暁と綾波に連れられてやってきた軍港の鎮守府。そこで見た艦娘同士の演習を見学させてもらった深雪だが、深層心理に刻まれたトラウマ──演習中に仲間との衝突で最期を迎えたことを刺激されてしまう。だが、そこで艦娘が艦とは違うことを教えられたことで、今はそれを乗り越えることが出来た。
実際に自分が演習をやったらどうなるだろうと思いつつも、今はそれが出来る環境では無い。それはその時に考えようと、深雪は開き直ることにした。
「相変わらず練度が高いですね……勉強になります」
「ですね……あの回避のタイミング、参考にしたいです」
深雪がトラウマを克服しようとしている裏では、その演習を見ながらうんうんと唸る梅と秋月。深雪に向けてのそれとは別に、単純にその演習の練度の高さに感心していた。
前々から話していた通り、軍港の鎮守府の艦娘は練度が非常に高い。陸だけでなく、この軍港都市に住まう者達を守るために、鍛錬を欠かしていないからだ。
実際、深海棲艦の襲撃を受けたことだって何度かあるが、それを都市に全く影響を与えずに撃退している。鎮守府が傷付いても、住人には絶対に傷付けさせない。それがこの鎮守府のモットーである。
「守る者が
「かもしれませんね。私達以上に命を背負っていますから」
それが一番の理由ではと思われる。ここが突破されたら、被害がとんでもない量になるのだから、意地でも勝たなければならない。それもあって、練度がとんでもなく上がっている。
おそらくそれは、保前提督の方針もあるだろうが、艦娘達がそれぞれ守るために強くなることを望んでいるのだ。上と下の意志が完全に一致しているから、その伸びも早い。
「前に演習させてもらった時ってどうだったっけ?」
「綾波ちゃんに無双されたにゃしぃ。で、消耗させてたから神風ちゃんが一騎討ちで討ち取ったけど、そのまま人数差で持っていかれたのね」
「次は勝ちたいねぇ。子日達も鍛えてはいるんだけどねぇ」
うみどりでの鍛錬と、軍港鎮守府での鍛錬は、その精度が違うのかもしれないと子日と睦月は考えたものの、演習があまりないということ以外は大概同じ。
やはりそこは、実践経験の差では無いかという考えに至る。そればっかりは後始末屋ではなかなか増やせないことである。むしろ、増えてもらっては困る。
「……あたしもさ、そのうち演習させてもらえっかな」
おずおずと、トラウマを乗り越えるためにも、深雪はその意思を示した。後始末屋にいるとどうしても機会は少なくなるとは思うものの、機会があればやっておきたい。
その前に砲撃訓練や雷撃訓練が待っていそうだが、それを加味してもちゃんとこの精神的な痛みを緩和させたい。
「ハルカちゃんなら、やりたいって言えばやらせてくれると思うわよ。まぁそれが出来るようになるまでまずはトレーニングだけど。那珂ちゃんのスタミナトレーニングで倒れなくなるまではやってもらうわよ」
「お、おう、アレか。いや、あれは乗り越えるって決めてんだ。やってやるぜ」
疲れを蓄積するのはいいから、まずは倒れて風呂に運び込まれるようなことは無いようにしてねと神風に言われ、苦笑しつつも乗り越えてやると決意を固めた。
鎮守府での演習見学は終わり。ただ来ただけでは悪いと、それを許可してくれた提督に会っていきたいと神風が言い、その足で鎮守府の執務室へと向かった。私服で大丈夫かと深雪が少し心配したものの、神風は大丈夫と断言し、そしてそのまま許可も出てしまう。
これが一言二言で許可が出る辺り、この鎮守府の艦娘が持つ権限はかなり緩いと言える。艦娘が提督を信じ、提督が艦娘を信じている、うみどりと同じようなアットホームな場所。
「司令官、さっき連絡した通り、みんなを連れてきたわ」
『ああ、入っていいよ』
暁が扉をノックして、そのまま開けると、そこはうみどりと似たような執務室。何処の執務室も似たような造りをしているらしく、その中のインテリアなどで雰囲気を変えるくらい。
保前提督の部屋は、シンプルながらも季節モノなども取り入れられており、机もキチンと整理されている。そして、伊豆提督がイリスを付き従えているように、ここにも秘書艦と呼ばれる副司令的な立ち位置に任命された艦娘がいた。
「ようこそ、俺の鎮守府へ。深雪は俺のことは知らないだろうから自己紹介をしておこうか。保前だ。よろしく頼むよ」
「う、うす。深雪だよ」
そして、すぐに秘書艦も挨拶へ。
「秘書艦の能代です。よろしくどうぞ」
「うす、よろしくっス」
制服を見る限り、酒匂の制服を少々アレンジしたモノとわかる。つまり姉妹艦だ。深雪もそこは察することが出来た。
だが、能代からの視線に少しだけ萎縮しかける。頭頂部から爪先までをじっと見られたように感じたからだ。急に執務室まで来たことに対して苛立っているのかと内心ヒヤヒヤしていたが、次の瞬間にその不安は消え去る。
「まだまだ生まれたてという感じが消えてないわ。これからいろいろなことが起きると思うけれど、挫けずに前を向いて頑張ってね」
ニコッと笑って頷く。値踏みするような視線に見えたが、それは半分は間違っておらず、深雪の練度を見て確認していただけの様子。生まれたばかりとは事前に聞いているものの、
いくつかのトレーニングをした後、すぐに後始末屋としての仕事をした深雪は、まだまだ素人の域を抜けていない。それをパッと見で判断出来ている。
それも踏まえて、頑張れとエールをくれた。それだけでも、能代の生真面目さと誠実さがわかったような気がした。
「ああ、頑張るよ。あたしはまだまだド新人だからさ。みんなに教えてもらいながら、一人前になっていく」
「そうね、それがいいと思う。自分の目で進む道を見極めて、確実に一歩ずつ進むの。誰にだって出来るけど、誰もが簡単に出来ることじゃない。貴女はそれが出来る?」
「やってみせる。三隈さんにも、これはあたしの物語だって言われてるしな。自分の物語の向かう先は、自分で決めるぜ」
先程までトラウマのこともあって少々ガタついていた心がスッキリしていた。自分で選択し、前に進むと決めたことで、過去のことを振り切ろうとする心待ちになったからだろう。深雪の性格からして、これ以上ウジウジするのも嫌だと考えた。
前向きにさっぱりと、それでいて少々大雑把でもポジティブに。それが深雪だ。過去に囚われて足踏みするくらいなら、どうにか振り切りたい。しかし、振り返らないこともしない。記憶に留めておきつつも、それを糧に前に進む。
「急に演習を見せてほしいだなんて言ってしまってすみませんでした」
会っていきたいと言っていた神風が、保前提督に頭を下げる。それを見て構わないよと頭を上げさせた。保前提督も事情は知っているのだから、深雪が先に進めるようにするためならこれくらい問題では無いとも。
むしろ、ここで深雪のことを見ることが出来たことに感謝したくらいだった。うみどりの新人と顔を合わせることが出来るのは、燃料や物資の補給時に入港し、さらにそこから鎮守府に来る用事が無い限りは難しい。その上で艦娘が鎮守府に来る用事となると、演習や合同作戦くらいしか無いのだ。今回は上手くタイミングが合ったと笑って済ませている。
「ハルカから聞いてるよ。今は休暇中なんだってね。身体も心も休まったかな?」
保前提督からの問いに、満場一致で深く頷いた。好きなことを好きなようにし、目的も全て達成出来ているのだから、心身共に休まったと断言出来る。
初めてこういう場に来た深雪も、心が休まったと感じていた。別に疲れているわけでもないのだが、ここでトラウマを認識し、さらにそれを乗り越えるためのきっかけを貰えたのだから、精神的に一歩進めたと胸を張って言える。
「休暇じゃ無かったら、俺の艦隊と演習でもいかがと誘いたいところだが、それだと身体が休まらないからね。今は仕事のことは忘れて遊び回ってほしい。ここは、そういうところだ」
軍港都市は平和を守るための場所。それは陸に住む人類に限ったことではないし、肉体的な平和だけを見ているわけでもない。
故に、この軍港都市は誰の来航も基本的には拒まない。心を休める場所としての存在を、誰もが享受出来るようにするために。
そういう場所であることは、深雪もしっかり感じ取っていた。屋台街で会ったクレープ屋の店員の表情からして、この街で楽しく生きていることがありありと伝わってきたのだから。
「俺は君達にとても感謝しているしね。戦った後の後始末をしてもらえるなんて、普通にありがたいよ。そんなことをしてくれる娘達を、労わない理由がない」
「私もそう思いますね。先日の戦闘では大分廃棄物が出てしまっていたでしょうから、こちらが戦闘の疲労を回復している間に事後処理をしてくれる方達がいるというだけでも、尊敬の念が湧きます」
保前提督と並び、能代も後始末屋の仕事をこれでもかと褒め称えてくれる。それだけ重要な仕事であることを再認識させられ、深雪は今の自分の在り方に誇りを持つことが出来た。
鎮守府から出て、暁と綾波とも別れる。ここからはまた、休暇の続きとなるのだが、深雪に1つ疑問が浮かぶ。
「そういやさ、神風の目的って何だったんだ?」
深雪を除く5人には、この休暇でやりたいこと、目的があった。梅は本を、秋月は手芸の品を購入すること。子日は食べ歩きで、睦月は友達と再会すること。ここまでは全て達成出来ている。
だが、神風だけはこの休暇でやりたいことがやれているのかがわからない。一緒に食べ歩いていたし、雑貨屋で部屋に飾るような小物を買っていたようにも見えるがそれだけ。神風だけは明確な目的が見えてこない。
「少なくとも達成は出来てるわよ。こうやってみんなで街を歩いてるだけでもね」
「そうなのか?」
「ええ。だって、私の目的は、
自分のしたいことをするのが休暇なのだが、それでも尚、神風は深雪のことを見ていたということ。
別に物欲が無いというわけでもないし、間宮では普通に甘味を食べては幸せそうな表情を見せていた。それに加えて、深雪が楽しんでいる姿を見て満たされていた。
「まぁ演習の件はあったけど、早い段階で知れてよかったとも思うわ。それに、それを乗り越えるだけの心持ちも手に入ってるでしょ?」
「……ああ、大丈夫。
ニカッといい笑顔を見せる深雪。それだけで充分だと神風も微笑む。
「さ、まだまだ休暇の時間はあるわよ。時間の限り遊び回りましょ。それがハルカちゃんから言い付けられた任務みたいなものなんだから」
「気楽な任務だな。でも賛成。なんか緊張とかしたからか小腹が空いてきたんだ」
「だったらまた食べ歩き続行かな!?」
小腹が空いたという言葉で大きく反応する子日に苦笑が漏れつつも、また軍港都市の散策が再開された。
今の深雪には、もう引っかかることはない。神風が望んだように、この世界の楽しさを知ったことで、前向きに生きていける。そう感じた。
能代って秘書艦向きなキャラだと思うんですよ。生真面目で。まぁあの姉がいるからこそこうなってる感はありますが。