那珂主体のアイドル活動、ダンスレッスンを終えた深雪一行は、潜水艦組を他の仲間と対面させるために、うみどり内を練り歩く。そろそろ食事時というのもあって、一行は一度汗を風呂で流した後、食堂へと向かうことにしていた。
そもそも6人とも喧嘩の後、風呂にも入らずにうみどりに来て、さらにダンスレッスンで汗だくになっているのだから、風呂にくらい入っておかないとそろそろまずい。
「ふぅ、さっぱりだな。スキャンプ、足の具合はどうよ」
「もう痛くねぇよ。すげぇなここの薬は」
「湿布もそうだけど、ここの湯も効果抜群なんだぜ。そっちの風呂はどうか知らないけどさ」
レッスンで捻挫をしてしまったスキャンプだが、酒匂による応急処置と、その後の風呂の効果によって、すでに完治するところまで来ていた。
どちらにも修復材の効果が加えられており、艦娘ならば誰でもそれくらいの高速治療が可能となっているのである。
第二次深海戦争の際にも風呂はあったが、ここまで高性能ではなかったと夕立が語る。軽めの傷なら治るというのは同じだが、所要時間がまるで違った。
夕立にとって、風呂というのは第二の入渠ドック。小破にも満たない傷なら、風呂でじっとしていればそのうち治る。その代わりに、無傷なら数分で出るところを何十分も浸かっているというのが当時の実情であった。
「潜水艦の風呂は普通の風呂だ。修復材なんて混じってねぇよ」
潜水艦はいわば
何かしらの戦いに巻き込まれてしまった場合は、明石が扱える入渠ドックがあるものの、高速修復材が存在しないため、どうしても治療には時間がかかる。艦娘自体が人間とは
稀に海域に修復材が落ちていることがあるらしく、潜水艦はそれをいただいていることはあるらしい。とはいえ、そんなものを使わねばならないような戦いには巻き込まれていない。人間と関わり合いになりそうだから、深海棲艦を見かけてもスルーすることが当たり前になっているようだった。
「なんか昔を思い出したっぽい。いっぱい戦って、気持ちいいお風呂でさっぱりするの。で、美味しいご飯を沢山食べて、好きなだけ寝るっていうのが最高っぽい」
「やりたいこと全部やってるって感じだね。夕立はそれで幸せになれそうだ」
夕立が楽しそうに話すのを、時雨が隣で聞いている。どういう経緯があったかはちゃんとは聞かないものの、実の妹がこうなっているというのは、複雑な心境のようだ。
そんな夕立も、その鎮守府で元凶の魔の手にかかり、命を搾り尽くされそうになった1人。そのささやかな幸せを奪われ、長い年月を潜水艦で過ごし、歪んでしまっている。攻撃的な本能がより強くなってしまっているのは、それが原因なのだろう。
「ここのご飯は美味しいから期待していいよ。僕も太鼓判を押そう」
「ホントっぽい? 楽しみっぽーい」
夕立という艦娘は、子供っぽく単純。根深い人間不信はあるかもしれないが、そのささやかな幸せを再び体験することが出来れば、人間の良さを思い出せるだろう。
食堂には少しずつ艦娘が集まってきている。トレーニングルームで顔を合わせた者以外も続々と現れ、スキャンプ達の顔を見ればにこやかに挨拶をしてくるほど。
警戒心が無いのかと呆れるスキャンプだが、そろそろうみどりの艦娘達がどういう者達の集まりかわかってきたようで、苦言を呈するのも諦めたようである。
そもそも艤装を持たない艦娘に警戒心なんて必要なく、ここで食事待ちをしている時点で仲間扱い。問題児とは聞いていても、自分から突っかかってこない限り対処もしない。
夕立も今は喧嘩より食い気の方が強いようで、ニコニコしながらご飯ご飯と楽しみにしているようだった。ここで誰彼構わず喧嘩を売るようだったら、とりあえず一回落としておくつもりだったようだが、攻撃的な本能よりも、食欲の方が勝っていたのは助かった。
「グレカーレ、お前仲間を変な目で見るなよ」
「んー? あたしが色目を使うのはミユキとイナヅマだけよー? さっきは裸の付き合いしちゃったし」
「お前が言うといかがわしく聞こえるんだよ」
「いかがわしく言ってるもーん」
ニマニマしながら電の隣の席を陣取るグレカーレ。こういう発言をしながらも、許可が無ければ手も出さない辺り、弁えるということは出来るようである。
言葉の割には、性格はそれなりに真面目、それがグレカーレ。とはいえ、深雪と電に対してだけは、欲望がダダ漏れに見えなくも無い。
夕立が食欲ならば、グレカーレは愛欲。その対象が異性でもなく、きっかけが喧嘩というのがまた酷い話ではあるのだが。
「……ここにいる連中は……なんつーか、
スキャンプがボソリと呟く。壮絶な過去があるからか、スキャンプは少々居心地が悪そうに席に着いているのだが、どうしても周囲の目が気になるらしい。
過去、壮絶な経験をさせられた鎮守府での生活では、こういう場所では確実に孤立していた。その上、無視されていたのではなく、
だが、うみどりは違う。ここにいる者達はスキャンプのことを敵だの汚いモノだの思っているわけがない。共同生活をする仲間、それも全員が超好意的。次は誰が共に行動するかなどを本人に聞いてくるレベル。
「そりゃそうだろ。だってお前、もうあたし達の仲間だからな」
深雪は他意無くそんな言葉を言い放つ。少し前に大喧嘩をした上、スキャンプの意識を叩き落とすまでした深雪が、そのことを完全に横に置いて話している。
昨日の敵は今日の友と言うが、日を跨ぐことなくもう友達と感じているくらいだ。深雪はその辺り、割り切るのが非常に早い。
「……ふん、まだテメェらのことを仲間だと思ってねぇよ。あたいはあくまでもここに人間を見に来ただけだ。負けたからな」
「大丈夫、君もすぐに絆される」
時雨の口出しに睨みつけるような鋭い目を向けるが、とうの時雨はおお怖い怖いと不敵な笑みを浮かべていた。
「午前中は那珂ちゃんのレッスンだったのでしょう。大丈夫でした?」
そんなスキャンプに声をかけるのは三隈。穏やかな笑みを浮かべながら、まだ少しだけしか体験していないうみどりでの生活についての感想を聞きに来たようである。
「テメェは」
「名乗るのを忘れていましたわ、申し訳ございません。三隈と申します。気軽にくまりんことお呼びくださいまし」
「……ここの連中はそういうのばかりなのか」
ハルカちゃんだとか、那珂ちゃんだとか、ノリは近しいモノがある。だからか、スキャンプはこのノリがうみどりの共通認識なのかと錯覚しかける。違うからと深雪が訂正するものの、三隈の笑顔は変わらない。
「大丈夫だ。足をやっちまったが、もう治ってる」
「それはよかった。ここでの思い出が苦しいモノばかりになっては困りますもの」
不思議な雰囲気を持つ三隈に、スキャンプは妙な感覚を得た。自分の心の隙間を埋めてくるような、ただただ善意の中にいるような人間。長く生きている中、こんな人間は見たことがない。
先程の酒匂もそうだが、スキャンプの知っている人間とはかけ離れている存在。自分を気にかけてくれる。見下げるような視線を持たない。過去を詮索すらしない。ただ仲間であると、仲良くしようと話しかけてくれている。
「これからまた知ることになるでしょうけれど、ここは楽しい場所です。なので、思う存分堪能してください」
スキャンプのみならず、グレカーレや夕立にも同じ言葉を投げかける。他意はなく、本心から、このうみどりでの生活を楽しんでほしいと願って。
スキャンプは酒匂に対して思った疑問がまたよぎった。何故ここまで親身になれるのか。今日会ったばかりの自分に、ついさっきまで敵対すらしていた自分に、何故ここまで手を差し伸べられるのかと。
酒匂はそれを『普通』と称した。苦しんでいる者がいれば手を差し伸べる。辛い思いをして欲しくない。みんなが笑っていた方が自分も嬉しい。ただそれだけ。
ならば三隈はどう答えるのか。スキャンプはそれが気になった。三隈と酒匂と同じ考え方を持つ者なのか、それとも。
「三隈は平和のために戦っています。平和とは何ぞや、という話になるかと思うのですが、それについてお話しすればよろしくて?」
「……そ、そうなる、のか?」
「そういうことにしておきましょう。三隈にとっての平和は、誰もが穏やかに暮らせること。貴女も、三隈も、仲間達も、誰も彼もですわ」
壮大な話になってきた。だが、平和を目指すという言葉自体は元凶も使っている言葉であることはスキャンプも知っている。そのため、次は穏やかに暮らすとはどういうことかを問う。
「道を自らの力で選択し、それを突き進むこと。これが三隈にとっての穏やかな平和ですわ。平和で無ければ、選択する道すら与えられませんもの。そういう意味では、ここでの生活は平和なのかもしれませんわね。何せ、この生活そのものを自ら選び取ったのですから」
戦時中でも平和と言ってしまう三隈は、自分でも何を言っているのだろうと苦笑していた。世界の平和ではなく、
「貴女はこれまで苦難の道を歩くことになっていたのでしょう。三隈と話している今も、困惑が見えています」
「……否定は出来ねぇ」
「三隈がとやかく言うことは出来ません。ですが、緩やかなせせらぎに身を任せるのも悪いことではありません。難しいことかもしれませんが、まずはこの道に揺蕩ってみてはいかが?」
提示はするけど、指示はしない。最終的に選ぶのは貴女だと念を押す。
「信じるか信じないかは、貴女次第。その決断は辛いものかもしれませんが、どの選択も貴女自身が選び取ったもの。なら、間違いはありません。貴女の物語は、ここから新しい章に入るのでしょうね」
不思議な言葉ではあったが、スキャンプには強く突き刺さったように思えた。
その後、食事が提供されたことで事態はやはり好転する。
「お、美味しいっぽい! こんな美味しいの、食べたことないっぽい!」
早速夕立が撃沈。一口食べるや否や、その食事の虜となっていた。30年間の食生活がどういうものだったかは知らないものの、伊豆提督の手料理で落ちない者はいない。
「うん、ホント美味しい。ユーダチの言う通り、ここまでのものは食べたことないかも」
グレカーレも驚きながら舌鼓を打つ。今回はせっかくのお客様なのだからと、伊豆提督もいつも以上に腕によりをかけて作っている絶品料理。やはり人間の良さを知ってもらうなら、胃袋を掴むのが一番である。
夕立とグレカーレは、もう料理の虜である。ならばスキャンプはどうか。
「……マジで美味ぇ」
一口入れては呑み込むのも勿体無いと思っているかのようにゆっくりと咀嚼して堪能している。2人以上に、この料理に対して強い喜びを感じているかのようだった。がっつくわけでもなく、誰よりも遅く、一口一口を大切にしていた。
これを軽蔑と嫌悪の対象となり得る男が作っているということも忘れている。やはり、伊豆提督相手ではそのトラウマも薄れるようだった。
「あたいの物語……か」
先程の三隈の言葉を反芻する。これまでのスキャンプの物語は、自分で選択することも許されないモノだった。でも、今は違う。ここにいることも、こうして過ごしていることも、半分は自分での選択だ。
これまでと今からは違う。潜水艦の時もギクシャクしてしまい、長い時間を拗らせ続けたが、今は解き放たれているようなモノ。あとは、自分の決意、選択のみ。
そんな悩みを持つようになったスキャンプを眺めながら、深雪は感慨深い気持ちになっていた。
スキャンプは、自らの道を好転させるために選択が出来るか。これはもう、誰にも口出しは出来ない。
酒匂につづき、三隈もスキャンプの心に何かを刻みました。これで好転するか否かは、スキャンプの選択次第。