うみどりを案内しつつ、所属する艦娘達を紹介する流れに入った深雪達は、まず誰かしらいるであろうトレーニングルームへとやってきた。
そこでは那珂によるアイドルレッスン──非常にハードなスタミナトレーニング中。人間達の特殊なトレーニングにスキャンプは遊んでいるようにしか見えないなどと言ってしまったため、深雪や時雨に煽られ、強制的に参加させられることとなった。
夕立は那珂の秘める強さを握手だけで感じ取ったことで戦いを許可してもらうために、そしてグレカーレは深雪と電に如何わしいことをするために、このダンスレッスンを攻略しようとチャレンジする。
「ステップは覚えたかな? それじゃあ、やってみよう!」
那珂の合図と共に音楽が流れ始める。どれだけキツいかを知ってもらうためではあるが、お手本として誰かしらがそこでやるべきだということで、深雪も参加することにした。
お呼びがかかった時にゲッとした表情を見せたものの、スキャンプ達に
「なっ、これ、マジかよ……っ」
早速声を上げたのはスキャンプ。教わった通りにやるだけなんてチョロいとすら思っていたところなのに、身体がちゃんと動いてくれない。ステップを踏もうとしているのに、音楽は先へ先へと行ってしまって、追いつくことが出来ない。
スキャンプとて、喧嘩があそこまで出来るのだから、運動神経は悪い方ではない。むしろ良い方である。だというのに、どうしてもぎこちなくなる。
「うわ、うわぁ、すごく難しいじゃん! ハメられたぁ!」
グレカーレも泣き言を言い出す始末。このレッスンで扱っている曲の中では最も速く、最も難しいステップであるため、素人がやったらこうなっても仕方ない。先程までレッスンを受けていた睦月達救護班でも、この曲は全て踊り切るとなるとなかなか難しいレベルのモノだ。やりきれないことはないのだが、稀に身体の運びを間違えてしまう時があるほど。
この曲を完璧にやりきれるのは、那珂と酒匂、そして伊203くらい。速さに誇りを持つ彼女ならば、踊り切ることも可能。代わりにそのあとピクリとも動かなくなるが。
深雪はというと、多少危なっかしいところが見えたものの、しっかり追いつき素晴らしいステップをスキャンプ達に見せつける。一度やっているというアドバンテージもあるが、やはりここまで来るための特訓、伊豆提督につけられたハードなトレーニングの効果がかなり大きく出ているようだった。
ダンスレッスンで重要なのは、やはり下半身。ステップをうまく踏むために瞬時に次の行動を判断する頭の回転も必要だが、思っていても身体が動かないならば意味がない。深雪は今、
「ぽい、ぽい、ぽーい」
そして、それに追いつけてしまっているのが夕立。身体を動かすことへの順応性が、他の者と比べると非常に高い。難しいと言われている楽曲に最初からついていくことが出来る俊敏性まで兼ね備えている。
しかし、教えられているはずのステップを無視しながら踊るような破天荒さが際立ち、言ってしまえばチームワークのカケラもない。踊れているけど踊れていないというのが現状である。アドリブと言ってしまえば格好がつくが、このレッスンはそういうところに重きを置いていない。
「あ、くそっ」
スキャンプも脚がもつれて倒れてしまい、悔しそうに声を上げてダンスストップ。未だ止まらない深雪を忌々しげに見つめながらも、次はこうはいかないと拳を握り締める。
そんなスキャンプを時雨は遠目でニヤニヤしながら見ていたのは言うまでもない。なめてかかるからそうなるんだと。
「ひっ……ひっ……しんど……」
グレカーレはスタミナが追いつかなくなって倒れるまでもなく止まってしまった。肩で息をしながら汗を拭い、こちらも深雪を眺めた。
「よっと……はぁ、流石に、一回、ふぅ、クリア、してるからな、二回目は、多少、ひぃっ、余裕があるぜ」
「すごいすごい♪ 深雪ちゃんは那珂ちゃんバックダンサーのセンターも出来そうだね♪」
全て踊り切る深雪は、流石に息も乱れて汗もすごく、言葉の通りな余裕があるかどうかは定かではないが、スキャンプのように倒れることもなく、グレカーレのように止まることも無かった。夕立のように振り付けをミスするようなことも無い。
「夕立ちゃんは失格ーっ! 教えられた振り付けを守れないのは、ダンサーとしてダメダメでーす」
「ぽい!? せっかく踊り切ったのに!?」
「振り付け通りに身体を動かすことが重要なんだからね。これ、レッスンだけどトレーニングでもあるんだから」
この振り付けにもちゃんと意味がある。普段のトレーニングで鍛えられない筋肉を程よく刺激するように、それでいてそれが楽しく出来るようにと考案されているのだ。このダンスを全て踊り切ることが出来て、さらには反復でこなすことが出来れば、全身の強化は必然となる。
故に、振り付け通りに出来なかった夕立は失格。踊り切ることは出来たかもしれないが、レギュレーション違反。そんなことを言い出したら、音楽に合わせず緩やかに気楽に踊っていても良しとなってしまう。
「お、ありがとな桜」
深雪の元には、桜がタオルを持って向かっていた。汗だくの者にはタオルを提供する。これがここでの桜のお仕事。この仕事は神威からいろいろと教わったようで、幼い桜の背丈でも大丈夫なカートを用意してもらい、タオル以外にも飲み物や医療キットが積み込んである。
平瀬や手小野がうみどりで仕事をしているところを見て、自分も何かしたいと思ったらしい。最初は伊26について回っていただけだが、このように仲間達と交流し、今ではある程度自分を取り戻している。
勿論、トラウマを刺激しないように周りは細心の注意を払っている。子供心に姉を失ったというダメージは非常に大きく、それ以上に施設にいた時の記憶のせいで今でも悪夢に苛まれているのだから、ここでは楽しく暮らせるようにと考慮されていた。
タオルを受け取った深雪が笑顔を見せると、桜もほんのりと笑顔を見せる。最近は感情も少しは見せることが出来るようになってきており、僅かであっても喜怒哀楽がわかる。うみどりで怒と哀が発露することはそうそう無いのだが。
「アイツらにもタオル頼むよ。特にほら、グレカーレは酷いことになってるからな」
深雪に言われ、小さく頷いた桜は、ここで初めて見る潜水艦組の3人にタオルを渡すため、おそるおそるタオルを差し出す。むしろ
「わぁ、ありがとう。優しいねアナタ」
桜からタオルを受け取ったグレカーレは、何の警戒もせずに御礼。ニッコリ笑って汗を拭く。桜としても、そういう反応をされると嬉しいようで、深雪の時と同じようにほんのりとした笑みを見せた。
「ん、ありがとっぽい。使わせてもらうね」
夕立も同じような反応。振り付け違いで踊り通した夕立とて、汗ひとつかかないなんてことはなく、桜からのタオルはありがたく受け取っていた。こちらも相手が深海棲艦であろうともお構い無し。
だが、スキャンプだけは神妙な顔をしていた。どうしても見た目だけで警戒してしまう。
「……Thanks」
睨みつけているわけではないが、笑顔を見せることなんて出来ず、タオルを受け取っても素気なく返事。桜はそんなスキャンプが少し怖かったか、タオルを渡すと同時に逃げ腰でそこから離れ、伊26と伊203の元へ。
「……ミユキ、一つ聞いていいか」
「ん? 何かあるのか?」
「ソイツも改造された元々人間なんだよな」
その疑問を隠すことなく口に出す。あまり奇異なモノを見る目で見てもらいたくないのだが、その質問には正しく答える。
「ああ。むしろ、あたし達が初めて見つけたカテゴリーYだ」
「そのCategoryってのは今はいい。……元凶のクソ野郎共は、そんなガキでも実験材料に使うのか」
「……ああ。無差別、見境無しだな。ここに直接攻め込んできた時も、どう見ても子供がいた」
「これをアイツらは平和のためっつってんのか」
伊豆提督から話を聞いている時から気に入らないという気持ちを隠そうとしていなかったスキャンプだが、桜を見てその気持ちがより強くなったようである。明らかに苛立ちが強くなっていた。
明確に人相が悪くなった上、自分の話題でそうなったと感じ取った桜は、さっと伊26の陰に隠れる。
「あー、Sorry. 怖がらせるつもりはねぇよ。ただ、テメェをそんなことにした輩に腹が立っただけだ。いくらあたいでも、ガキにとやかく言うほど心は狭くねぇ」
笑顔は見せられないが、桜には安心させられるように、比較的優しい声色で謝罪した。深雪としては、スキャンプの意外な一面を見た気になっていた。子供にこんなに優しく出来るようには思っていなかったからだ。
そんな言葉をかけられた桜は、陰に隠れるのをやめて、スキャンプに見える場所で小さく頭を下げる。少しは心を開いたようだった。
ダンスレッスンは一旦ここで終わる。スキャンプ達にうみどりを案内する仕事は残っているので、ここからはまた別の誰かに会いに行かねばならない。夕立はずっと那珂にごねていたようだが、ちゃんとレッスンを受けない者のお願いは聞きませんの一点張り。夕立も最後は諦めざるを得なかった。
グレカーレも休息が出来たようで、深雪と電に立ち上がらせてくれとせがみながらニマニマして立ち上がる。2人と手を繋げたことにご満悦の様子。
だが、スキャンプは少しだけ違和感があった。立ち上がろうとした瞬間に顔を顰めたのだ。
「つっ……くそ」
「さっき足がもつれた時に傷めたんだね。ちょっと待ってて」
スキャンプの様子にいち早く気付いた酒匂が、医療キットを使ってすぐさま応急処置を始めた。驚き、突っぱねようとしたものの、酒匂の処理は的確かつ迅速で、あれよあれよと処置が進む。
艦娘技術を医療に転用した逸品であり、湿布のカタチではあるものの、修復材に近しい効能を持つおかげで、貼ればすぐに痛みが失われる優れもの。
艦娘のために作られたような医療品であるため、そうそう多用出来るようなものではないものの、うみどりではその辺りは躊躇なく使われる。それを管理しているのは、やはり医療班の班長とも言える酒匂である。
「うん、これでよし。捻挫くらいならすぐに治るから少しだけ安静にしてね」
湿布を貼った足を撫で、もう大丈夫と笑みを浮かべた。実際、湿布が貼られた場所はじんわりと温かく、痛みが嘘のように引いていく。今の人間の技術に驚きながらも、それとは違う疑問が頭をよぎる。
「……なんでここの連中は、あたいにこんなに手を差し伸べられるんだ」
スキャンプの持つ素直な言葉が溢れ出た。スキャンプの知る人間は、仲間は、見て見ぬ振りが基本だったからである。
潜水艦での生活の中でも、カテゴリーB達とあまり馴染めずに拗らせ続けたスキャンプだが、その前、口に出すのも悍ましい鎮守府生活ではさらに顕著だった。提督の慰み者にされ、嫌がったら職権濫用により命すら脅かされ、仲間達は自分に被害が及ばないようにとスキャンプに近付こうともしない。もう最初から歪んでいたようなものである。人間不信になるのは当たり前。
そこに拍車をかける元凶の暗躍である。人間というのはその存在そのものが悪なのではと思わせるには充分すぎた。潜水艦の面々は同じような心持ちをしていたとはいえ、歪んだスキャンプは既に相当拗らせていたため、うまく接する事もできない。
グレカーレと夕立は、その中でも数少ない、つるんでいても苦痛に感じない者である。どちらも悲壮感が全く感じられなかったというのが大きい。ただし、居心地がいいというわけでもない。
「酒匂の中では、これが普通だからかな?」
「は?」
「だって、怪我した人がいたら救うのが普通でしょ。痛いって思ってる人がそのままなのは、酒匂も悲しいもん。みんなが笑ってた方が楽しいよね」
屈託のない笑顔でそんなことを言ってのける酒匂に、スキャンプは大きなショックを受けた。今までそんなことを言う人間……いや、艦娘も込みにした仲間は、見たことも聞いたことも無かった。薄情な連中ばかりだと歪んでいた。
それもあるからか、この酒匂の言葉と笑顔は、スキャンプに強く深く突き刺さった。こんな人間もいるのかと、初めて知ることになった。
「……アンタみたいな人間にもっと早く会えてたら、話は変わってたのかもしれねぇな」
ボソリと呟いたその言葉は、深雪達にはしっかりと届いていた。だが、それを茶化すことはしない。むしろ、これが今回の目的。信頼に値する人間がいることを知ってもらいたいというモノは、今ここで達成出来ていた。
うみどり来艦は、カテゴリーBに良い道を示すことになりそうである。
ここまで優しくされたことが無いのなら、拗らせて当然。そんな中で酒匂や桜ちゃんに手を差し伸べられたことで、少しずつ心を開いてきました。