丸一日を伊豆提督による特訓に使い、疲れ果てては風呂に入りを繰り返したことで、短時間でも間違いなく成長している純粋種3人。昼食と同じように夕食もいつも以上に食べ、消耗した分以上に取り入れることで、身体をより強く作っていく。
「おかわり貰ってもいいのです?」
「はいはい、電がそんなに食べるのって珍しいわよね」
「お昼もそうなのですが、すごくお腹が空くのです」
昼と同じように配膳に精を出している神風は、電に大盛りのご飯を差し出す。
電の食欲は衰えず。深雪と時雨も人並み以上に食べているが、元々控えめだった電が同じくらい食べている様子は、それだけ特訓がハードということ。その内容を聞いていない神風としてみたら、非常に興味深いことである。
「そんなに食べるなんて、どんなことをやってたの?」
「午後はバレエなのです」
「バレエって、踊るアレよね」
「なのです。身体を柔らかくするためだって、ハルカちゃんさんが言ってたのです」
それを聞いたら神風も納得した様子。柔軟性を鍛えるために、全身運動かつ身体の柔らかさが重要なバレエをやるのは、実際かなり有用なのではと感じた。
神風も今の領域に辿り着くまでに過去いろいろとこなしてきたようだが、バレエには手を出していなかったなとしみじみ思う。今からでも遅くないだろうかとも。
「じゃあ、電も踊り尽くしていたって感じかしら」
「那珂ちゃんさんの時よりも動き回っていた気がするのです。だからでしょうか。なんだかいっぱい食べたくなるのです」
「だったら、少しおまけしてあげるわ。しっかり食べて、しっかり育ってね」
ご飯の上におかずを載せた神風。電は素直に喜び、ニコニコ笑顔で御礼を言いながら元の席に戻っていった。深雪と時雨と合流すると、また談笑を始める。
「変わった特訓だけれど、効果的なのよね……。流石はあの
今の3人が受けている特訓は、伝説の艦娘として語り継がれている鳳翔が自身に施したモノと思ってもいいだろう。
そんなことをやっている姿が想像出来なかったりするのだが、伊豆提督がこの手段を全面に出してくるのならば、効果がないわけがない。今でこそやり始めたばかりとはいえ、電の食欲を考えると既に効果が出始めていると言ってもいいだろう。
今日はまだ初日。3人の特訓はまだまだ続く。
一方その頃、伊豆提督とイリスは工廠へと出向いていた。本日最後の業務ということで、調査をしていた艤装のことを知るためである。
うみどりで雑務を任されることとなった平瀬と手小野も今は工廠にいた。桜は流石に子供なので工廠は危なっかしいと伊26に預けているようだが、2人はせっかく保護されたのだから恩を返したいと、率先して働いている。
「アナタ達はそこまでやらなくてもいいのよ?」
「いえ……タダで乗せてもらっているのも……どうかと思ったので」
「そ、そう。私も、手伝わせてくれると、嬉しい」
平瀬も手小野も根が真面目だからこそ、こういう時に作業を手伝いたいと言い出すのだろう。それに、自分達をこんな姿にした元凶達がまだ当たり前のように活動をしていることを考えると、早くそんな戦いが終わるために少しでも手を貸したいと思ったようだ。
そんな思いを無下にするわけにもいかないと、伊豆提督は2人の申し出を快く受け入れて、雑務を任せている。素人であることには変わりないので、なるべく簡単な仕事ばかりを振るようにされているが。
桜は流石に子供であるため仕事をしろとは言えない。そのうち自主的に食事の用意を手伝ったりはしそうなので、その時は否定せずに受け入れるつもりである。子供の成長はむしろ喜ばしい限りである。
「私達の艤装……解析が終わったようです」
工廠で主任達と対話──というのとは少々違い、身振り手振りでの意思疎通──をしたことで、艤装の調査結果を言語化出来ていた。いくら深海棲艦だからと言っても、妖精さんと直接対話することは不可能であるようだ。
「元人間でも、ぎ、艤装はやっぱり、深海棲艦のモノ、らしい」
見た目が深海棲艦なモノなだけで模造品とかそういうことではなく、平瀬のモノも手小野のモノも、間違いなく深海棲艦の艤装であるというのが、工廠、延いては主任達の見解だそうだ。後始末でこれまで数え切れない程に回収してきた残骸と同じような構成だったということで、それは間違いなく深海棲艦のモノ。
平瀬も手小野も、自分がどう改造されて、どのような経緯で今の姿になり、どうやって艤装を得るに至ったかは知らない。寝かされている間に処置が終わり、艤装も手に入れていたらしい。
艦娘との明確な違いは、その順序。
しかし深海棲艦は、先に該当者を改造し、適合すれば艤装が
最初から艤装を持っている純粋種も、これと似たような生まれ方をしていると考えられる。そうなったことで、艤装を手に入れるのだ。憶測の域を出ていないが、そう考えるのが最も妥当だし、深く向き合ったら深淵に落ちていくようにも感じる。
「不要なら……廃棄してしまっても構いませんので……」
「わ、私達が、またこれを使うことは、無いと思う、から」
平瀬にとっても手小野にとっても、この艤装は忌々しいモノである。特に平瀬に関しては、この艤装によって嫌な思いを散々してきているのだ。それこそ、存在そのものが呪いを撒き散らすようなもの。
伊豆提督としても、この2人に戦いを手伝ってほしいとは言えない。深海棲艦の姫の力は艦娘を凌駕するものではあるのだが、2人はあくまでも保護された存在。戦いに駆り出すわけにはいかない。
「わかったわ。あるだけでトラウマを刺激されるようなモノだもの。不要なモノならそのままにしておく理由はないから、しっかり廃棄させてもらうわ。出洲に繋がりそうな要素が見つかるまでは調査をすると思うけれど、アナタ達の目に届かないようにはしておくから安心してちょうだい」
もしかしたら、この艤装を解析することで、平瀬達の身体を元の人間に戻す方法が見つかるかもしれない。そのため、廃棄はするが、もう少し調べてからということになる。それで穢れを撒き散らすようならば調査は即中止として処理をすることも付け加えて。
「……次に特異点──深雪さんの艤装のこと……なんですが」
伊豆提督にとってはそちらが本題。深海棲艦の艤装は、言ってしまえばいつも見ていたモノ。その根本がカテゴリーYというイレギュラーなだけで、それそのものは後始末で集めていたモノと変わらないと踏んでいた。
だが、深雪のそれは何か違う。あの戦場で突如現れ、その場を包み込む煙が出洲すらも撤退を考えさせる特殊な効果を持っていた。艦娘の艤装としては考えられない要素がいくつもありすぎる。
「しゅ、主任の見解は、
「わからない……?」
「そ、そう。艦娘由来のモノ、であることは、確実だけど、分解が出来ない、ところがある、らしい」
そもそもこの発煙装置、深雪が扱っている兵装妖精さんですら制御出来なかったという前例がある。その時突然現れたために、艤装の管轄外の兵装であることは確実だったため、その場で扱えないというのはまだわからなくはないのだが、深雪から外され、今の艤装にリンクさせようとしても上手くいかず、妖精さんとしてもお手上げとのこと。
妖精さんがお手上げというのは、長く共に戦ってきていても今回が初めてのことである。これまでは未知の兵装というものは無かったからだ。
その上、発煙装置は深雪でなくても使える者はいる。初めてここに現れたような兵装ではない。言ってしまえば、
「深雪ちゃんにしか使えないということかしらね……」
「おそらく……。艤装にリンク出来ないみたいなので……深雪さんが腕につけて……初めて効果が出る……と考えるのが妥当かと」
艤装にリンクさせられないということは、この発煙装置を他の者が扱うということも出来ない。深雪が艤装ではなく
そのため、本来ならば巡洋艦以下ならば誰でも装備が出来るはずの発煙装置なのに、完全に深雪専用装備と化している。
「……特異点の力ってことなのかしら」
そう解釈するしかなかった。カテゴリーWだからとかではなく、深雪にしかない
この時、伊豆提督の中で、深雪の力がその時の激しく強い思いに呼応する何かであることはピンと来た。それが答えである『願いを叶える力』には辿り着けていないものの、深雪の思いに応える何かであるとは確信を持てた。
今の深雪ならば、悪いことには使わない。慎重に物事にあたるかは置いておいたとしても、うみどりの、人類の平和を脅かすことに、その力を使うことは無いだろう。
これまで一緒に生活してきているのだから、深雪の性格くらいはもう理解している。間違いなく純粋な艦娘として共に平和への道を歩いていける者。
「なら、これ以上の調査はやめておいた方がいいでしょうね。余計なことをして壊しちゃっても意味がないし、それで深雪ちゃんに影響が出ても困るもの」
「そう……ですね。これによって救われた……という事実だけで……充分かと」
故に、もう深雪を信じるということで結論づけることにした。深く考え過ぎると、間違いなく煮詰まる。今はそれどころではない状況に置かれているのも確かだ。そこに余計な力を注ぎ込むことは考えない方がいいだろう。
「未知の力かもしれないけれど、それがアタシ達の味方をしてくれるのなら、何も気にする必要はないわ。ふわふわした状態で使い続けるのは怖いかもしれないけれど、使うのが他でもない深雪ちゃんなんだもの。悪いことにはならないわよ」
「そう……ですね……。今はその方が……いいかもしれませんね」
「よ、余計なことは、しないでおきたい」
工廠での意見は全員が一致した。主任や深雪担当の妖精さんも、この発煙装置に関してはもうこれで良しとするしかなかった。強引に弄りすぎて使えなくなっても困るし、最悪深雪に影響を与えかねないので、触り過ぎるのもよろしくない。
「ありがとう2人とも。今日はこれで工廠も閉めましょう。何度も言うようだけれど、無理はしないでちょうだいね?」
「大丈夫……です。この身体……やけに体力はあるので……」
「そ、そう。平瀬さんの言う通り、やたらと、動ける。だから、任せて」
陸上施設型という特殊な深海棲艦だからなのか、艤装を身につけていなくても体力だけは有り余っているらしい。それもあるから廃棄物処理業者で力仕事を押し付けられていたのかもしれない。
調査は続くが、謎も深まる。特に深雪の力は、今のところ把握出来ている者が誰もいない。
妖精さんですら扱えない兵装となったら、正直手に余る品なんですけどね。使い手が深雪だからこそ、信用出来る兵装となりました。