問題児3人との喧嘩は快勝によって終了を迎える。スキャンプ、グレカーレ、夕立の3人は見事に気絶しているため、ひとまず工廠の端へと運ばれていった。
「いてて……ちょいちょい蹴られたせいで痛みがあるな……」
「君は頑丈だからいいじゃないか」
「だからといって喰らうのは嫌なんだよ」
スキャンプに蹴られた脇腹をさすりながら、深雪は溜息を吐く。それでも打撲痕もついていないのだから、時雨が頑丈と称するのもわかるものである。3人の中で一番ダメージを受けているであろう深雪だが、他の2人と同じように無傷なのだ。時雨のみならず、電も無事に終わってよかったと一安心していた。
「電、大丈夫だったか?」
「はい、大丈夫なのです。むしろ、グレカーレちゃんが心配なのです。その、思い切り三角絞めしてしまって……」
「電の三角絞めかい。あれ、喰らった僕としてはグレカーレが可哀想に思えるよ」
そう言う時雨も鳩尾を蹴った後に踵落としまで決めてしまっているため、夕立には大きなたんこぶが出来ていた。見た目だけで言えば、全くの無傷であるグレカーレが一番軽いと感じる。実際は衝撃による気絶では無く窒息による気絶であるため、危険なのはグレカーレなのだが。
「えー……っと、お疲れ様。君達がどれだけ鍛えてきたか、嫌ってほど見せてもらったよ」
この惨状に、タシュケントは引き攣った笑みを浮かべていた。鍛えておいてくれと頼んだのはタシュケントではあるのだが、ここまで圧倒的になっているだなんて考えても見なかった。
特にとんでもない成長を見せているのが電である。タシュケントは正直なところ、深雪にしか期待しておらず、電は自分が守った方がいいかと考えていたくらいだった。しかし結果はご覧の通り、電が手ずから決着をつけている。
ぶっちゃけてしまうと、工廠にいたカテゴリーBの面々全員が唖然としていた。ここにいる者達は、第二次深海戦争を潜り抜けた猛者達であり、ここ最近生まれたという純粋種に対して、少なからず下に見ているところはあった。強い弱いではなく、単純に新人に負けることはそうそう無いという意味で。
スキャンプ達は面倒な存在かもしれないが、実力者であるとは誰もが認めている。戦場では心強い仲間だ。その3人が、新人にやられる姿を見てしまっては、そんな顔をせざるを得ない。
「彼女達は今は安静にしておく。多分すぐに目を覚まさないよね」
「多分、な。かなり強めにやっちまった」
「その間に、ボスに会ってもらおうと思うんだけど、良かったかな」
喧嘩で時間を使ってしまっていたが、深雪達がここに来た本来の目的は、この秘密組織を束ねているボスに会うこと。そして、現在の状況を共有することだ。
軍港でこの組織が長年追っている元凶、出洲に襲撃されたことを筆頭に、後始末の際に発見したことや、軍港都市にあった敵拠点のことなど、深雪達が伊豆提督に託された情報を全て話すつもりである。隠し事をする必要も一切無い。
「ああ、わかった。行こう」
気絶している3人が少々心配ではあったが、目的達成のために、タシュケントについていくカタチで工廠から離れた。
最初は奇異なモノを見る目で見られていたが、その視線は別の意味で奇異なモノを見る目になっていた。問題児相手に圧倒的な力を見せつけた3人に対するそれは、一部恐怖も含まれつつも、感心したようなモノになっていた。
工廠から真っ直ぐ進んだ突き当たり、そこに1つの部屋があった。うみどりで言えば執務室。おそらくこの潜水艦の中では最も重要な部屋。
「ボス、タシュケントだよ。特異点達を連れてきたから、入らせてもらうね」
軽くノックした後、中からの反応を待つことなくタシュケントは部屋の中へ。深雪達は緊張した面持ちでそれについていく。
室内は予想通りの広さであり、やはり執務室を改造されたような部屋。大きな私室というイメージが強く、何か書類でもやるかのような執務机があるとはいえ、どうしても目を引くのはベッド。深雪達がうみどりで使っているそれとは違う、まるで病院のそれ。
「あ、まだ整備中だったかい、明石」
「いつもの定期診察と、老朽化部分の調整ですよ」
部屋の中には2人。片方は工作艦である明石。艦娘や艤装の整備を得意とする、うみどりで言えば主任のポジションの艦娘である。
艤装のメンテナンスは機械を弄るだけなので想像がつきやすいが、艦娘のメンテナンスとなると話が変わる。見た目どころか中身も人間と同じであるが、人間と同じような診察ではわからない部分が多い。そのため、専門家の適切な処置が延命に繋がるのである。
工作艦明石は、その辺りにも精通しており、艦娘の身でありながら、艤装も艦娘もメンテナンス出来るのが売り。
カテゴリーCの明石の適性を持つものは、大体がそのような整備の経験がある者になるくらいなので、明石という艦娘は徹底している。
「はい、終わりましたよ」
「ありがとうございます」
その明石に診察されていた者の声は、思っていた以上に幼い声。ボスと呼ばれていたので、誰よりも大人な艦娘がそこにいると思っていた深雪は、少々驚いていた。
整備が終わったことでベッドから降り、ぐっと腕を伸ばして身体をほぐすボスは、見た目からして少々無邪気なイメージもついて回った。老朽化が進んでいるようには見えないくらいには動けている。
だがそこはこの潜水艦のボス。身体が動くようになったことがわかると、深雪達に視線を向け、小さく微笑んだ。その瞳の奥には、明るい光と暗い闇を携えていた。
「ようやく顔を合わせることが出来ましたね、特異点の深雪さん」
「……お前がボスか」
「はい、ボスと呼ばれるのはこそばゆいんですけどね。私が皆さんに救われたんですから、一番下っ端でもいいと思うんですよ。もう戦えませんし、誰よりもお婆ちゃんですし」
苦笑しながら話すボスは、おそろしく謙虚。自分を上の立場とは考えておらず、むしろ何も出来ない役立たずくらいに思っている。だとしても、ここにいるタシュケントや明石はボスのことを尊敬し、ずっとここにいてほしいと思っている。
「……時雨、どうしたよ」
「いや……ボスと呼ばれているのが彼女だったとは思っていなかっただけだよ」
「あはは、そうかもしれませんね」
深雪はこのボスを見たところで誰かがわからなかったが、時雨は艦の時に面識があったようで、一目見ただけでもその正体がわかったらしい。電も時雨ほどでは無いがその姿に引っかかるものがあったようで、複雑な表情をしていた。
「初めまして深雪さん。私はこの潜水艦の管理者……に持ち上げられている艦娘。第一世代のお婆ちゃん、駆逐艦
その名を聞いて、時雨も電も首を傾げた。知っている名前ではない名乗りをしたようで、どういうことだと疑問に思っているようだった。
「あ、もう少し馴染みのある方で名乗った方が良かったですかね。えぇと、本当の名前……って言っていいのかな、元々の名前は、雪風」
それを聞いたことで、時雨はまた表情を変えた。知っている名前、知っている艦娘であるとわかったことで少し安心しつつ、何故ここでこんなことをしているのかが気になるようになった。
本当は非常に無邪気で子供っぽい艦娘だったのだが、生まれてこの方85年。その上で二度の深海戦争を乗り越え、人間の良いところも悪いところも数多く知ることにもなったことで、子供らしさが鳴りを潜め、落ち着いた雰囲気を纏っていた。
自らをお婆ちゃんと言うだけあり、誰よりも豊富な艦生経験を武器にしているものの、今やもう戦える身体ではないため、この潜水艦で隠遁生活を続けているようである。
「深雪さんがここに来たのは、海の上で起きたことの報告、ですかね」
「ああ、それもある。お互い協力しながら、アイツらを追い詰めたい」
「はい、私もそれには賛成です。でも、みんながそれを受け入れるかどうか……」
少々弱気な丹陽。この30年を潜水艦で過ごし、ここにいる仲間達を導いてきたものの、すぐにその思想を変えられるかと言われたら難しいと答える。
これまで人間のことを信用出来ず、鬱屈した毎日を送ってきたカテゴリーB達。丹陽はそれこそこの組織が結成された時から人間とは仲良くしていかなければならないと話してきているものの、第二世代の憎しみはそれ以上に根深かった。
そして最終的には、丹陽は説得を諦めてしまったのだ。何を言っても聞かない。いや、聞いていても、それがボスと慕う丹陽からの言葉であっても、納得出来るものではなかったのだ。
「私は第一次も乗り越えていますので、人間さん達も十人十色であることは理解しています。善人もいれば悪人もいる。この事件を引き起こしたのは、自分を正義と思っている、思い込んでいる悪人であるということも」
「じゃあ、なんでこんなことになってんだ。お前がみんなに訴えかけていたら、ここまで拗らせてないんじゃないのか」
「
丹陽──雪風はかつての武勲艦。第二次深海戦争でいう鳳翔と同じくらいの戦果を上げた、当時の最強の駆逐艦。子供っぽく振る舞う普段と、戦場で駆け抜ける凛々しさのギャップは、いい意味で酷く激しい。
しかし、丹陽は良くも悪くも
いくら強くても、丹陽には
「私はここでボスとして敬われていますが、結局のところ
「耳が痛いよ。今はあたしもちゃんと理解出来ているから、ボスには悪いことしたって思ってる」
「
深々と謝罪と共に頭を下げる丹陽に、タシュケントや明石は焦りを見せた。深雪もその姿に頭を掻くことしか出来なかった。
「つーことは、だ。お前はなんだかんだみんなのために頑張ろうとしてたけど、ここの連中が話を聞いてくれなくて暴徒みたいになっちまったから、結局諦めちまったってことでいいのか」
「はい、その認識で問題ありません」
「どれくらい頑張ったんだ」
「……ざっと5年くらい」
それだけ話しても、ここにいる者達は人間に対しての不信感を拭うことが出来なかったのだ。タシュケントも、丹陽の言い分に耳を貸さなかった1人であるため、バツが悪そうな表情を見せる。
それだけ根深かったというのは確か。今まで信じてきた相手から突然裏切られたのだから、それまでの信用が正反対になってしまうのはわからなくは無かった。
丹陽が諦めてしまったことも、声を上げて文句を言うことは出来ない。長く長く説得したものの、それでも聞かなかったのだから、心が折れてしまっても仕方ない。
とはいえ、この潜水艦をより良く維持するために、秘密裏に人間──瀬石元帥と繋がり、資材を補給しているのは、ボスとしての最後の意地だったのだろう。据えられただけの存在だとしても、その立場に胡座をかくわけではなく、仲間達のために尽力する。その仲間からどう思われていようとも。
ここで初めてカリスマ性は得られたはずなのに、仲間達にはそれが響かなかった。それはもう、丹陽のせいではなく、ここに所属する者達が聞く耳が持てないくらいに拗らせてしまっていたから。
「私にはもう止められないと思います。でも、深雪さんなら……タシュケントさんを説得出来た深雪さんなら、みんなを止められると思います。来ていただいて本当に申し訳ないんですが……」
「あたしに、ここの連中全員を説得しろと?」
「頼りないボスでごめんなさい。でも、深雪さんの力があれば、きっとみんな話を聞いてくれます。あのスキャンプさんだって」
そのスキャンプはまるで聞く耳持たずに大喧嘩をし、今はその結果で気絶中である。説得も何も無かった。
丹陽の思いは深雪の思いと同じだ。人間への不信感を払拭して、みんなで力を合わせて元凶、出洲の居場所を探す。そして、第二次の時にさんざんな目に遭っている純粋種達の仇を討つ。
不信感を持っているここの者達と協力するためには、丹陽は深雪の力が必要不可欠だと考えている。だからと、もう一度頭を下げてお願いした。
「元々そのつもりだったからいいよ。ここであたし達が遭遇した出洲のことを話したら、工廠でまた全員に向けていろいろ話すつもりだった。説得ってタマじゃねぇけどな」
「それじゃあ……」
「とりあえず、説得になるかはわからねぇけど、全員に理解してもらえるように話すよ。それで協力者になってくれりゃあ御の字だ」
「ありがとうございます。恩に着ます」
深雪としては複雑ではあったものの、先に進むためにはこれが一番早いとも感じた。
潜水艦のボスは、諦めた者。ならば深雪は、その分まで前を向く。
雪風ではなく、あえて丹陽と名乗っているのは、雪風としてのカリスマ性が無かったことにより恥じているからかもしれませんね。潜水艦の連中は全員ボスって呼ぶから、雪風としてのボスはもう歴史の舞台から降りているわけですね。