船渠棲姫が率いてきた深海棲艦は、自己修復というとんでもない力を持っていた。しかし、それでも斃せない敵ではなく、急所を狙うことで修復をさせることなく撃破。わかってしまえば対処が可能であり、次々と処理することが出来た。
6体の敵の内の4体、ネ級3体とヲ級を終わらせたところで、船渠棲姫を追い詰めたかと思いきや、まだ余裕がありそうな表情を見せていた。
「よし、空襲も無くなった。私も加わるぞ」
「私は万が一を考えてあまり動かず待機します。防空はお任せください」
「ああ、勿論だ。任せた」
長門も三式弾による対空砲火をする必要が無くなったため、戦艦棲姫と戦うためにも参戦する。同じように対空砲火に専念していた秋月も、基本はバックアップのためではあるが、数歩前に進んで警戒を厳とする。
以前に軽巡棲姫が艦載機を発艦しようとしたこともあるため、残った船渠棲姫と戦艦棲姫が艦載機を使わないとは限らない。万が一発艦したら、それを即座に対処するために、秋月はこれまで以上に緊張しながら残り2体の挙動を見つめた。
「なかなかやるんだね。まさか機能停止させちゃうなんて」
「当たり前よ。わかっちゃえばこちらのものだもの」
「そっか。でも、
そう言いながら取り出したのは、スパナとハンマー。これまでは手ぶらだった船渠棲姫だが、今世界に知られている船渠棲姫という個体は、この道具を持っている。船渠──ドックの名を持つ深海棲艦であるためか、出来るか出来ないかはわからないがその場で艤装などを修復するための工具のようなものを扱うようだった。
本来ならば、船渠棲姫は駆逐艦。そんなことが出来るわけがない。工具はお飾りであり、兵装は駆逐艦と同様。むしろ、少々特徴的で魚雷しか装備していないくらいである。なのに、この船渠棲姫は自信満々にそれを手に持っていた。
「まずは、少し離れてくれないかな」
軽くスパナを振り上げると、神風達の足下が急に暗くなった。そもそもが夜であるため、視認性は限りなく低い。しかし、それでも暗くなったということは、
そこから想像できること、そして船渠棲姫の性質から考えると、そこにあるものはすぐに見当がついた。
「魚雷が来るわ! 離れて!」
神風が叫び、全員が一斉に散る。瞬間、今まで神風達がいた場所に、真下から魚雷が浮上するように突っ込んできていた。
放ったタイミングが全くわからないその魚雷は、明らかに艦娘達が使う魚雷とは一線を画した性能。それこそ、魚雷自体に意思があるかのような挙動で海面に飛び上がり、そして一斉に爆発する。かなり近くではあったが、その炎に少し焼かれる程度で済み、ダメージは軽微。制服の端が焦げるくらいで回避成功。
神風が叫ばなければこの爆発が直撃していたかと思うとゾッとする。それくらいに大きな爆発。それこそ、戦艦の主砲を凌駕するような火力を発揮され、この瞬間だけは夜なのに周囲が全て見えるくらいに明るくなった。
「さすが。ちゃんと避けるだけの実力者だね」
回避されるところまで視野に入れていた船渠棲姫。むしろ、そちらが狙い。自分から離れさせ、
「何をするつもりか知らんが、邪魔をさせてもらうぞ」
そんなことをやらせるわけにはいかないと、その魚雷の爆発を逆に霧散させるかのように、長門が砲撃を開始。
出来ることならば生捕りを目指しているが状況が状況だ。攻撃をしてでも今からやろうとすることを止める必要があると判断し、長門は躊躇なく放つ。
しかし、そういう時のためにいたのが戦艦棲姫なのだろう。その砲撃に瞬時に対応し、船渠棲姫の前に躍り出たかと思えば、その生体艤装をさらに前へと出して長門の砲撃をガード。
いくら深海棲艦の艤装といえど、戦艦、しかも艦娘の中でも上から数えた方が早いほどの威力の火力が直撃すれば、当然ながら破損は免れない。生体艤装が両腕を突き出してその砲撃を食い止めたことで、それがそのまま噴き飛んだ。
「ありがとね」
その戦艦棲姫の艤装も自己修復していく。ネ級の修復速度よりも速いのは、おそらく姫級だからであろう。そもそも姫という存在はイロハ級よりも頑丈。装甲も頑丈であり、生命力もかなり高い。それが影響していると思われる。
船渠棲姫が引き連れてきた随伴艦達は、全員が自己修復能力持ちであることが窺える。イロハ級はすぐに対処出来たものの、姫級を同じように処理することはかなり難しい。
それを利用して、
「これだけ時間が稼げれば充分。それじゃあみんな、
神風達が離れ、戦艦棲姫が守ってくれたところを見計らって、船渠棲姫は自己修復が出来ないところにまで来てしまったネ級に近付くと、その辺に浮かんでいる残骸を拾い上げてネ級に押し当て、ハンマーで軽く叩く。
小気味良い音が鳴り響いた瞬間、船渠棲姫の艤装が突如唸りをあげ、艦娘でいう妖精さんのような存在が奥から現れた。見た目は小型化してデフォルメされたような船渠棲姫。しかし、その力は異常の一言に尽きる。
魚雷の爆発によって巻き起こった爆煙が晴れ、船渠棲姫の姿がようやく見えたと思いきや、先程処理したはずのネ級が、五体満足の状態で起き上がっていたのだ。
「……確かに斃したはず。でも、あの船渠棲姫が何かしたわね」
「んー、多分
「ええ、私もそう思う。船渠なんだもの。修繕だけじゃなく、
これが船渠棲姫に与えられた特殊な力の真骨頂。船渠の力をそのまま使える工作艦を超えた能力。
神風が言った通り、船渠──すなわちドックは、何も艦を修繕するだけのものではない。建造もその役割となっている。素材を持ち寄り、0から艦を造り上げるのも、立派な船渠の役割だ。
亡骸となったネ級を中心に、
「少し改良してあげたから、次は頑張ってね」
2体目のネ級も起き上がり、先程斃したはずの敵がその場で増えていく。さながらゾンビのようなもの。斃しても斃しても、船渠棲姫がそこにいて、その力を振るう時間を与えるたびに、素材がある限り復活し続ける。そして、素材はこの海域にはいくらでもある。
「なんて醜い不死なのでしょう。これを平和と呼ぶなんて、烏滸がましいとは思いませんこと?」
復活した瞬間に頭部へと砲撃を撃ち込む三隈。しかし、先程とは違って、それを紙一重で回避する。少し改良したというのは嘘ではないらしく、船渠棲姫の手によって蘇ったネ級は、スペックが一段階上に上がっているようだった。通常のネ級が、エリートクラスになったようなもの。建造と共に改修まで施されていると言える。
「私が戦艦棲姫を引きつける。お前達は船渠棲姫をどうにかしてくれ」
ここで長門が一歩前に出て、戦艦棲姫に向けて挑発するように手招きする。ただでさえ頑丈な艤装を持つ姫だ。それに船渠棲姫が守られているだけでも、この戦闘は簡単には終わらない。
しかし、戦艦棲姫に感情があるのか無いのか、長門の挑発にはまるで反応しない。船渠棲姫を守るように立ち尽くし、艤装の修復を待っているのみ。ただの壁としてそこにいる。
「……全てを奪われているのか」
本来の深海棲艦は、理性なく本能で侵略行為をしていたとしても、感情はあった。姫級ともなれば、言葉を介し、自分の意思を示していた。悪意であれなんであれ、自分というモノを持っていた。
しかし、この戦艦棲姫は感情も意思も奪われている。船渠棲姫のただの手駒として扱われ、ただ傷付き、死しても新たに建造され直し、次の壁として扱われる。
それがあまりにも惨めだった。姫という肩書きを何もかも塗り潰された、哀れな人形。それが今の戦艦棲姫である。
侵略者であり絶対的な敵である深海棲艦相手でも、これは同情してしまった。ならば、そんな惨めな姿をこれ以上見たくはないと、長門は無理にでも戦艦棲姫に突撃する。
「必ず退かす。神風よ、頼むぞ」
「ええ。重荷を背負わせるようで申し訳ないけど」
「私は戦艦だ。ここで気張らずしてどうする。さぁ、行くぞ姫よ!」
長門の突撃を食い止めるように立ち塞がるのは、起き上がるネ級達。三隈の攻撃を紙一重で避けたネ級も、長門を止めるために動き出す。
「長門さんの邪魔はさせませんよ」
それをさらに止めるため、長門とよく組むことの多い妙高も同じように突撃していた。その仕事は、長門のための露払い。全力で戦艦棲姫に挑めるように、邪魔になるモノを全て蹴散らす。
砲撃もさることながら、雷撃も相当な精度を誇っており、長門の進撃の邪魔を一切することなく、ネ級の足止めを続けた。復活における改良があったとしても、妙高はお構いなしに対応。逆に、自己修復を誘発させつつも身動きが取れないように
次の活動を完璧に読み、避ける方向を判断しながら、確実な足止めをすることで、長門の邪魔は絶対にさせない。
「おおおおおっ!」
そのサポートに後押しされ、戦艦棲姫に肉薄する長門。残弾のことを気にすることなく、一斉射を戦艦棲姫にぶち込む。一度は腕を噴き飛ばす程度で済まされた砲撃だが、同じところに何度も何度も撃ち込むその砲撃は、戦艦棲姫であってもそう簡単には止められない。生体艤装の自己修復を間に合わせず、次々と腕が破壊されていく。
「そういうの、良くないと思うな」
しかし、船渠棲姫も黙って見ているわけがなかった。ヲ級の再建造も完了させたところで、スパナをビシッと長門に向けた。その瞬間、再び何処から現れたのかわからないタイミングで魚雷が放たれ、長門と妙高に襲いかかる。
「舞台演出としては二流かなぁ。さっきの爆発は満点だけどね♪」
その魚雷は那珂が相殺。恐ろしいことに、敵の魚雷に自分の魚雷をぶつけることによって、長門達に届く前に爆発させている。そうでなくても自分の魚雷を砲撃で撃ち抜き、誘爆によって全てを止めるつもりだったようだ。
「うわ、そういうことするんだ。でも、甘いんじゃないかな」
そちらに那珂の目が行ったことで、復活したネ級の1体が那珂に向かって突っ込んできていた。砲撃ではなく自らぶつかりに行ったのは、那珂の実力を知った上で、確実に攻撃を当てるため。
砲撃だと踊るようなステップで避けられてしまう。突撃しながらトップスピードであっても回避するくらいの運動性能から考えると、砲撃や雷撃で行くよりも本体で向かった方が早いと判断していた。
「追っかけは嬉しいけど、アイドルはお触り厳禁だよ♪」
だが、那珂の実力はそれだけでは留まらない。踊るようなステップで避けるだけでなく、踊るように脚を振り上げてネ級の腹から生える艤装を蹴り飛ばす。
本来ならば、その程度ではビクともしないだろう。しかし、那珂の鍛え方は普通ではない。アイドルレッスンと称してスタミナどころか筋トレもしっかり全身に施されているおかげで、それだけでもネ級の身体が艤装ごと
「神風ちゃん、ソロパートよろしく♪」
「ええ、あまり褒められた攻撃じゃあ無いけど!」
浮いたことで一瞬だけでも身動きが取れなくなるネ級に、神風は追撃の回し蹴り。そこでさらに身体を回転させ、背中に装備された魚雷発射管からノールックで魚雷を放った。
神風型の魚雷発射管は完全に見えないところに装備されているため、命中精度に若干の難があり、電探を駆使してどうにか当てるというのが実情。
しかし、神風はむしろそれを利用して、身体を回しながら遠心力まで使って魚雷を発射する。僅かにではあるが、魚雷の速度が向上し命中率も上げている。むしろ後者は神風の練度の賜物。こうすることを考慮した鍛錬を続けているおかげで、普通では出来ないことも簡単にやってのける。
「那珂ちゃん、最後の演出!」
「りょーかい! ドッカーン!」
神風の放つ魚雷は真っ直ぐネ級に向かい、その脚に直撃。そして爆発。これで下半身は確実に破壊出来るが、自己修復のことを考えると、これだけでは足りない。
故に那珂がさらに追撃。寸分違わない場所に追加で魚雷を撃ち込む。脚を失って胴体で着水したところにさらに魚雷が襲い、そのまま2回目の爆発。脚と同様に身体も木っ端微塵になり、ネ級は最後、頭だけが残るカタチとなった。
ここまでしないと終わりに出来ないと思うと気が滅入るが、戦闘的にはまだ余裕は無くはない。
このまま船渠棲姫を追い詰めたいところである。