して何かに使われるなどがあってはならない。

 しかし、力を持たねばこれからを上手く行かせることが難しくなるだろう。特に直近では秘密組織の件があるのだ。

 

「だとしても、深雪ちゃん達にはまず自分を守れるくらいに強くなってもらうわ。誰に狙われても、それを振り払えるように」

()()()()()()()()?」

「あれは悪目立ちしちゃっただけよ。マークちゃんの件とかでね」

 

 過去を思い出して小さく溜息を吐く。溢れた正義感で、やんちゃしていた昼目提督をグループ丸ごと潰してしまったことで、住んでいた地区の悪ぶっていた連中から喧嘩を売られ続け、そしてそれを全部跳ね返したため、余計に目を集めることになってしまったという、あまり思い出したくない過去を思い出していた。

 深雪も下手をしたらそうやって狙われるようになる可能性がある。それは避けたい。真っ先に頭をよぎったのが、強者を求め、戦いを愉しむ綾波である。

 

「まぁアタシの時とは環境が違うわ。大本営も瀬石元帥がうまく止めてくれるわよ」

「あの人の胃薬が増えそうね」

「通信で見せつけてくるとは思わなかったわ」

 

 2人して苦笑しつつ、その足はトレーニングルームへと向かっていた。そこには既に、純粋種の3人が待っている。

 

 

 

 

 深雪を筆頭とした純粋種の3人は、今日から始まる伊豆提督直々の特訓を今か今かと待っていた。

 

 現実での戦いを想定してということで、トレーニングウェアなどではなく制服姿で鍛える。秘密組織に向かうにしても、喧嘩をする前提で行くわけにはいかないため、普段と同じ姿で。

 とはいえ、艦娘達の制服は一部例外を除いてスカートである。特訓で教えるものの精神が女性寄りとはいえ、男性の前でその内側を見せたい放題するのは憚られるため、イリスからの指定で下には何かしら穿いてこいという指示を受けている。そのため、3人ともトレーニングウェアである短パンをスカートの下に穿いている。

 

「彼の技と聞いたら、どうしてもあの時の足技を意識してしまうね」

「確かにな。でもあれ、ハルカちゃんだから出来るって感じだよな」

「なのです。電達にあんなこと出来るのでしょうか……」

 

 3人で事前にストレッチをしながらも、同じことを考えていた。出洲との戦闘を基本として考えているため、何をやるかと言われたら、あの艦載機すら破壊する蹴りを想像する。艦娘ですらあんなことが出来るかわからないようなことを、人間の身でありながらやってのけているのは、今考えると無茶苦茶が過ぎる。

 逆に言えば、あれを艦娘がやれるようになれば相当な破壊力を持つに至るのではないだろうかとも考える。蹴りだけで深海棲艦を破壊していく姿を想像すると、三者三様の反応を見せた。

 

「やべぇ……すげぇカッコいいんじゃねぇの。無双って感じがしちまうぜ」

「怖過ぎるのです……深海棲艦に近付くのも怖いのに、木っ端微塵になるなんて……」

「直に破壊出来るのはスカッとするかもしれないね。足にその感触が残るのは気分がいいとは思えないけど」

 

 とはいえ、伊豆提督だって、長年の歳月で培ってきた技だ。いくら艦娘であっても、一朝一夕で出来るような技ではない。今日から学ぶのは技ではなく基礎だろう。

 これまでのトレーニングである程度戦えるだけの身体は作られているかもしれないが、あくまでもようやく()が出来始めているというだけ。ようやく舞台に立てるかという程度である。

 

「ごめんなさいね、待たせちゃったかしら」

「いや、全然大丈夫だぜ」

 

 そんな3人の前に、車椅子に乗って運ばれてきた伊豆提督が現れた。当たり前だが怪我人である伊豆提督が手取り足取り教えるなんてことは出来ない。手本を見せることも難しいだろう。

 

「ストレッチをしていたみたいね。うん、感心感心。先に身体を慣らしておくのはいいことよ。特訓で身体を壊すなんておバカだものね」

 

 イリスの手によって、伊豆提督の乗る車椅子はトレーニングルームを見渡せる部屋の端へ。自然と3人の視線もそちらに向く。

 

「それじゃあトレーニングを始めるんだけれど、ちょっと拍子抜けしちゃうかもしれないから覚悟だけはしておいてね」

「拍子抜け?」

「やることがすごく単純だから。でも、必ず効果があるから信じてちょうだい」

 

 笑顔で語る伊豆提督には、不思議な説得力がある。実際にそれで成果を上げた前例が目の前にいるのだから、信じてついていくしかない。

 

「アタシが母から真っ先に学んだのは、バランス感覚」

「バランス……」

「例えば、そうね。時雨ちゃん、ちょっとそこでしゃがんでちょうだい」

「なんで僕を指名するかな……」

 

 文句を呟きつつも、言われた通りにしゃがむ。そこからさらに指示を加え、尻をもう少し浮かせるだとか、腕は組むように前へとか、姿勢をやたらと気にしていた。

 だが、時雨はこの時点でわかった。短時間で身体が恐ろしく疲れる。使い慣れていない筋肉が悲鳴をあげようとしている。

 

「はい、じゃあこの状態で右脚を伸ばして」

「……本気で言ってるのかい?」

「本気も本気よ。その状態で片脚で立てと言ってるの。倒れたらダメよ。バランス感覚を養ってるんだもの」

 

 笑顔で言ってのける伊豆提督。時雨にとっては、倒れないように脚を動かすこと自体が苦しい。

 

「時雨、マジでキツイのか?」

「君もやってみたらわかる。この状態から倒れないように動こうと思うと、間違いなく倒れる」

「ちょ、ちょっとやってみる」

 

 時雨の真似をして深雪もしゃがみ、同じポーズをとってみた。そして気付く。

 

「あ、あー……なるほどな。これ、ああ、動けねぇ」

 

 那珂によるアイドルトレーニングでダンスの振り付けをやったが、あれはどちらかといえば自分を素早く動かす方法。ステップを身体に刻み込むためのトレーニングだった。しかし、これは間違いなく足腰を鍛えるタイプのポーズ。

 伊豆提督はこれもとある国の伝統舞踊なのだと説明するが、深雪も時雨も割と余裕が無かった。時雨に至っては、こんな動きを踊りとして成立させている人類に対して、素直に感心していたくらいである。

 

「そのまま維持しなくていいし、もう片方の足で反動をつけてもいいわ。ただ、片方を伸ばしたら、次はそれを引っ込めてもう片方の脚を伸ばす。それをずっと続けてちょうだい」

「ま、マジかよ……」

 

 つまり、その場でしゃがんだまま脚を伸ばして足踏みをしろと言っているようなもの。この状態を維持するのにもなかなか苦労しているのに、そこから動けというのはかなりキツイ。

 早速やってみようとした深雪は、バランスがうまく取れずに後ろへと倒れた。時雨もなんとかやってみようとしたが、深雪とは違い横に倒れてしまう。

 

「深雪ちゃん、時雨ちゃん、大丈夫なのです!?」

「大丈夫大丈夫。疲れたってわけじゃないぜ。ただ、まともに立っていられなかったってだけだ」

「電もやってみなよ。僕達がなんでこうなったかわかるから」

 

 おずおずと同じことをやってみる電だが、案の定横転。脚を伸ばそうにもプルプルと震えているくらいであった。姿勢を維持するだけでもキツイ。

 アイドルトレーニングで足腰が鍛えられているかと思っていたところにコレだ。そもそもの鍛え方が違った。

 

「これ、出来るまでやってちょうだい」

「ほ、本気で言ってるのか」

「当たり前じゃない。少なくともコレが出来ないと次にいけないわ」

 

 過去、伊豆提督も同じ思いを母相手に感じたことがあった。自分を守るため、仲間を守るために鍛えるとなった時、真っ先に教えられたのがコレだった。その頃から正義感が強かった伊豆少年は、強くなるためにと必死に出来るようになり、母に褒められている。

 母もこんな感覚だったのかとしみじみと思いつつも、四苦八苦しながらも絶対に泣き言を言わない3人を見ていた。強くなるため、みんなを守るため、前に進もうとする姿は、やはり彼女らは純粋な艦娘なんだと実感出来る。心の芯の部分は人類を守るために生まれた正義の使者なのだと。

 

「ゲンコツでもキックでも、大事なのは下半身だから、そこを重点的に鍛えるの。ひとまずコレだけを小一時間ほどやってみましょうか」

「や、やってやるぜーっ!」

「な、なのですーっ!」

「君達みたいに元気に返事なんて出来ないよ僕は」

 

 ニコニコしながら話す伊豆提督が、今だけは鬼や悪魔の類に見えた。しかし、これさえクリア出来れば間違いなく強くなれるとわかっているのなら、挫けずに続けるのみである。

 

 

 

 

 短期間で確実に強くなるために、3人は全力を尽くしていくことになる。悲鳴はあがれど、もうやめるとは言わない。腹は立てど、八つ当たりなんてしない。

 とにかく、強くなるために。先日の出洲との戦いのような、何も出来ないだなんてことがないように、前へ前へと進んでいく。

 




文章ではわかりにくいかもしれませんが、深雪達がやらされているのはコサックダンスの一番有名だと思われるあのステップです。鳳翔さんがアレやってたと思うとちょっと面白い。
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