夜の後始末現場での戦いが始まった。うみどりから出撃したのは、屈指の実力者達。後始末現場というのもあるが、敵にカテゴリーYという特に不明な点が多い敵がいることを考えると、今はその情報を手に入れるためにも、手練れを送ることが重要であった。
夜間でも当たり前のように空襲が可能なヲ級の艦載機を、秋月の対空砲火と長門の三式弾で蹴散らし、道を作り出したところで神風と那珂が突撃。探照灯によって照らされつつも、隙を見せるどころかスピードを上げて接近し、3体のうち2体のバランスを崩す。
「お姫様、出てきてもらえるかしら。元人間なのよね」
まだ全てを撃ち崩したわけではないが、このカテゴリーR達を率いているカテゴリーY、船渠棲姫に対して挑発するように砲撃を放つと、それは戦艦棲姫の生体艤装に防がれてしまう。そして、その陰からチラリと顔を出してきた。
その表情は、不敵な笑み。まるでここで負けることなど考えていないような、自信に満ち溢れた表情。
「出来れば大人しく捕まってくれないかしら。手荒な真似はしたくないのよね」
そんなことを話しながらも、その足を止めることはない。話をする以前に、体勢を崩しながらもネ級は攻撃を止めることもせず、突撃してきている2人に対して集中砲火を続けた。
腕がダメになっても、脚がダメになっても、ネ級の艤装は
「全く、まともに話すら出来ないのかしら。貴女、そんな
砲撃だけならば恐るるに足らない。それを見せつけるかのように、神風は隙間を縫いながら少しずつネ級に近付いており、避けようのないタイミングを見計らって砲撃を一発。
それによってネ級の1体は腹を抉られるように撃ち抜かれ、明確にダメージが入ったとわかるくらいに、表情が歪むのがわかった。
「ファンサービスはしっかりやるからねー♪ 那珂ちゃんのアピール、ちゃんと見ててよね♪」
神風が砲撃で終わらせた横では、那珂も同じように砲撃。狙った場所もほぼ同じであり、腹を抉って顔を歪ませる。
ただ、那珂は神風よりも更に容赦なく、艤装が生えている腹の付け根を集中放火することで、そもそもの砲撃なども機能不全に陥れさせようとしている。神風は抉っていたが、那珂は直撃。艤装部分であるため貫くことは出来ずとも、衝撃は体内を駆け巡り、より苦痛を味わわせる結果となっていた。
この2人の進撃を見ても、船渠棲姫の表情は変わらない。むしろ、値踏みするような目で眺めては、なるほどと小さく頷く。その仕草は神風の言う通り、見た目と違ういい大人のようだった。
「随分と余裕そうだけれど、何か策でも……」
「神風ちゃん、ちょっと厄介かもー」
その表情に神風が疑念を抱いたところで、那珂が苦笑しながら少しだけ退いた。
「そのネ級、
那珂の言う通り、神風が撃ち抜いたはずの腕が元に戻りかけていた。那珂が撃ち抜いた脚も、今では立ち上がれるくらいには治っている。抉った腹はまだそのままでも、溢れ出ていた黒い血は既に止まっていた。
つまり、このネ級は
深海棲艦を改造しているというのは勿論把握している。しかし、これまで見てきたのは、その艦種に別の艦種の要素を付け加えるという改造ばかりだった。
駆逐艦が中口径以上の主砲を扱ったり、軽巡洋艦が艦載機を飛ばしたりと、本来ではあり得ない攻撃方法を繰り出してくるため、その突発性と意外性で苦戦する。
それに関しては、事前に知っていれば対応は出来る。おかしなことをしてくるという心持ちがあれば、動揺はしない。そもそも、そんなことをされる前に斃してしまえばいいのである。
だが、今回はそういうわけにはいかなかった。見た目は完全にいつものネ級。スペックもそこまで変わっておらず、砲撃も据え置きと言えるだろう。それもあるから、神風と那珂は真っ直ぐここまで来れたし、簡単に処理が出来た
しかし、
「……これもあちら側の研究の成果って言うのかしらね」
「かもねぇ。なんだっけ、コージの存在? 人間を超えるっていう研究の結果がこれなのかな」
「自己修復なんてあったら、不老不死が手に入ったようなものだものね。人間なんて超えちゃってるわよ」
世界の平和のために、人間を上の段階、高次の存在へと昇華させようとしているのが出洲の目的。その研究の一環として、この自己修復という能力が生まれたとなれば、納得は出来る。
どれだけ傷を負っても死ぬことがないのならば、戦争は無駄だと感じるだろう。その結果、最後には戦いは無くなり、恒久的な平和が訪れる。その最初の実験台として、深海棲艦にその力を与えている。
人間に施せるようなモノでは無さそうだが、出洲のようにカテゴリーK、もしくは今目の前にいる船渠棲姫のようなカテゴリーYならば、この性質を附与出来るのではなかろうか。
「驚いた?」
ここで初めて船渠棲姫が言葉を口にした。表情は変えず、見た目に相応しい子供っぽい声で。だが、その裏側にあるのは大人の思考。しかも、この姿を受け入れ、この戦場にいる、完全なる敵。
「
うっとりとしたような、まるで出洲のことを心酔しているような表情を見せる船渠棲姫。同じカテゴリーYであっても、平瀬や手小野、桜とはまるで違う、心の底から出洲に従っている表情。
神風としては、あの離島棲姫とも違うように思えた。あちらは自分の力に溺れた結果、素人であるにもかかわらずやりたい放題やった結果自爆していたが、こちらは少し違いそうである。
「死を意識せず、戦いを意識せず、心身共に平和になれる最高の
心の底からの発言だと取れる。まるで得体の知れない宗教にハマっているかのように、出洲のやり方を盲信しているような、そんな雰囲気。『教え』という言葉を使っているため、本当に新興宗教の類にすら思える。
よく見れば、この船渠棲姫の目は何かに取り憑かれているかのようにも見えた。しかし、洗脳などではなく、自らその道に堕ちてしまっているように思える。
「それが平和だと言うのならば、極めて独善的な世界ですわね」
その言葉を聞いていたのか、修復されているネ級を噴き飛ばしながら三隈がその場に現れる。
いつもは航空戦力として戦っているが、今回は夜の戦場。しっかり主砲を積んで戦場に立っていた。その火力は神風や那珂を上回り、今の戦場では頼れる存在。
「限りある時間で、最善の道を選択してこそ、この命を楽しむことが出来るのです。限り無い命なんて、とても
三隈はいつもはなかなか見せない冷たい視線で船渠棲姫を見つめていた。
「戦が無いことは確かに平和でしょう。誰もが高次の存在へと至ることで、戦が無意味となる。それは理解は出来ますとも」
「話がわかる人もいるんだね。じゃあ、貴女もこちら側に」
「ですが、納得は出来ません」
三隈を勧誘しようとする船渠棲姫に対し、その申し出をキッパリと跳ね除けた。確固たる意志を見せ、出洲の目指す平和は平和では無いと断定しながら。
「その平和は、
平和ではなく堕落と言われてしまっては、船渠棲姫もカチンと来たようである。見た目通りの子供っぽい怒り顔を見せ、自らが信じる平和を無下にされたことに苛立つ。
自ら信じてきた教えを違えるものは、一種の
「貴女の主は、その止まった時を管理することが目的のようですね。民を総じて同じとして、蔓延させ、世界の全てを自らの思い通りにする。それでは
船渠棲姫から睨みつけられても、三隈は素知らぬ顔。むしろ、話しながらも攻撃の手は緩めず、修復しようとしているネ級にガンガンと砲撃をぶつけ、むしろ修復が間に合わないくらいにまで損傷を拡げていた。
自己修復の機能があると言っても、結局は限界がある。命の総量は増えていても、0にならないわけではない。ならば、その分叩き込めばいいという、かなり力業なやり方。
そもそも一撃当たれば即死と言えるような場所──頭や心臓を狙って攻撃をしているのだが、そこへの攻撃に関しては回避能力が段違いに高く、逆に言えばそこに当たることが出来れば修復が不能であるということを自ら露呈している。
「それでも我々が悪魔の使者だというのならば、三隈は喜んで悪魔に魂を売りましょう。道を失くされ、民を縛る神の下で管理されるくらいならば、三隈は悪魔の下で自由に翼を広げ、貴女方を見下ろしながら飛び回ることでしょう。それが、三隈の選ぶ道ですわ」
そしてその信念が通ったか、1体のネ級は回避しきれなくなり、頭部を損傷。そのまま動きが鈍くなり、追加でトドメの一撃が入ったことで修復すらも出来なくなった。
頭部を失ったネ級は、もう自己修復すらしない。命がある限りの修復であり、命が失われればもうそれは亡骸となる。
「幸せなディストピアより、過酷なユートピアを選ばせていただきますわ。それが三隈の物語。そこには成長という道がありますので。貴女のように停滞を望む者より、三隈は先へ先へと進ませていただきます。道は長ければ長いほど楽しいのです。自らその道を選べたならば尚更」
三隈が例を見せたことで、神風と那珂もどうすればいいのかすぐに理解した。神風は持ち前のスピードでネ級に回避させる暇すら与えずに頭部を撃ち抜き即殺。那珂はそこまでは出来ずとも、脚を狙って動きを封じ、回避出来ずに修復している間に心臓を破壊。そのまま修復させることなく終わらせる。
「言いたいことはそれだけかな」
あっという間に自己修復付きのネ級がやられたことで、船渠棲姫の怒りはより強く沸き立った。自分が信じる道とは違う道を行く三隈の言葉に、苛立ちを隠さなかった。
「間違った道を行くのは勝手だけれど、こちらの正しい道を塞ぐのはやめてもらえないかな」
「何故貴女方が正しいと決めつけられるのでしょう。都合が悪い者を排除するような道の何処が正しいのでしょう。貴女方の信じる教えの正しさを、三隈にご教授願えませんか? 狂っているというのならば、そう言ってくれても構いませんことよ」
話している内に、空襲を仕掛けてきていたヲ級が突如爆散する。船渠棲姫もこれには驚いたようにそちらに視線を向けた。
3人がネ級を処理する間に、妙高が雷撃を続け、ヲ級を始末していたのである。こちらにも自己修復がある可能性を考慮し、まずは魚雷で脚を破壊。動かないようにした状態で近付き、確実に終わらせるために主砲によって頭部の艤装諸共破壊した。
「少し手間取りましたが、ヲ級もおしまいです。あとは、姫2体ですよ」
こうなれば長門と秋月もフリー。戦艦棲姫にはどうしても長門の力が必要になるため、ここで手が空くのは勝利に直結する。
だが、船渠棲姫はまだ余裕がありそうであった。自己修復以外にも何かありそうな雰囲気を醸し出していた。