潜水艦からやってきたカテゴリーB達は、そのまま夜もうみどりで過ごすことになる。今の時代の人間を見るという目的を達成するためには、一度や二度話しただけでは終われない。共に暮らしていることで
少なくともここまでは、それらしい姿を見せていない。だが、夜寝静まったところで何かしてくるかもしれない。故に、警戒は最大限に。
「1人部屋を3人分で良かったかしら。1人で眠れないとかある?」
またしても絶品だった夕食を終えた後、伊豆提督から聞かれた3人。夜もプライバシーを配慮し、どのように眠りたいかを選ばせてくれるようである。
部屋は何処も同じ間取り同じ広さなので、そこを変えることは出来ない。ベッドも各部屋1つだが、それなりに大きいため、2人くらいなら一緒に寝られる。必要ならばマットレスや布団を追加で貸し出すことも可能と、至れり尽くせり。さらには、部屋に鍵をつけることだって可能。
また、眠る時の服装まで自由。パジャマでもシャツでも浴衣でもなんでもイイと選びたい放題。でも流石に裸で眠るのはオススメしないと念を押される。伊豆提督はそれでも嫌味に聞こえないのが恐ろしかった。セクハラとすら思えないくらいである。
「アナタ達が潜水艦でどうやって過ごしているのかは詮索しないけれど、ここでは好きに暮らしてくれて構わないわ。余程のことをしない限り、誰もそれに文句は言わないから」
「余程ってのは?」
「部屋を壊したり、騒音を立てすぎたり、あからさまに他人の迷惑とわかるような行動はやめてちょうだい。それ以外は何をやってくれても構わないわ。あ、壁に落書きとかもやめてね」
「しねぇよそんなこと」
流石にそこまでするわけがないだろとスキャンプは反論するが、伊豆提督は念のためだからとニッコリ。
実際、自分からやってはいけないことをしておいて、それを人間に文句を言われたら、だから人間は信用出来ないと不信感を持つというマッチポンプをやりかねないので、念を押しておくのは重要である。
ここで言ったことをやるということは、明確に人間に対し悪意を持って騒ぎ立てるということ、つまり
伊豆提督はこのうみどりの管理者だ。相手がどれだけ心優しい者でも、その念押しだけは欠かさない。万が一を考え、どのような状況でも必ず話す。うみどりの決まり事みたいなものである。
「じゃあじゃあ、あたしミユキかイナヅマの部屋で寝まーす」
「断る。あたし達は理由があって2人で寝てるんだ。もう入れねぇ」
「ごめんなさいグレカーレちゃん。そういうわけなので、諦めてほしいのです」
グレカーレが予想通りの発言をするが、深雪が前以てカット。電も申し訳なさそうにお断りを入れた。
互いに悪夢を見ないようにという理由で、今は常に2人で眠っている。その時点でベッドは定員オーバー。いくら小柄でも3人で眠れるほどベッドは広くない。
「それに、明日は朝イチから後始末なんだ。ぐっすり眠らせてくれよ」
現在もうみどりは現場に向かって航行中。深夜に到着ということは、朝食の後すぐに作業が始まる。寝不足な状態で仕事に入ることは出来ない。それが病気などではなく他人の邪魔によってならば文句しか無い。
「しょうがないなぁ。じゃあ、あたしは空っぽのイナヅマの部屋に」
「それもやめろ。部屋に入られて嬉しいヤツはいないぞ」
空き部屋に入るなんて言語道断。ただ入るだけならまだしも、ベッドを使って一晩過ごすというのは、相手が誰であっても簡単には許可出来ない。ただでさえ空き部屋はまだあるのに、わざわざ使いたいと言ってくるような輩がまともなわけがないのである。
「ちぇー。あ、じゃあ寝るまで話とかしちゃダメ?」
「それならいいぜ。な、電」
「なのです。ゆっくりお話しするのなら大歓迎なのです」
ここまで言って、ようやくグレカーレは一歩引いた。深雪も電も、極端なことをしなければ普通に仲良くしたいと思っているのだから、それこそ駆逐艦の会の延長線上みたいなことは喜んで受け入れる。
そこで何かしらおかしなことをしようとしたら、2人揃って絞め上げることになるだろう。しかし、グレカーレはそれすらも悦びに変える
だとしても、お気に入りの嫌がるようなことはしないのがグレカーレ。こんな態度、こんな言葉を放っても、根は真面目なのである。断られること前提、からかっているようなモノ。むしろ最初に一番酷い条件を提示して、軽めのお願いを聞かせるようにする裏技的な流れ。
「夕立は、時雨と寝たいっぽい」
「僕とかい? まぁ、別にいいよ。僕は深雪や電のように先客はいないからね」
「やった!」
夕立は1人部屋より誰かが近くにいてもらいたいらしい。潜水艦ではどうしても1人で寝ることになるが、こういう時こそ誰かの温もりで落ち着きたいと話す。
そこで都合よく姉妹艦がいるのだから、頼りもする。時雨も夕立が純粋種の妹であるため、抵抗もなく受け入れた。これがカテゴリーCなら断固拒否していただろう。
「あたいは普通に部屋を貰えればいい。誰も入ってこないんだよな」
「勿論。必要なら鍵も使ってちょうだい。妖精さんにも入らないようにしてもらえるわ。でも、総員起こしの放送は全部の部屋に入るようになっているから、それだけはごめんなさいね」
「それくらい構わねぇよ」
そしてスキャンプは逆に、眠る時は1人がいいとした。夜くらいは誰にも邪魔されずに静かに過ごしたいとまで。
過去、慰み者にされたことが影響している。誰の目にも晒されず、誰にも触れられない。それが一番の安心となっていた。潜水艦でもそれだけは徹底しているほどらしい。
「必要なものがあったら何でも言ってちょうだいね。出来る限り揃えるから」
「……ああ、Thanks」
素直に礼を言うスキャンプに、伊豆提督の笑顔はより深く。相手が相手だけにやらなかったが、感極まる可能性も無くはなかった。大人の自制心でしっかり抑え込んでいる。
深夜、うみどりは現場付近に到着。あと少ししたら残骸溢れる海域に突入と言ったところ。そこまで行けたら夜明けを待ち、朝イチから作業が開始される。
後始末の規模としては、大規模寄りの中規模。連絡が来たときには、それなりに頻出する姫、空母棲姫の亡骸があると聞いている。艤装は悲惨なことになっているものの、本体のカタチはそれなりに残っている状態で収まっているらしい。
だが、今はそれが一番の問題点となる。出洲達カテゴリーKが現れてから、雑多なイロハ級の残骸はそのままに、姫級の残骸だけが持ち逃げされるという事件が多発していた。今回もそれがあり得る現場。
これまでの持ち逃げは、軍港に留まっている間に放置することになってしまった現場だったため、到着した頃には既に無くなっていた。
だが、今回は連絡を貰って比較的すぐの現場だ。1日も経過していない、いわば
「既に作業中かもしれないわね……警戒を厳に」
この時間でも起きているのがイリスである。勿論、こうなる前に仮眠は取っているし、事が済んだら二度寝もするし昼寝もする。
操舵手の妖精さん達も、少し緊張感を持って事にあたっていた。今警戒しなくてはならないのは、亡骸の持ち逃げをしているカテゴリーK……ではなく、その本拠地として使われている可能性がある『海賊船』だ。
予想されるのは、うみどりと同じような移動鎮守府。しかし、それでは流石に目立つだろう。そのため、大型のタンカー船や貨物船あたりを偽装して運用していること。
そもそもそれだけ大きな艦艇がそこにあるのなら、今海中に潜んでいる潜水艦、丹陽達が気付かないわけがないのだ。それでも気付かなかったということは、一般的な人間が漁業や輸送業で使用しているモノをそのまま流用し、行動すら偽装してそこにいるというのが妥当。
それに、もしそれが怪しくても、丹陽達がいきなり強襲を仕掛けることは出来るわけがなかった。相手が人間であった場合、信用出来なくとも一方的に攻撃を仕掛けるというのはまた話が変わる。カテゴリーMならば当たり前のように攻撃していただろうが、彼女らは人間に裏切られたことで不信感を持っているに過ぎない。信用しないだけで攻撃的に事を起こすことはしないのだ。救うこともしないというだけ。
そのスタンスがここまで手遅れにさせたのかもしれないが、そのおかげで余計な騒ぎにもなっていない。一長一短である。短の方が重篤な気がしないでもないが。
「電探、反応は?」
イリスの言葉に妖精さんは首を傾げる。大きな反応は無いようだが、少々違う、想定外の反応は見つけたらしい。
残骸が散らばっている現場ならば、想定外の反応というのは割とよくあることである。それこそ、亡骸から垂れ流される穢れに集まってきた外部の深海棲艦や、その場で既に生まれてしまった深海棲艦、カテゴリーMだって考えられる。
状況次第では放送を出して戦闘準備まで考えられる。故に、緊張感はさらに高まった。
「……部隊、部隊かしら」
その不思議な反応は、数が6つ。大きかったり小さかったりとサイズはマチマチだが、おおむね同じ行動をとっていた。統制が取れている、1つの部隊。
「カテゴリーを確認するわ、もう少し近付いて」
カテゴリーに関しては、イリスがその目で見なくてはわからない。せめて映像に映る位置まで近付かないと、それがなんであるかの判断が出来ない。
とはいえ、ここにいきなり現れるのが味方なわけがない。
「……見えた。カテゴリーは……っ」
その目に入ったことで、イリスはすぐさま動き出す。これは単純な問題では無い。ここですぐに対処しなければ、今後の活動にも影響が出る。
まだ誰もが寝静まった時間。うみどりの仲間達は勿論、潜水艦からやってきた問題児達も、心を落ち着かせて眠ることが出来ている。30年間の拗らせがここに来て払拭されたわけではないのだが、この場所で安心して休めるというのは、それだけ心を許したと言ってもいい。
しかし、その休息を邪魔する者がそこにはいる。
突如鳴り響く警報。目覚ましにしてはあまりにも激しいため、慣れている者ですら飛び起きるし、慣れていない3人は何事かと驚く。
『後始末現場に敵影発見よ。全員すぐに準備して』
冷静なイリスの言葉が艦内に響き渡り、その瞬間からうみどりが一気にバタバタとし出した。
バタンバタンと扉の開閉音がし始めたので、スキャンプも部屋から飛び出すと、ちょうど深雪と電も部屋から出た直後。
「Hey! 何があった!」
「放送通り敵が出たんだ! さっさと工廠に行くぞ!」
端的に説明し、深雪は電の手を引いて工廠へと駆けていく。スキャンプもそれに倣うしかなく、導かれるがままに駆け出した。
しかし、そうしている間にもイリスの放送は続く。ここで敵の規模まで伝え、仲間達に覚悟を持ってもらうため。
『敵は6体。5体はカテゴリーRだけれど……1体は
現場に現れたのはカテゴリーY。つまり、出洲の手の者と見て間違いありません。