後始末屋の特異点   作:緋寺

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消えた残骸

 後始末の現場を放置せざるを得なかったことで、その場は穢れによって再び戦場となってしまっていた。だが、まだ発見が早かったからか、敵の数は少なく、小粒なモノしか存在しない。そのため、深雪達の海上艦に対する初陣とされ、結果完全勝利といえる戦果を上げることが出来ていた。

 しかし、戦いの最中でも他にも敵がいないかを確認していた伊豆提督とイリスは、その戦場に違和感を覚えていた。その答えが、後始末を依頼した艦隊がこの戦場で戦った敵と食い違うところがあったこと。

 

「戦艦棲姫の残骸が無いわね」

 

 元々はこの戦場には戦艦棲姫がおり、この海域を担当している鎮守府の艦娘達と激戦を繰り広げた末、討ち倒すことが出来ていた。艦隊が言うには、艤装よりも本体に傷をつけることでどうにか斃したとのこと。つまり、ここには戦艦棲姫の艤装がほぼそのまま残っていてもおかしくない状況である。

 しかし、ここにあるのはイロハ級の残骸ばかり。姫の艤装など影も形も無かった。海流で流されてしまったという可能性はなくは無いのだが、それならば他の残骸がもう少し散らばっていてもいい。それなのに、他の残骸は戦闘の後のまま、戦艦棲姫の残骸だけが忽然と姿を消していた。

 

「……間違いないわね。()()()()()()()

 

 元より危惧していたことではあるのだが、まさかここまで早く動かれるとは思っていなかった、軍港から撤退した出洲達が戦艦棲姫の残骸を持っていったと考えるのが妥当である。

 もしくは、既に出洲の仲間達が行動を開始しており、出洲達が撤退した時くらいから後始末屋からの供給が途絶えると考えて戦場を漁り始めたか。

 

 どちらにしても、やっていることは死肉を漁るハイエナのようなもの。

 

「イリス、穢れが拡がっていないか確認しましょ。引き摺ってるなら間違いなくおかしな方向に穢れが伸びてるわ」

「そうね。まずそれを確認しましょうか」

 

 戦闘は終わったが、後始末の前に調べなくてはいけないことが増えてしまった。戦艦棲姫の残骸を持ち去った者──間違いなく出洲か出洲の関係者であることが確定しているのだから、その足取りがわかる可能性があるのだから。

 

 

 

 

 戦闘を終えた深雪達は、後始末の前に一度洗浄。後始末で穢れに突入することは確定しているのだが、だとしても一度洗い流しながら作業に入った方が、健康被害は無いということで、うみどりではこれが常識。

 時雨としては艦生2回目の洗浄。相変わらず服を着たまま水浴びをさせられるのには、不快感を隠していない。

 

「これだけは文句が言いたいよ」

「我慢しろよ。穢れがついた服を投げ捨てる方が危ねぇんだから」

「なのです。うみどりのためにも、ちゃんと全身に浴びた方がいいのですよ」

 

 深雪と電に言われて、渋々シャワーを浴び続ける。そんな姿に、酒匂達もニコニコだった。まだまだ捻くれているとはいえ、仲間意識が相当芽生えているのが目に見えてわかるのだ。

 特に睦月と梅は、戦場で協力しながら敵を斃したというのもあり、前々よりも友情が育めたと認識している。元々苦手意識などはないが、2人としては距離が相当近付いたとまで感じているようだ。

 

「どうせまた後始末で穢れるんだから、その時でいいだろう」

「そういう話じゃあ無いんだよ。多分」

「うみどりの方針なのです」

「まぁそれなら従ってあげてもいいけども」

 

 ここで妥協しているのような口振りでも、人間のルールに従うことに対してそこまで抵抗を持っていないというのも、時雨がカテゴリーMの呪いを振り払えている証明。憎しみの方向の一極化は、時雨を本来の艦娘へと戻そうとしている。

 それだけでは無い。深雪と電に付き合い続けたことで、性格が軟化してきているのも、仲間達は感じ取れた。ちょくちょく繰り広げられる深雪とのドツキ漫才は、最初こそハラハラしたものの、今ではもう穏やかな日常の1つとしての恒例行事になっているくらいだ。

 

 ともかく、時雨がうみどりの仲間として再認識されることとなったのは間違いない。

 

「今回はアレを片付けるのかい」

 

 戦いながらも戦場に目を向けていた時雨は、この後始末の現場の状況も確認はしていた。残骸が散らばり、生々しい亡骸も浮かぶ現場。その中で戦っていたというのもあって、どうしても海の汚さを痛感することになった。

 

「時雨は初めてだから、残骸拾いだな」

「……あの肉片とかを拾うのかい?」

「素手で拾えってわけじゃあ無いから安心しろよ。ちゃんとトングで挟んで拾うから」

 

 明らかな嫌悪感を顔に出す時雨。深雪も電も素直に受け入れていたタイプだったので、こういうタイプは初めてである。時雨だけはうみどりの一員となる経緯が違ったため、こうなってもおかしくはなかった。

 というか、普通の人間や艦娘なら、こういう反応をしてもおかしくは無い。深海棲艦と戦うだけならまだしも、そうしたことで滅茶苦茶になった亡骸を拾い集めるとなると、戦いとは違う勇気が必要な行動である。

 

「つーかお前、あたし達の作業を見てたんだから、そういうことやるってことくらい察することが出来るだろ」

「知ってたさ。知ってたけど、見るのとやるのとでは心構えが変わるんだよ」

「前言撤回はさせねぇぞ。やるっつってハルカちゃんがすげぇ喜んでたんだぞ。やっぱりやめたなんて言ったら、ハルカちゃんが悲しむ」

 

 ぐっと喉を鳴らす時雨。伊豆提督には軍港での戦闘で一目どころか二目も三目も置くぐらいに信頼が寄せられている。艦娘を守るために脅威に立ち向かう姿は、時雨の心を揺らすには充分だった。そんな伊豆提督を悲しませるのは、時雨としてはプライドが許さなかった。

 

「わかった、わかったよ。僕だって艦娘だ、一度言ったことを違えるつもりはない」

 

 少し諦めたような、しかし覚悟を決めたような表情を見せる時雨。深雪としてはそれだけでも良しとするところだが、今回共に戦った睦月と梅は、この時雨の言葉を聞いたことでさらに満面の笑みを浮かべながら接近。

 

「だったら、時雨ちゃんには睦月達がノウハウを教えてあげるぞよ!」

「今日は一緒に後始末をやりましょう!」

「あ、ああ、よろしく頼むよ」

 

 時雨は少しだけ驚きつつも、2人からの好意を受け止めていた。こうやってカテゴリーCと仲良くなるのも、今では別に悪いことでは無いと思っていたからだ。

 うみどりの面々は自分でも嫌悪感を覚えるような作業を、文句を言わないどころか自ら進んでやろうとしているのだから、一定の尊敬の念まで芽生えそうになっているほど。

 

「時雨がここまで丸くなってくれて、あたしは嬉しいぜ」

「なのです。やっぱり仲がいいのが一番なのです」

 

 そんな時雨を見て、深雪も電も心が温かくなった。事あるごとにこれだから人間はと蔑んでいた時雨が、なんだかんだ言いながらも協力的になってくれているのが、心の底から嬉しかった。

 

 

 

 

 一度目の洗浄が終わると、すぐさま後始末の準備となる。しかし、工廠にまで訪れた伊豆提督とイリスは少々浮かない顔。

 艦娘達が準備を続ける中、手を止めずに聞いてほしいと話すのは、やはり予想されていた残骸が消えていたことである。

 

「こちらで穢れが拡がっていないか確認したのだけれど、案の定、本来の場所とは離れた場所にも穢れがあったわ。そこから拡がっているわけじゃないけれど、散らばっているのは間違いないわね」

 

 そう聞いたら何故そうなったのかはすぐにピンと来る。真っ先に口に出したのは深雪。

 

「あいつらの仕業なのか」

「そう考えるのが妥当ね。一応向かっている方向もわかったけど、今は陸から離れていっているもの」

 

 出洲達が軍港から撤退し、離れていく方向とドンピシャかどうかはわからない。しかし、陸から離れていっているというのがミソで、出洲ではない者がそれを持ち逃げしたとしても、その拠点がその方向にあり、さらには出洲の新たな拠点である可能性があるのだ。

 

 後始末をしながらその方向を調査するのは難しいため、こういう事実があることを大本営や調査隊に伝えるだけで終わることになるだろう。

 後始末屋はあくまでも後始末屋。降りかかる火の粉は優先的に払うが、自ら火種に飛び込むことは状況を考えてのことになる。動ける者がいるのならば、まずはそちらに動いてもらう。

 

「本当はアタシ達で調べたいところなんだけれど、軍港に留まっている間に仕事が溜まっちゃってるから、まずはそれを片付けなくちゃいけないわぁ」

「戦いの火種を拡げるモノを消すのも後始末屋としての仕事だけれど、だからといって既にわかっている現場を後回しにすることは出来ないもの。そこは理解して」

 

 伊豆提督に続き、イリスも今後の方針を説明。やはり後始末の現場をそれなりに放置してしまったことが悪影響となっているのが今回の戦いで見えているため、担当している海域の現場を全て片付けてから次の段階に進みたいとのこと。

 また、今回は残っている現場が多く、既に深海棲艦が発生していることも考慮して、後始末が終わった後に清浄化率の維持を丸一日確認してから次の現場もしていたところを、待機することなく次の現場に向かうこととした。代わりに、この現場を担当している鎮守府の方には、万が一のことを考えて哨戒を少しだけ強めてもらうという方針。

 勿論、手早く終わらせるためにと手を抜くことはしない。むしろ、待機を無くす分、いつもよりも入念に後始末をすることとなる。

 

「時雨ちゃんは初めてだけど、いつもと勝手が違う後始末でごめんなさいね」

「これくらいなら別に問題ないよ」

 

 しっかり後始末のためのインナーを着込んだ時雨。今回のやり方には何も文句はないとしているが、あらぬ方向に拡がる穢れが気にならないわけがない。調べられるのなら今すぐにでも調べたいと言わんばかりである。

 だが、穢れが今ここから目で見えるわけでもない。海水の洗浄をするために使う眼鏡を使う以外には確認が出来ないのだから、今の時雨には何も出来ない。

 

 ただし、呪いを払拭出来たとしても、出洲に向けた憎しみのせいで余計なことはしかねない。だからか、先程の洗浄の時から距離が一気に近付いた睦月と梅が、時雨をあらぬ方向へと行かせないようにガッチリカバーすると宣言。伊豆提督としても、そこまで仲良くなっているのならと2人に任せることとした。

 

「もうマークちゃんには連絡済み。海水浄化班は、後始末しながらどの方向に伸びているかは把握しておいてちょうだい。こちらでも調べているけれど、現場に出ている子の方が何か気付くことが出来るかもしれないもの」

 

 海水の浄化は酒匂が受け持つことが多い。そして今回も深雪と電がそこに加わる。

 今は暗くなっていく時間。慎重に海水を浄化していく必要があるのだが、今回はそれに加えて穢れの拡がる方向まで視野に入れなくてはならないため、若干難しい仕事となった。

 

「方向なら任せて。私達も確認するから」

「うんうん、潜水艦の力は、こういう時に使おうね」

 

 そこに、伊203と伊26もサポートするカタチとなった。方向感覚が段違いである潜水艦ならば、穢れの拡がる方向が完璧にわかるし、もしかしたら敵の新拠点にもピンと来るものがあるかもしれない。

 

「それじゃあ、少し久しぶりの後始末だけれど、よろしくお願いね」

 

 

 

 

 少しだけ介入のあった後始末ではあるが、本来やることは何も変わらない。戦場を片付けて、次の戦いを食い止めるだけだ。

 




持ち逃げされた残骸が落とす穢れが陸から離れているというのがキモ。とはいえ、何でも出来そうなのが出洲陣営。
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