後始末屋の特異点   作:緋寺

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敵の残滓

 後始末の作業はまだまだ続き、時間としてはそろそろ日を跨ぐくらいになってきていた。

 暗い中での作業はこれまでに何度かやってきているおかげで、海水の浄化は順調に進む。放置していた時間が長かったせいでカビのようにこびりついてしまっていたが、丹念に作業すればしっかり綺麗になるため、時間をかけてでも100%の仕上げに持っていった。

 

「いやぁ、やっぱり時間かかるな」

「なのです。いつもよりもかなり時間かけているのです」

 

 日付が変わる前に一旦休憩。ここからまだ作業が続くことが確定しているため、腹拵えとして夜食が用意されていた。

 深雪も電も作業を真剣にこなしていたからか、夕食はちゃんと食べていても空腹感はどうしても出てきていた。そのため、この休憩時間の夜食は非常に美味しくいただけていた。

 

「浄化はこれで半分以上は出来たよな」

「大体8割ってところだと思うから、あと少しで終われるよ」

 

 酒匂から教えてもらって、僅かというわけではないが終わりが見えてきていることを知ったため、それはよかったと食べる手を早めた2人であった。

 

 そんな深雪と電の姿を見て、1人げんなりしているのが、初めての後始末作業をやり続けた時雨である。睦月と梅にサポートしてもらいながら、初心者といえばな作業、肉片拾いをこの時間までずっと続けていた。

 しかし最初から嫌悪感を見せていた時雨にとって、この肉片拾いという作業は相当大きなストレスになったらしく、夜食もチビチビとしか食べていない程である。

 

「君達は正直すごいよ……よくアレを率先して拾おうだなんて思えるね……」

「時雨ちゃんはグロ画像が苦手なタイプかにゃ?」

「苦手というわけじゃないよ。でもトング越しとはいえ触るのにはどうしても抵抗が出るものさ。見るのと触るのとではまるで違う」

 

 戦闘をしているのだから亡骸は見ることになる。そもそもカテゴリーMであるため、人間を殺してやるという気持ちも持っており、()()()()()姿()だって想像出来る。だが、それはどちらも見るだけ、触れることはない。艤装を触っているわけではないので、非常に生々しい感覚が手に伝わってくるわけだ。

 初心者の時雨にはどうもそれに抵抗があった。艤装を拾えならまだしも、肉片である。今でも感触を思い出してしまうほど。

 

 それを、嫌悪感を見せるどころか一切抵抗すら全くせずに、下手をしたら鼻唄交じりで拾い集めていくうみどりの面々。しかも、その後にしっかり祈ることまでしている。時雨としては、不信感が失われて信頼が生まれた相手に対して、逆に尊敬の念まで芽生えそうだった。

 あの作業を自らの意志で進められるというだけでも、単に凄いなと思えていた。自分にはそう簡単には割り切れないと。

 

「慣れですよ慣れ」

「慣れるまで時間を貰えるかな」

「はい、まだまだお仕事はありますし、次の現場もありますからね」

 

 梅がにこやかに話し、時雨はそうだったとよりゲンナリしていた。

 

「少しの間、モツ鍋は見たくないかな……」

「深雪ちゃんと同じこと言ってるにゃし」

 

 そんな時雨の言葉を小耳に挟んだのか、やはり妙高はツボに入ったようにクスクスと笑っていた。

 

 

 

 

 そのあとまた作業を進め、必要な海水の浄化は完了。穢れの道に関しては、深追いしない程度に後始末を進めることで一旦は良しとしている。

 本当に全てを後始末しようとすると、深雪が危惧していた通り、出洲の拠点まで行けてしまい、そして準備不足なうちに返り討ちにあって全滅すらあり得る。

 

「確認してきた」

 

 ここで潜水艦2人が()()()()()()についての調査報告。海中からでもその道は見ようと思えば見られるようで、海上とはまた違った見え方をするもの。

 その話はやはり伊豆提督とイリスが聞くこととしている。これから先の作戦を考えるために。

 

「あの引きずった跡みたいなヤツだけど、()()()()()()()()

 

 伊26が言うには、途中まではしっかりと線を描いていたようだが、最終的にはその線が切れ、完全に行方不明になっているとのこと。そこから考えられることはいくつかある。

 

「大発みたいなのに載せられたか……そこで運ぶのを断念したか」

「海底にもなかったから断念は無い」

 

 伊豆提督の呟きに、間髪容れずに伊203が答える。その場所に艤装が浮かんでいるわけでもなく、海底にも沈んでいないとなれば、そこで運ぶのをやめたなんてことはあり得ない。

 しっかりと自分達の拠点まで持っていくために、引きずるという輸送方法をそこでやめて、大発動艇やそれに準ずるものを使って運んだと見ている。

 

 速さにこだわる伊203は、結論を早く出そうとするタイプではあるのだが、こういう時の頭の回転が速いのも特徴。その意見が大幅に外れていることはまず無い。それ故に、ここでの意見はすぐに取り入れる。

 そもそも持っていかれたであろう残骸が見つからなかったと言うのだから、断念はあり得ないのだが。

 

「その痕跡みたいなのは無かったかしら」

「うーん、流石に無かったかなぁ。潜水艦ならわかるんだけど、そうじゃなかったらそこにいたなんてわからないよ」

「途切れた場所がぼやけてた。あれ、それなりに大きな船が動いた跡だと思う」

 

 ここでもまた、伊203の回転の速さがモノを言う。穢れの道の終着点がぼやけていたところから、残骸が運び込まれたものが()()()()()()()でそこから移動したのではないかと話す。零れ落ちた燃料などが、真っ直ぐ途切れているのではなく大きめの波で散らばったかのように見えたらしい。

 憶測の域は出ていないが、そうだとするといくつか面倒くさい考えが思い浮かぶ。

 

「大きな船……漁船……()()()でもあったりするのかしら」

「あり得る。偽装された密漁船が私達の仕事を奪ってるのかもしれない」

 

 密漁では無いが、ちゃんと国に申請をして漁をする業者というのはある。その際には、近隣の鎮守府に護衛を頼むことだってあり得るくらいに。

 艦娘だって元人間、食文化は大切にする。そのため、漁の護衛任務などは割と率先して行なう鎮守府が多い。多少打算的な理由であり、大漁だった場合はその一部を分前として貰えたりするからである。漁をする側も、少し天然の魚を渡すだけで大きめの利益を得られるというのなら、むしろ率先して艦娘に護衛を頼むレベルである。互いにWin-Winであるため、今の漁業は成り立っているのだ。

 それをそこから掠め取ろうとするのが密漁船。当然ながら、そこに艦娘の護衛なんてなく、危険を承知で海に出ている。年に何件かは、密漁船が深海棲艦に襲われることで沈没したりする事案が出てしまっているくらいである。

 

 そんな密漁船を偽装して、後始末の現場から残骸を掠め取るという、漁の方向性を変えてきた可能性。

 

「それこそ、アタシ達の現場から材料を奪うためだけの密漁船……もうこの場合は()()()みたいなものだけど、それがあちらにはあるのかもしれないわね」

「向こうは密漁とも思ってないかも。それこそ、後始末の手伝いをしてあげてるだけーとか言いそうだよねぇ」

「あり得るから困るわ。あちらは何をやっても未来のためって言っちゃう輩だもの。後始末に関しては本当に未来のためだからタチが悪いわ」

 

 残骸の撤去なのだから、そういう意味ではこれからの世界の平和に繋がることではある。ただし、その処理の仕方がプロでは無いので非常に杜撰であり、余計に穢れを拡げる結果になっているわけだが、あちらはそこまで考えていない。

 

「ともかく、ここからヤツらの拠点に繋がるようなことは無いってことね」

「断言出来る。全部片付けても問題ない」

「ありがとう2人とも。その情報が手に入っただけでも充分だわ」

 

 これにより、調査隊に次調べてもらうことが決定した。この密漁船の行方である。

 

 

 

 

 海水の浄化作業がここでまた増えたことに深雪達は苦笑しつつ、後始末出来るところは全てしておかねばならないという使命感もあり、穢れの道を全て綺麗にした。

 これまで以上に時間がかかった結果、後始末終了の時には少しだけではあるものの空が白んで来ているくらい。結局一晩徹夜することになっていた。

 

 とはいえ、深雪も電も以前の大規模の時のように疲れ果てているようなことはない。これまでのトレーニングの成果が出ているおかげで、持久力もついてきている。自分の足でうみどりに戻れないなんてことは無かった。疲れていないわけではないので、終わった時には汗を拭いつつ大きく深呼吸をしたくらい。

 

「ふぃー、終わった終わった!」

「全部綺麗になったのですー!」

 

 周りを見回せば、そこには汚れひとつない海。あとは薬剤散布により穢れを取り除くだけだが、それを既に察してくれたか、加賀の艦載機が上空を飛んでいた。そろそろ降らせるぞと言わんばかりである。

 それが終われば後始末も本格的な終了となる。中規模と聞いていたものの、後始末前の戦いに加え、残骸を引き摺られたことによる規模の増加で、結局は大規模に足を踏み入れかけているくらいの規模となってしまっていた。

 

「お疲れ様ー。酒匂達のお仕事は、今回はこれでおしまい! さ、うみどりに戻ろっか」

 

 酒匂も仕事が終わったことで笑顔を見せる。海上が綺麗になると、心が穏やかになるものであると酒匂は語る。今回は特に範囲が広かったため、達成感もひとしお。

 

「でも、聞いてた通りだったよな。ゴール地点の汚れ、なんつーかグニャグニャしてたぜ」

「なのです。波で散らばったみたいな感じだったのですよ」

「ここに何か船みたいなのがあって、汚れがボタボタ落ちたところから発進したせいで散らばったってことか」

 

 潜水艦達が見たそれを海上からも見ることになった深雪達。急発進したか何かで出来た少し大きめな波で、残骸から落ちた体液や燃料がその場から拡がってしまい、それがまた穢れの範囲が大きくしていた。

 本来不要な後始末を増やしてきた輩に少し苛立ちを覚えつつも、それが元凶──出洲に繋がる情報であると確信を持っていた。

 

「んじゃあ、その船さえ見付けちまえばいいってことだな。どっかの港に停まってればいいんだけど」

「いつもの軍港に停まってたら嫌なのです」

「そりゃあな。つーか、いくらなんでもそこまでバカじゃねぇよ多分。あたしだってあそこは避けようって考えるぜ」

 

 そもそも、今の軍港はそういった存在に対して徹底的に警戒するようになっている。それさえも潜り抜けてしまいそうというのはあるのだが、保前提督が同じような失敗を何度も繰り返すようなことはしない。艦娘どころか、住民総出で不届き者を追い出そうと力を合わせているくらいだ。

 いくら強大な力を持っている出洲であっても、そんな港を無理矢理使おうとは考えないはずだ。これまでも施設を隠していたくらいなのだから。

 

「それに関しては、酒匂達は何も出来ないよ。いつも通りに後始末をして、それで何かわかったらそれをみんなに教えていくってだけ」

「だな。あたし達もやらなくちゃいけないことがいっぱいだもんな」

「そうそう。ここの清浄化率の維持を見ないで次の現場に行くみたいだからね。お仕事、今はたんまりだよー?」

 

 ここより大きな現場だってありそうなのだから、出洲のことで足踏みをしてはいられない。まずは世界を綺麗にして、その後考えることになる。

 

 

 

 

 敵の残滓は僅かながら、さらに先に進むための手がかりは見つかった。ここからはうみどりの仕事ではなくなるものの、事件解決のために全員の力を合わせて前へと進むこととなる。

 




出洲陣営は何か船のようなものを使っていそうということが判明しました。密漁船か、通常より大きめの大発動艇か、それとも……?
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