トレーニングの前に時雨が第二改装を施され、ここから改めて身体を鍛えることとなる。
深雪も練度的には第二改装が出来そうなところまでは来ていたのだが、そのためには改装設計図が必要。そして、それを承認してくれる専属の妖精さんが申し訳なさそうにまだ渡せないとしたため、第二改装はお預けとなった。
「今日からは格闘訓練を本格的にやってもらうんだけれど、流石にアタシだけではどうにもならないから、今回もゲストを呼んでいるわ」
「長門さんだろ」
「ええ、流石にわかるわよね」
深雪は長門に格闘の基礎を教わっているため、ここからも長門が何かしらの相手をしてくれるものだと思っていた。それがそのまま実現する。
長門自身も、伊豆提督から聞いた軽空母鳳翔の伝説を知っており、その恐ろしいほどまでの強さには憧れの念を持っていた。伊豆提督がその血を継ぐ子供であり、さらにはその実力すら受け継いでいると知ったら、興奮を抑えきれない。
その結果が、このトレーニングへの参加である。コサックダンスもバレエもコソッとやれていることは確認出来ているし、流石にまだ深雪達よりは身体が動くと自負しているため、教わる側をしつつ教える側も出来ると自信満々に深雪達の前に現れた。
「よろしく頼む。だが、格闘訓練と言っても、流石に直接戦うのは厳しいと思うが」
そういう長門ではあるが、深雪とスパーリングをしているため、この言葉は体裁的なモノが含まれていた。そのスパーリングも、技術を刻むために身体に教え込むタイプの、結構強引なタイプではあった。
そのおかげで深雪はある程度回避、敵の攻撃を払い除ける力を得ている。それを十全に使えるタイミングがなかなか来ないでいるのだが。
「それはわかっているわ。だから、長門ちゃんには3人と一緒にやってもらって、その感触を詳らかにしてほしいの。
「なるほど、ならば私が手本を見せつつ、それが出来るようになるようにアシストをしてやればいいわけだな」
「ええ、長門ちゃんは格闘技の知識も多いでしょう?」
筋トレが趣味である長門だが、特殊部隊出身ということで、その辺りを知ることも趣味に入れている。近接戦闘全般を知識として持ち、教えることが出来る長門にとって、この機会は千載一遇。より強くなるための素晴らしい時間である。
「アタシもリハビリがてら少し手本を見せるわ。でも、無理はしないようにやるから、長門ちゃんが相応の速さでやってちょうだい。みんなはそれを真似るといいわ。それで鍛えられるから」
「うす、頑張るぜ!」
「なのです!」
時雨も無言で頷く。3人ともやる気は充分。
そして、それ以上に長門のやる気が最高潮だった。教える側もそうだが、伝説の生き証人に直接教わることが出来るのは、長門としても感極まるモノだったようである。
伊豆提督が足技を得意としていることもあり、真っ先に教えられるのはハイ、ミドル、ローのキック。その3つが使いこなせれば大体どうにか出来るはずだと伊豆提督は語る。それが簡単にどうにかなれば苦労はしないのだが。
「近接戦闘をするにも、砲雷撃戦をするにも、下半身の強さがモノを言うのは、君達自身も身に染みていると思う」
「だなぁ。この前の戦闘、物凄い安定したんだよ」
後始末前に発生した戦闘で、短期間のトレーニングであるにもかかわらず、砲撃のブレがかなり抑えることが出来ていた。コサックダンスやバレエによる下半身とバランス感覚の強化がすぐさま出ており、安定性の大切さを身を以て知ることになった。
長門もそこは本当に大切だと語る。戦艦に関しては駆逐艦とは比べ物にならない衝撃が身体を駆け抜けるため、下半身がどっしりとしていないと、自分の砲撃で吹き飛んでしまうくらいである。艤装のパワーアシストがあったとしても、背負っている大口径主砲から強烈な火力を放つのだから、いやでもバランスを崩す。
そんな長門は、脚の筋肉が深雪達と比べると雲泥の差。そもそも大人であることもあるのだが、戦艦ならではの筋肉を惜しげもなく晒している。
「それはヒト型の敵にも言えることだ。下半身を崩せば、自然とバランスが崩れ、攻撃が当たらなくなる。異形なイロハ級には通用しない戦術ではあるが」
「言っちゃえば、
「心得を持っていても、出来なければ意味は無いのだがな……」
話しながらも、長門は前回の敗北を思い返して苦い顔をする。
軍港に現れたカテゴリーKの中でも小柄な個体相手に為す術もなかったのは、単純に技量の足りなさだと痛感している。触れられる距離にまで近付かれても、何か出来るわけでもなくただ殴られ、反撃に出ることすら出来ずに敗北を喫したのだ。
下半身がどうとかそういうレベルではない。そもそも、やたら素早く地に足をつけていないような戦い方をする小柄に対して、バランスを崩すことが出来るとは思えなかった。むしろ、小柄なのにあまりにもアンバランスな艤装を振り回しているため、並のバランス感覚ではないというのもわかる。
「長門ちゃん、ひとまずそれは忘れてちょうだい。そもそも一般的な相手に対しての勝率が高くないと、例外に対応出来ないわ」
「うむ、確かにその通りだ。だからこそ、基礎が大事であることは私も理解している」
今回の最終的な敵は例外中の例外。故に、目先の目標にするのにはあまり向いていない。そのため、まずは自分と同等な相手に勝てるようにするのが目的。
「下半身を崩すために必要になってくるのが、ローになるわ。長門ちゃん、ちょっとお手本」
「うむ」
トレーニングルームには一応ではあるがサンドバッグも用意されているため、そちらに対して一度手本を見せることとなる。
小さく一息吐くと、すぐさま鋭い蹴りを放った。それは非常にシンプルかつ丁寧であり、お手本と言うだけあって教科書通りの完璧なモノ。それを受けたサンドバッグがスパーンといい音を立てて揺れた。
「うん、鋭くていいキックね。でも」
「む」
「腰をもっと回して
車椅子から立ち上がり、リハビリがてらの手本を見せる。イリスが無理だけはしないようにと念を押しているあたり、伊豆提督はまだ完治とまでは行っていない。
「軽くやるし、そんなに速くもやらないから、よく見ていてちょうだいね」
そう言った瞬間、伊豆提督の蹴りがサンドバッグに炸裂していた。手本であり、そんなに速くないと豪語しているにもかかわらず、それは先程の長門のそれとは雲泥の差と思えるほどに鋭い。
「ハルカちゃん、それ手本になんねぇ」
深雪がすかさずツッコミをするレベルであった。説明無しに技を見せられたようなモノ。電も時雨も深雪と同じなようで、首を縦に振る。
「なるほど、腰と柔軟性というのはそういうことか。脚だけで蹴るのではなく、身体全体を使って重さを伝えるように捻るわけだ。私も同じようにやっていたつもりだが、見せてもらえれば確かに違う」
ただ1人、長門はこれでも理解出来ているようだ。その反応に深雪達はマジかと若干引いている。
「私がこれを言語化して、彼女らに実践させるということだな」
「ええ、お願い出来るかしら」
「心得た。見せてもらったことで、私も学びを得たからな。伝えられると思う」
そう言うと、長門はもう一度サンドバックにローキックを決める。それは1回目とはまるで違う音がした。一度見ただけでコツを掴んだかのように近しい技をモノにしている辺り、長門はどちらかといえば天才の類。
当然ながら、深雪達には1回目と2回目で何が違うのかわからなかった。しかし、音の違いで威力が格段に上がっていることくらいはわかる。
「では、ここからは私が進めていこう」
「お願いねぇ。やっぱり本調子じゃないことがわかったわぁ」
一度蹴りを放っただけで、伊豆提督は車椅子へと引っ込んでいく。アレをやって見せて、まだ本調子ではないとはどういうことだと深雪達は心の中でツッコんでいた。
長門先導のキック練習でよくわかったのは、これまでのトレーニングが全て必要不可欠なモノであったこと。
身体を捻りながら蹴りを繰り出すと、慣れていないうちはバランスを崩して倒れかけてしまう。だからといってバランスに気をつけると蹴りの威力が減衰する。
「すげぇな長門さん、なんでアレだけでコツ掴めるんだ……」
「私にもいろいろ心得があるからだろうな。前にも話したが、近接戦闘は軒並みマスターしているから、それぞれの動きに合わせているんだ」
経験の違いが如実に出ているということに他ならない。知識があるからこそ、その場で即座に対応出来る。まだまだ知識が足りない深雪達には、簡単には理解出来ないのも仕方ないことである。
「あ、足が痛くなってきたのですぅ」
「うわ、脛が真っ赤だぞ。電、ちょっと休憩した方がいいぞ」
そんな中、電はサンドバッグを蹴るだけでも身体に痛みを感じるようになってきていた。
「ヒトには得手不得手があるわ。電ちゃんには
伊豆提督は冷静に分析し、電はこれ以上サンドバッグを蹴るようなことはやめた方がいいと一度引かせる。
そもそも相手を攻撃するというだけでも引け目を感じている電だ。どうしても腰が入らず、そんな状態でやったとしてもうまく当たらず、自分の身を傷付けるのみ。
そういう意味では、電には打撃技というものが向いていない。優しすぎるが故に、確実に及び腰になってしまい、十全な力が出なくなる。
「うぅ、ごめんなさい。ハルカちゃんさんがせっかく教えてくれているのに」
「ううん、大丈夫大丈夫。これが知れたことがいいことなの。電ちゃんは違う方向に才能がありそうだから、そちらを教えてあげるわ」
深雪と時雨も一度トレーニングを止めて、伊豆提督の次の技に目を向ける。長門もそれには興味津々である。
「殴る蹴るが辛いのは仕方ないことよ。だから、そんなことしなくても相手の下半身を崩すことが出来る方法を教えてあげるわ」
「そんなことが出来るのです?」
「ええ、簡単なことよ。脚に抱きつきに行けばいいんだもの」
つまり、レスリングのタックルである。電の柔軟性ならば、むしろこちらの方が向いているのではないかと伊豆提督は提案した。
「
「うむ、小柄でも相手を押し倒すことが出来る技なら、ダブルレッグタックルだな」
「ええ、でも体格差は簡単には覆せないから、ある程度は筋力は必要だけれどね」
そしてまた手本が見せられる。流石に男性である伊豆提督が技を見せるとはいえ抱きつくのは体裁上よろしくないということで、長門が深雪を相手にタックルを見せた。体格と筋力の差によって簡単に押し倒されてしまった深雪は、そのままロックをかけられて抜け出すことが出来ない状態に。
「これなら誰も傷付かないわ。まぁここから傷付ける方法はいくらでもあるし、むしろ殴る蹴るよりも残酷なことになるんだけれど」
「えっ」
「ここで止まったら、敵は容赦なく攻撃してくるわ。だから、ここからやることはとても簡単。深雪ちゃん、ちょっと我慢してね」
「ちょっ、あだだだだだだ!?」
そこから長門が関節技に入った。下半身を徹底的に攻撃するにしても、立っていられなくなるようにするために足首を重点的に狙う関節技、トーホールド。本来曲がらない方向に曲げられているのだから、多少柔軟性があっても猛烈な痛みに繋がる。
「痛い痛い痛い!? 長門さんそれはダメだっておかしな方向に足が向いちまうってダメダメダメ!」
「み、深雪ちゃん!?」
「はいストップ」
ここで長門による関節技が解かれ、深雪は涙目で息も絶え絶え。時雨が少しニヤニヤしているようにも見えたが、それは後から同じ目に遭わせてやると決意。
「電ちゃんにはこちらの方が向いているかなって思うわ」
「え、えーっと……が、頑張るのです」
若干引き気味ではあったが、自分の身を守るための技であり、これを学んで鍛えることで強くなれるというのならば、電もそれを受け入れることにした。
砲雷撃戦には向いていない関節技ではあるのだが、実際この技が役に立つときは来るだろう。何せ、瞬発力がモノを言う技。タックルを仕掛ける判断力も鍛えられる。むしろ後者が電には必要な力であった。
純粋種3人のトレーニングはまだまだ続く。そして、運命の日はもう間近に迫っていた。
とある漫画で学んだストライカーとグラップラーのアレコレ。特にグラップラーの方はブラジリアン柔術になります。電が関節技を覚えに行くとかちょっと不思議。