潜水艦のボス、丹陽と顔を合わせることが出来た深雪達。そこで語られたことは、丹陽自身に仲間の心を動かすほどの力が無かったこと。第一次深海戦争の武勲艦ではあるものの、カリスマ性を持っているわけではなく、この長い時間、ただ組織の
丹陽は丹陽なりに説得を試みたのだが、結局聞いてもらえず、最終的には諦めてしまったという。その状態で長い時間が経過してしまっているため、もう丹陽の言葉は仲間達を止めることも出来ないだろう。多少は聞く耳を持っていたとしても、ここまで来たらもう止まらない。
「あたしが説得するっつってもな……全員一箇所に集めて、タシュケントの時みたいに言っても、それが全員に通用するわけがないもんな」
タシュケントの時は、過去暮らしていた鎮守府のことを思い出させることで、信用出来る人間もいることも一緒に思い出させた。その結果、今の時雨と同様に、憎しみを向ける方向を一極化することで、人類全てを見下すようなことはやめている。
それと同じようなことをすればいいのかもしれないが、全員が全員、タシュケントと境遇が一致するとは限らない。それこそスキャンプは、人類を憎んでいる理由が違う。おそらく、元々いた鎮守府そのものが腐っていた。そんな者に人間を信用しようというのは難しい。むしろ無理だ。
「納得するかはさておき、話は聞いてくれると思いますよ。深雪さん達は、注目の的でしょうから」
問題児達のように、話を聞くまでもなく喧嘩をふっかけてくるような者はもういないと丹陽は語る。
自分の訴えは聞き入れてもらえなかったものの、それ以外の関係は良好と言えるためか、ここにいる者達の性格や境遇は全て頭に入っているらしい。
そこから考えるに、少なくとも話を聞いてくれと言えば、多少なり耳を傾けてくれる者ばかりだと言う。もう喧嘩にはならないはずだとも。
そもそも、問題児3人を片付けてしまった時点で、喧嘩を売ろうと思わない。同じ純粋種、かつ第三世代という明確な後輩であっても、どうしても実力がモノを言う世界に入ってしまっていた。
「1人ずつ話していくにしても時間はかかるし、そもそもそいつのトラウマの原因も調べなくちゃいけねぇよな」
「私が全員分覚えていますので、耳打ちなり何なりで伝えますよ」
ここでボスとしての才能。丹陽は記憶力が尋常で無かった。長く長く生きていて、これまでに出会った艦娘のことは全員ハッキリと覚えていた。自身が被害に遭ったのか、仲間が被害に遭ったのか、全く別の理由なのか。それは一目見ればわかると断言している。
それだけわかるのに何故説得が出来ないんだと深雪は疑問に思うものの、丹陽が常々言っている通り、人の心を動かす力が無いからである。その言葉が軽いわけでは無いのだが、どうしてもその子供っぽさから説得力が無い。今でこそ落ち着いて、自らをお婆ちゃんと称することになっていても、もうこの時には心が折れている。
「まぁでもその前に、ここに来た理由は情報共有だから、これまでにあったことを伝えておく。タシュケントも聞きたがってたよな」
「勿論だよ同志ミユキ。元凶と戦ったと言っていたんだからね」
そんな言葉を聞いても、丹陽は動じることは無かった。カテゴリーBならば飛びついてくるような情報であっても、驚くようなこともなくうんうんと話を聞くのみ。
ここからは深雪達が体験した元凶についての話。共有しておきたい情報は包み隠さず伝えることとなる。
丹陽は出洲という名前も聞き覚えがあり、それが始末されたというところまで知っている。だが、それがまだ生きており、さらにはカテゴリーKとして今も元気に屈折した正義感で活動を続けていると知ると、流石にそこまでは知らないと小さく溜息を吐いた。
「既に死んでいると思っていた元凶が、深海棲艦の身体を得て、以前よりもむしろ強い力を持って好き放題しているというのは、何とも酷い話ですね。私達の時代でもそこまではしていませんでした」
「だね。あたしは艦娘の力を搾り取るところまでしか知らなかった」
「私もですよ。深海棲艦の力まで搾り取る……とは予想が出来ますが、それを自分に埋め込んで、艦娘の力まで取り込んでいる人間だなんて、あまり考えたくは無いですね」
タシュケントは鳴りを潜めていた怒りが露見し始めているが、丹陽はまるで動じない。初めて知ることであっても、驚くことなく受け入れる。一切疑うことすらしない。
深雪が嘘をつくとは考えにくいし、信頼しているからこそ全てを受け入れている。
「とんでもない強さだった。それに、戦ったのは出洲だけじゃない。他にも仲間がいたんだ」
「自分と同じような存在を何人か作っているんですね。なら、これからそういう敵が次々と増える可能性があるということですか」
怖い可能性を考えているものの、それも否定出来ない。今でこそ3人しか現れていないカテゴリーKだが、あちらの技術はこちらでは考えられないくらいに高度である。カテゴリーKが簡単に量産出来てもおかしくはない。
それに、出洲はカテゴリーKを高次の存在としており、人類をそこに押し上げることで平和を実現させようとしているのだから、他にも何人も作っていてもおかしくないのだ。
「わかりました。そういうことでしたら、皆さん元凶を斃すことに協力してくれるでしょう。ここで深雪さん達の力も見ていますし、信用は勝ち取れるかと思います」
「斃すことには協力してくれるだろうけど、連携は絶望的じゃないかい。それは協力とは言わないね」
時雨の言葉に、丹陽は苦笑するしか無かった。そうなる未来が誰の目にも見えているから。
拗らせ続けているカテゴリーBと協力して元凶を追い詰めるというのは出来ているようで出来ていない。
例えば、潜水艦がどうにか出洲の行方を突き止めたとしても、それをうみどりに連絡して共に戦うかと言われたら、間違いなくそんなことはしない。独断で突っ込む。丹陽はおそらくそれも制御出来ていない。
「そんなの危なすぎるのです。うみどりの人達が全員為す術もなかったのです」
「多分、ここにいる皆さんは所詮人間だと言い出すと思います。自分達なら勝てるとすら思っているかもしれません」
「……恥ずかしながら、あたしも少し前まではそう考えていたと思うよ」
タシュケントも以前のままなら、人間だから勝てないのだと侮辱しつつ、無謀な戦いを挑んでいただろう。
だが、今ならわかる。潜水艦のカテゴリーBも、今のままでは束になっても敵わない。うみどりの面々が敵わない相手に、カテゴリーBだから敵うという道理は何処にもない。
そもそも、今のままでは出洲の行方すら追えないだろう。30年見つけられなかったというのもあるが、出洲達が狡猾で隠れ潜むことが上手すぎるだけではない。単独行動で探しているから無理なのだ。せめてうみどりと協力しなくては、発見すらままならない。
「でも、深雪さん達は力を示しました。その上で、深雪さん達が勝てなかった相手であるとわかれば、少しは考え方を変えてくれるかもしれません」
「確かに。僕達に敵わなかった連中が、僕達が敵わなかった相手に向かっていったところで、足元にも及ばないだろうからね」
時雨の捻くれた皮肉にも、丹陽は苦笑で返すしかなかった。時雨が言っていることはあながち間違いではないからだ。
喧嘩では負けたが砲雷撃戦ならば負けないと言い出す者もいるだろう。深雪達の勝利が信じられない者だっていそうだ。それこそ、先程喧嘩で負けたスキャンプ辺りは、同じようなことを言ってきかねない。
だとしても、間違いなく出洲には勝てない。奴らは、そういう次元とは違う。あの伊豆提督が陸上での戦いで相討ちにも持っていけなかったのだ。深雪の煙幕が無ければ、あの場でうみどりは全滅。おおわしすらも終わってしまい、対抗する手段はゼロになっていただろう。
「僕が言えたことじゃないとは思うけど、ここの連中は余計なプライドは捨てた方がいいだろうね。人間と協力しても勝てない相手に、独断先行して勝てるわけがない」
「マジでお前の言えたことじゃあねぇな」
「今の僕ならいいだろうに。後始末だって手伝っているんだから」
時雨から人間と協力という言葉が出るとは思っていなかった深雪だが、ここ最近の時雨は非常に協力的だ。言葉遣いなどはこれまでと何も変わっていないものの、取っ付きやすさは段違い。
「あはは……ごもっともですね……。戦いに行く以前の問題です」
丹陽もその辺りは理解している。慢心しているというわけではなくても、力の差を測れないくらいに精神的に病んでしまっているようなもの。一度勝てた相手にはいつまでも勝てると思い込んでいる可能性は高い。
「30年、ここで鬱屈した生活をしていました。勿論、自己鍛錬をしているヒトも何人もいます。でも、結局は
そんな生活を強いることになってしまったことを悔やむ丹陽。自分にもう少し発言力があれば、不信感があっても人間と協力してもっと早くこの事件を終わらせることが出来たのではないかと溜息を吐く。
この溜息も一度や二度ではない。潜水艦での生活の間に数えきれないくらいに溜息を吐いている。自分の力の無さを悔やみ、だからといって鍛えられるほど身体がもう強くない。既にメンテナンスが欠かせない身体なのだから無理も出来ない。何も出来ない自分に失望もしている。
だからこそ、現れてくれた特異点に賭けることにした。潜水艦の面々を正しい道に導いてくれると信じて。
「なので……深雪さん、同じことの繰り返しになってしまいますが」
「いいよ、全員と話して、納得してもらう。どうせ今頃元凶のことを聞きたがってると思うからさ。その時に同時に説得してみるぜ」
「重ね重ね、ありがとうございます。他の仲間が何と言おうと、私は深雪さんに協力させてもらいます」
改めて深々とお辞儀した丹陽に、深雪は頭を上げてくれと笑いながら伝えた。丹陽の苦悩も、話をすることで理解出来た。ならば、その思いに応えてやろうと、気を入れ直した。
「少なくとも、タシュケントと……あー、明石さんだったか、アンタはわかってくれているでいいのかな」
「ええ、勿論。ボスと毎日話しているのは私くらいですからね」
「それ、問診って言うんですよ。でも、私の唯一の理解者
「私はボス以上に戦う力がありませんから、説得力なんて皆無どころの騒ぎじゃないですからね。とはいえ、お前らのこと治さねぇぞと脅すことは出来ますが」
明石もなかなかいい性格をしていそうではあるが、そういうことをしていない辺り、常識はある様子。だからこそそこで前に進むことが出来なかったと思うと、心境は複雑そうではあるが。
明石が強攻策に出ていれば、潜水艦の在り方も変わっていたかもしれない。しかし、ここの明石は丹陽以上に
「でも、貴女達が来てくれたことで心を入れ替えようと思います。今更ですけどね」
「つまり?」
「同じように説得に参加しようかなと。あ、私は戦う力はないですけど、艦娘の身体の構造に関しては誰よりも知ってますよ。貴女達にも必要なら教えます」
「電、聞いておいた方がいいんじゃないかい? もっと綺麗にガッチリ極めることが出来るようになるかもね」
「な、なのです……?」
ひとまず、潜水艦でやらねばならないことは決まった。ここからはまず、ここにいる者達の心を解きほぐす必要がありそうである。
話が纏まったため、丹陽や明石も加えて部屋から出ると、何やら工廠が騒ついていた。
「……アイツら、もう目を覚ましたのか」
その元凶はおそらくスキャンプ達。気絶させていたが、もう起きているようである。
「いざという時はもう一度締め上げればいいね」
「ああ、あたしもそれで行くつもりだ。次は苦戦するかもしれねぇけど」
既にやる気満々の深雪と時雨に、電がハラハラしているものの、丹陽達は何処か違いそうであると気付いた。スキャンプの荒々しい声があまり聞こえてこないからである。
「おいおい、何があったよ。また喧嘩でもすんのか? あぁ?」
少し肩を怒らせて工廠に戻った深雪が見たのは、予想外の光景である。
目を覚ましていたのはスキャンプだけでなくグレカーレと夕立もである。そして、深雪達の姿を見た途端、三者三様の反応を見せた。
「時雨、もっかい! もっかいやるっぽい! こんな強い人と戦うの初めてだもん、もっと楽しみたい!」
「あ、ああ、また今度ね」
強者と出会えたことでテンションが爆上がりしている夕立は、時雨との再戦を希望。見えない尻尾をぶんぶん振っているようにすら見えた。
「イナヅマ……あたし、アンタにわからされちゃった……」
「え、えーっと……」
グレカーレはなめていた電にやられたことで落ち込んでいる。とはいえ、何処か顔が上気しているように見えるのは気のせいだろうか。
そしてスキャンプは。
「ミユキ、テメェ……とんでもなく強ぇな」
「鍛えてきたからな。んだよ、もう一度とか言わないよな」
「言わねぇよ。まだ身体中が痛ぇんだ。やるなら万全な状態でやりてぇ」
何処か表情が柔らかくなっているようにも見えた。これまでの行いを反省しているわけではなさそうだが、深雪のことを認めているような雰囲気はある。
「話、聞いてやる。あたいはテメェに負けたからな。
やけに素直だったため、深雪の方が驚いた。考えておいてやるなんて言葉は、結局何もしないというのがお約束。おそらくスキャンプもそのつもりだったはずだ。
なのに、何の気持ちの変化なのだろうか、深雪の話を聞くと言い出した。痛む場所をさすりながらも、喧嘩をふっかけるような気配はもう無かった。
深雪の話がしたいという『願い』は、ここで叶えられた。最も難しそうなスキャンプがその願い通りに動いているのは、やはりあの煙を吸い込んだことによることなのだろうか。
潜水艦の面々を納得させることが出来るのか。ここの深雪は比較的舌戦に強いタイプですが、果たして。