溜まりに溜まった後始末が全て解消され、ようやく一時的な余裕が出来たうみどり。まずはこれまでの消耗を消し飛ばすためにゆっくりと休み、そこからはまた自由時間を設けつつ、次の依頼が来たらそちらに向かうという平常運転となる。
この約1週間で調査したことは、全て大本営と調査隊──昼目提督に展開していた。後始末屋としての仕事はここまで。出洲が直接狙ってくる可能性は非常に高いが、だからといって突撃するわけにもいかない。
来るべき決戦に備えて鍛えられるところは鍛えて、今は深追いせずに迎え討つ方向。それまではまず、最も狙われているであろう深雪を強くする必要がある。
「ふぁあ……おはようさん」
そんな計画を知ってか知らずか、呑気に大あくびをしながら目を覚ます深雪。濃厚な後始末週間の中でも、お互いに悪い夢を見ないようにと一緒に眠るようにしていたおかげで、余計な疲労は感じることなく過ごすことが出来ていた。
「おはようなのです、深雪ちゃん。今日も悪い夢を見ることはなかったのです」
「そりゃあよかった。あたしも嫌な夢は見なかったぜ」
2人の相性は抜群のようで、こうするようになってから安眠と熟睡を得られている。ただ穏やかに眠りたいという願いが叶っているかのようであった。
「今日から特訓も再開だよな。少し久しぶりだし、前やってたことの復習とかかな」
「かもしれないのです。新しいことを覚えるのも楽しいですね」
「だな。あたしもいろいろやれるのは楽しいぜ」
コサックダンス、バレエとやりながら、各々に新しいことを教えている伊豆提督。後始末週間の前にやったのは、いろいろなスクワットや縄跳びなどのわかりやすい筋トレ。
そして本格的な格闘訓練の
その中でも特に足技が多めだったのは、伊豆提督のスタイルに則っているからというのもあるが、脚が自由に動かせると回避にも繋がるからというのも大きい。勿論、これも伊豆提督が母鳳翔から学んだ技。
それともう一つ、脚の方が腕よりリーチがある上に力もあるから。砲を扱う艦娘には殆ど意味のない話ではあるのだが、伊豆提督は人間であるために、自分の身を守るのならばちょうどいいと教え込まれたらしい。
「あのハルカちゃんの蹴りの基礎の基礎を教えてもらえたようなもんだからな、嫌でもワクワクしちまうよ」
「ふふ、深雪ちゃんはそういうの得意そうなのです」
「かもなぁ。でも、バランス感覚もモノを言うから、そこはしっかり復習しておきたいな」
片足立ちからY字バランス。それでもあまりフラつくことが無いのだから、深雪もバランスはかなりいい方。電はここからI字バランスまで行けるのだから、柔軟性で言えばトップクラス。
「よし、じゃあ着替えてさっさと行こうぜ。今日は何をやらせてくれるのかな」
「楽しみなのです」
丸一日の待機時間を有意義に過ごすため、2人は笑顔で今日を始める。出洲との決戦よりも先、まずは近々来るであろう、カテゴリーBの秘密組織との邂逅に向けて。
「トレーニングの前に、一度練度を計測してみましょうか」
いつものようにトレーニングルームに集まろうとする純粋種3人に、伊豆提督が告げた。
一度敗戦とはいえ戦いを経験し、その後からはひたすらに鍛え続けている。後始末の作業が挟まったとはいえ、心身共に成長している今ならば、さらなる改装もあり得るとのこと。
「1回目の改装は、身体についていかなくなった艤装のリミッターを外すモノなんだけれど、さらに次の段階、第二改装というものがあるの。妖精さんが取り扱える特定の子だけだから出来ない子は申し訳ないんだけれど、更に上の段階に行けるのよ」
深雪も電も今は改装済みの段階。艤装のリミッターを外して、今の身体にあった出力が出せるようにされている
そこから更に上。身体も艤装もリミッターそのものを底上げする改装が第二改装である。故に、艦娘によっては
「妖精さんの話では、アナタ達純粋種も、
「そうなんだ。第二改装なぁ……あたし達にも出来るのかな」
「練度次第というのはあるわねぇ」
あくまでもそれは今の練度次第。足りない状態で第二改装を行なうと、間違いなく身体に支障をきたすとのこと。どんな支障かは考えるのはやめた方がいいと話す伊豆提督に、若干の恐怖を齎された。
とはいえ、キチンと練度を測り、大丈夫であることを数値面でも妖精さんの感性でも計測することで、100%安全な改装が出来る。間違ったことをしなければ、間違ったことにはならないのが妖精さんクオリティ。必ず同じ成果を出してくれるという人間には出来ないことを妖精さんはやってくれる。
「それと……本当に言いにくいことなんだけれど、電ちゃんには第二改装が発見されていないの。ごめんなさいね」
「そうなのですね……少し残念ですけど、大丈夫なのです。電は今のままでもみんなに追いつけるのです」
あくまでも第二改装が可能なのは、妖精さんが取り扱える艦娘のみ。その妖精さんがごめんなさいした場合は、どれだけ練度が高くても第二改装は不可能である。
とはいえ、第二改装されていないからといってその艦娘が追いつけない弱い艦娘であると言っているわけではない。むしろ、伊豆提督のトレーニングを受けている電は、おそらく第二改装を施された艦娘よりも強く仕上がる可能性が高い。むしろ、純粋種は思いの力が能力に直結する分、カテゴリーCよりは間違いなく出力があがる。
「じゃあ、それを受けることが出来そうなのは僕と深雪ということかい」
「ええ。ただ、深雪ちゃんは条件が大分厳しいのよ。時雨ちゃんはおそらくだけれどもう第二改装は受けられると思うわ」
「条件とかあるんだな」
「ただ強くなるだけじゃあダメということだよ。深雪はほら、もう少し精神的な部分が成長しないとダメなんじゃないかな」
「なんだとこの野郎」
軽く小競り合いのようになりかけたものの、お互いに認め合っての問答であるため、伊豆提督はおろか電すらこの言い合いにはツッコミを入れなかった。
それに、伊豆提督もこれに関してはあながち間違いではないと話す。時雨のドヤ顔を横目に、深雪はその話を詳しくと問い質した。
「特定の艦娘しか扱えない第二改装だけれど、さらに特定の艦娘には改装が許される証というのが必要なの。それが、改装設計図」
「設計図……ってことは、何か承認してもらって図面をもらわないとダメってことか」
「ええ、そういうこと。そして、改装設計図を使う艦娘の第二改装は、他の第二改装よりも大きな力を得ることで知られているわ。認められるために1枚じゃ済まない子もいるくらいだしね」
少なくとも時雨の第二改装は改装設計図が不要なタイプ。練度さえ届いていれば問題ない。だが、深雪はそうはいかない。
「その改装設計図、誰が認めてくれれば貰えるんだ?」
「アナタの一番身近な子。戦いの時に傍にいてくれる子よ」
「……そっか、妖精さんか」
艦娘1人1人に専属の妖精さんがついているのは、このためというのもある。兵装の制御から戦闘のサポートまで、艦娘と一心同体となり戦いを手伝ってくれる妖精さんだが、第二改装をしてもいいかどうかの判断まで任されているのだ。
改装設計図が不要な時雨の妖精さんは、殆ど二つ返事でオッケーとサムズアップしていたらしいが、深雪の妖精さんは困った表情で首を横に振ったという。
「妖精さんがダメっつーなら仕方ねぇよ。無理してぶっ壊れたくねぇし。まずは認められなくちゃってことだよな」
「ええ、その条件こそ人それぞれだから、アタシがどうこう言えることじゃないのよね……申し訳ないけれど、深雪ちゃんは第二改装の道を自分で見つけてもらうしかないわ」
おそらく練度は足りていると伊豆提督は付け加える。結果として、その最後の条件を満たす手段さえあれば、深雪は次の段階に行けるということである。
「それじゃあ、練度を測ってみましょう。時雨ちゃんは、60以上なら第二改装よ。多分大丈夫だと思うけど」
「余裕かどうかはわからないけれど、妖精さんの反応からして大丈夫なんだろうね。楽しみだよ」
ふふんと鼻を鳴らした時雨。もうカテゴリーMの呪いはカケラも感じなかった。
結果、深雪は90、電は88、時雨は70と、全員が見違えるほどに成長していることが判明。時雨は第二改装の条件を達成しているため、トレーニングの前にまずは改装が施されることとなった。
先程も述べたように、第二改装は身体も変化する者が存在するため、艤装だけでなくドックで行なわれる。そんなに長くかからないということで、深雪と電は時雨の第二改装を待つこととした。
「妖精さん、あたしはまだ至らないかな」
そんな中、深雪は自分の妖精さんに一応聞いておいた。すると、妖精さんも申し訳なさそうに頭を下げる。まるでごめんねと言っているかのように。しかし、妖精さんすらも許可が出せない理由がわかっていないようにも見えた。
特異点たるカテゴリーWの深雪は、艦娘深雪としてもかなり特殊な個体らしく、妖精さんとしても今はダメとしか言えないらしい。
どうすれば許可が下りるか尋ねても、妖精さんは苦笑いを浮かべて首を傾げるだけである。
「まぁ大丈夫だよ。あたしがまだ未熟ってことだし、今は電と一緒に頑張っていけるからさ」
それを自らの未熟さと捉えられるようになっている深雪は、精神的にも随分と成長していた。前までの深雪ならば、大きく焦るか物凄く落ち込むかしていただろうが、今ではかなり落ち着いている。自分の現状を正しく見定めることが出来ているのは、このうみどりでの生活と、仲間の支えがあってこそ。
「深雪ちゃん、頑張ってください。電も隣で支えるのです」
「おう、ありがとな電。あたし、頑張るよ」
電も自分が第二改装出来ないことを少しだけ気にしていたものの、無いものは無いと割り切ることとしている。その分を深雪に託して、自分は全力でサポートするのだと決意もした。
「さ、そろそろ終わるみたいよ。改装を受けた時雨ちゃんを出迎えてあげてちょうだい」
工廠の奥から時雨が帰ってくるのが見え、伊豆提督が拍手で出迎えた。そこから歩いてくる時雨は、今まで以上に自信に満ち溢れているようにも見える。
「ふふん、どうかな。間違いなく僕は成長しているね」
第二改装を受けた時雨は、前と少しだけ変化していた。身長が僅かながら伸び、髪型も少しだけ変化。そして何より、目に見えてスタイルが良くなっている。ドンと大きくなっているとかそういうわけではないが、整っていると誰もが思えるように。
制服も少々アレンジが加えられており、以前はなかったグローブまで身につけているため、いろいろと変わったことがぱっと見でわかる。
「深雪、羨んでくれてもいいよ」
「正直言って羨ましいけど、あたしは今のままでもお前に負けるつもりはねぇよ。あとお前、改装されたけど身体は硬いままなんじゃねぇのか?」
「そ、そんなことはないよ。何と言っても改装だからね。いいところはより伸ばされ、悪いところは改善されるのが改装だろう」
「じゃあ後から股割りな。容赦なく引っ張ってやるから覚悟しとけ。股関節グチャグチャにしてやる」
こんな言い合いでも、お互いに笑顔であることから、仲は良好。憎まれ口を叩き合える仲というのは、それだけでも心強いモノであった。
ちなみに、時雨の身体は硬いままであり、深雪に強引に伸ばされて悲鳴を上げることになったのは言うまでも無い。
練度の再認識も終えたことで、トレーニングは更に加速する。今日からは過去のトレーニングの復習の後、格闘技の訓練を本格的にやっていくことになるだろう。
脚を器用に操ることが出来るハルカちゃんは、多分とんでもない精度でナートゥも踊れる。