カテゴリーBが住まう潜水艦へと突入した深雪達は、その工廠にて問題児──スキャンプに因縁をつけられることとなってしまった。だが、深雪は怯むことなく舌戦を展開。そしてそれを聞いたことでキレたスキャンプは、仲間であるグレカーレと夕立を呼び、深雪を殺してやるとまで言い出した。
「このクソ生意気な後輩に痛い目見せてやんぞ」
「いや、ちょっと待て。艤装つけたままやんのか? マジで殺し合いになるぞ」
今は互いに艤装を装備した状態。流石に主砲を装備はしていないものの、当たり前のように主機は装備した状態。お互いに装備しているから、胸倉を掴まれたところでそれだけで済んでいるものの、今のままで殴り合った場合、最悪殺し合いに発展しかねない。
「あぁ? あたいはテメェをぶっ殺してやるっつってんだからいいだろうが。それとも何か、死にたくないから装備外してくださいってか? 随分と弱気だねぇ特異点様よぉ」
「最初に言っておくが、あたしは死ぬのが怖いからな。弱気っつーなら別に弱気でもいい。お前の中ではそうなんだろ。勝手に言ってろ」
互いに傷付きたくないというのが本音。そもそも話し合いに来たのに、命が懸かった喧嘩が始まっていること自体がおかしな話なのだ。どうしても喧嘩になってしまうというのは仕方ないとしても、それが命のやり取りになるなんて意味がわからない。
「でも、なんでお前が勝つ前提なんだ。たった今、お前はあたしの前に這いつくばったよな。殴りかかって、それを払い除けられて。その上でこれって……お前、問題児の前に小物だろ。そりゃあここの奴らが面倒臭そうにするわけだ」
スキャンプの態度を見て、これ見よがしに溜息を吐く深雪。それこそ、スキャンプの神経を逆撫でするかのように。
「テメェ……いい加減に」
「いい加減にするのは君達だよ」
ここで口を挟むのはタシュケントである。問題児相手でも怯まない。先程は強引に退かされた挙句、深雪が当たり前のように言い返したため様子見をしていたものの、予測していたとはいえ喧嘩に発展したのならば口ぐらい出す。
「喧嘩は勝手にすればいい。こうなることはボスも予想していたし、どうせ止めても無駄だから好きにやらせてやれとも言ってた。でもね、ここでどちらが死んでもそれを片付けるのは君達じゃないだろ。自分のやったことの片付けも出来ないのに、散らかすだけ散らかすのは気に入らないね。君達を心配しているわけでも無い。同志ミユキのことも心配していない。あたし達に仕事を押し付けるような真似はやめろと言っているんだ」
ド正論をぶつけられて、スキャンプはタシュケントを睨み付ける。しかし、呼びつけた仲間2人は、タシュケントの言葉は一理あると頷いた。
「うーん、Scamp、ここは従った方がいいと思うよ? あたしも片付けしたくないし」
「そういうお片付けは夕立も嫌っぽーい」
「うんうん、ユーダチもそうだよねー。この潜水艦の中を血生臭くしたくないしさ」
こんな会話を聞くことで、深雪達はここの力関係が少しわかった気がした。イライラしているのはスキャンプのみ。グレカーレも夕立も、スキャンプのことは友人だと思っているが、余計な手間がかかるようなことはしたくないという気持ちが強い。
勿論この2人も、人類に対して不信感を持っており、根深い憎しみも感じている。だが、スキャンプほどでは無い。やろうと思えば話し合いだけでどうにか出来そうな、
「出来れば喧嘩もやめてくれよ。さっきも言ったけど、あたし達は話をしに来ただけだ。元凶のこともこの目で見たから知ってる。だから、それを伝えて、協力しようって話をだな」
「ごめんね、それは無理。アンタの話はすっごく魅力的だけど、人間に従ってる純粋種って聞いたら、やっぱり信用出来ないんだよね。だからさ、あたし達に実力で
舌を出しながら小悪魔のような笑みを浮かべて言うグレカーレ。どれだけ物分かりが良さそうでも、やはりこの30年で拗らせているのは変わりない。信用出来ない人間に付き従っているというだけで、人間と同じように信用出来ない。
だから、実力を見せろと言ってきた。信用出来るくらいに強いなら、その話を聞くだけの価値があるとわかる。弱い奴に従うつもりはないし、その話を聞いたところで意味があるのかもわからないから。
「ユーダチはそういうの関係なく、ただ戦いたいだけだと思うけど」
「ぽい? 夕立は戦うの好きだよ」
対する夕立、ケラケラ笑いながら人間に対しての拗らせはここにいる中でも相当薄いように見えた。ただ戦いたい、強い敵と相対したい、それだけのために深雪達の前に立ち塞がっている。
「確かに人間さんは酷いことしたっぽい。だから、深海棲艦の次は人間さんが敵なのかなって思ってたけど、本当に悪い奴はどっか行っちゃったし。貴女達、それ知ってるんだよね。一通り戦ったら教えてね」
グレカーレとは違った意味で笑顔を見せるものの、戦うこと自体は否定するどころか率先してやろうとしてくる。とはいえ、死にたくもないし殺したくもないから、艤装を外すことは賛成と言ったところか。
むしろ、スキャンプがイライラしている中でも、戦う条件が艤装なしと言うなら従うと言わんばかりに、その口癖通りに艤装をポイと捨ててしまった。
「テメェら、なんで従ってんだよ」
「んー? Scampってばもしかして、艤装が無いと勝てないとか思ってるの? あっちは生まれて1ヶ月も経ってないひよっこ、こっちは30年モノのベテラン。先輩なのに小粒を上から潰さないと気が済まないようなおつむ足りない系だったの? そんなの大人じゃないなー」
笑顔は崩さず、スキャンプの肩をポンと叩いてから軽く引き寄せて、耳元で呟く。
「艤装無しで勝ってこそ、屈服させられるでしょ。艤装なら出力のインチキは出来るけど、生身だったら実力しかないんだから。信用出来ない人間の配下の艦娘っていうなら、生まれたてだとしても艤装が滅茶苦茶に改造されてて、あたし達が予想出来ないくらいに強化されてるかもしれないでしょ」
「……」
「それに、生身の状態でこっちが殺せるくらいの出力出てるなら、インチキを咎められるじゃない。勝っても負けても、あたし達はアイツらに従わない。むしろ、インチキがあれば大義名分が手に入るよ。あたしだってそんな人間は信用しないし」
見た目は普通の艦娘であっても、信用出来ない人間ならば、その身体そのものを改造している可能性が無くは無い。純粋種の身体を改造するなんて言語道断。そんなことをする輩を信用しろという方がおかしい。
故にグレカーレは、喧嘩に勝っても負けても自分が有利になる方を画策していた。勝ったら何も無し。負けたとしても人間の悪辣な手段が見えたら話を御破産に出来る。
「……チッ。いいだろう、艤装無しでやってやる。あたいが完膚なきまでにボコボコにしてやんよ。クソザコなら信用出来ねぇしな」
グレカーレに乗せられたか、その場で艤装を外して夕立と同じようにその場に捨てる。
深雪はともかく、電はホッとしていた。艤装まで使った殺し合いなんて、仲間同士でやりたいと思わない。
そもそも喧嘩だって避けられるなら避けたいのだが、あちらはやる気満々で口を出しても何も変わらなそうなので、嫌でも受け入れざるを得なかった。
「……はぁ、あたしはそもそも喧嘩自体したくねぇんだけどな。でも、艤装無しを受け入れてくれたのならありがてぇよ。覚悟はしてきたから、こっちもちゃんと鍛えては来てるからよぉ」
あちら側の3人が艤装を置いたことを確認し、深雪達も艤装を置いた。タシュケントにお願いして、邪魔にならないところに運んでもらい、ここにいる者達が誰も触らないようにしてもらう。
問題児であるこの3人以外が深雪達の艤装を破壊するなんてことがあったら、ここから帰ることが出来なくなってしまう。それは無いと信じたいが、念のため。
「奇しくも3人ずつだぜ。1人ずつ前に出てやり合うか?」
「あぁ? 喧嘩にRuleも何もねぇよ。好きにやり合うのが喧嘩だろうが!」
深雪達の要望に応えてやったんだからと言わんばかりに、深雪がまだ構える前に攻撃を仕掛けてきたスキャンプ。潜水艦だからか、その強靭な足腰を使った強烈な回し蹴りから喧嘩がスタート。
しかし、深雪相手に蹴りから始めたのは、知らないとはいえ悪手。
「……やっぱり、ハルカちゃんを超えるような奴はいねぇよな」
深雪は一度、うみどりの原点にして頂点を目にしている。それ故に、目指す先が遥か彼方となってしまっていた。どれだけやっても強くなれたような気がしないくらいに、あの鮮烈な光景──伊豆提督の恐ろしくも神々しい戦いが脳裏に焼き付いてしまっている。
故に、スキャンプがどれほどの使い手であっても、伊豆提督と比べてしまうようになってしまった。ダメだと思っていても、その一手目だけはどうしても。
その回し蹴りは、入れば一撃で蹲るレベルの脇腹を狙った一撃。深雪は見た目だけで言えば華奢な雰囲気を持っているため、スキャンプとしてはこの一発で真っ二つに折ってやるつもりで繰り出していた。
だが、蹴りに関しては学びすぎというくらい学んでいるのが深雪である。
「やっぱり潜水艦ってだけあって、お前は脚使って泳ぐのか? 割と重てぇけど」
蹴りは膝を立てることでしっかりガード。ムエタイの要領でしっかり受け止めた深雪は、一切そこから動くことは無かった。
学んできたバランス感覚と下半身強化がしっかり効いている。
逆にスキャンプは、渾身の蹴りをいとも簡単に止められたことで考えを改める。生まれて少ししか経っていない艦娘だとしても、この一発の止め方からして、素人では無いと察した。
「……テメェ、生まれて大体どれくらいだ」
「あー、まだ1ヶ月経ってねぇな」
「鍛えてきたっつったな。どれくらいだ」
「どれくらいだっけな。全部合わせて1週間……やったっけか。途中で後始末屋の仕事が何日も連続で入ってよ。その間は基礎も出来てねぇよ」
たったそれだけでこの
「……あたいだってな、クソ人間を始末するためにいろいろ準備してんだ。潜水艦だからな、陸に逃げ込まれたら何も出来なくなる。だから、陸でも戦えるようにいろいろと勉強してきたつもりだ」
「へぇ、だからか。キレはあったと思うぜ」
「うるせぇ。そんなあたいが、ちょっと齧った程度のテメェに、負けるわけにゃいかねぇんだよ」
即座に蹴りを入れていた脚を引っ込めて、跳びながらもう片方の脚で逆サイドを回し蹴り。ガードに膝を使って片足立ちになっているのならば、バランスを崩すことなんて造作もないと考えて。
深雪とて、蹴りを止めるために体重の乗せ方を偏らせていたのだから、瞬時に逆側から蹴られたらバランスを崩してしまうだろう。しかし、ここでオールラウンダーとして鍛えたことが役に立つ。その蹴りを抱え込むように掴んだ瞬間、勢いを殺すことなく受け入れ、そのまま身体を回して投げ飛ばした。飛龍竜巻投げ、またの名をドラゴンスクリューである。
「くっ……テメェ、どんだけ隠し持ってやがる」
「知らねぇよ。喧嘩はルール無用なんだろ。それに、準備してきてんだ。やるってなら、グダグダ言わずにかかってこいよ」
すぐさま立ち上がる深雪とスキャンプ。深雪はニヤリと笑みを浮かべ、スキャンプは苛立つ前に真剣にやらなければ勝てないと悟った。
ついに始まってしまった喧嘩。だが、長く鍛え続けたスキャンプ相手でも、深雪は互角かそれ以上の力を発揮する。
それは、深雪の願い。誰にでも勝てるくらい強くなりたいと願った結果。微かに、しかし確実に、深雪の秘めたる力が表に出てきていた。
問題児の中でも、グレカーレだけは何処か違う雰囲気。頭脳派ヤンキー的な。