翌日も、深雪達純粋種の3人は伊豆提督による特訓を続ける。ある程度の練度、力を得るまでは短期間の詰め込みになってしまうことは、伊豆提督も申し訳ないと思っているようだが、3人がかなりやる気を見せているので、今はそのまま知る限りの技能を教え続けた。
深雪や時雨は勿論のこと、電も今は強くなるために努力している。戦うことに対してはどうしても引け目を感じてしまうものの、仲間を守る力を得たいという気持ちは持っており、身体を鍛えることに関しては良しとしていた。
「今日は夜辺りに後始末の現場に到着するわ。このトレーニングの後に仕事をしてもらうことになるけれど、大丈夫かしら」
後始末屋が出港したのは、当然本来の仕事に戻るためである。後始末屋の仕事は、海上に散らばった戦いの跡を片付けること。今この時だって、残骸が穢れを垂れ流して再び戦場にしてしまっている可能性があるのだ。
うみどりの管轄海域に該当する鎮守府には、うみどりが事件に巻き込まれて後始末の作業が数日滞っているという旨は行き渡っているため、いつもよりも警戒は強め。万が一また戦場になるようなことがあってもいいように、なるべく片付けをしながら周辺の哨戒をしてくれているらしい。
後始末屋を戦場を片付ける
「あたしは大丈夫だぜ。後始末も特訓みたいなもんだしさ」
「なのです。電もお片付けは大事だと思うのでやるのです」
深雪と電は当たり前だと言わんばかりにサムズアップ。自分は後始末屋なのだからとやる気満々である。
後始末もそれはそれで特訓の一環として使えるだろう。主に持久力の辺りで。長時間作業をし続けるというのは、それだけでもかなり疲れることなのだから、こういうところで体力をつけたいと、深雪はニカッと笑った。
「時雨、お前はどうすんだ? 今回も欠席か?」
まだ人類が信用出来ていなかった時の時雨は、何故そんなことをしなくてはならないのだという気持ちが強く、執務室でその様子を見ているのみだった。
「いや、今回は僕も手伝おうか」
だが、後始末に参戦の意思を示した。深雪は驚き、電はパァッと明るい表情に。そして伊豆提督は身体が動いていれば抱き締めていただろう動きをした。車椅子だったからそんなことはしなかったが、健康体だったら間違いなく向かっていた。
「お、ついにその気になったか」
「勘違いしないでくれよ。僕は出洲の思い通りになってほしくないから、研究材料を先に奪い取るために手伝うのさ」
そうは言うものの、時雨自身も後始末屋に対して信頼を置いていることはわかる。呪いが発散されて、憎しみを向ける方向を1つに定められているから、後始末にも参加する考えを示した。
性格は簡単に変えられるものでは無く、それこそ呪いでこうなってしまっているため、何かと捻くれた意見が口から出てしまう。とはいえ、後始末に対して一定の理解も出来ているため、手伝うこともやぶさかではないと思えるくらいには変わっていた。
「どういう理由であれ、手伝ってくれるのは嬉しいわぁ。それじゃあ、また夜に近くなったらお願いねぇ」
「うん、それまでは特訓しなくちゃだけどね。僕はどんなことでも出洲が利益を得るのが気に入らないんだ。それに関しては暴力も惜しまない」
「戦う力を暴力とか言われちゃうと、身も蓋もないのだけれどねぇ」
伊豆提督は苦笑しながらも、3人への特訓を開始した。強くなるためにはあらゆる努力を惜しまない3人に、母の教えを継いでもらうために。
運航に支障は無く、うみどりが後始末の現場へと到着したのは、伊豆提督が話していた通り夜に近い、夕暮れの時間も終わりそうな少々薄暗い時間となった。後始末の作業は探照灯を照らさねば出来ないくらいになりそうである。
だが、その現場の状況を見てイリスが溜息を吐いた。案の定と言ってもいいのだが、そこには深海棲艦が発生していたのだ。
「管轄する鎮守府の哨戒時間ではないもの、仕方ないわね。まずはアレを対処しないと後始末は出来ないわ」
「そうね。では手早く済ませてしまいましょ。あちらには姫とかがいるわけでもないし、見た感じ改造された個体とかでもないみたいだしね」
伊豆提督も状況を確認し、即座に部隊を組み立てて出撃指示を出した。幸いにも、今回現れた深海棲艦は群れというわけでもなく、穢れから生まれてしまった個体というのが順当。後始末が遅れたことによって、この場がまた戦場になりかけている前兆と言える。
本来この場所で考えられていたのは中規模。残骸もそれなりに多い場所であり、その分穢れも垂れ流される。時間を置けばこうなってしまうのは仕方ないことであった。
管轄の鎮守府が一定の理解を示して多少は片付けをしていたとしても、専用の施設が無ければ完全に終わらせることは出来ない。出来ることは、艦娘由来の残骸を拾うことくらいである。
「大型艦もいないから、こちらは水雷戦隊で行きましょう。旗艦、酒匂。随伴艦は、睦月、梅、深雪、電、時雨。これでいいかしら」
ここで敢えて純粋種の3人を部隊に組み込んでいるのには理由がある。こういう時こそ実戦経験を少しでも積んでおいて、いずれ来る大きな戦いに備えておきたいためである。時雨を部隊に組み込むのは、呪いの発散によって信頼度が高まっているから。
また、それ以外の3人も救護班としてバックアップをメインにしている者達。こういう割と小さめの戦いで戦いの勘を鈍らせないための配慮。戦いを好まない性格の酒匂であっても、戦わないとは言っていない。旗艦に任命された時は、元気よく出撃準備に向かっている。
特訓の疲労は風呂で回復しているため、出撃しろと言われればすぐに出来る。
「うし、準備完了……って、ああ、これも持ってきてくれたのか」
基部を背負い、主砲も装備し、いざ出撃と思ったところで、妖精さんが
「ありがとな。解析して何も分からなかったってのは聞いたよ。でも、一応つけてくぜ」
手早くそれを手首に巻いた深雪だが、その装備には少々の不安があったりする。出洲を撤退に追い込んだ時も、自分で煙幕の制御が出来なかったという事案が発生しているからだ。止めたいと思っても止められない。そのせいで戦場が全て煙幕に包まれることになった。
制御出来ない兵装ほど恐ろしいものはない。それが結果的にいい方向に向かったとしても、前回のように全員が救われる結果になるとは限らないのだから。
この戦場は軽めの戦い。煙幕を使わねばならないようなことはないだろう。とはいえ、装備するに越したことはない。戦っている間に何者かに乱入されるとかあったら困る。
「んじゃあ、改めて。深雪、出撃するぜ!」
妖精さんと指でハイタッチをしつつ、深雪は戦場に向かう。それがいくら軽めの戦いでも、命を懸けた戦いであることには変わりない。慢心することもなく、本気で立ち向かう。
敵部隊は軽巡洋艦1に駆逐艦3。VRによる仮想訓練でもやったことがある部隊だなと深雪は内心思っていた。そして、電も同じことを考えている。
「ぶいあーるとは緊張感が違うけど、一度やった敵みたいなもんだし、あの時みたいにやれりゃあ」
「なのです。大丈夫なのです!」
早速手近な駆逐艦に砲撃を放つ深雪と電。敵の動きはしっかり目で追えているし、暗がりでも照準は外れない。何より、砲撃を放つ時の姿勢が非常に安定していた。
「ぴゃあっ、深雪ちゃんも電ちゃんも、すっごく調子いいね!」
酒匂がそう言うのも無理はない。放つ砲撃は確実に敵にダメージを与え、敵からの攻撃は俊敏に回避。これが海上艦を相手にするという意味で言えば初陣である2人の動きとは思えなかった。
「なんか身体がすげぇ軽い気がするんだ。あと、思い通りに動いてくれるっつーか」
「なのです。電も、こんなに動けるなんて思わなかったのです」
たった2日の特訓だけで、実際の戦闘にここまで影響が出ているとは、当人も思ってもいなかった。初陣でこれならば自信がつくというものである。
しかし、慢心はしてはいけない。一度出洲に大敗しているおかげで、今の戦闘を軽々潜り抜けられそうでも、これではまだ勝てるところまでは行けていないと自覚出来るのは大きい。
実際、敗北から始まっているのは心持ちを大きく変化させる。命を持ったまま終わった敗戦は、深雪達から慢心を取り払うに至っている。
「援護するよ。ここで止まってはいられないからね」
時雨はと言えば、睦月と梅を援護するように砲撃を放っていた。その一撃はやはり相当な命中率であり、姿勢も全く崩れていなかった。
少し前までは間違いなくそんなことはしていない。自分の身は自分で守れと吐き捨てるのがいいところ。こんなところでも心持ちの変化が見て取れた。
うみどりの面々に対しては、不信感も憎しみも何もない。背中を預けてもいいと思えるくらいには気を許している。故に、援護だってする。
「ありがとにゃしぃ! みんなで一緒に終わらせるぞよ!」
「協力プレイも、大事大事、ですね!」
そんな時雨に合わせるように、睦月と梅も砲撃を繰り出す。敵は駆逐艦と言えど、油断していたら手痛い反撃を喰らいかねない。よく見て、ダメージを受けないことを念頭におきながらも、確実にダメージを蓄積させていく。
一撃で急所を狙うような技術が今は無くとも、仲間と共に攻撃していけば、それは必ず突き通せる。一撃入れて傷をおわせて、二撃入れてその場所を破壊し、三撃入れて致命傷を成す。これだけでいい。1人では難しくとも、仲間と共なら危なげなくなる。
「残り敵旗艦だけだぜ!」
深雪の宣言の通り、残すところは敵旗艦の軽巡洋艦のみ。ここまで誰も傷つくこともなく、攻撃も全て命中させてきた。敵軽巡洋艦も、随伴艦が次々とやられて少しだけ狼狽しているようにも見えた。
理性はなくても本能が告げる。ここは逃げるべきだと。うみどりの面々には勝てないと。
しかし、ここで逃がしたら新たな戦いの火種になってしまうだろう。それは避けねばならないため、怯えるものにも引き金を引かねばならない。
「ごめんね。ここで逃がしたら、また次も暴れちゃうもんね。戦いは、無くさなくちゃ」
敵軽巡洋艦が踵を返そうとした時には、足下には酒匂が放っていた魚雷があった。小さく謝りながらも、容赦なく攻撃を放ち、敵軽巡洋艦の駆動部は爆散。そして、トドメとして脳天を砲撃によって撃ち抜いた。
結果は快勝、完全勝利。全敵の沈黙を以て、戦闘終了となった。
しかし、この戦いの最中でも、伊豆提督とイリスは戦場の確認を常にしていた。気になることがあったからである。
「イリス、報告は受けていたわよね」
「ええ、ここは中規模の後始末現場。ボスと思われる姫もいたから、その部隊を殲滅させているって」
「その姫は、戦艦棲姫だったわよね」
「そう聞いているわ。本体を始末することで機能停止に追い込んだって」
それだけ話して、2人して苦い顔をした。
「
艦娘ならではの特訓の成果の発現。ハルカちゃんの特訓が余程効いたのか、既に戦闘で姿勢が安定するという効果を発揮しました。下半身強化は大事大事。