深雪とスキャンプの喧嘩は、睨み合いになっていた。数度の攻防で、深雪が普通ではない使い手であることを察したスキャンプが、興奮を抑え込んで様子見に入ったからである。
深雪はスキャンプ相手に、片方の腕を前に突き出すようにし、もう片方の手で顔をガードする、ムエタイ風のスタイルで構えている。スキャンプにそれがムエタイであるかどうかなんてわからないが、素人が即座にその選択をしている時点で何処かおかしい。
対するスキャンプは我流であるためか決まった構えはない。陸での戦い方を、調べてはいるが、結局は自分なりの喧嘩殺法に落ち着いている。
「……意外と冷静なんだな。さっきまでのキレっぷりが嘘みてぇだ」
軽く煽るように言う深雪だが、スキャンプはここで揺さぶられなかった。真剣に深雪の相手をするため、余計な反応はしないように心がけた。
深雪はそれに感心していた。ここでさらに興奮してただただ突っ込んでくるような艦娘なら、問題児以前に心が歪んでいるとしか思えない。だが、ここでまだ冷静になれるだけの心を持っているのなら、話は通じる方だと思える。
「うるせぇ。あたいはテメェに勝ちてぇだけだ。人間に媚び諂ってる奴なんて、あたいは信用しねぇし気に入らねぇ」
「でも、あたしがお前に勝つくらいの実力がありゃあ、話くらいは聞いてくれるだろ」
「考えておいてやるよ」
この喧嘩の前に、弱かったら信用出来ないという旨の発言をしていたのを、深雪は覚えていた。ならば逆に、スキャンプ自身が屈服するくらいに深雪が強ければ、信用出来る、話は出来ると言えるはずだ。
深雪はこんなスキャンプ相手でも、第一の目的は話し合いだ。余計な喧嘩などせず、ただただ情報共有がしたいだけ。でもこの問題児はそれすらも気に入らないのだから、こうやって実力行使で突っかかってくる。
余計な怪我はしたくないしさせたくない。どうせなら仲良くなりたい。しかし、スキャンプにはその気がない。ならば、もう屈服しか選択肢がない。
先に動き出したのは、やはりスキャンプだった。深雪から動かないから痺れを切らしたというわけではなく、深雪の実力をさらに測るために、スキャンプ自身が出来ることをまず繰り出していく。
「っらっ!」
相変わらず脚技から始まる。ただ、考え無しに繰り出したのではなく、単純なリーチと威力を考えて初撃にしていた。
スキャンプは微妙にではあるが深雪よりも身長が高い。そのため、脚の長さも深雪よりもある。手を伸ばされた状態で構えられているため、無闇に近付くことが出来ないことから、なるべくリーチの長い攻撃から始めている。
無闇矢鱈ではなく、考えての選択。ならば、警戒せずに払い除けるのは危険であろう。
「効かねぇ!」
しかし、払い除けなければ直撃することになるし、ガードするにしてもダメージがある。この蹴りは直感的に受けない方がいいと感じた。
そのため、直撃を免れるように横に払い除けようと腕を動かす。
「だろうよ!」
だが、スキャンプはそれを誘発させるために蹴りから始めた。払い除ける寸前で脚が止まり、払い除ける動きを空振りさせた。さらにはもう片方の脚で蹴るためにその場で身体を捻り、空中で回し蹴りを繰り出した。
我流といえど、長く長く勉強をしていたからか、キレは非常にいい。それこそ、掠めたら肌が切れてしまうほどに鋭い。そんな蹴りの直撃なんて喰らおうモノなら、間違いなく悶絶する。当たりどころが悪かったら命の危険まであるだろう。
そして、スキャンプが狙っているのは明確な急所、脇腹から肝臓狙い。爪先を立てた状態で直撃したら、呼吸は止まるし最悪死ぬような場所だ。
「っぶねぇ!」
故に、深雪は当然それをガードする。一度見せている膝によるガードで直撃を防いだ。だが当然、それも払い除けと同様に誘発を狙ってのこと。膝でガードするということは、深雪は今
スキャンプは、着地と同時にそのガードされている脚を押し込むように力を入れた。一本脚の状態ならば、バランスは悪くなっているため、そのまま押し倒せると踏んだ。
「んなこたぁ百も承知だ!」
しかし、深雪はそこへの対策も抜かりない。押し込まれるのなら、逆に
だが、その体勢の危険さをスキャンプは知らない。自分の力で深雪を押し込めたというところから、追撃をしようとしか考えられなかった。
「このまま押し込んで……っ!?」
電が出来ることは、深雪も出来る。勿論、電より精度は低いかもしれないが、初見の相手ならばそれだけで簡単に引っかかってくれる。
深雪はそこからイマナリロールへと発展。スキャンプの脚を絡め取り、バランスを崩させて逆に倒すに至った。そして、足首への攻撃へと移行。
「っの……させねぇよ!」
しかし、深雪のトーホールドは電よりもかかりが甘かったため、スキャンプの片脚がフリーになってしまっていた。足首が極まる前に、無理矢理抜けようと深雪の腹を蹴り飛ばす。
「ぐっ……まだまだ……!」
その蹴りを深雪は喰らいつつも、掴んでいる足首を強引に捻り上げてスキャンプを痛めつける。
「っああっ!? テメェ、いい加減に!」
「お前が話すらしようとしないんだから仕方ねぇだろうがよ!」
言いながらもさらに足首を逆に捻り上げる。これ以上やったら足首が壊れるという限界まで持っていくことで、スキャンプにギブアップを要求しようという算段だった。
だが、潜水艦であり脚が強靭であるスキャンプは、足首の柔軟性も凄まじく、痛みはあっても耐えている状態。むしろ、フリーなもう片方の脚を駆使して、深雪を引き剥がそうとガンガン蹴りまくった。
「痛ぇ! 暴れんじゃねぇよ!」
「ふざけんな! テメェが離れりゃ済むことだろうが!」
スキャンプの蹴りが深雪の脇腹に食い込むものの、深雪はそれでビクともしなかった。スキャンプからしても、深雪の見た目からは考えられない強靭な身体を感じ取った。
下半身強化とバランス感覚強化、さらには格闘技の訓練を一通りこなしていくことによって鍛えられた筋力は、電や時雨よりも上。そのため、肉体的な防御力は純粋種3人の中ではトップクラスに成長している。
その上で、相手の苦手な戦術をその都度選択出来るオールラウンダーとしての成長も遂げているため、訓練の時にも時雨を圧倒する時が多かったりする。
「くそっ、そっちがダメなら……っ」
スキャンプもこれで終わるだなんて考えていない。腹が強くなっているとしても、ヒトのカタチはどうしても鍛えられない部分が存在している。そこを狙えばこのロックを外せると瞬時に切り替えた。
「おらぁ!」
結果、次の攻撃は顔面狙いとなった。足首への攻撃を耐えながらではあるが、そこは身長差による脚の長さを利用し、かなり強引ではあるがロックされている脚を曲げて顔面に脚が届くように持っていく。
「んなろ……そんなに外してほしいなら外してやるよ。代わりに……!」
スキャンプの脚が深雪の顔面に届く寸前、深雪はあえてトーホールドを外す。深雪の目的はスキャンプを壊すことではない。話を聞いてもらえるくらいに実力を提示して、負けを認めさせること。トーホールドをやり続ける必要は無かった。
代わりに、スキャンプの蹴りは腕を使って強引に払い除ける。すると、スキャンプは先程までロックされていた脚を引き抜き、無理矢理深雪から間合いを取るに至った。
「はぁ……はぁ……この野郎……無茶苦茶しやがる……っ」
「あたしはここまで鍛えてきたんだ。短期間だけど、お前に負けないくらいにな」
またムエタイ風のスタイルで構える深雪。一度離れたならば仕切り直して
深雪は息一つ乱していない。後始末屋として活動してきたこと、そしてつい最近にあった連続の後始末作業を乗り越えたことで、持久力も格段に上昇している。この程度ならば、まだ汗もかくことはないようであった。
対するスキャンプは、ロックされたことにより息を乱し、足首にも鈍い痛みを残していた。嫌でも汗が出ている。それが運動による汗なのか
「もう一度言うぞ。あたしはお前達と話をしに来た。こんなバカみたいな喧嘩をするつもりはねぇんだよ。でも、お前が突っかかってくるなら、あたしは全力で応えるぜ」
話しながらも深雪から攻撃することはない。あくまでも話をしたいだけ。その意志を示すためにも。
「はっ、あたいは絶対テメェなんかに屈しねぇ。話もしねぇ。クソ人間共に従うなんて以ての外だ。艦娘を使うだけ使って、
その時のスキャンプには、ほんの少しだけ怒りと憎しみ以外の感情が見えた。悔しい、悲しいという、怒りに繋がる根幹が。
「お前、マジで何があった。生まれたばかりの時雨でもそこまでじゃなかったぞ。平和を守るために生まれたのが純粋種の艦娘だろ。なのに、何がそこまでお前を狂わせたんだ」
「うるせぇ! 人間はぶっ殺す! 人間に従う奴もぶっ殺す! あたいには、その権利がある!」
少しだけ深雪は理解出来た気がする。スキャンプの怒りの矛先は、この組織に拾われた者達とは違うということを。
深雪はまだ聞いていないが、グレカーレはタシュケントと同じように仲間が出洲達の手にかかって命を搾り尽くされて命を失っている。夕立は自分がその餌食となってしまい、死ぬ寸前で救われている。故に、どちらも怒りが向くのは出洲達のみ。
しかし、スキャンプはおそらく、そのどちらも関係ない。
問題児には問題児の理由がある。スキャンプは元々気の強いタイプだったのだろうが、悪い人間にこっ酷く裏切られたことでさらに歪んで攻撃的になってしまったタイプだ。
「権利があるなら、それを言う理由くらい教えてもらわないと困るな。それがわからなきゃ納得は出来ねぇ」
「納得なんてしてくれなくて結構だ! テメェにはわからねぇよ、どうせな!」
息が整ったスキャンプが再び攻撃を開始する。今度は近付きすぎでも掴まれて先程のようにロックされることを考えると、ヒットアンドアウェイで渾身の一撃を叩き込み続けることを意識していきたいと考えた。
ならば何が必要か。答えはスピードだ。潜水艦として鍛え上げられた足腰から繰り出される踏み込みとスピードがあれば、深雪は追いつくことは出来ない。スキャンプはそれを見越して、
速く、そして身体全体の重さも加えた一撃。それを一極集中するために脚も突き出した、ジャンプキック。いくら深雪が鍛え上げていたとしても、スキャンプそのものを上半身で受け止めることは出来ない。得意の足技で受けようとしても、その質量に持っていかれる。
だが、深雪は回避を選択しなかった。これを受け止めて、そして返すことで、スキャンプを屈服させることが出来ると瞬時に理解した。ならばやるしかない。
「話してみなきゃわからねぇだろうが。わからなくても、知っておけば何か出来るかもしれねぇだろうが。何もしないで不貞腐れて、他人に、仲間に、誰も彼もに、迷惑かけてんじゃねぇ!」
迎撃するつもりの深雪は、脚ではなく腕を振るう。鍛えられた下半身で強烈に踏み込み、蹴りのトレーニングの際に学んだ捻りによるしなやかさを加え、全身の力を拳に集約して突き出した。
スキャンプの足と深雪の拳が重なり合った瞬間、勢い任せのスキャンプが空中で止まったかのようにも見えた。深雪は、その拳だけでスキャンプの質量を押し止めてしまったのだ。
それが、今の深雪の
誰にも見えていなかったが、今の深雪の腕には、
別に深雪の筋力が上がっているとか、スキャンプを弱らせるとか、そういった効果は一切無い。深雪の思いを具現化した煙。本人も気付かず、その気持ちを届かせるために、煙というカタチを取っていた。
「な、にっ……!?」
「いい加減にっ」
拳を振り抜けたことで勢いをつけた深雪はその場で前宙。時雨が夕立に決めたその技を、時雨以上のしなやかさを持つ深雪が決める。
その脚は鞭のようにしなり、ただの蹴りでは無くなっていた。勿論、そこにも煙が纏われていた。
「しろぉ!」
そして、真っ直ぐに振り下ろされた脚は、スキャンプの脇腹へと食い込み、そのまま床へと叩きつけることになった。
そんな攻撃を喰らってしまっては、スキャンプといえど終わり。白目を剥いて、そこに倒れていた。
誰も気付いていなかったが、この時、深雪の手や脚に纏われていた煙の一部が、スキャンプの口から少しだけ入り込んでいた。
深雪の力はスキャンプを上回っていました。煙は出ているけど、膂力に作用していないので、それが無くてもスキャンプの一撃は迎撃出来ていたでしょう。