問題児の3人が目を覚ましていることを確認したところ、ありがたいことに全員が比較的おとなしい状態になっていた。今ならば、丹陽と共に全員に現状を納得させられると考えた深雪は、丹陽に全員を集めてもらい、この場で説得という名の説明を始める。
特にスキャンプは、敗者は勝者に従うという考えが出来ているため、深雪の説明を静かに口答えもせずにじっと聞いていた。
「アンタ達が始末したと思っていた出洲はまだ死んでいないどころか、艦娘と深海棲艦の力まで手に入れて、手がつけられない状態になってやがる。だから、あたし達は協力して戦わねぇとどうにもならねぇんだ」
深雪の熱弁を、そこにいるカテゴリーB達は一様に聞いていた。元凶に繋がる話であるため、非常に興味深い情報として、我先に聞きに来ただけのことはある。
だが、やはりと言っていいかはわからないが、人間と協力して戦うというところには懐疑的である。不信感を取り除くことが出来ず、さらには自分達よりも下の存在として見てしまっている節もあるため、そんな輩と協力なんて本当に出来るのかと騒ついた。
「少なくとも、あたし達は手も足も出なかった。その時点で、協力もせずに突っ込んでどうなるかなんてわかるだろ。そこまで落ちぶれてないよな」
出洲達の力を語る深雪は、あの時の敗北を噛み締めていた。抵抗することも出来ずに艦載機に滅多打ちにされた深雪。艦載機からの攻撃を回避することしかできず、戦いにすらならなかった時雨。そして、恐怖に呑まれて動くことすら出来なかった電。その悔しさを思い出し、どうしても拳を強く握ってしまう。
そんな相手に、人間が信用出来ないからと協力をすることもなく、無策で立ち向かって勝てると思っているのならば、それは落ちぶれているとかそういう問題でも無くなる。
「スキャンプ、お前は立ち向かおうと思うか」
「あぁん?」
深雪に振られて、スキャンプは少しだけ考えた。以前ならば考えるまでもなく即答していただろうが、やはり負けたことと煙を吸ったことで頭が大分冷えている。
元々喧嘩の最中でも冷静になれるくらいなのだから、ただ話を聞いているだけの状態ならすぐにでも思考を巡らせることが出来るようだった。
「ダメだな、勝ち筋が見当たらねぇ。少なくともテメェに勝てない限り、突っ込むのは無謀だ。自殺行為って言ってもいい」
「ああ、あたしもそう思う。しかもこれ、陸でだぞ。本来海の上で戦う奴がそこまでやってくるんだ。今のままじゃ絶対に勝てない」
「クソ腹立つな。ぶち殺してやりたい奴に手が届かなくなってるなんてよ」
悪態をつくものの、深雪に敗北したことによって、その事の重大さは実感出来ているようである。
おそらく深雪と出会わずに同じ話をされた場合、間髪容れずに『できらぁ!』と言っていた。自分達なら見つけた時点で勝ちが確定していると思い込んでいるだろうから。
「あたし達は協力者を募ってる。アンタ達は、あたし達が知る中では間違いなく強い奴らだ。手伝ってもらえれば百人力だとも確信してる」
喧嘩をしたというのもあるが、ここにいる全員が第二次深海戦争を乗り越えているくらいなのだ。そんな艦娘が弱いわけがなく、戦略としては充分すぎる。
だからこそ協力を求めているのだ。これでここにいるのが新人ばかりだというのならば、最初からこんな話はしない。
「人間が信用出来ないって言われても、それは仕方ないと思う。あたし達もあの出洲と相対してるからな。あんな人間がいたってことが気分が悪い。殺したくなるのも理解出来る。でも、その感情を全部の人間に向けるのは間違ってる。それはわかってくれ」
人間にも善人と悪人がいる。それだけは思い出してほしいと、深雪はカテゴリーB達に訴える。ここからは個人に言い聞かせていくようなものである。
「アンタ達だって、元々は人間と一緒に戦ってきたんだろ。その時に善人ってのを知ってるはずだ。それを思い出してくれ。悪い人間しかいないなんてことはない」
まずはタシュケントのように元々いた鎮守府が非常に良質な者達に訴える。そもそも良い人間を知っているのだから、それを思い出すだけでも考え方が変わるはずだ。
裏切られたと思い込んでいるかもしれないが、それこそ出洲の事件が起きた時に、それに対して心を痛めた提督や、出洲に対して訴えた提督がいるはずだ。その下についていた艦娘達は、ただこれだけでも当時の思いを思い出せるはず。
しかし、タシュケントの時のように1対1で話しているわけではなく、ほとんど演説のように伝えているだけなので、効果は以前よりは薄め。それに、すぐ隣に最低な鎮守府出身の仲間がいたりすると、どうしてもそちらに引っ張られてしまって、やっぱり人間は……とネガティブな精神になってしまう。
いくら深雪達が実力を示したところで、30年分の拗らせは簡単には取れない。タシュケントが上手く行きすぎただけである。それこそ、1対1で1人ずつ話をしていかないと、この根深さは取り払うことが出来ないかもしれない。
とはいえ、まずはつかみが完了した。深雪達としての思いは伝わったはずだ。人間は悪のみではない。不信感はあるかもしれないが、信じられる人間もいるということは気付いてほしい。
「あたし達の思いはこれが全てだ。でも、それだけじゃあ、何も変わらないと思う。実際に見たわけじゃあ無いんだから、不信感は無くならないよな。でも、あたし達が所属している後始末屋、うみどりの司令官は、聖人君子っつっても過言じゃあないくらいに善人だ。あたし達は何度も救われてる。だから、直に見てもらいたい」
ここで2つ目の手段の提示。
「そもそも、善人を見ずに悪人と決めつけるのは間違ってるだろ。知りもしないで思い込みだけで差別するだなんて、過去の英雄が聞いて呆れちまう」
30年で、カテゴリーB達が知っている世代とは提督も総入れ替えされていると言っても良いだろう。少なくとも、ここにいる者達を虐げるような黒い提督は一掃されているはずだ。
そこでさらに、深雪達が知る中で最上級の善人である伊豆提督を見てもらえば、それなりに信用を思い出せる可能性は高い。
だとしても、根深い憎しみが取り払えるとは限らない。わかりやすい例が今、目の前にいる。
「スキャンプ、お前、鎮守府でも嫌な思いをしたんだよな」
「……ああ、思い出すだけでも気分が悪い。だから人間は信用出来ねぇんだ」
忌々しげに吐き捨てるスキャンプ。その表情は、憎しみが深く根付きすぎていた。
深雪達は出会った人間が全員芯の通った善人であったおかげで、そんなことを想像することすら無かった。
しかし、生き証人としてスキャンプがここにいる。人間を
「お前は、うみどりに来てほしい。一度見ろ。本当の善人を知っとけ。絶対に損はさせねぇよ」
「聞いておくが……その善人ってのは男か?」
この時点でいろいろ察することが出来る。深雪にはピンと来ていないようなので、丹陽が補足説明。
「スキャンプさんは、
「おいBossテメェ、余計なこと言うんじゃねぇぞ」
「話しておかなくちゃ、深雪さんもわからないでしょう。貴女の嫌なことだって、知っておけば避けてくれます。貴女のためを思って動いてくれますから」
丹陽が少しだけ強気に発言した。深雪と出会い、特異点に希望を見いだしたおかげか、これまでの諦めを払拭し、もう一度やり直そうと強く出る。
そんなボスの態度に、スキャンプはぐっと喉を鳴らした後、しかし気分が悪そうに目を背けた。
「Scamp、同志ミユキ達にも、ちゃんと説明しておかないと、逆に君が気分を害するんじゃないかな。踏み込まれたくないところに知らないからと土足で踏み入られるのは嫌だろう?」
タシュケントからも説得され、スキャンプはぐぬぬと歯を食いしばる。今だけは物分かりが良くなっているため、悪態をつきながらも仕方ないと溜息を吐いた。
「察してると思うけどよ、あたいは前にいた鎮守府の
「……あー、つまり、その、慰み者ってこと……だよな」
「そうだよ! 察しろよバカ! 口に出すんじゃねぇぶっ殺すぞ!」
頭をガシガシと掻きながら、湧き上がる怒りをどうにか抑え込んでいるスキャンプに、深雪達は内心同情した。そんなことされたらこんな風にもなってしまうと。
喧嘩の最中に聞いていた、欲望の捌け口という言葉。その時には喧嘩に真剣になっていたため、深雪はすぐに察することが出来ていなかったが、落ち着いてゆっくり話せばわかることである。
スキャンプが人間不信、男嫌いになるのは、非常に簡単なことだった。嫌がるスキャンプを提督という立場を使って慰み者にしたからである。
深雪だってそんなことをされたら男嫌いになるだろう。自分ではなく、例えば電がそんな目に遭ってしまったら尚更だ。スキャンプがそうであると聞いても、その人間に対しては敵意を持ったレベル。
「ちなみに、その司令はとっくにクビになっています。刑罰もしっかり受けています。今は社会的に死んでいるかと」
「そ、そうなのか……」
「瀬石さん情報なので間違いありません。かなり昔ですけど、それくらいのやりとりはしました」
丹陽の補足説明で、深雪はほんの少し安心はした。そんな輩がまだこの世界に当たり前のように生きているかと思うと虫唾が走りそうである。
「スキャンプ、その、悪ぃ」
「謝んじゃねぇよクソが」
少しだけ顔を赤らめているスキャンプ。怒り半分恥ずかしさ半分といったところ。
流石にこんなことをこの場で暴露されたからだろう、今までスキャンプのことを面倒くさい奴だとか怖い奴だと思っていたカテゴリーB達が、一斉に同情の目を向けた。こうなっても仕方ない、むしろ理解してやれなかったのが申し訳ないとまで感じていた。
それに気付いたスキャンプは、全員を威嚇するように睨み付ける。歯を剥き出しにして、これ以上詮索するなという強い思いもこもっていた。
「でも、安心してほしい。うちの司令官……あー、ハルカちゃんは、男っちゃ男だけど、スキャンプが思っているような人じゃない。絶対大丈夫だ。男の外見ではあるし男の声はしてるけど、うん、大丈夫大丈夫」
「意味がわかんねぇよ」
「あの人、誰よりも乙女だから」
言われても意味がわからないスキャンプは、苛立ちを隠すことはなかったがもう口に出すこともやめた。
「すぐに信用しろってことの方が難しいとは思う。何せ、30年間もずっとこうしてたんだもんな。だから、ゆっくりでもいいから人間のことを信用してほしい。恨み辛みは一部の人間だけに向けてくれ。あたしもそうだから」
この深雪の言葉で納得出来た者は、カテゴリーBの中の半分以上。逆にそれ以外はまだ納得出来ていない。
そこを納得させるために、スキャンプを一度うみどりで引き取ると言ったのだ。一番の問題児だったスキャンプがうみどりで更生されれば、人間の良さというものをわかりやすく知ることが出来るだろう。
「じゃあじゃあ、あたしもついてっていい?」
その話を聞いて、グレカーレも一緒に行きたいと言い出す。チラリと電を見て顔を赤らめつつ。電はビクッと震えて深雪の陰へ。
「あたしなら、もしScampが何かやらかしても止められるよ。だから、保護者として一緒に行こうかなって」
「誰が保護者だコラ」
「実際問題、アンタ絶対問題起こすでしょ。あたしはそんなことしないもーん」
ニコニコしながら話すグレカーレに、スキャンプはイライラが止まらない。
「なら夕立も行きたいっぽーい!」
加えて夕立まで。時雨との再戦を望んでいることが丸わかり。むしろ、時雨以上の猛者も沢山いることを察しているため、全員と戦いたいという本能を隠そうともしない。
「えーっと、深雪さん、良かったでしょうか」
「ハルカちゃんなら良いっていうと思う。つーか、何人かは直に会って話した方が良いって言ってたから」
丹陽は申し訳なさそうにしていたが、深雪は二つ返事で承諾。むしろ、伊豆提督ならば、潜水艦の全員と顔を合わせて話がしたいだろう。自分からここに行きたいと言っていたくらいだし。
「なら、よろしくお願いします。本当なら私が出向いた方がいいと思うんですが」
「無理はすんなよ。ただ、出来そうならハルカちゃんをここに連れてきたい。それを許してくれよ」
「はい、それは私は大丈夫です。他の皆さん次第ですが、この3人の結果次第では受け入れてくれると思います」
これにより、潜水艦との交流がスタートする。カテゴリーB達の信頼を勝ち取るためには、問題児達とのこれからが重要となった。
男嫌いのスキャンプにぶつけるのは、歴戦の漢女ハルカちゃん。誰よりも男らしく女らしいハルカちゃんに、スキャンプの頭は混乱しそう。