昼食時。いつもならば伊豆提督とイリスが用意しているところなのだが、伊豆提督が現在休養中ということで、料理が出来る艦娘達によって振る舞われることとなった。
伊豆提督の絶品な料理と比べてしまうと悲しくなってしまうものではあるのだが、むしろこのうみどりで鍛えられているおかげで、かなりいいモノが作れるようにはなっていた。
なんでも、この戦いが終わったら艦娘達はまた人間として活動することになるのだから、花嫁修行と思っていろいろやれるようにしておきなさいというのが伊豆提督の言葉。そのため、料理が出来ない者は
「長門さんの料理は豪快すぎるし、加賀さんの料理は量がちょっと意味わからないくらいあるのよね。自分が食べたいものを食べたい分だけ好きなように作れって言ってるわけじゃないんだから」
そう言いながら盛り付けしているのは神風。適量、かつ栄養まで計算された、おそらく伊豆提督が作るモノに最も寄せているモノである。
だが、これを作ったのは神風ではない。神風も手伝っているが、最も手を動かしているのはその奥にいる、酒匂を筆頭とした救護班である。
酒匂辺りは、このうみどりで料理を覚えている。戦いを好まない者ほど、こういった仲間達を癒す行動が上手い。酒匂はそこが特に顕著である。
元々は全くと言っていいほど出来なかったのだが、伊豆提督のおかげで一番上達したといえるだろう。
「でもでも、たまにはあれだけガツッと食べたい時とかあるよね。いろいろ制限とかは忘れてさ」
「戦闘の後はいっぱい食べたいにゃあ」
「でも、いっぱい食べると少し罪悪感が……」
「節約もいいですけど、栄養はもっと大事大事、ですよ」
酒匂や睦月はガッツリ食べたい派。育ち盛りであると言わんばかりにモリモリ食べたがる。秋月はどうしても節約癖が出てしまい、梅はそんな秋月に賛同しつつもちゃんと食べるべきだと本の知識を使って話す。
楽しそうに食事を作りながら話している救護隊。神風もそんな4人を見ていると心が穏やかになる感覚を得た。つい先日壮絶な戦いを終えたとは思えないくらい、緩やかな時間。こんな時間がもっと続いてもらいたいものだとしみじみ思う。
「あ、そろそろ深雪達の特訓が終わる頃よね。あの子達ならガッツリ食べたがるかもしれないわ」
「だねぇ。ハルカちゃん直々のレッスンでしょ? 酒匂と那珂ちゃんが教えた時よりも酷いことになってたりして」
「担架で運ばれてないだけマシじゃないかしらね」
割と笑い話では済まないレベルのトレーニングだったのがアイドル活動なのだが、今回はそれ以上ではないかとみんなで予想していた。深雪は気を失うまでやっているので、その辺りも危惧している。
これより少し前に、平瀬と手小野がタオルやら何やらを持ってパタパタと走り回っているのを見ているため、仲間の手を借りなければ移動すら出来なくなっている可能性があった。担架までは無いものの、足腰が立たなくなるまで特訓となっているかもしれない。
「うーっす……ご飯ってもう食べられるかな」
噂をすれば。深雪を筆頭に、伊豆提督の特訓を受けた3人が食堂に入ってきた。なんとか風呂に入ってここまで来たようだが、まだしんどそうにしていた。
うみどりの風呂は修復材入りであるため、浸かっているだけでも疲労を回復してくれる。それであってもこうなってしまっている深雪達なので、その訓練は余程であったと誰もが思った。
「大盛りで頼むわ。なんかすげぇ腹が減ってる。ガッツリ食いたい」
「電も大盛りでお願いするのです。ハルカちゃんさんからいっぱい食べるようにって言われているのです」
「筋肉にするためには栄養も大事だってさ。普段より食べる量を増やせなんて言われるとは思わなかったよ」
食も立派なトレーニングであると伊豆提督が語ったらしい。動いた分しっかり食べ、そしてまた動く。そうすることでしっかりと身につくと。
艦娘に対しては何処までそれが影響するのかは未知数ではあるものの、実際鍛えて風呂に入ってガッツリ食べてを繰り返した結果、見事に筋肉がついたという前例があるらしいので、深雪達もそれに倣うことにしている。
「はいはい、でも大盛りとかは出来ないから、おかわりに来てちょうだい。多めには作ってるから」
「あいよー」
結果、深雪や時雨はともかく、電もご飯を3杯は食べるほどに食べ続けていた。それほどまでに消耗していたのだと思うと、伊豆提督直々の特訓がどれほど消耗させられているのだろうと疑問にすら思えるほどであった。
短期間での詰め込みトレーニングは、艦娘だからこそ成立するところもある。筋肉が壊れるほどに酷使をした後、修復材によって壊れた筋肉を修復、そして栄養をガッツリ摂る。それの繰り返し。
普通の人間ではこの修復材という要素がないため時間がかかるが、艦娘ならば余程のことがない限りおかしくもならない。風呂に入ればその時点でもう全回復である。
また、伊豆提督はただ身体を酷使し続ける特訓を指示することはしない。午前中は下半身を鍛えるためのトレーニングを基本としていたが、午後はまずストレッチだけで時間を使う。
「筋肉も必要だけれど、柔軟性も必要よ。身体が硬かったら動けるものも動けなくなるからね」
出来ることなら股割りくらいまでは出来るといいと話す伊豆提督。怪我をしにくくなれば、その分強い力を常に発揮し続けられるということに他ならない。下半身を鍛えて、さらにそこが柔軟に動くのならば、より強い攻撃と素早い回避に繋がる。
「時雨ちゃん……硬いわねぇ」
「し、知らないよそんなこと。深雪ちょっと加減くらいしてででででで!?」
深雪が足を使って時雨の股を開かせながら、腕を使って上体を思い切り引っ張ると、時雨はわかりやすく悲鳴を上げた。
「おいおい、こんなのまだ序の口だぞ? あたしだってもうちょい開くんだが」
「身体の硬さは天性のものだろう! 僕はこういう体質ってだけさ!」
「それをどうにかする特訓なんだから頑張って耐えろー。つーか、よくこんなに硬いのにアレだけ回避出来たな」
「それは僕の才能ってヤツじゃないかなあだだだだ!?」
容赦なく身体を伸ばしていく深雪に、時雨は少し涙目になりながらも無理矢理筋肉の伸縮性を文字通り引き伸ばされていった。
「電ちゃんはとっても柔らかいわね。怪我をしにくくなるからとってもいいことよ」
「な、なのです?」
対する電は、誰かに引っ張られることもなく股割りが出来ているくらいに柔らかい。やろうと思えばV字、いや、I字バランスくらいまで出来そうな程に。下半身がまだ出来ていないためにやったら倒れると思われるが、これは電の持つ大きな長所となり得る。
「次にやろうと思っていることは、身体の柔らかさが大事だから。多分電ちゃんが一番上手に出来ると思うわ」
「何をするのです?」
「それはね、
コサックダンスの次はバレエ。下半身のバランス感覚と筋肉をつけるコサックダンスと、柔軟性を併せ持つバレエによって、身体を仕上げていくことが伊豆提督の狙いである。
「言われてもわからないでしょうから、ちょっと手本を見てもらいましょう。そのために午後のトレーニングにはゲストを呼んでいるわ」
そう言われて中に入ってきたのは神威。いつもの制服ではなく、身体の動きを見せやすくするためにかなりの軽装なトレーニングウェアである。今日はこのために午後からの哨戒を休んでもらっているくらいだ。
「神威ちゃん、ちょっと見せてくれるかしら」
「はい、ではご覧くださいね」
伊豆提督にお願いされた神威は、その場で多種多様な演技を見せる。脚が真上にピンと伸びる程に上がったり、爪先だけでクルクル回ったりと、コサックダンスとは全く違うしなやかさを深雪達に伝えた。神威は身長もそれなりにあるので、その優雅さが一目で見てわかる。
だが、見るべきところはそれだけではない。これだけ動いても全く倒れる気配が無く、さらには関節の駆動が今の深雪達とは次元が違った。前にも後ろにも横にも、限界以上に動いている。
「アナタ達にはこれがやれるようになってもらうわ」
「……マジ?」
「マジもマジ、大マジよ。これがやれれば強くなれること間違いなしだもの」
ウィンクしながら伊豆提督がニッコリ笑う。実際、これも母から学んだことらしい。
回避能力には柔軟性が必要。それに、急激な動きにも身体が耐えてくれる。何をするにも下半身のバランスが必要なように、柔軟性も必要不可欠な要素だと言う。
バレエは筋力と柔軟性を必要とする舞踊。これが出来る者は、それだけでも強い。実際、うみどりに所属する神威はこの柔軟性があるおかげで窮地を何度も乗り越えているのだと語る。不意に飛んできた砲撃や爆撃を、そのしなやかさで回避したと言うのだ。
「簡単なところから行きましょう。バレエでしたら一家言を持っていますので、お任せください」
「アタシも太鼓判押しちゃうくらいだから、みんなは神威ちゃんに従って身体を柔らかくしてちょうだいね」
パンと手を叩いて、ここからはバレエの練習となった。3人、特に時雨は半信半疑ではあるものの、これによって強くなれると言うのならば、それには従うしか無い。目の前で伊豆提督の強さを見せつけられた3人としては、もう伊豆提督の指示はそれだけで信じられるものだったのだから。
「電さん、お上手です。とても柔軟性があって素晴らしいですよ」
「な、なのです? それなら良かったのです」
「深雪さんも柔らかくなってきましたね。もう少し大きく表現してもいいでしょう」
「大きくか、縮こまってんのかな」
「時雨さん、時雨さんは……もう少し無理矢理やってみましょうか」
「硬いのは仕方ないじゃないか!」
三者三様にバレエに対して向き合っている姿は、伊豆提督にとって少し微笑ましくも感じた。強くなろうと努力し、しかしうまく行かずに四苦八苦しているのは、自分にも経験があったから。
その時はまだ年齢一桁台。泣き言も言っていたことも思い出せる。だが、母の教えが自分を奮い立たせていたことも。
『貴方は貴方の道を選んでほしい。その上で今ここに立っているのなら、私は全力で私の力を貴方に継がせる。貴方はきっと、この力を仲間のために使う時が来るわ』
今の力を得たのは、両親からの強制ではない。伊豆提督自身が選んで得たものだ。
艦娘の子として生まれ持っていた正義感が、幼いながらもそれを望み、母鳳翔もその思いを否定することなく、子の望むままに自らの力を教えた。その結果が、今の人間を超えた力を持つ伊豆提督である。
深雪達も、自らこの道を選んでここに立っている。ギャーギャー言いながらもやめるとは一言も言わない。まるで、子供の頃の自分を見ているかのようだった。
「……母さんもこんな気持ちだったのかしら」
しみじみと呟く伊豆提督に、イリスはそうかもねと素っ気なくも伊豆提督としては最も欲しい言葉を返すのだった。
コサックダンスに続いてバレエ。私意図してないけどより赤くなってきた気がする。