後始末屋の特異点   作:緋寺

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その強さは

 長門も交えた格闘技の訓練は白熱し、各々得意そうな分野を伸ばすようなカタチで鍛えつつ、逆に苦手そうな分野に対しても対策を練るように教え込まれていた。

 

 例えば電。ヒトを殴ることが出来ないくらいに優しい性格であるため、殴るのではなく()()()方へと路線を決めたことで、回避能力の増強と素早く敵の近くに接近出来るようにするためのステップを学んだ。

 例えば時雨。身体が硬いという欠点は改二となっても改善されなかったが、その力強さは改装によって伸びている。故に、電とは真逆の打撃タイプとして路線を決定。サンドバッグを殴る蹴るする内に、そのキレはグングンと伸びていく。

 

 そして深雪はというと。

 

「柔軟性もあり、打撃も出来る。深雪は()()()()()()()()の素質があるな」

 

 どちらにも流れることが出来る万能選手。弱点が少ない代わりに若干の器用貧乏さも見え隠れしてしまっているのが深雪である。

 

「どちらかに寄せるか、どちらも覚えてみるか、これは深雪が決めることだが」

「勿論、どっちもやれるようになるぜ。でも、やっぱ尖ってる方が強いとかあるのかな」

「いや、そんなことはない。その分野においては少し劣るかもしれないが、それとは別のことがやれるのならば、それで勝てばいい」

 

 ストライカータイプの時雨と殴り合いをしたら、得意分野の分、時雨の方に分がある。だが、時雨に対して関節技を極めに行けば勝ち目は充分にあるだろう。

 全く同じルールで戦わなければならないわけではない。試合をするのではなく、()()()()()()()。ルールなんてそこには存在していないのだから、何をやってもいい。

 

「どちらもやれるようにするのは苦難の道だぞ。一点集中より覚えることが多いし、中途半端になったらどちらも弱いなんてこともあり得る。万能と器用貧乏は紙一重だ」

 

 これを最後の忠告として、長門は尋ねる。深雪が選ぶ道に文句はないが、後から痛い目を見ても取り返しはつかない。

 とはいえ、選択を強要するわけにもいかない。深雪がやりたいというのならば、その道をうまく進めるように全力でサポートをするのみ。

 

「苦難だろうが何だろうが、今はこれを乗り越えないとダメだと思うんだ」

 

 深雪は決意に満ち溢れた表情で答える。

 

「あたしはまだまだ狙われるんだろ。だったら、それに対抗するためにも、自分の出来ることは全部やる。せめて自分の身を自分で守れるくらいにはなっておきたい。それが辛かろうが知ったこっちゃねぇや」

 

 努力するつもりはある。ありすぎるくらいだ。それに、泣き言も言うつもりはない。

 今の深雪には、やる気が有り余っているくらいだ。長門から関節技をくらい涙目になったとしても、痛みに耐え、身を以て知り、そしてそれをその技を自分のモノにする。

 

「時間がかかってもいいから、電や時雨に教えたこと、全部あたしにも教えてくれ。そこでまたダメだって部分があったらダメ出ししてほしい」

「ふむ、わかった。深雪がそうまで言うならそれでいい。ハルカちゃん、それで良かっただろうか」

「ええ、正直なところ、アタシも進む道は深雪ちゃんに決めてもらうつもりだったもの」

 

 偏ったスタイルを求めるのならそのようにするつもりだった。電がグラップラーならば、深雪はストライカーがいいかとも考えていた。しかし、オールラウンダーであり続けることを選択したならば、相応のトレーニングをつけるのみだ。

 同じ種目で電や時雨にも勝てるくらいに、戦術さえあれば誰にでも勝てるくらいに、深雪は強くなりたいと()()()

 

「その心意気はとてもいいことね。アタシも母にはオールラウンダーになるように鍛えられたもの。なら、本当に叩き込んであげるわ。()()()()()

「おう、あたしはやるぜ。何処まででも強くなってやる。あんな奴らを返り討ちにするくらいにな!」

 

 深雪の特訓は、2人に比べるとより一層激しく厳しいものへと変貌。早急に技を得るため、血反吐を吐くくらいの努力をすることになる。

 だが、深雪はどちらかといえば楽しそうだった。強くなれると実感がある。それがさらにやる気を導き出す。

 

 

 

 

 午後も同じように徹底的な技術の叩き込み。怪我をしないように痛みもないようにと仮想空間でのトレーニングも提案されたものの、深雪達は出来ることなら現実の世界でのトレーニングを求めた。

 痛みがあればこそ近接戦闘は覚えられるという考えもあるが、仮想空間は伊豆提督直々の教えがうまく伝わらないと言うのもある。

 明らかに消耗は激しくなるものの、その分成長も早いため、今はこの方法を取らざるを得なかった。近々来るであろう秘密組織との邂逅のためにも、純粋種達の成長は急ピッチで行われなくてはならない。 

 

 だが、それを一時的に中断せざるを得ない状況になる。

 

「ハルカちゃん、ちょっといいかしら」

 

 トレーニングルームにやってきたのは神風。

 

 伊豆提督が深雪達に特訓を施している間、執務室はどうしても空になってしまうため、神風が代理として陣取っていた。いわゆる電話番みたいなもので、神風は束の間の休息を執務室で楽しむこととなっている。梅から薦めてもらった本を読みながら、自分で淹れたお茶を啜るだけの簡単な作業。

 書類仕事などはトレーニングをしながらでもイリスと手分けしてこなしていくことが出来るため、執務が滞ることは無いのだが、それでも伊豆提督が必要になる時はある。それが、外部からの電話。取るだけ取って、言伝を貰うなり後からかけ直すように言うなりするだけ。

 神風がここに来たということは、何かしらの連絡があり、言伝を貰ったということになるだろう。

 

「……なんかすごい状況になってるわね」

 

 トレーニングルームを眺める神風は、そのなかなか見られない状況に苦笑した。

 

「ちょ、電、綺麗にキマってるから!」

「なのです!」

「いだだだだ!?」

 

 柔軟性をモノにしている電による関節技が、時雨にかかっている最中。全力でやればそのまま再起不能に出来るくらいの技を学んでおり、逆に時雨はそこから抜け出すための手段を考えさせられる。身体の硬さが絞め技のダメージをより高めてしまっており、時雨の弱点が大きく露呈しているとも言える。

 深海棲艦との戦いではこんな弱点は弱点と言えないだろうが、艦娘と同じように深海棲艦も日々進化する上、出洲一派の扱う戦力は改造された深海棲艦も含まれる。もしかしたら、この技が必要になってくることもあるかもしれない。

 

 バランス感覚や全身運動のためにもこのように鍛えていたのだが、電は割と才能が開花したと言える。

 小柄であることを活かし、回避性能を上げつつ接近することを覚え、時雨の懐に潜り込んだ挙句、下半身に綺麗なタックルを決めて押し倒している。そこから今のアンクルホールドに入っているのだから、電はグラップラーとしての気質が強め。

 傷付けずに痛めつけて相手に降参を促すのは、電としても優しさが残っていると言える。やっていることに優しさがまるで見えないのはご愛嬌。

 

「あら神風ちゃん、何かあった?」

「あ、そうそう、壮絶な光景でちょっと忘れかけてたわ。元帥から連絡が来たわよ」

 

 その言葉を聞いて態度が一変。

 

「もしかして、()()()()()()()

「元帥の言葉をそのまま話すわね。『指定の座標に来てもらえることになったから、明後日にそこで合流してほしい』だそうよ」

 

 パァーッと明るい表情を見せる。それと同時に、時間がないことも察する。

 

「後からかけ直すとも言っておいたわ」

「ありがとう神風ちゃん。みんな、アタシはちょっと席を外すわね。長門ちゃん、少しの間よろしく」

「うむ、了解だ」

 

 一旦トレーニングを長門に任せ、伊豆提督はイリスに連れられて執務室へと向かった。

 神風は話すことが話せたということで、トレーニングルームに残ることとした。電と時雨が面白いことになっていることもあるが、長門の手によって鍛えられている深雪が気になったというのもある。

 

「ふむ、話を聞いている限り、このトレーニングはもう少し急がねばならないかもしれんな。深雪、もう少しハードに行くか」

「う、うす。まだまだやれるぜ」

 

 深雪が長門の指示で行なっているのは、最初に見せたローキック。身体をしならせて威力を上昇させるのは勿論のこと、連続で放てるようにと回転まで加えて連撃にしていく。

 回転に回転を重ねて、連続で何度も何度も蹴り込んでいくため、深雪は目を回しかけていたものの、すぐに回復してもう一度と繰り返す。

 

「あら、深雪はテコンドーを覚えているの?」

「下半身の強化とバランス感覚で言うならば、これもいい手段だろう?」

「そうね。ハルカちゃんの足技を真似るとしたら、うってつけかもしれないわね」

 

 ここで深雪は一つ疑問を持った。伊豆提督が本気を出した姿、特にあの強烈な足技を見ることができたのは、軍港での戦いに参加していた者だけだ。神風は施設に襲撃に向かっていたので、それを見ることは出来ない。

 なのに、伊豆提督がそういう技を使うことを知っている。又聞きしたわけではなく、直に見たかのように。

 

「あれ、神風なんで知ってるんだ?」

 

 素直にそれを聞く深雪。神風はやってしまったという表情を見せつつ、もうみんな伝説の艦娘鳳翔の息子であることを知っているのだから言ってしまっても大丈夫かと諦めた。

 

「うみどりがまだ運用され始めたばかりの頃、まだ私しか所属艦娘がいなかった頃にね、時間をかけて後始末をしていた時にヘマをしちゃったのよ」

「神風がヘマ……?」

「私だってその時は艦娘になったばかりなんだから、ヘマくらいするわよ。海の上は誰だって慣れていないんだもの」

 

 確かに、と深雪は納得。海上歩行訓練をしたくらいなのだから、元々は人間である神風だって、そういう時期があってもおかしくない。

 

「その時に、工廠に駆逐艦が乗り込んできちゃった時があったの」

「ま、マジかよ。それは流石にヤバくないか」

 

 残骸を運び込むために開けっぴろげにしたままにする工廠の門。その時は神風しかいなかったというのもあり、後始末自体も手探りだった時代では、そこの守りも疎かになってしまうものであり、不意打ち気味に現れた敵に工廠そのものが襲われかけたことがあるという。

 その時の神風は艦娘としてはまだ初心者。初陣は済ませたものの、そんなまともではない戦いは未経験であり、一瞬怯んでしまったという。

 

「そんな時に、ハルカちゃんが……まぁ、その、敵駆逐艦を()()()()()()()()()()

「……は?」

「だから、ハルカちゃんが深海棲艦を蹴り倒したの。人間じゃ深海棲艦に歯が立たないから艦娘って存在がいるのに、あの人はそういうの関係なしに、しかも兵装無しでどうにかしちゃったのよ」

 

 深雪としては、艦載機を蹴り壊すことが出来ているのだから、それくらい出来るのかと自然と納得出来てしまったものの、海の上に立てないだけで足場さえあれば深海棲艦が斃せる生身の人間というだけで滅茶苦茶すぎた。

 神風は勿論その時に問い詰めたものの、何も話さず、このことは秘密にしておいてほしいと必死にお願いされたので、今の今まで口を噤んできた。代わりに、その強さだけは誰よりも知っていたということになる。それがまさか、母親が艦娘だったからとは予想も出来なかったが、今なら理解出来た。

 

「はー、そんなことがあったのか」

「ちなみに、私の戦い方も一部ハルカちゃんから教えてもらったわ。元々持ってたものもあるけど、艦娘としての技量も交ぜ合わせた戦い方は、ハルカちゃんのおかげね」

 

 だとしても神風の強さは異常と言える。その()()()()()()()()というのが何かはわからないが、そこをさらに伸ばしたのは伊豆提督の手腕と言えよう。

 

「そんなハルカちゃんに直接教えてもらっているんだもの。貴女達は強くなれるわ。短期間で、確実にね」

「そりゃあいいことを聞いた。でも、一応聞いたってことは内緒にしておくな」

「そうしておいて。私が話したってことは言わないでよ。物凄く強めに口止めされたんだから」

 

 深雪は時雨にも絶対に言うんじゃないぞと目配せした。伊豆提督の弱みを握ったかのような感覚を持った時雨は一瞬悪い顔を見せようとしたが、電の絞め技によってすぐさま悲鳴を上げることとなった。

 

 

 

 

 運命の日は明後日。トレーニングは短期間となるが、ギリギリまで時間を使って、3人は強くなる。

 




陸にさえ上がってくれれば、深海棲艦にも勝てるくらいの力を持つハルカちゃん。駆逐イ級くらいなら蹴り倒せてしまうぞ。柔らかい部分を粉砕したか、硬い部分すら粉々にしたか。
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