再建造により自ら生み出した深海棲艦のことを道具と言い切り、命を冒涜し続けている船渠棲姫に対し、神風は静かに怒りを滾らせていた。そして、ついには我慢の限界を超えたことで、一転攻勢と出た。
後始末現場に落ちていた鉄パイプ──ここで戦っていた深海棲艦が持っていたであろう主砲の砲身がちょうどいい長さだったため、それを構えると、トップスピードで突撃し、砲身を一閃。船渠棲姫は戦艦棲姫の生体艤装を盾にしたものの、それを喰らったことによって上半身と下半身が離れていた。
「残念ね。これで終わっていれば苦しまずに済んだのに」
砲身を軽く振るい、付着した生体艤装の
「神風……すまん、お前にそんなことをさせないように手早く終わらせられればよかったのだが」
「大丈夫よ長門さん。手間がかかるのは見ていてわかったから。ネ級ですら2人がかりなんだもの。仕方ないわよ」
話しながらももう一度砲身を脇の横に構え、小さく姿勢を落とす。船渠棲姫は、すぐさまその分断された生体艤装を修復しようと動き出すが、冷ややかな目をそちらに向けると、今度は掬い上げるような居合抜きを見せた。
船渠棲姫はまずいと感じ、生体艤装を放置してバックステップ。すると、先程は横に斬られた艤装が、今度は縦に斬られた。当たり前のように一刀両断。そもそも、砲身の長さでは届いていないはずなのに、綺麗に真っ二つになっていた。まるで衝撃波が出ているかの如く。
「でも、アレ1人なら別に私1人でもいいわ。アレに自己修復があったら話は変わるけど、むしろあってほしいかな」
残骸の向こう側で間合いを取った船渠棲姫を見つめる。睨みつけているようなこともなく、ただただ冷めきった瞳。その奥には、燃え滾るような怒りと、冷酷な殺意が見え隠れしていた。
神風は怒りを表に出さないタイプだ。溜め込むと言ってしまえばそうかもしれないが、感情的にギャーギャーと喚くことはしない。代わりに、本気で怒りが限界に達した時は、恐ろしく
鈍感なら何も感じない。だが、少しでも鋭敏ならば、その感情が嫌でもわかる。空気がヒリつくような感覚は、間近の長門も感じ取っていた。
「戦艦棲姫は引き剥がしておく。本体だけでは何もやれないはずだ」
「ええ、そうしておいてくれると助かるわ。それの最後はどうするか迷うところだけどね。あと、アレはもうここから
視線は船渠棲姫から外していない。余計なことをするなら、四の五の言わせず命を絶つ。そのつもりで、三度砲身を脇の横に構える。
流石に三度も見れば、神風のこの一連の流れが、常軌を逸していることは誰でも察することが出来るだろう。力が違っても、思想が違っても、その異常性は普通ではない。
船渠棲姫も例外ではない。戦艦棲姫のやられ方をその目で見ているのだから、まずいと思っても仕方なかった。
「すごいね、そんな力を持ってる艦娘がいるなんて。もしかして貴女も、あたし達と同じところに辿り着いているのかな」
「同じにしないでほしいわね。高次だか何だか知らないけれど、私から見れば貴女は低レベルも甚だしいわ」
神風の居合の構えはより深く。そして、船渠棲姫もスパナを握りしめて、小さく手首をスナップさせることで魚雷を展開していた。
船渠棲姫の魚雷は、自らの真下に何もないところから生成されるような兵装。艦娘にはそういうことが出来るものはいないが、矢が艦載機になったりする時点で、何も無いところから魚雷というのも割と信じられる。
その上、深海棲艦はそういうことをやたらとしてくるのが特徴の1つ。何もないところから魚雷も艦載機も出現させるし、弾切れらしい弾切れを見たこともないため、弾薬も何もないところから出現していることがわかる。海の上なら無限の資源があると言っても過言ではない。
カテゴリーYであってもその特徴を引き継いでいる。陸上施設型のカテゴリーYである離島棲姫も、残弾を気にすることなくバカスカ撃ってきていたのは、その性質があったから。それ以上に戦いに慣らされている船渠棲姫が、その性質を活かさない理由はない。
「馬鹿の一つ覚えみたいに魚雷ばかり。船渠棲姫は魚雷しか使ってこないイメージがあったけれど、その性質をしっかり持っちゃったのかしら。じゃあ、もう程度が知れたわ」
しかし、怒りの神風は本当にレベルが違った。魚雷を用意している時点で動き出しており、動かす前には船渠棲姫に手が届くのではという位置には移動していた。
艦娘としてもこのスピードを出すのは至難の業。間違いなく脚部艤装に負担がかかるし、そもそも身体が追いつかない。
「普通の艦娘なら圧倒出来るのかもしれないわね。でも、
そして、三度目の居合抜き。狙いは勿論、船渠棲姫の両断。情報を抜くための生捕りという、どう足掻いても手加減にしかならない戦術を頭から排除し、この戦場から命を奪うカタチで退場してもらうと決めた段階で、神風から手加減のリミッターは完全に無くなっている。
相手が元人間であっても関係ない。この世界の平和を乱す侵略者なのだから、深海棲艦と同様に始末する。もうそれに躊躇など無かった。
「っ……!?」
咄嗟に回避行動を取ったが、胴体が袈裟斬りにされていた。鉄パイプは船渠棲姫には触れていない。それなのに、胴がバッサリと行かれていた。
「な、なんで……」
「なんででしょうね。でも、よく避けられたわね。流石は姫ってところかしら」
溢れ出る黒い血を押さえながら、船渠棲姫は顔を顰める。しかし、見る見るうちにその傷は治っていき、少し見ているだけでも自己修復が完了していくのがわかる。
戦艦棲姫のそれよりも速いそれは、船渠棲姫の能力である修繕と建造を自身にも適用させているからか。船渠自身が艦となっているのだから対象内に入っているのだろう。
「治るのは速いみたいだけれど、それ、ちゃんと痛みもわかるのよね。なら都合がいいわ。しっかり後悔させるには、痛みで知ってもらわないと困るもの」
話しながら、背後に魚雷を発射する。先程船渠棲姫が展開した魚雷に直撃させた瞬間、その全てが誘爆していき、大きな爆発となる。
爆発によって立ち昇る水柱を背に、神風は怒りを隠さずに船渠棲姫を睨みつけている。傷が治るのをあえて待っているかのようにも見えた。他の深海棲艦に施すよりも早く治っているとはいえ、わざわざ待つことなく攻撃をすればいいのに、ここでこんな行動に出ているのには理由がある。
それは勿論、
「貴女、自分で生み出した命を道具って言ったわよね」
言いながらも、四度目の居合の構え。余計なことを言ったら斬るという脅しにもなっている。
だが、船渠棲姫は神風が言っている意味もわかっていない。長門に愚か者と言われても、相手がこの崇高さを理解出来ていないのが悪いと言い合った。自分が全て正しいのだから、何を言われたところでその信念は崩れることはないし、疑うこともない。
だから、ここで睨まれている理由がわかっていない。正しいことをしているのに、何故こんなことをされなければならないのかと、疑問ばかりが浮かぶ。故に、船渠棲姫は神風を悪と断じるのだ。
「平和に向かうための道具だよ? 貴女達みたいな平和を脅かす悪魔の使者を排除するためには必要なんだから。それを命だなんだっていう貴女達の方が理解出来ないかな。あたしの造った兵器なんだから」
ギュッと、神風が鉄パイプを握る力を強めた音が聞こえた。自ら生み出したモノに愛を持たず、壊れても造り直せばいいというスタンスも変えない。戦艦棲姫の扱い方から考えれば、自分を守るために命を散らしてもいいとさえ感じる。
あくまでも道具としか考えていない。それが自分で考えて行動していたとしても、それを命と呼ばない。人間と全く同じカタチをしているのに、それを生物と見做していない。
「それが貴女の子供でも?」
何を言い出すのかと船渠棲姫はキョトンとしてしまった。だが、答えはすぐに出る。
「もしかして、ここにいる子達のことを言ってる? 確かに、あたしが造ったんだから、子供みたいなモノになるのかな。でも、結局は兵器なんだし、それが高次の存在に至るための道具なんだから、命とかそういうのにこだわるのはおかしいことだと思うよ。平和になるためには、道具が必要なんだから」
これだけ利用していても、愛着すら湧いていない。失ったらそれでいいやと次を造る。あくまでも生み出したモノを自分の好きなように使うだけ。
神風は、それが一番気に入らない。産みの苦しみを知らないからこうなのかとも考えたが、そういう問題ではないのだろう。最初はどうなのか知らないが、今の船渠棲姫は心の底から今の考えが根付いている。神風にしてみればただの下衆であり、生きていること自体が許せない程の存在。
「そもそも、命とかそういうのは」
「もういい。聞くんじゃなかったわ」
先程よりも速い一閃。しかし、胴を袈裟斬りにするのではなく、拷問するかのように両手首を切り落としていた。
「えっ……!?」
「すぐ治るんでしょ? じゃあ、いいじゃない。どれだけ傷付いても元通りだものね。貴女は私の鬱憤を晴らすための道具なんだし、壊れても直ってくれるんだから、好き勝手使わせてもらうわよ」
話しているうちに、切り落とした手首はすぐに修復されていく。だが、神風は容赦なく次の一撃を繰り出すために、手首を返した。
居合抜きではないために鋭さは失われる。そのため、鉄パイプで斬り裂くようなことは、ここでは出来ない。とはいえそれは逆に、普通とは比べ物にならない威力の打撃となる。
「っく……!?」
「下がらせない。魚雷も使わせない。というか両手が無ければ、貴女は何も出来ないんじゃないかしら。触れていなければ他のモノを治すことは出来ないでしょ。勿論、造り出すことも」
治っている最中の手首に追撃。回避させる暇すら与えない速さの一撃を入れることによって、修復を遅らせるどころか、より傷を付ける。
「うぁっ!?」
「ただ造り出すだけならここまで腹が立つことは無かったわ。貴女がこの子達に愛着があるから治しているというのならまだ良かった。でも、そういうのじゃないのよね」
また治りかけている手首を攻撃。やはり治させない。斬るよりも酷い、グチャグチャにするような攻撃を繰り返し、斬るより痛みを与える。
「産みの苦しみも知らないのかしら。自分の手で生んだものが失われることは、本当に苦しいことなのに、それも理解出来ないのかしら。それも理解出来ないで平和だの何だのって、頭がおかしいんじゃないかしら」
傷口を抉るように打ち付ける。船渠棲姫にはもう何もさせない。しかし、退避しようとする気持ちだけは見えているので、傷が治らないタイミングを見計らって、また居合の構えを見せる。
船渠棲姫からしてみれば、この構え自体がまずいものとしか思えない。ならば、何かを使って防がなくてはならない。戦艦棲姫は艤装を失い、自己修復中かもしれないが、本体は長門が拘束している。それならば、再建造したヲ級ならば壁に出来るのではと目を向ける。
「なによそ見してるの。貴女の相手は私。もしかして、また生んだ子供を盾にしようとした?」
その時には、神風は居合抜きを決めていた。やはり胴は狙わない。両脚を太腿から両断し、その場から動けなくした。
速すぎて回避が出来ない。常識を超えている。平和の使者として手に入れた建造と修繕の力も奪われてやられ続けている。もう何も出来ない。
「生み出した命に責任も持てないなら、そんな力を使うのはやめてもらえる? 子を失う苦しみも理解出来ないのなら、平和なんて語らないでほしいわ」
「な、なんなの、なんなの貴女は!?」
初めて焦りを見せた。手に入れた平和のための力が何も通じない。間違ったことをしていないのに、平和のために正しいことをし続けているのに。そう思いながら、船渠棲姫は叫んだ。
「別になんだっていいじゃない。言えることなんて1つだけ」
居合の構えすらせず、鉄パイプを力の限り船渠棲姫の腹に突き刺した。本来ならばそんなことは出来ないはずなのに、神風の技量なら可能であった。
「狂った平和を許さない、ただの艦娘よ」