スキャンプの攻撃から、深雪達うみどりの純粋種と、カテゴリーBの問題児達との喧嘩が始まった。正直なところ、深雪をなめ腐っていたスキャンプだが、攻撃を簡単にガードされたこと、さらには自身の追加の攻撃を利用されて投げ飛ばされたことから、気を引き締めて真剣にやらねば勝てないと悟った。
そんな2人を見たことで、疼きが頂点に達したか、夕立が獣のような笑みを浮かべて深雪に飛びかかろうと走る。
この戦いは明確なルールなどが一切決められていない、何でもありの喧嘩だ。極端なことを言ってしまえば、怪我をしたところで入渠してしまえば元通り。だから、殺さなければ何をやってもいいとまで考えている。
夕立は特にその気質が強い。好き放題戦い、止められても止まらない狂犬。純粋に戦いを楽しむだけ。
「夕立もやるっぽーい!」
故に、スキャンプの加勢……ではなく、スキャンプに見せつけた深雪の力に興味を持って、その喧嘩に乱入しようとした。
「待ちなよ夕立。君の相手は僕がしてあげるよ」
だが、その前に立ち塞がったのは、第二改装によって手に入れたグローブをギュッと嵌め直していた時雨。
同じ純粋種である
時雨と夕立は艤装姉妹。互いに純粋種なのだから、実の姉妹と言ってもいい。時雨もそういう認識だし、夕立も当然そういう認識。だから、顔を合わせた時点でお互いにハッキリと認識出来ている。
「時雨も強いっぽい?」
「ああ、強いよ。少なくとも、あの深雪とは互角だよ」
「あははっ、だったらまずは時雨
まるで野生の獣の如く、時雨に向かって全速力で突撃する夕立。キュッと足下で音が鳴った途端、大きく踏み込んで時雨へと飛びかかった。夕立は明らかに飛びついてマウントポジションを取ろうと狙っている。上に乗りかかってしまえば、あとは上から殴り続けるだけで終わり。
相手が実の姉であろうが関係ない。戦いたいから戦う。強いのならば、完膚なきまでに叩きのめして、自分の力を示す。ただそれだけ。
「悪い妹を
その飛びつきに対して、軽々とバックステップで避けた瞬間、あまりにも綺麗な後ろ蹴りが繰り出された。
「ぽっ!?」
しかし、夕立はそれを野生の勘で紙一重で避けてしまう。いや、本当にギリギリのところで時雨の後ろ蹴りを手で払った。本当にギリギリだったため、その蹴りによって夕立の頬に小さく切り傷が出来るほどである。
時雨の狙いは、最初から夕立の顔面である。その一撃で気絶させて終わらせてやろうという魂胆。だが、夕立の恐ろしいほどの反応速度で、それは失敗。
「あ、危ないっぽい!」
「喧嘩っていうのはそういうものじゃないのかい? 君は今、僕に飛びついてきたわけだけど、押し倒したら何をするつもりだったのかな」
「顔面をボコボコにしてたっぽい!」
「だろうね。だから遠慮なく行ったよ」
冷ややかな時雨の表情と、久しぶりに見た自分の血によって、夕立はより一層興奮することになる。
「あは、あははは、すごい、すごいっぽい! 時雨、もっとやろう!」
「そのつもりだよ。君には一度黙っていてもらわないといけないからね」
時雨は夕立に向かって構える。対する夕立は構えもすることなく、獣のように前傾姿勢。ただ戦いたいという気持ちが先立ってしまっていた。
スキャンプは深雪と、夕立は時雨とやり合っているため、グレカーレは残された電に目を向ける。目があった瞬間、電はビクッと震えた。
「えーっと、あたし達余り物だねぇ」
「な、なのです」
グレカーレは相変わらず小悪魔のような笑みを浮かべたまま。電はその奥にある感情が読めているわけではないので、どうしてもネガティブな感情が小さく湧き上がってくる。
逆にグレカーレは、内心ラッキーだと思っていた。
今ではなく、こうなる前、30年以上前に鎮守府に所属していた時に、別個体の電と交流があった。心優しく、戦いを好まず、しかしやる時は勇気を振り絞って戦う初期艦殿というイメージが強い。
その電本人から聞いている話は、『成長した今でこそ戦えるが、最初は戦いが本当に怖くて、ずっと足が震えていた。鎮守府にも司令官にもいっぱい迷惑をかけてしまった』ということ。
目の前にいる電は、その
そんな相手ならば間違いなく勝てる。喧嘩というものをするのは面倒ではあるけれど、100%勝てる喧嘩ならやっても構わない。実力を見せてわからせてくれと言った以上、電の
わからせられるのは自分ではなく電。こちらの実力を思い知り、力で正しさを証明する。泣いてしまっても仕方ない。何故なら人間に従っているのだから。
「あのさ、あっちもこっちもあんな感じだし、あたし達もやらない? 一応、実力を見せてもらうための喧嘩だから、あたしも普通に本気でかかるけど」
「ひっ……」
喧嘩するぞと言っただけでこの反応である。これなら自分が痛い目を見ることもないと確信していた。
「あ、あの、喧嘩しないという方向には、持っていけないのですか?」
ここで電からの提案。どうせならお互いに痛いことにならない方がいいから、喧嘩はやめようと言い出した。
「うーん、それでもいいけど、Scampもユーダチも止まらないし、あたしもアンタの実力は見ておきたいんだよね。だって、そんなネガティブな奴と共闘してくれなんて、こっちにいいことないでしょ。あたしを従わせるだけの力が無いってことなら、最初からここに来ちゃダメよ」
ペラペラと話しているが、グレカーレとしては実力差を見せつけ、スキャンプや夕立が万が一負けたとしても、あちらの要求を突っぱねる最後の札として持っておきたかった。
この場合、戦わないは不戦勝ではない。同意したと見做されて、自分も人類側の考えを持っているとされかねない。電の意志を尊重した、つまりは人間との協力を良しとしたとされても文句は言えない。
グレカーレだって人間に対して憎しみはある。過去に仲間達を
そんな人間に味方しているというのは、どちらかと言えば気に入らない。だからこそ、喧嘩で確実な勝利と共に、突っぱねるための理由を作る。電が負けたせいで、今回の話は御破産だよと、深雪に突きつけるために。
「それじゃあ、もう合図は出したからね。行かせてもらうよ」
悠々と歩いて真正面から突っ込んでいくグレカーレ。威圧感を出すように近付けば、何か準備していたとしても怯えてまともに戦うことなんて出来ないだろうと踏んで、余裕綽々という雰囲気まで醸し出して向かう。
グレカーレの想定通り、電は向かってくるのを目にすると怯えの色を強めた。膝が震えたか、その場でしゃがみ込んでしまう。
流石にそこまで怯えるとは思っていなかったグレカーレは拍子抜け。何のためにここに来たんだと呆れるくらいだった。深雪の話ではこういうことに対して準備してきたというのに、今の電は戦うという素振りすら見えない。
「えぇ……そんなに弱気なのに、何しに来たのさ。でも、あたしは止まんないよ。ちょっと痛い目見てよね」
しゃがみ込んでくれているなら都合がいい。上から殴りつけて気を失ってもらえれば、楽々に勝利出来て手札も増えて完璧。こんな簡単な戦いになるなんて思わなかったと、表情に出そうなくらいに心でニヤついていた。
しかし、グレカーレの読み違いは既に始まっていた。
「えっ」
電がしゃがみ込んだのは、怯えているからでは無い。まだ未熟であるために、そうしないと次の動きにいけないから。
深雪が提案した艤装を外しての戦いは、命を懸けたくないというのが第一にあるが、もう一つ理由があった。それが、電の
電はしゃがんだ状態からコロンと転がったかと思った瞬間、器用に脚をグレカーレの脚に絡める。そして、自分を回しながら遠心力を使って強引に押し倒してしまった。
いわゆるイマナリロール。恐ろしいことに、電はそのままグレカーレの脚を一本掴んだ状態で体勢を自分の有利な状態に持っていったのだ。
「ちょっ!?」
「ごめんなさい、グレカーレさん。電も、みんなのために、負けていられないのです」
グレカーレもこれは予想外だった。ついさっきまで怯えに怯えていた電の目が、今は力強い勝利を見据えたモノへと変わっていた。
それに気付いた時にはもう遅い。電はグレカーレの脚一本に自分の両脚を絡めて、足首をロック。そして、
「なのです!」
「いぃいいいいっ!?」
いくら長い年月を生き続けていた第二世代の艦娘とはいえ、海戦では間違いなく使わない戦い方。潜水艦で住まうようになって、スキャンプは独学で陸戦を調べていたというが、
さらに言えば、そんなことを電がやってくるなんて思わない。こんな
グレカーレはあまりの痛みでジタバタと悶絶するものの、電がかけたトーホールドは完璧。その技には素人であるグレカーレには抜け出すことも出来ず、どうすれば解除出来るかを考える余裕すら与えられない。
このままやられたら足首が折れる。そして、歩けなくなる。流石にそれは恐ろしい。そのため、グレカーレはすぐさまギブアップを選択。
「や、やめっ、やめてっ!?」
「負けを認めてくれるのです?」
「ま、負けで、負けでいいから! 痛い痛い痛い痛い!?」
グレカーレが必死にタップしているところを見て、電は傷付かずに負けを認めてくれたと安心して、ロックを解いた。
だが、これでグレカーレは本当に敗北を認めたわけではない。電の優しさにつけ込んで、ロックを外したところに不意打ちを決めようとしていた。
わかり合えそうではあったものの、そこはやはり問題児。負けを認めたくないという気持ちはどうしてもある。ズルいとわかっていても、一発は返さないと気が済まなかった。30年間の拗らせが、こういうところに出てしまっている。
そしてそれは当然、電には読まれていた。信用していない訳ではないが、問題児と言われている者達の降参は上辺だけであると、ここに来る前に吹き込まれていた。安心したところに不意打ちを喰らわせてくるぞとも。
その情報源は、捻くれ者の時雨である。深雪は余計なことを電に教えるなよと苦言を呈したモノの、過去の自分なら間違いなくそうするぞという妙に説得力のある言葉を出されたため、深雪は溜息交じりにそれを知っておくことにしている。勿論、電も。
「電は油断しないのです。怖いので」
「はっ!?」
殴りかかろうとした腕を取った瞬間にまたすぐに寝そべるカタチで引っ張り、自分の上に来るように体勢を崩した。グレカーレはもう、何をされているかわからなくなっていた。
その腕を内側に引っ張ると同時に、脚をグレカーレの首にかけ、そして両脚を使って強く絞めあげる。つまり、三角絞めである。
「お゛っ!?」
「時雨ちゃんの言っていた通りなのです。参ったの後にも攻撃してくるって。でも、電はグレカーレちゃんのことを責めないのです。そうなっちゃった理由もわかっているつもりなので」
可哀想だと言いながらも、電は絞めを強めていく。電の脚、そして自分の腕によって首が絞まっているグレカーレは、段々と意識が遠のいていく。
喧嘩を売る相手を間違えた。一番弱いから楽勝だと内心思っていた相手はその実、素人では絶対に手を出してはいけない相手だったのだから。
「ごめんなさいグレカーレちゃん、電は負けられないのです。深雪ちゃんと一緒に戦うと決めたのです」
さらに強く絞めたことで、グレカーレは白目を剥いて気絶した。お互いに傷をつけることなく、電はこの戦いを終わらせることが出来た。
一番甘く見られていた電がこれである。むしろ、3人の中で一番捕まってはいけないのは電なのだ。
グラップラー電。やっていることはブラジリアン柔術。グレカーレも拗らせている1人なので、負けて堪るかと反撃したモノの、それが結局トドメになってしまいました。