後始末屋の特異点   作:緋寺

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心の傷

 軍港都市での休暇中に出会った睦月の友人という艦娘、暁と綾波との会話の中で、演習という言葉を聞いてしまったことで、深層心理に染み付いているトラウマを刺激されてしまった深雪。

 それを察した神風の提案で、暁と綾波の鎮守府、つまりは軍港都市の鎮守府を見学させてもらうこととなった。そこでは今まさに演習中であると見越して。

 

「ま、マジで行くのか?」

「当然よ。睦月の目的である友達と会うっていうのは、別に暁と綾波だけじゃないもの。ここの鎮守府とは司令官同士が友達同士だから、なんやかんや付き合いがあるのよ。私達も合同演習に参加したことがあるわ」

「そ、そう、か……」

 

 どうしても尻込みしてしまうが、そこは容赦なく。まずは頼んだモノを食べ終えたことを確認すると、睦月と子日にアイコンタクト。ニヤリと笑みを浮かべた2人は、深雪の両サイドに立つ。

 

「え、お前ら」

「逃げようとしたら無理矢理にでも連れてくよー」

「気持ちはわかるけど、ここで乗り越えないとお仕事に影響が出るぞよ」

 

 深雪の演習に対するトラウマは有名な話だからか、もしかしたらこの場から逃げようとする可能性も考慮して、その道を塞ぐ。数日とはいえ深雪と付き合ってきたからこそ、こんな強引な策を使っても問題ないと信じていた。深雪ならば、トラウマから逃げることなく立ち向かう。

 

 深雪としては、自分にこんな気持ちがあるとは思ってもいなかった。深海棲艦と戦うことに対しては全く恐怖なんて感じなかったのに、演習──つまり自分と同じ艦娘と相対することに対しての恐怖が普通では無かった。

 実際の艦であった時の感覚を100%で覚えているわけではない。自分がこうだったという覚えがあるというだけ。演習中の仲間との衝突が、自分の最期だったという苦しい記憶が、どうしても頭をよぎる。

 

「……わかってる。今のあたしは艦じゃなくて艦娘なんだ。あの時とは違うし、あの時を乗り越えるために生まれ変わったんだって思ってる。だから、逃げねぇって」

 

 その笑顔は何処かぎこちなかったが、どうにかトラウマを乗り越えようと前に向かって進もうとする決意は見えた。

 

 

 

 

 暁と綾波による案内で、軍港鎮守府へはすんなりとやってくることが出来た。深雪以外はこの場所に来たこともあるのだが、私服で来たことはそう無い。

 休暇中という体裁であるため、鎮守府に入ったとしても演習に参加させてもらうなんてことは出来ない。ただの()()として、鎮守府に入れさせてもらっているだけである。

 

「うみどりとはやっぱり違うな」

 

 覚悟を決めたことで顔色は良くなってきている深雪は、生まれた多少の余裕で軍港鎮守府を眺めていた。

 

 移動鎮守府であるうみどりより大きい施設である軍港鎮守府は、その設備の規模も質も違う。所属している艦娘も多いのだから、大きくなくては収容も出来なくなるだろう。

 例えば深雪も使ったことがあるトレーニングルームは、設備も多くて空間も広い。食堂には専用のスタッフ──給糧艦間宮が配備されていたり、そもそも廊下も広いと思えた。

 

「そうか、あたし達みたいにプールで訓練するわけじゃあないよな」

「隣に海があるのにプールなんて必要ないでしょ。それに、暁達艦娘は海で戦うんだもの。やれるなら全部海の上でやるわ」

 

 ここがうみどりと大きく違うところだ。うみどりは海を動き回るが故に、海の上での訓練が出来ない。そのため、艦内に大きく深めなプールを作り、そこで訓練が出来るようにしている。

 だが、普通の鎮守府は海の上を駆け回るようなことはせず、陸を守るために海の際に建てるのが常。ならば、すぐそこにある海を使うだけでいい。

 

 手が届くところに海があるのは同じでも、鎮守府そのものが動いているとなると、ここまで変わるのだ。当たり前の話ではあるのだが。

 

「演習を見るなら、上から眺めた方がいいと思うので、こちらからでお願いしますね〜」

 

 綾波が言うには、演習はする側だけでなく見る側にも勉強になるところもあるということで、余裕がある者には観戦を推奨しているらしい。

 そのため、演習場である海が眺められる場所を用意されており、そこは常時開放されている。誰でも眺められるように双眼鏡なども置かれているとのこと。

 

「はい、ここで〜す」

 

 連れてこられた部屋自体はそこまで広いというわけではないものの、ある程度の人数が横並びになっても余裕があるくらいのベランダが用意されていた。今ここにいる8人なら充分。

 

「ほら、やってるわ。今はちょうど、水雷戦隊同士の演習みたいよ」

 

 暁が指を指す先では、今まさに演習が執り行われていた。対戦している2つの部隊は、共に旗艦が軽巡洋艦、随伴艦として駆逐艦を4人引き連れた、5人組の水雷戦隊。艦娘の中では小型と言われる者達の争い。

 

 深雪には、その光景そのものがトラウマを刺激する。駆逐艦と駆逐艦がぶつかり合うことが、自らの最期を想起させるモノ。

 

「し、沈まないんだよな? あんなに撃ち合ってるのに、大丈夫なんだよな?」

 

 ハラハラするのも無理はない。演習とはいえ、どちらも真剣勝負。勝った負けたで何かを得て何かを失うようなことは無いのだが、精神的な優劣がついてしまうのだから無理もない。相手が敵ではなく、仲間、友達だからといって、負けたいと思う者はここには誰一人としていないのだ。

 心優しくても、戦場に立てば1人の戦士。仲間でも手心を加える方が相手を侮辱しているのと同義になると考える。故に、勝つために動き続けていた。

 

 そして、深雪が余計に緊張感を持って見ている理由は、対戦している水雷戦隊の1人、むしろ両部隊に1人ずつ、前に出て撹乱しようとする者がいること。

 その2人は、互いに手が届くくらいの距離まで近付いての撃ち合いのなってしまっているため、接触からの横転は充分にあり得る。

 

「沈まないわよ」

「ぶつかっても痛い程度ですよ〜」

 

 暁と綾波が説明する通り、その2人は距離を詰めすぎたことによって砲撃よりも直接殴った方が早いくらいになっている。最早これでは撹乱も何も無いのだが、逆にそれが他の仲間達の注目を浴びることで攻撃のタイミングを狂わせることには成功していた。

 演習だからこそ気兼ねなく出来る接近戦。当たっても痛いだけで済むペイント弾ならば、命中したところで死にはしない。とはいえ、戦場でも同じ感覚で戦われたら困るため、あまりこういうことは演習でもやらないように言われているらしいが。

 

「考えてもみなさいよ。人間同士がぶつかったところで、死にはしないでしょ。ほら、これで沈む?」

「……ちょっと痛いだけだな」

 

 そう言いながら、暁は深雪の腕を軽く叩く。艦同士だったらこの接触でも致命傷になりかねない。特に横からぶつけられたら真っ二つになるなんてことも無くはない。そうなる理由は単純で、艦そのものに大きな質量があるからだ。

 だが、今の深雪の身体は人間と同じようなもの。何トンもある艦ではなく、数十キロの質量しかないヒトのカタチをしたモノ。しかも、それで人間よりも頑丈であるため、そう簡単に死ぬことは無い。

 見た目だけではない。燃料補給は食事だし、眠ることで体力も回復する。そして何より、()()()()()()()()()()()()()。ならば、それは性質としても人間と同じと言ってもいいだろう。

 

 演習の方も白熱しており、撹乱役の2人が接近している隙を見計らって、各々の意思で分散し、かなり強引な攻め手を見せる。

 艦と違って、即座に突撃や撤退が出来るのも人間の身体の利点。むしろ、()()()()()()()という荒技まで可能。まさに今、その瞬間が訪れた。

 

「う、嘘だろ、あのタイミングで避けられるのかよ」

 

 かなり近距離で放たれた砲撃を、紙一重で避ける姿を目撃した。それが出来るのなら、体当たりも避けることが出来るはず。

 

「瞬発力さえ鍛えていれば、見てからでも避けられますよぉ」

「そんなこと出来るの、綾波くらいじゃないかしらね……」

 

 とんでもない発言をしているが、綾波はおっとりしつつもこの鎮守府の駆逐艦の中では三本の指に入るレベルの猛者。今でこそお嬢様然とした、周りの空気を弛緩させるような存在なのだが、いざ戦場に立ったら鬼と呼ばれる程の力を発揮するらしい。

 

「例えば、味方同士がぶつかりそうになっちゃった場合は、そっと抱き締めてあげればいいんですよぉ。それならお互いに痛くないですし、壊れるようなことだって無いですからぁ」

 

 艦ならばそんなことは出来ない。ショックを吸収するダメージコントロールも、咄嗟に出来ない場合だってある。

 だが、人間の身体ならどうだ。不意に目の前に現れたとしても、その腕を使えば抱き締められる。身体が鉄で出来ているわけではないのだから、直接触れ合ったとしてもそれで終わり。艤装同士がぶつかり合ったところで簡単に壊れるわけでもない。

 

 そんな光景も、演習の中で見ることが出来た。砲撃を避けながらお返しを放ったことで体勢を崩し、少しだけ艦隊から外れかけた1人が、仲間に支えられる姿。

 艦同士なら間違いなく大ダメージになっている接触も、人間だからこそそれで支えていられる。

 

「綾波はラムアタックみたいなこともするじゃないの」

「その方が確実って時は何でもやりますよぉ? 自分の身体のことは、自分が一番わかってますからぁ」

「深雪、こういうことよ。艦と違って、艦娘は多少の無茶が利くの。体当たりも戦術のうちだけど、それが死に直結することはないのよ」

 

 神風からも言われて、艦娘とは何なのかを理解していく。かつての自分のような事故は起きない。硬い鉄の身体ではない、柔らかい中身をもつ身体だ。直接ぶつかり合ったとしても、綾波の言う通り抱き締めてやればいい。それだけで、死は免れることが出来る。

 

「……本当に、全然違うんだな。あの時と、今は」

「当たり前じゃない。だって艦娘は元」

 

 暁が何かを口走ろうとした瞬間に、綾波が瞬時に暁の口を塞いだ。ムグムグともがきながら綾波の手をパンパン叩いて大丈夫だからと伝える。綾波はニコニコしていたものの、暁の()()に目を瞑るつもりはないようである。

 

「艦娘がどうしたんだ?」

「艦娘は元々と違って人間の形をしているんですから、勝手が全然違うんです。深雪ちゃんも、その辺りは実感してるんじゃないですか?」

 

 綾波に言われて、さらに今の身体の実情を自覚する。

 

「艦が楽しいと思わないもんな。感情ってのを持ったのは今こうなってからだと思う。じゃあ、やっぱり艦とあたしは違うってことだ。なんか、変われそうな気がする」

 

 トラウマが無くなったわけではない。だが、少なくとも今は乗り越えられた。深雪は今はそれでいいと納得した。ひとまず演習に対する恐怖は薄れている。

 そのうちこうやって仲間とぶつかり合う時も来るだろう。うみどりの中でも演習をしないとは言っていないし、強くなるためにはこういうところを乗り越える必要もある。

 ゆっくり艦娘としての自分に慣れていけばいい。何より、深雪はまだ生まれて1週間も経っていない新人も新人。誰よりも若いと言ってもいい。なら、今は学びの時だ。

 

「見てるだけなら怖くないけど、実際やったらどうなんだろうな……」

「それは慣れしかないわよ。暁だって最初は怖かったわよ」

 

 綾波から解放された暁が断言した。最初は怖くても、そのうち慣れていくと。戦いに身を投じることになれば、その恐怖が薄れていくのだと。

 

 

 

 

「……まぁ、そこはゆっくりやってくしかないな」

 

 このトラウマとうまく向き合って、戦いに身を投じる覚悟を、ゆっくりと育んでいく。

 




 艦娘とは何なのか知ることが、深雪にとって最初で最大の課題。さて、艦娘とは何なんでしょうね。
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