後始末屋の特異点   作:緋寺

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単調な日々

 後始末が終わったならば、本来ならばそこに留まって清浄化率の維持を丸一日使って確認せねばならないのだが、今は仕事が溜まりに溜まってしまっているため、そうしている余裕がない。

 そのため、規模が大きくなってしまい一晩かかってしまった後始末が終わったのも束の間、朝日が昇るとともにうみどりは移動を始める。次の後始末の現場までは半日くらいとされており、この間に出来ることは眠ることくらいであった。

 睡眠時間を減らすことを、伊豆提督は許していない。後始末を最高の体調で行なうためには、少しでも疲れているのはよろしくないからだ。身体が疲れていると、心も疲れやすくなる。

 

「洗浄の後は、ご飯を食べて眠ってちょうだいね。到着したら総員起こしをかけるわ」

 

 完全な昼夜逆転状態になりそうなのだが、今だけは仕方ないこと。伊豆提督も、今回ばかりはいろいろと妥協している。美容と健康には程遠い生活になってしまうと嘆きつつも、やり方を変えることはない。

 後始末屋が何よりも優先するのは、当然ながら後始末である。何はなくとも戦場を片付けなければ意味がない。だからといって過労なんてことは無いように心掛けているが、トレーニングなどは二の次である。

 

「今日は特訓無しになっちまったな」

「仕方ないのです。電、眠くなってきちゃったのです」

「あたしもだよ。徹夜なんだからな。さっさと食って寝るか」

「なのです。残念ですけど、今は何も出来ないのです」

 

 本来ならば強くなるためのトレーニングは毎日やっていきたいところなのだが、後始末が込み入っているのだから仕方ないと、深雪も電もそこは諦めた。寝ずに今から特訓だと言われても、無理だと断言出来るのだから。

 時雨は違う理由──肉片拾いのときの感触でゲンナリし続けていたものの、トレーニングが出来ないことは少々残念がっていた。

 

「僕はすぐに休むことにするよ……まだ気分が優れないんだ」

「起きたら普通よりも多めに食っとけよ。力が出なくなるぞ」

「言われずともわかっているつもりだよ。寝て起きたら大丈夫さ」

 

 フラフラと自室に戻っていく時雨を見送りつつ、深雪と電は食堂へと向かった。

 

 

 

 

 そこからは後始末屋としての展開が早かった。

 

 最初の現場から離れる時には全員が就寝。伊豆提督もイリスもそこで休み、次の現場への英気を養う。

 明るいうちはうみどりが出せる最大の速力で現場に向かうため、到着は早め。外は夕暮れ時、話にあった通り、おおよそ半日と言ったところで次の現場に到着している。

 その間やれたことは、睡眠のみ。流石にちゃんと食事をして栄養を摂取した後に作業に入るとはいえ、まるで生活感のない1日である。

 

「急かすようでごめんなさいね。この現場は小規模。今から始めれば、日が変わる前に終われると思うわ」

 

 前の現場と同じで、放置していたせいで汚れがカビのようにこびりつき、海水の浄化にどうしても苦戦することになるのだが、規模自体が小さいために終わる時間は早めと予想される。

 実際、今回の現場は大型の残骸などはなく、姫も()()()()いなかったため、面倒事は何一つない楽な現場となっている。そこにあるのは、殲滅されたイロハ級の亡骸のみ。

 

「それでも肉片は多いんだけどね……」

 

 寝たことで落ち着いており、寝る前に食べなかった分を補うように少し多めに食べている時雨であったが、現場をチラリと見て小さく溜息を吐いた。まだ肉片を持つ感覚は慣れることが出来ないようである。

 この小規模の後始末が始まってから終わるまで、時雨はずっと浮かない顔をしており、サポートをしている睦月と梅のことをさらに尊敬するような目で見るようになっていた。こんなことを悠々と出来る人間は、それだけで評価に値するよというのは時雨が吐き捨てるように呟いた言葉である。

 

「異常無し。海底にも何も無い」

 

 この現場でも潜水艦の2人は何かしらの手がかりが無いかを調査している。前回の現場で見た穢れの道とは逆方向の現場であるため、こちらの方に何かあるとは思えなかったものの、出洲達が単独で動いておらず、各所に仲間がいると考えた場合、あらゆる後始末の現場が荒らされる可能性に繋がるからだ。

 今回の現場には何もなく、荒らされた痕跡もない。小規模なため必要なモノも無いということなのか、そもそもこちらの方に出洲一派の協力者がいないのかは、まだわからない。少なくとも、ここでは()()()()()はされていないだけ。

 

 調査まで込みにしても、伊豆提督が言っていた通り、日が変わる前には作業終了。綺麗になった海を眺めて、達成感に浸る深雪達だったが、今回の後始末はまだまだ終わらない。

 軽めの食事の後、すぐに次の現場へと向かう。その間はまた就寝。今回も現場まではおおよそ半日。深夜のうちに出発しているため、明るいうちに到着する予定である。

 

「ハードスケジュールになっちゃってるけど、現場はあと3件よ。放置しちゃってるからなるべく急ぎたいわ。負担をかけちゃってごめんなさいね」

 

 伊豆提督の言葉に、全員が大丈夫だとにこやかに応える。後始末屋としての責任があるのだから、何よりも最優先なのがこの平和に繋がる仕事である。食事も睡眠時間も削られているわけでもない。少し余裕が無くなっているだけ。それが一過性のモノであることがわかっているのだから、何も問題は無かった。

 

 唯一残念なのは、こうしている間にトレーニングが出来なくなること。後始末作業自体が持久力などを鍛えることになるものの、今得たい力を得る行動にはあまり繋がらない。勿論、全く無というわけではないために、気を抜かずに懸命にこなしているのだが。

 

 

 

 

 そこからまた1件、また1件と後始末を続けていく。当然ながら、後始末をしている間でも依頼が入ることがあるため、残り3件と話していたものの、プラスで2件増えており、単調な日々は想定よりも少し長く続くこととなる。

 後始末を終える、寝る、起きたらもう現場に近いために食事をして待機、また後始末というのを繰り返す。それが5日ほど続いたところで、ようやく一息吐けるくらいに落ち着いた。

 

「みんな、お疲れ様。溜まっていた現場はこれで全部よぉ」

 

 伊豆提督も少々疲れた顔をしていたものの、ひとまず全ての仕事が終われたことを喜んでいた。

 こうしている間も毎日眠る時には妖精さんの治療を受けていたため、最初に比べると回復はしている。念のための車椅子もそろそろ無くしてもいいのではと考えられるほどだ。

 

「依頼は今のところ途切れたから、久しぶりに清浄化率の維持を確認するわね。丸一日この海域にいるから、その間にこれまでやれなかったことをいろいろとやりましょ。まずは身体を休めることが先決だけれどね」

 

 単調な毎日を続けていたことで、身体はさておき精神的に参ってきているところ。後始末以外にやることがないという日が何日も続いているので、そろそろ娯楽に飢えてきている。

 僅かではあるものの、少しだけブラック企業みたいになってしまったのは申し訳ないと伊豆提督はこれまで何度も謝ってきたが、艦娘達もその都度大丈夫だと言い続けてきた。しかし、知覚出来ないだけで、疲労が溜まっているのは間違いない。

 

「それじゃあ、一度解散。みんな、身体も心もゆっくり休んでちょうだいね」

 

 伊豆提督が手をパンと叩くと、これで業務は一度終わりとなった。

 

 一気に気が抜けたようで、大きく息を吐く者や、その場でぐったりと座り込む者まで、反応は様々。深雪と電もぐったり派。

 

「今回はマジで大変だったな……あたしがここに入ってここまで詰め詰めだったの初めてだぜ」

「なのです……でも、これでおしまいなのですよね」

「ああ、とりあえずはな」

 

 身体をぐっと伸ばした後、その場で出来るストレッチ。疲れが溜まってきているのがわかるように、身体がゴキゴキと音を立てた。三食しっかり食べ、睡眠時間も完璧に配分されていても、疲れが取り切れていないのがよくわかる。風呂に入っても、精神的な疲れは蓄積されていき、それが身体にも影響を与えてしまうものである。

 後始末以外のこと、それこそ強くなるためのトレーニングが合間に挟まっていれば、精神的にも発散され、ここまで疲れたと感じることはなかっただろう。肉体的な疲れはすぐに取れるが、精神的な疲れは簡単には取れない、

 

「時雨も流石にこれだけやれば慣れてきたみたいだな」

「お陰様でね……もう肉片の感触なんて怖くないよ……ふふふ」

 

 何件もの後始末を経て、時雨も肉片拾いに慣れてきたようである。梅の言っていた通りだと身を以て知ることになった。目が据わっているようにも見えるが。

 ここまで連続の後始末をしていれば、嫌でもその作業に慣れるというもの。なんだかんだで時雨も一人前と言えるくらいにはなれそうだった。肉片拾いという、最もメンタルにダメージを与えるであろう作業を毎日のようにこなしていれば、嫌でも鍛えられる。

 

「でも、ここ数日の後始末でいろいろあったじゃないか。案の定、残骸の持ち逃げが確認されているだろう」

「だな……最初の現場と同じヤツだろアレ」

 

 そう、この何連続もの後始末の中、やはり一部の残骸が持ち去られていたことを確認している。その都度発生していた穢れの道に、海水の浄化班は面倒事を増やされて苛立ちを見せることもあったくらいだ。

 

 持ち逃げされているのは毎回、その海域の最も大きく力が強い姫のモノ。亡骸そのものもだし、形の残っている艤装も、何もかもがそこから失われている。勿論、海底に沈んでいることもないし、ご丁寧に穢れが拡がっているという()()()()()()()()までしっかり残っているのだから笑えない。

 

「持っていかれたのは、アイツらにいいように使われてんだよな多分」

「なのです……。こんなのが平和のためなんて絶対違うのです」

 

 深海棲艦は斃さねば人類を侵略し滅ぼしてしまうだろう。だが、その亡骸を好きなように使っていいかと言われればそれも違う。穢れを撒き散らすのなんて以ての外だ。

 

「人間も生きるために他の生物を捕食してるんだ。奴らにとっては、それと同じ考えなんだろう。弱肉強食だとね。僕としては、それは一番平和に程遠い感情だと思うけどさ」

 

 出洲達がやっているのは生きるための行為ではなく研究欲を満たすための行為と言ってもいいだろう。それを人類の未来のためであるという体裁をとっているだけ。実際、邪魔者は消すという行為をしている時点で平和とは程遠い。私利私欲に過ぎない。

 時雨はそういうところに憎しみを持つカテゴリーM。呪いの一極化により、出洲の行なう全ての行為に対して嫌悪感と憎悪を持つようになっている。故に、どうであれ平和に繋がるなんて思ってはいない。それならば比較的正しい理由を持っている通常の人類の方が許せる。

 

「しかも、全部持っていっているならまだしも、使えそうなものを選んで持ち逃げしているのがタチが悪い。平和のためなら全部持っていって研究してもらいたいものだね」

「多分アレだぜ、『君達の仕事を奪うのは悪いからね』とか言うんだぜアイツは」

「はは、確かに。そうやってこちらには納得出来ない理由をつけて自分を正当化しそうだ」

 

 割と笑えない話ではあるものの、それだけ理不尽な連中であることも理解している。

 

 

 

 

 込み入った後始末の日々、単調な日々はこれでおしまい。ここからはまた次の段階に進むことになる。まずは鍛えるところから。

 そしてそろそろ、瀬石元帥の方にも進展が見えてくる。

 




久しぶりの日にちショートカット。ここからやることに全く違いがなくなるので、今回の後始末のシーンはナレーションベースとさせていただきました。
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