前途多難な立ち上がりを見せる問題児達の来艦。早速目に入った
「深海棲艦が工廠で働いてるなんて、あたいじゃなくても驚くだろこんなの」
「うんうん、あたしもアレはビックリしちゃった」
スキャンプもグレカーレもカテゴリーYには動揺が隠せない。特にスキャンプは、潜水艦であるが故に絶対に勝ち目がない相手ということで、その場で動くことすら出来なかったのが苛立ちにも繋がる。最悪、喧嘩をふっかけていた可能性が高かったため、それで終わってくれたのは伊豆提督を始めうみどりの者全員が胸を撫で下ろしている。
「悪ぃ、ちゃんと事前に説明しておくべきだった。あたし達的にはもうあの風景が当たり前になっちまってるから、すっと出てこなかった」
「マジで勘弁してくれ」
スキャンプの苦言もコレに関しては正当な文句である。深雪はただ謝ることしか出来なかった。
「あの人達とは戦えるっぽい?」
夕立は自分のスタンスを全く崩さない。深海棲艦がいるというのならば、艦娘よりも強く、歯応えのある喧嘩が出来るだろうとワクワクしているように見えた。
しかし、ここにいるカテゴリーYは全員戦えないし、戦わせるわけにはいかない。当人達が強めのトラウマを持っているため、艤装すらも現在封印中である。
それを聞いた夕立は、心底残念そうにしていた。深海棲艦との模擬戦だなんて、普通では体験出来ないことだ。しかも、陸上施設型となれば海上艦とは違った戦い方もしてくる特殊な敵。夕立はそういう相手こそ求めている。
「人間を深海棲艦に変える……って、何のために?」
疑問に思ったグレカーレはすぐに質問。その視線は
「なんでも、平和のために人間を高次の存在へと昇華させたいらしいわ。そうなれば争いは無くなるからってね」
伊豆提督が説明するものの、出洲の言葉を代弁するだけで気分が悪そうである。平和を目指すのはとてもいいことなのだが、やり方が極端、その上相手のことを何も考えていない自分勝手な手段である。本人の承諾無しで身体を勝手に書き換え、失敗しても出来損ないと称して労働力として使い、適合出来た者も表に出さずに子飼いにする。これの何処が平和だと、伊豆提督ですら吐き捨てるほどである。
「彼女達はまだ人の心を持っているし、戦いたくないという気持ちが強いから、アタシ達が保護したの。姿が姿だから、表に出すことが出来ないのは申し訳ないけれど、もう辛い思いはさせたくないのよ」
「……人間もゴミみたいに使うのか。艦娘だけじゃ飽き足らず」
「自分達以外は全部使ってるわよ。艦娘と深海棲艦から力を搾り取って人間に投与しているようなモノだもの。そんな連中に、この世界を好き勝手させるわけにはいかないわ」
伊豆提督の話に、スキャンプは苛立ちを隠せない。艦娘の命を使って研究しているのは潜水艦にいたため知っている。そもそもが男嫌いの人間不信だったところに拍車をかける世界の裏側。
その元凶がやっていることは、自分の想像を遥かに超えていた。しかも、それを平和のためであると宣っているのだ。
「テメェは……いや、聞くまでもないか。そいつらとは考え方が違うみたいだな」
「当たり前じゃない。争いを無くしたいというところしか同調しないわ。真の世界平和は、誰の犠牲もあっちゃいけないのよ。艦娘というシステムを使う提督が言うことじゃあ無いと思うけれど、まずは戦いを終わらせないと先にも進めないわ」
伊豆提督の真っ直ぐな瞳と言葉に、スキャンプは不信感を少しだけ薄れさせた。人間、しかも男なのだから、無意識でも負の感情が湧き上がるものの、伊豆提督だけは少しだけ話しやすかったというのもある。
ここからは艤装を置いてうみどりを案内することとなる。うみどりは人間しかいないような場所であるため、問題児達が比較的心を開けるのは深雪達のみ。そのため、案内も深雪達がすることになった。
と言っても、案内というよりはここにいる者達の紹介。問題児達に知ってもらいたいのは、うみどりではなく後始末屋として世界の平和のために活動している人間達だ。
時間はまだ午前中。今頃は各々が自主鍛錬の真っ只中。勿論、休息や趣味に精を出している者もいる。
ひとまずは人が集まっていそうな場所をフラフラと歩くことになるだろう。とにかく、目的は人間に会うことなのだから。
「艤装を勝手に弄らねぇだろうな」
「安心しとけ。触ったとしても、今までよりも高性能になってるだろうから」
「触るなっつってんだよ」
深雪とスキャンプの口喧嘩も、最早誰もハラハラすることはない。電ですら笑顔を絶やさず見守っているくらいである。
「今ならトレーニングルームとかデッキとかに誰かいると思うのです」
「だな。あとはプールとレクリエーションルームか。ぶいあーるも誰かがやってんじゃないか?」
「だったら、まずはトレーニングルームがいいと思うのです。誰かは間違いなくいるのです」
電からの提案で、まずはトレーニングルーム。そこなら誰かしらいるのは確実である。仮想空間の訓練をするにしてもそこは通らなくてはならないので、今の時間で一番人に会いやすそうな場所となる。
その部屋に近付いたところで、何やら軽快な音楽が聴こえてきた。ただのトレーニングではなく、那珂によるアイドルトレーニング、驚異的なスタミナを手に入れるためのダンスレッスン中であることが、この時点でわかった。
深雪達としては、これには良い思い出も悪い思い出もあるので、スキャンプ達に見せるのが良いことなのかはわからない。しかし、人間を知るためにはこの華やかな場面は必要不可欠だとも思う。
「那珂ちゃんだなこりゃ」
「音楽、かなり速いのです」
「僕達が苦戦したヤツじゃないかい。誰がやってるんだろうね」
音楽から話題が広がるものの、スキャンプ達としては何でこんな音楽が流れているのかさっぱりわからない。夕立はノリがいいので頭を小さく振って軽くステップを踏んでいるようだが。
「ういーっす。今ちょっといいかな」
トレーニングルームの扉を開き、中にゆっくり入っていく深雪一行。その中では予想通り、那珂が先導するアイドルトレーニングの真っ最中。トレーニングウェア姿の那珂と酒匂がニコニコしながら手拍子をしたり指示を出したりと白熱する訓練中。
参加者は救護隊である睦月、子日、秋月と、潜水艦チームの伊26と伊203。そして、現在平瀬が工廠で手伝い中であるため、桜がダンスの見学をしていた。伊26にも懐いているため、平瀬が忙しいときはこちらで一緒にいる。少しだけだが、表情が柔らかくなっているので、ここでの生活も大分慣れてきているのがわかる。
またもや深海棲艦がいるということで問題児3人はビクッと反応するものの、工廠で一度そういう存在がここにはいると知っているため、すぐに警戒を解いた。
ただでさえ、ここにいるカテゴリーYは誰よりも幼い桜だ。いくら荒んでいるスキャンプとはいえ、子供に、しかも人間の感情を正しく残している相手に対して、深海棲艦だからといきなり喧嘩を売るようなことはしない。
「なんだぁこりゃ」
「見ての通り、特訓だよ」
「何が見ての通りだ。ただ遊んでるようにしか見えねぇ」
スキャンプの言葉を聞いて、深雪と時雨がわかってないなという表情をしながら肩をポンと叩く。
「君はあの激しさを知らないからそんなことが言える。参加してみなよ。一番ハードなヤツで」
「なんであたいが」
「那珂ちゃーん、コイツにもやらせてやってくれー」
「おいテメェ!」
一旦音楽が止まり、視線が集中した。睦月達としては、ここで一度休憩に入れると思い、安堵の息を漏らすレベルである。桜が用意していたタオルをトテトテと渡す姿で癒されることにもなる。
「わぁ、貴女達が潜水艦の艦娘ちゃん達だね! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー♪」
「ぴゃっ、相方の酒匂でーす♪」
真っ先に那珂と酒匂がスキャンプに近付き、何か言う暇すら与えずにその手を取って握手。振り払おうとしたが、それ以上に那珂が鍛えられていることを知り、これだけでも驚愕した。
それに特に反応したのは夕立である。握手だけで那珂の実力を即座に理解し、深雪達よりも上の存在であることにも気付いた。ゾワリと闘争本能が刺激される。
「後から戦ってほしいっぽい。絶対強いよね」
「うーん、那珂ちゃんはそういう手荒なことはあんまり好きじゃないんだよねー。それじゃあ、今からやるレッスンの曲、しっかりやり切れたら考えてあげるね♪」
割と無茶振りだとうみどりの面々は思っていたが、それに気付いていない夕立はそれだけのことでとニコニコしながら承諾。ダンスレッスンに対して明らかに無警戒。
「ぽい! スキャ子、夕立もやるっぽい!」
「テメェだけでやってろよ。あたいは」
「お、逃げるのか?」
「あぁん? 誰が逃げるだって? こんな遊びみてぇなヤツ、軽くやってやらぁ!」
スキャンプの扱い方が少しわかってきた深雪は、軽く誘導して無理矢理ダンスレッスンに加えることに成功。冷静な時は考えが張り巡らされるが、それを失うと感情的になる。スキャンプの欠点といえば欠点。揺さぶりに弱いと言ってもいいだろう。
「それじゃあ、あたしもやりまーす。これクリアしたら、ミユキとイナヅマをペロペロする権利を貰いまーす」
そして2人がやるならとグレカーレも参加。聞き捨てならない言葉が聞こえて深雪と電は大きく反応したが、参加すると言われた時点で那珂も酒匂もおいでおいでと手招きしてしまったので、否定する前に取り返しのつかないことになってしまった。
これでグレカーレが運動神経抜群で、一発でこなしてしまった場合、本人の許可を得ることなく何か如何わしいことをする気満々。
「おいおいおい、グレカーレ、何を勝手な」
「えへへぇ、今度はあたしが絞めてもいいかなぁ。もう一度絞めてもらうのもいいなぁ」
少々トリップしているようにも見えたので、それ以上触れるのをやめた。喧嘩で負けたことで、何かよろしくない扉を開いてしまっているのは間違いない。電も、流石にこのグレカーレ相手では頭を抱える。
既にクリアした気になっている辺り、この手のレッスンには自信があるのだろうか。だとしても、見るのとやるのとではまるで感覚が違うのにはまだ気付いていないようである。
「那珂ちゃん、一番ハードなヤツにしてやってくれ」
「うん、そのつもりだよ♪」
那珂としても、夕立との演習を回避するために最もハードなステップのモノを選択するらしい。ちなみにそれは、深雪はクリア済み。電と時雨は途中でドロップアウトしている。
これでクリアされてしまった場合、むしろ那珂は大喜びしてダンサーにスカウトするだろう。那珂にとってはある意味、どちらに転んでも喜ばしいことである。
「無理はしないようにね。これ、本当に難しいステップだからね」
酒匂が懇切丁寧に教えているものの、この時点で既に苦戦が見えているのがスキャンプ。先程の遊び発言を激しく後悔することになりそうだった。
「足とか挫いちゃうかもしれないから、絶対に無理だけはダメだよ」
「へいへいわかってるよ」
何処か危うい雰囲気を感じ取ったか、酒匂はスキャンプに対して少し親身になっていた。ムキになって怪我をするなんて、そんな馬鹿なことはない。そこは念を押している。
スキャンプはそんな酒匂のことを煙たがっていたものの、自分のことを本当に心配しているというのはわかるため、適当にあしらうだけで終わっている。酒匂が言うことはごもっともであるが、スキャンプにもプライドがあるため、文句は言わず、しかし肯定もしない。
「これはアイドルのレッスンだから、笑顔を忘れないようにね♪ それじゃあ、やってみよう♪」
一通りステップを教えたところで、ダンスレッスンがスタートする。音楽は軽快。しかし、かなり速め。
ここで問題児達は思った以上に過酷なレッスンであることを身を以て知ることとなった。
おそらく1番得意なのは夕立。というか夕立は何かにつけて身体を動かす類のことは天性の才能を発揮しそうです。